2/魔術大学校 -5 壁泉の昼食

「手、いってえ……」

 右手を軽く振りながら、彫刻術の教室を出る。

 直方体の石膏塊の上部を丸くするだけで九十分が終わってしまった。

 と言うか、彫刻刀一本でする作業ではない。

 ノミ持ってこい、ノミ。

「だ、大丈夫、ですか?」

「彫刻術って、手は疲れないの……?」

「は、はい。魔術ですから」

「いいなあ……」

 これほど魔術を羨んだこともない。

「しかし、さすがにお腹が空いたな。昼食ってどこで食べられるんだ?」

「はい。食堂が三箇所あって、それぞれ──」

 ふとイオタが視線を向けた先に、人だかりがあった。

「……?」

「あそこ、移動販売でもしてるの?」

「い、いえ、見たことないですけど……」

「なんだろ」

 積極的に近付く気にもなれず、人だかりを横目に食堂へ向かう。

 そのとき、

「──カナトッ!」

 人だかりの中心から、ユラが飛び出してきた。

「よっ、と」

 軽く抱き留め、勢いのままくるりと回る。

「よかった、会えた。ここ敷地広いから……」

「待ち合わせをしようにも、場所もわからなかったもんな」

 ユラを下ろすと、ヘレジナとヤーエルヘルも小走りで駆け寄ってきた。

「カナトさん! イオタさん!」

「探したぞ!」

「そっか、合流できてよかった。ところで、あの人だかりは──」

 視線を向けて、気付く。

 人だかりのほとんどは男子生徒だ。

 その半分は呆然としており、もう半分は俺をひどく睨みつけている。

「まあ、そういうことだ。いくらユラさまの器量が素晴らしいとは言え、こう集まられては身動きが取れん。二人に気付けてよかったぞ……」

 ヘレジナが、ほっと息をついた。

「──…………」

 ユラとヘレジナ、ヤーエルヘルを、改めて見つめる。

「どうしたの、カナト」

 ユラが小首をかしげた。

「いや、その……、なんて言うのかな。改めて、三人とも美人さんだよなって」

 そりゃ、妬み嫉みの視線も向けられるわ。

「ふふ、惚れ直した?」

「まったく、お前は相変わらず私たちにめろめろよな」

「ね、ね、制服どうでしか?」

 ヤーエルヘルが、その場でくるりと回ってみせる。

 白一色に赤のラインが入った制服は可憐で、三人によく似合っていた。

「うん、すごく可愛い。な、イオタ」

「……は、はい! す、すごく、似合ってます」

「やったあ!」

 ヤーエルヘルが、ぴょんぴょんと跳ねる。

「今朝、食材を譲ってもらえたから、お弁当を作ってきたんだ。壁泉のところで食べよう?」

 ユラがヘレジナに目配せをする。

 ヘレジナの手には、大きめのバスケットがあった。

「ほら行くぞ、カナト! イオタ!」

「ああ」

 イオタが、戸惑うように尋ねる。

「……ぼ、ぼくも、いいんですか……?」

「何を言っておる。私たちは、お前の──」

 護衛、と言い掛けたのだろう。

 だが、遠巻きに俺たちを眺めている生徒たちのことを思い出したのか、直前で言葉を変えた。

「友達、だろう?」

「──!」

 イオタが目を見張る。

 そして、

「は、……はい!」

 そう、満面の笑みで頷いた。

「じゃあ、行きましょうか」

 ユラが俺の腕を取る。

「あ、うん……」

 男子生徒たちの視線が、もはや、憎しみで人を殺せるほどになっていた。

 長大な直線水路カナールで鴨が水浴びしているのを横目で見ながら、五人で歩き出す。

 そして、壁泉を囲むように張られた広々とした芝生に、そっと腰を下ろした。

 人気のスポットであるらしく、他にも数名のグループが同様に昼食を囲んでいたが、距離があるため盗み聞きをされる心配はなさそうだ。

「ユラ、何を作ってくれたんだ?」

「今日はね、フルーツサンドだよ。リロットバターがあったから、タルベリーと、瓶詰めのプラムと、スライスロロントと一緒にパンで挟んだの」

「あ、美味しそう。リロットバター好きなんだよな」

 リロットバターとは、リロットナッツという油脂分の多い木の実から作られたスプレッドだ。

 ピーナツバターに近いが、どこか柿のような風味がある。

「美味しそうでしねー」

「カナト、どれが食べたい?」

「じゃ、タルベリーので」

「はい!」

 ユラが、タルベリーサンドを操術で渡してくれる。

「ありがとう」

「イオタさんはどうする?」

「あ、ロロントのを……」

 リロットバターのベージュのあいだに、青黒いタルベリーが幾つも挟み込まれている。

 口へ運ぶと、まず甘酸っぱい。

 タルベリーの甘ったるい香りと、リロットバターの柿の香りが混ざり合い、鼻の奥へと抜けていく。

「へえー、タルベリーってリロットバターと合うんだな。意外だ」

「ふふ」

 ユラが、たおやかに笑う。

「しかし──」

 ヘレジナが、口を尖らせて言った。

「この私が中等部とは、どういうことなのだ!」

「いや、自分から言い出したんだろ。潜入するにしても、ユラとヤーエルヘルはこの手で守らねばって」

「たしかに言ったが、まんまと通るとは思わないであろう……」

 俺は十七歳、三人は十四歳という設定で編入している。

 まとまって行動するための措置だが、当然ヘレジナは不満だろう。

 実年齢は二十二歳なのだし。

「さすがに納得行かん。抗議したい……」

「誰に」

 イオタが、ロロントサンドを上品に口へと運びながら、ヘレジナに同意する。

「わ、わかります……。ぼくも、年相応に見られること、まずないから」

「イオタもか。まったく、世間には見る目のない者ばかりだ!」

 憤慨するヘレジナを宥めるように言う。

「でも、そのおかげでユラたちを守れるんだから、そう捨てたもんじゃないと思うよ」

「それは、そうなのだが……」



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