1/ネウロパニエ -11 大きな仕事

 "羅針盤"ほど視覚的なものではない、おぼろげな選択肢。

 誰かに選択を委ねられているような感覚の中で、俺は思わずヤーエルヘルを見た。

「?」

 ヤーエルヘルが、小首をかしげる。

 今回は関わっていないのか?

 わからない。

 わからない、が──

「いちおう、伝えておこう。それくらいはしたっていいさ」

「でし!」

「そうだね。警戒するに越したことはないのだし……」

 ヘレジナが微笑む。

「そうか。カナトがそう望むのであれば、そうすればいい」

「ありがとう」

 ツィゴニア一行を追おうと立ち上がったとき、

「──ぴぃ!」

「わ!」

 あの仔竜が飛んできて、再びヤーエルヘルの帽子に着地した。

「はら、気に入ったんでしか?」

 ユラが仔竜を優しく撫でる。

「この仔、ヤーエルヘルのことが好きなのかもしれないね」

「嬉しいでし……」

 と、言うことは、

「──す、すみませ……、わあッ!」

 向こうから駆けてきたイオタが、今度は派手に転ぶ。

「だ、大丈夫か!」

「うう……、だ、大丈夫です……」

「あ、鼻血出てるよ」

 ユラが、イオタの鼻に手をかざした。

「……あ、あれ? 痛くない……」

 ツィゴニアが護衛を引き連れて小走りで現れ、頭を下げる。

「転んだ挙げ句に、治癒術まで。本当にありがとう。シィが途中で暴れ出してしまってね」

「こ、こんなこと、初めてで……」

「ヤーエルヘルによほど懐いたのかもしれんな」

「えへへ……」

「ヤーエルヘル、竜好きだもんな」

「はい、とっても可愛いと思いまし!」

「──…………」

 ヤーエルヘルの純粋無垢な笑顔に、イオタが一瞬だけ硬直する。

「……ぼ、僕も、竜が好きで! でも、み、みんなは、気持ち悪いって」

「え! こんなにかわいいのに……」

 俺は、ヤーエルヘルの頭上の仔竜を抱き上げて、イオタに差し出した。

「今度こそ離さないようにね」

「は、はい……」

「幾度も迷惑を掛けて、本当に申し訳ない」

「あ、いえ」

 再び頭を下げるツィゴニアを制し、口を開く。

「実は、ツィゴニアさんに伝えておきたいことがあったので、ちょうどよかったです」

「伝えたいこと?」

「……えー、と」

 イオタに視線を向ける。

 ヤーエルヘルくらいの年齢の子供の前で話していいことなのだろうか。

 俺の視線を察したツィゴニアが、護衛の一人に言った。

「イオタを連れて、先に部屋へ戻っていてくれ」

「ですが……」

「なに、三人もいれば大丈夫さ。全員師範級なのだろう?」

「ええ、それはもう」

「であれば安心だな」

 護衛の一人が溜め息を吐きつつ、イオタを連れて部屋へ戻っていく。

「……ま、また!」

「はあい! シィちゃんも、またね!」

「ぴぃ!」

 ヤーエルヘルが手を振ると、仔竜が笛の音のような声を上げた。

 イオタを見送り、ツィゴニアへと向き直る。

「──それで、内密の話でもあったかな」

「ええ」

 話すべき内容を吟味する。

 要は、彼の身に危険が迫っている可能性を指摘できればいいのだ。

「実は、ここへ来る前に不穏な噂を聞いたんです。ツィゴニアさんは、デイコスという名前に聞き覚えはありますか?」

「デイコス……」

 思案し、答える。

「いや、ないな」

「俺たちも聞きかじりで詳しくはないんですが、暗殺者の一族らしくて」

「暗殺者……」

 護衛たちの視線が鋭くなる。

「噂では、彼らがこのネウロパニエで"大きな仕事"をすると。ツィゴニアさんが何者であるかを聞いて、ふとそのことを思い出したんです。現状、考え得る最も大きな仕事と言えば──」

「なるほど。私の暗殺、というわけか」

「お伝えするか迷ったんですが、何かの縁ですし。後から訃報を聞いたりなどすれば寝覚めが悪くなるかと思いまして……」

 ツィゴニアが、幾度か頷いてみせる。

「案外、的外れな噂でもないかもしれん」

「そうなんですか?」

「私には政敵が多い。首都カラスカであればともかく、ここでは護衛の数も限られている」

「なるほど、絶好のタイミングだと」

 ユラが尋ねる。

「ところで、何故ネウロパニエへ? 危険だとわかっているのに、お忍びでなんて……」

「ああ、まあ、いくつか理由はあるのだが……」

 ツィゴニアは、肩身が狭そうに苦笑して、

「──息子のな。参観会があってな」

 そう小声で答えた。

「ふふ」

「親馬鹿と思われるかもしれないが、気になるものだよ。君たちも親になればわかるさ」

「きっと、そうでしょうね。自分でもそんな気がいたします」

 そう言って、ユラが俺の腕を取る。

「あはは……」

 まあ、うん。

 いずれはね、そういうことも。

「ははは、ごちそうさま。貴重な助言、どうもありがとう。重々気を付けさせてもらうよ」

「ええ。次があるかはわかりませんが、そのときまで御無事で」

「君たちもな。では、良い夜を」

 ツィゴニアが、護衛と共に、今度こそロビーを後にする。

「……これで、よかったかな」

「十分だろう。あとはツィゴニアの問題だ。私たちは、ただの旅人に過ぎない。世直しをしているわけではないのだ。それに、親切の押し売りも迷惑なものだよ」

「そっか」

 俺たちの立場から、やれるだけのことはした。

 デイコスの"大きな仕事"が、彼の暗殺でないことを祈るばかりだ。



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