3/ペルフェン -11 送別会

「──さあさ、飲め飲め! 食え食えィ! 今日はウガルデ様一世一代のお大尽よ!」

「うおおおおおお──ッ!」

「こっち、羊肉の鉄串焼き! 十人前な!」

「死ぬほど酒持ってこいやー!」

 酔漢たちが、酒に、料理に溺れていく。

「……これ、俺たちの送別会だよな」

 若干、冒険者特有のノリに置いて行かれた感がある。

「わたし、好きだけどな。酒場の騒がしさって、なんとなく落ち着くから」

「それならいいけど……」

 ヘレジナが声を張り上げる。

「店員、飲み物を頼む!」

「はい!」

 反応したのはヤーエルヘルだった。

「いや、ヤーエルヘルではなく、あちらの店員に声を掛けたのだが……」

「つい反射で……」

「わからんでもないが」

「で、でも、注文くらい取りましよ。飲み物のご注文はいかがなさいましか?」

 ヘレジナが答える。

「私はエールで」

 アルコールを頼むのに躊躇がなかった。

「ええと、ヤーエルヘルのおすすめは?」

 ユラの言葉に、ヤーエルヘルがしばし思案する。

 そして、

「シリジンワインなんていかがでしょう」

「ワインって、お酒だよな」

「お酒でしよ?」

「そっか」

 異世界だもの、成人の定義も違うよな。

「ラーイウラ王国では、水を飲むという発想がないそうなのでし」

「では、何を飲んでいるの?」

「シリジンワインでし。シリジンの果実は糖度が低めでしから、アルコール度数の低いワインになりまし。それを水代わりに飲んでいるのだと聞きました」

「へえー」

 そう言えば、古代ヨーロッパでも、ビールとワインを水代わりに飲んでいたと聞いたことがある。

 魔術で発展した異世界サンストプラと、技術で発展した現代世界。

 まったく別のアプローチで発達した文明がところどころ似通っているのは興味深い。

 収斂進化のようなものだろうか。

「じゃあ、俺もシリジンワインってやつ頼むよ。飲み水代わりになるのなら、慣れておかないといけないし」

「了解でし」

 ヤーエルヘルが、カウンターまで注文を届けに行く。

 数分後、四人分のジョッキを両手で危なげなく持ちながら、ヤーエルヘルが戻ってきた。

「ヘレジナさん、これエールでし」

「ありがとう」

「そして、こちらがシリジンワインでしね」

 俺とユラの前に、ほぼ透明な液体の入ったジョッキが置かれる。

「ヤーエルヘルは何にしたの?」

「スグリ酒でし」

「スグリ酒……」

「甘酸っぱくて美味しいでしよ。あちし、昔からスグリ酒が好きで」

「昔──、って」

 すこし驚く。

「ヤーエルヘルって、何歳なんだ?」

「十三でし」

「……いつからお酒飲んでるの?」

「物心ついたときから飲んでましけど……」

 マジか。

「マジか」

 思わず心の声が漏れ出てしまった。

「さすがにそれは、早過ぎるかなあ……」

 ユラが苦笑する。

 よかった。

 異世界サンストプラの人々すべてが飲んだくれ、なんてことはないらしい。

「トレロ・マ・レボロは寒いので、お酒を飲んで体を温めるのでし。魔法が忌避されていて、火をつけるのも一苦労。なんらかの方法で体温を高めないと凍死しかねません」

「なるほどなあ」

 相槌を打ちながら、シリジンワインを口に運ぶ。

「──…………」

 酸っぱい。

 味は悪くないのだが、レモンもかくやという酸味だ。

 そのおかげで、アルコールが入っていることを忘れてしまいそうなほどだった。

 ユラが頷く。

「うん、悪くない。美味しいかも」

「ちょっと酸っぱくない?」

「わたしは、このくらいでも平気だけど……」

「いや、嫌いな味ではないんだけどさ」

「カナトさん。お口に合わなかったのなら、スグリ酒飲んでみましか?」

 ヤーエルヘルが、まだ口をつけていないジョッキを俺に手渡してくれる。

「ありがとう」

 スグリ酒は、びっくりするほど赤い。

 嗅ぐと、甘い香りがした。

 ひとくち飲む。

「あー……、なるほど。こういう感じか」

「カナト、どんな味だった?」

「風味は、ちょっとザクロに似てる。匂いほど甘くなくて、ほどよい酸味。俺は甘ったるいの苦手だから、これはかなり好きかな」

 もしキンキンに冷えていれば、もっと美味しかったろうに。

 この世界には、火法や炎術はあっても、物を冷やす魔術は存在しないらしい。

「じゃあ、わたしもひとくち」

「はーい」

 ヤーエルヘルがユラにジョッキを手渡すのを横目に、俺は、ヘレジナがエールをあおるのを見つめていた。

 こうなれば、エールの味が気に掛かる。

「ヘレジナ、エールってなんなんだ?」

「大麦から作られる酒だったはずだ。詳しくは知らんが、美味いぞ」

「大麦から──」

 気付く。

「……それってビールじゃない?」

「私は、ビールよりエールのほうが好きだな」

 ヘレジナが、俺の胸にジョッキを押し付ける。

「ほら、飲んでみろ」

「ありがたく」

 ジョッキを受け取り、エールに口をつける。

「あれ、あんまり苦くない……」

 アルコールの風味はあるものの、それよりも麦の香ばしさと甘みのほうが強い。

「ビールと違い、エールには苦味付けをしていないからな」

「なんでわざわざ苦くするんだ……」

「さあ、よく知らん。私のエールを飲んだのだから、そちらのシリジンワインも飲ませるがいい」

「はい」

 ヘレジナにジョッキを渡す。

「──…………」

 俺たちの様子を隣で窺っていたユラの頬が、どんどん膨らんでいく。

「むー……!」

「どうした、ユラ」

「いま、ヘレジナと間接キスした!」

「……あー」

 まったく気にしていなかった。

「!」

 既にジョッキに口をつけていたヘレジナが、アルコールとは無関係に、どんどん頬を紅潮させていく。

「……ヘレジナさん?」

「ち、ち、違う! 私は違う! か、間接キスなどと……! そんなくだらないこと、ただの一度も気にしたことはありません! カナトのほうこそ意識しているのではないか!」

「ああ、いや……」

 その反応で、こちらまで照れてくる。

「カナト」

「はい」

「ジョッキ、わたしと交換ね」

「はい……」

 ユラとジョッキを交換し、口をつける。

 既に間接どころか本当のキスを交わしているにも関わらず、改めて意識すると小っ恥ずかしいものだ。

 妙な雰囲気になりかけたころ、

「──よう、ワンテ。随分派手にやったそうじゃねぇか」

 不意に、底意地の悪そうな声がした。

 振り返る。

 思ったとおり、ハイゼルだった。

「ペルフェンで数百人も雇った挙げ句、目的のやつには逃げられちまったんだって? まったく、お可哀想にな。コインの一枚でもくれてやろうか。一ラッド鉄貨でよければな」

 さすが、性格が悪い。

 だが、この性根の悪さも、慣れれば愛嬌に思えてきた。

「うるさいな。つーか、ワンテってなんだよ」

「ワンダラスト・テイルだからワンテに決まってんだろ。お前らだって銀の刃って略すんだから、お互いさまだ」

 言い返せない。

 ハイゼルが空いた席に勝手に腰掛ける。

「──んで、お前らこれからどうすんだ」

「ラーイウラへ行こうと思ってる」

「そりゃ奇特なこって。お前らが痛い目見ることを遠い空の下から祈ってるぜ」

「祈るなそんなもん」

 ユラが尋ねる。

「銀の刃はどうするの? たくさんお金入ったから、冒険者はやめるの?」

「あー……」

 ハイゼルが頬を掻く。

「……なんつーか、案外つまらねぇもんでな。一生遊んで暮らせる金が手元にあるっつーのはよ」

「お前たちならば、喜んで豪遊すると思っていたのだがな」

「でし」

「あン? いい度胸だな、ヤーエルヘル」

「ごめんなし!」

「やめんか」

「へいへい」

 ハイゼルが肩をすくめる。

「俺たちが遺物三都に来たのは、一攫千金のためだ。だが、いざ目標を達成しちまうと、やることがなくなっちまった。ヴィルデ以外のふたりは、さっさと別の街へ引き上げたよ。冒険者辞めて楽しく暮らすんだと」

「ヴィルデは?」

「あそこにいるぜ」

 ハイゼルが、奥のテーブルを示す。

 目が合うと、ヴィルデがこちらに手を振ってくれた。

「……実を言うと、だ。お前らが遺物三都に残るんなら、銀の刃に誘おうと思ってたんだよ。迷宮には、まだまだ財宝が眠ってる。金貨はもういらねぇが、神代の魔術具なんて見つけたら面白そうだろ」

「こっちのほうが人数多いんだから、逆じゃないでしか……?」

「あ゛?」

「ごめんなし!」

「まあ、出て行くんなら仕方ねぇ。あのとき俺に従っとけばって後悔しろ」

「へいへい」

 苦笑する。

「──んで、奇跡級サマよ」

「いい加減、名前で呼んでくれないか」

「知らねぇよ、お前の名前なんて。興味ねぇし」

「そんなんで仲間に誘おうとしたのか……」

「そもそも名乗ってねぇだろが」

「……そうだっけ?」

 言われてみれば、改めて自己紹介をしたことはなかった気がする。

「カナト=アイバだ」

「ハ──ユラ=アイバ」

「ヘレジナ=エーデルマンだ。よく覚えておけ」

「ヤーエルヘル=ヤガタニでし」

「お前は知ってんだよ」

 ハイゼルがヤーエルヘルの額に軽く手刀を落とす。

「た」

「ま、忘れるまでは覚えといてやる」

「そりゃ光栄だ」

「──と、話が逸れたな」

 ハイゼルが、片方の口角を吊り上げながら言った。

「カナト。勝負しねぇか?」

「懲りないな……」

「今回、相手は俺だけじゃねぇ。酒場にいるやつ全員だ」

 ハイゼルがそう言った瞬間、男衆が一斉にこちらを向いた。

 話は既に通っているらしい。

 最初に小指を折ってしまった大男もいる。

 数少ない女性陣は、呆れた様子で俺たちを眺めていた。

「おい、ウガルデ! 構わねぇだろ!」

 ウガルデが答える。

「武器はなし。備品も壊さねぇ。もし壊したらハイゼル、お前が弁償だ。カナトの兄ちゃんがその条件で頷くんなら、いいぜ」

「いよし! お前ら、テーブル端に寄せんぞ!」

「よっしゃ!」

「応!」

「やってやらァ!」

 酔漢たちによって、手際よくスペースが作られていく。

「カナト、大丈夫……?」

「ボコボコにされたら治癒頼むよ」

「強くてせいぜい師範級中位だ。カナトであれば問題あるまい」

「気をつけてくだし……」

「うん、ありがとう」

 腰を上げ、酒場の中央へと赴く。

 俺は、やる気を示すように、両の拳をぶつけ合わせた。

「さ、かかってこいよ」


 ──そして、大乱闘が始まった。



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