3/ペルフェン -10 行き先
ギルド連盟本部のエントランスを抜けた瞬間、西日が俺の網膜を灼いた。
「夕方か……」
思わず目をこする。
疲れ果てていた。
「取り調べ、長かったものね」
「でも、よかったでし。兵長さんとか、冒険者のみなさんとか、みんな味方になってくれました」
石竜を倒した俺たちを待っていたのは、憲兵隊駐留所での取り調べだった。
ようやく解放された後、ギルド連盟本部へと足を運び、最初にアイヴィルを見つけたパーティに成功報酬の金貨二百枚を、怪我をしたり共に戦ってくれた冒険者たちには、それぞれ危険手当を支払った。
金貨の残りは百枚弱。
随分と少なくなってしまったが、路銀としては過剰なほどの額だ。
「アイヴィルのこと教えたら、兵長喜んでたな。ルルダンさんを殺したのは、パレ・ハラドナの軍属の人間。それがわかれば、パラキストリはパレ・ハラドナを糾弾するだろうから」
ヘレジナが、腕を組みながら言う。
「もっとも、パレ・ハラドナはそれを否定するだろうがな。アイヴィル=アクスヴィルロードは、本来、こんなところにいるべき人物ではないのだから」
「副団長なら、ルインラインの留守を預かってろよな」
「彼奴は"銀琴"の奪取が目的と言っていた。ユラさまが神託通りに亡くなられた場合、私が離反することを見越していたのだろう。神託の実現に失敗した場合は、今度は師匠がパレ・ハラドナから離反する可能性があった。いずれにしても"銀琴"を奪えるよう、私たちを尾行していたのだと思う」
「そんな遠回りしなくたって、ヘレジナに一言"銀琴"を献上しろって言えば済む話のような気がするんだけど……」
「その通達は幾度もあったのだが、すべて師匠が固く断っていてな。もしかすると師匠は、"銀琴"の危険性を最初から見抜いていたのかもしれん」
「ルインラインなら、あり得るかも」
「噂通り、すごいひとだったんでしね」
「……ああ、すごかった」
本当に。
身震いするほどに。
「アイヴィルと接触したことで、ひとつ、決定的に変わったことがある」
「なんでしか?」
「行き先だ」
ユラが小首をかしげる。
「行き先?」
「アイヴィルの目的が"銀琴"の奪取のみであったとしても、彼奴には私たちをかばう理由も義理もありません。であれば、パレ・ハラドナにユラさまの居場所が伝わるのは時間の問題かと思われます」
「──…………」
ユラの表情が曇る。
「ユラさまを陥れた者どもの執念深さを測る方法はありません。既に安全圏にいるのか、それとも永遠に追い続けてくるのか、それすらもわからない。私たちがアイヴィルと戦ったのは、ペルフェンでのこと。行き先にアインハネスを選べば、気の休まらぬ旅路となるでしょう」
「──って、ことは」
「ああ」
ヘレジナが、俺の顔を見て頷いた。
「私は、ラーイウラ王国へ向かうことを提案する」
ユラが、心配そうに口を開く。
「ラーイウラ。良い話は聞かないけど、この際仕方ないものね」
「最短で真西へ突っ切って、ウージスパイン共和国へと入国しましょう。ウージスパインは北方大陸最西の地。いっそ、そのまま海へ出てしまうのも一興かと」
「船!」
ヤーエルヘルが飛び跳ねる。
「船、いいでしね! あちし、乗ってみたいと思ってたのでし」
「──…………」
ヘレジナが、真剣な瞳でヤーエルヘルを見つめた。
「?」
ヤーエルヘルが、きょとんとする。
「ヤーエルヘル。アイヴィルと遭遇したことで、事情が変わった。私たちはこれから危険に晒されるかもしれない」
「──…………」
ヤーエルヘルの表情が曇っていく。
「……ついて来るな。そう、言うのでしか?」
「言わない。一緒に来たいと言うのならば、喜んで歓迎する。互いに離れがたさを感じるくらいには、お前と絆を深めたはずだ」
「じゃあ、どうして……」
「よく悩み、決めてほしい。ウガルデと共にギルドを盛り立てていく未来だってある。稼いだ金貨の分け前で豪遊するのだっていいだろう。お前には、たくさんの道がある。そのすべてを吟味して、それでも私たちと共に行くことを選んでくれるのならば、私たちは光栄に思うよ」
ヘレジナは、ヤーエルヘルに選択してほしいのだ。
自分で悩み、自分で考え、自分で選んでほしいのだ。
ヤーエルヘルのことを、子供ではなく、ひとりの人間として見ているから。
「一晩だけ考えてごらん。俺たちは、明日、ベイアナットを発つ。だから、それまでに覚悟を決めてくれ」
「──…………」
目を伏せたヤーエルヘルの肩を、ユラが抱く。
「わたしは、できれば、ヤーエルヘルに来てほしい。せっかく仲良くなったんだもの。もっと一緒にいたいと思うのは当然だよ」
ユラが、微笑む。
「でも、ヘレジナの言うこともわかるの。選んでほしい。後悔しないでほしいから」
ヤーエルヘルが、顔を上げる。
「……あちしのこと、すごく、すごく考えてくれて、ありがとうございまし。一晩、考えてみまし」
「ああ、それがいいよ」
俺たちは、赤橙色に染まる道の上を歩いていく。
丁寧に組み合わされた石畳、見目麗しい市街が無事であることに、心からの安堵を抱きながら。
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