2/ロウ・カーナン -10 深層へ

 時折現れる蟲の魔獣を斬り伏せながら、枝道を探索していく。

 枝道に入ってから四時間ほどが経過したころ、

「──……ふう、ふう」

 ヤーエルヘルの疲れが顕著になり始めた。

「すこし休もう」

「しみません……」

「ごめんね。治癒術は、疲労にはあまり効果がないから……」

「……正直、俺も休憩したかったところなんだ。むしろ助かったよ」

 そう言って近くの階段に座ると、ヤーエルヘルも俺に続いた。

「しかし、総当たりとは厳しいものだ。単純に時間が掛かり過ぎる。一、二泊は覚悟していたが、それ以上となると、水も食糧も保たん。いったん補給に帰ることも視野に入れねばならんな……」

「何か、ヒントがあるといいのだけど」

 ユラが呟くように口を開いた瞬間、その背後に蟲の魔獣が現れた。

「──勢ッ!」

 ヘレジナの双剣が疾り、魔獣が一瞬で四分割される。

 だが、襲撃はそれで終わらなかった。

 先程までとは行かないにしろ、百匹近くの群れが、不快な音を立てて飛び掛かってきたのだ。

「──ったく、おちおち休んでもいられない!」

 だが、百匹程度なら、俺とヘレジナのふたりがいればどうとでもなる範疇だ。

 俺たちは、互いに背中を預けながら、百匹の魔獣を即座に斬り捨てる。

 溶けた死体が石床を汚す。

「魔獣の出る頻度が高くなっている。夜になると活発になる習性でもあるのだろうか……」

「たぶん、それはないと思う。ここは地下深くだもの。どんなに鋭敏な感覚器を持っていたとしても、昼夜を認識できるとは思えない」

「じゃあ、どうしてだろう」

「──…………」

 沈思黙考していたヤーエルヘルが、口を開く。

「仮説がありまし」

「ほう」

「この迷宮が、神代の宝物庫だとしましょう。大切な宝物を守りたいと思うとき、カナトさんはどうしますか?」

「えーと、鍵を掛ける──とか」

「大切なものに直接アクセスできなくする。それもひとつの答えでし」

 ヤーエルヘルが、今来た道を左手で示す。

「この枝道は、隠され、封じられていました。まさに"鍵を掛けた状態"なのではないか。あちしはそう思いまし」

「……ここには、神代の人たちが隠したいほどの宝が眠っている?」

「その可能性は十分あるかと」

 なるほど、辻褄は合っている。

「次が本題でし。あちしたちは、かなり奥まで来ましたよね」

「あれだけあった石が半分以下になるくらいにはね」

「あちしは、奥まで来たから魔獣が増えたのだと思いまし」

 ヘレジナが問う。

「理由は?」

「大切なものを守る方法。もうひとつは──」

 ヤーエルヘルが、人差し指を立てる。

「"誰かに守らせる"、でし」

「あっ」

 気付く。

「──魔獣か!」

「はい。宝は魔獣が守っている。であれば、魔獣が多いほうへ進むべきだと思いまし」

「すごいわ、ヤーエルヘル」

 ユラが、ヤーエルヘルの頭を撫でる。

「こちょこちょー」

 時折、獣耳を指で弄ぶ。

「くすぐったいでし……!」

「──…………」

 ずるい。

 俺もヤーエルヘルの獣耳に触ってみたいのだが、それは恐らくエロバカナト案件だろう。

「……魔獣の多い方向か。今のやつらは、向こうの右奥から来たように見えたよな」

「ひとまず指針は決まったな。危険があるかもしれないから、十分に休息を取っていくぞ。幸い、水と干し肉はまだまだある。まずは腹を満たしておくべきだ」

「わかった」

 僅かな休憩を済ませた俺たちは、蟲の魔獣の立ち現れる方向へと歩を進めていった。



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