2/ロウ・カーナン -11 通路の果て
「──はッ!」
二匹の魔獣を一息に断ち割る。
折れた神剣に付着した体液を振り払い、改めて索敵を行う。
「ヘレジナ、そっちは大丈夫?」
「大丈夫だ」
「魔獣は、前からしか現れてません。道は合ってると思いまし」
蟲の魔獣との遭遇頻度が増してきている。
目的の場所が近いのかもしれない。
「……カナト、気を付けて」
「大丈夫だよ、ユラ」
ユラの頭を、ぽんと撫でる。
だが、その最中でも、意識は周囲に向けている。
一匹たりとも俺の後ろに通さない。
そのくらいの覚悟で挑まなければ、ヘレジナの域には至れないだろう。
「──……ふー……」
大きく息を吐く。
集中が途切れかけていた。
俺は、漫画の主人公ではない。
覚悟のひとつ、怒りのひとつで、容易に覚醒できるはずもない。
今はただ、泥臭く努力を重ねるのみだ。
しばらく進むと、脇道がなくなった。
直線の道だけが、果てが見えないほど長く伸びている。
「──ヘレジナ! 二匹逃がした!」
「応!」
逃した二匹を目で追ったのが悪かった。
背後に気配。
慌てて首を傾けると、異形の虫の翅が俺の頬を切り裂いた。
「つ──」
「カナトさんッ!」
ヤーエルヘルの魔術が視界をかすめた刹那、
──ボンッ!
俺たちの頭上で爆発が起きた。
ぱたぱたと粘液が降り注ぐ。
「きゃっ」
「あっ! ご、ごめんなし……!」
灰色の粘液を頭からかぶったユラが、微笑んで言う。
「いいの。大丈夫。帰ってお風呂に入ればいいだけだもの」
「でも、きれいな髪が……」
「それより、カナト。傷を見せて」
「ああ」
治癒術の光が迷宮をほのかに照らす。
傷が治癒する際には、突っ張るような痛みを感じることがある。
だが、ユラの腕であれば、かすり傷などほんの一瞬だ。
「はい、終わり」
「ありがとう、ユラ。ヤーエルヘルも」
「傷口に粘液が入ると、よくないかもしれない。怪我をしたらすぐに言ってね」
とは言え、俺とヘレジナは、蟲の魔獣の体液でとっくにドロドロである。
「臭いがそんなにしないのが不幸中の幸いだよな……」
「多少生臭くはあるが、これならば山羊のチーズを頭からかぶるよりましだ」
「たしかに」
散発的に現れる魔獣を逐一駆除していき、やがて通路の果てへと辿り着く。
そこにあったものは、優に俺の身長の二倍はある巨大な両開きの扉だった。
鍵が掛かっていないのか、扉は薄く開いており、今この瞬間も隙間から蟲の魔獣が這い出している。
「──ここか」
「どうしまし……?」
「行くしかあるまい」
ヘレジナが、這い出してきた虫を斬り伏せる。
「だが、無闇に吶喊するのは愚策だ。扉の先は魔獣で溢れ返っている。その想定で、どう動くべきかを決めておく。ヤーエルヘル、炎術は使えるな」
「はい、使えまし」
「部屋に入った直後、ヤーエルヘルは頭上を注視しろ。即座に魔獣が襲い掛かってくるようなら、火法か炎術で対処してくれ。上方以外は私がなんとかする」
ユラが、神妙に尋ねる。
「わたしはどうしたらいい?」
「ユラさまは扉をくぐらず、いったんこの場で待機していただきたい」
「──…………」
ユラが、不満そうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべる。
「何もせず安全なところで待て、とは言いません。ユラさまは着火係です」
「着火係?」
「カナトは、自分ひとりでは炎を扱えない。状況に応じ、カナトの神剣に、火法、炎術での着火をお願いいたします」
それを聞いて、ユラが満足げに頷く。
「うん、わかった」
「俺は、その場判断でいいかな」
「ああ。カナトほどの手練れであれば、事前に動きを決めておくのは悪手だ。判断を阻害する可能性が高い。好きに動け」
「了解」
ヘレジナとヤーエルヘルが扉の前に立つ。
「ヤーエルヘル、合図はお前が出せ」
「えっ」
「お前が私に合わせるより、私がお前に合わせるほうが確実だ。好きなタイミングでいい」
「は、はい……!」
ヤーエルヘルが、二回、深呼吸をする。
そして、
「──行きまし!」
言葉と同時に、ヘレジナが扉を蹴り開けた。
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