2/ロウ・カーナン -7 カナン遺跡群

 歩を進めるごとに、住居が少なくなっていく。

 未舗装の道路は、いつの間にか、ひび割れた煉瓦へと姿を変え、崩れた石造りの建造物が景色を賑わせ始める。

 カナン遺跡群。

 考古学者に学術的価値が乏しいと判断されたのも頷けるほど、この遺跡は地味だった。

 象徴的な建造物もなく、ただただ廃都が広がっているのみだ。

 だが、その中に、一際新しく近代的な小城の姿があった。

「あれ、かなあ……」

 小城へと続く通りには、左右に露店が並んでおり、夏祭りの境内を彷彿とさせる。

 豆醤の香ばしい匂いに腹が鳴りそうになるが、そもそも通貨が違うし、仮に使えたとしても所持金はたったの十二ラッド。

 夏祭りの屋台では、かき氷すら買えはしない。

 空腹を誤魔化すように、冒険者らしき男性に声を掛ける。

「すみません」

「あ?」

 男性が、串に刺さった何かの肉を噛み千切りながら振り返った。

「迷宮の入り口って、あの城で合ってますか?」

「合ってるけど、今はやめたほうがいいぜ。新しく見つかった枝道から魔獣が溢れてきやがったんだ」

 ウガルデの情報は正しかった。

「ま、今は見の一手だな。そのうち、ロウ・カーナンから公式に魔獣討伐の依頼が出るはずだ。それを受けてからでも遅くはない。お宝探しのついでに依頼料もせしめられるんなら、そっちのほうが得だろ?」

「たしかに」

 だが、俺たちに時間は残されていない。

 あと四日間で百三十万シーグルを掻き集めなければいけないのだから。

「ありがとう」

「ありがとうございまし!」

 俺たちは、冒険者に礼を告げると、小城の門をくぐり抜けた。

 小城の内部は吹き抜けのホールとなっており、外観から受ける印象より遥かに広く見える。

 魔獣が原因なのか、人の姿はなく、閑散としていた。

「──あら、初めての方かしら」

 女性の声に振り返る。

 そこにいたのは、分厚い書物を胸に抱いた妙齢の女性だった。

「観光なら、今は諦めるか、ペルフェンかベイアナットへ回り込んだほうがいいわ。このすぐ下まで厄介な魔獣が這い出してきてるの」

「ふむ」

 ヘレジナが、ふと疑問を口にする。

「地下迷宮は繋がっていると聞いた。であれば、ベイアナットとペルフェンも危ないのではないか?」

「それは、この迷宮の複雑さを知らないがゆえの質問ね」

 女性が、苦笑して言った。

「たしかに、地下迷宮はすべて繋がっている。でも、闇雲に歩いて別の出入口から出られる可能性は極めて低いの。あちらまで辿り着けた魔獣は、きっといないでしょう」

「住んでいる魔獣すら迷うんだ。さすが迷宮だな……」

「そういうこと」

 女性が頷く。

 そして、出入口の傍に設えられた飴色のデスクに書物を置き、椅子に腰を掛けた。

 受付の人だったのか。

「それで、他に用はある?」

「迷宮に入りたい」

「私の話、聞いてなかった?」

「聞いた上で入りたいんだ。どうしてもお金が入り用でね」

「ま、いいけど。命の価値を自分で決めたと言うのなら、止める理由はないもの」

 女性が、書物を開く。

 そこには、人の名前らしき文字列と数字が、びっしりと書き込まれていた。

 名簿なのかもしれない。

「見たところ四人組のパーティみたいだけど、パーティとして挑戦する? それとも個人として挑戦する?」

 ユラが小首をかしげる。

「何が違うんですか?」

「支給される方位針コンパスの数が変わるの」

 受付の女性が、直径五センチほどの球体を取り出す。

 ガラス製なのか、透明で、片側の端を赤く塗った針が球体の中に浮いていた。

 針は、ほぼ真上を示している。

「この小城の最上階に、半輝石セルで作られた魔力体がある。この方位針コンパスは、常にその魔力体の方向を指し示すの。方位針コンパスなしで迷宮へ挑むことは、ラーイウラの法で禁止されている。パーティとして挑戦するなら、方位針コンパスはひとつ。個人として挑戦すれば、方位針コンパスは合計でよっつ。予備の方位針コンパスがあったほうが、当然、生存率は上がるわ。あなたたちはどうする?」

「その方位針コンパスって、いくらなんだ?」

「五百アルダンになります」

 そうか、通貨が違うんだった。

「……一アルダンって、何シーグル?」

「一度きんを経由する必要があるけど、だいたい十二シーグルと七ラッドくらいね」

 頭の中でそろばんを弾く。

「──六千二百シーグル!?」

 日本円で言えば、おおよそ百二十万円だ。

「一攫千金どころか、夢も希望もあったもんじゃない……」

「どうしまし……?」

 困った。

「お金のない人のために、貸出も受け付けてるわ。その場合、パーティのみでの挑戦となって、宝を見つけた場合の課税に方位針コンパスぶんが上乗せされるけど」

 世知辛い。

「……見つけられなかった場合は?」

「貸出料を徴収します。買うよりましだと思ってね」

「──…………」

 これで、なにがなんでも宝を見つけなくてはならなくなった。

「わかった。その条件で頼むよ」

「では、取り急ぎパーティ名だけお願いします」

「ワンダラスト・テイルだ」

「でし」

 受付の女性の目が見開かれる。

「ワンダラスト──ワンダラスト・テイル!? ベイアナットで貴族の家を吹き飛ばした、あの?」

「は、はい……」

 ヤーエルヘルが、目を白黒させる。

 まさか、こんな形で名前が知れ渡っていようとは思わなかった。

「貴族はいくらでも爆殺していいけど、迷宮は壊さないでね」

「爆殺しません、壊しません!」

 名簿に必要事項を書き終えた受付の女性が、俺に方位針コンパスを渡す。

「ありがとう」

「破損、紛失の場合、弁償していただきます。よしなに」

「うん……」

 当然ではある。

「いま、"扉"を開けるわね」

 やおらに立ち上がった受付の女性が、ホールの中央へ足を向けた。

 よくよく見てみると、ホール中央の床だけが金属製だ。

 女性が、金属製の床の片隅に埋め込まれた宝玉に触れ、目を閉じる。

 すると、


 ──ゴゴ、ゴ、ゴゴゴ……


 金属製の床が、まるで跳ね橋のように開き始めた。

 なるほど、"扉"である。

 二メートルほどの高さで止まった"扉"の下には、地下へと続く階段が伸びていた。

「おお……!」

 思わず感嘆の声が漏れる。

「わ、なんかすごいね」

 俺からすれば、"なんかすごい"どころの話ではない。

 男の子は、こういうギミックが大好きなのだ。

「──よし、行こう!」

「なんだ、急にやる気に満ちて」

「やる気がないよりいいだろ」

「違いない」

 ヘレジナが口の端を上げた。



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