1/ベイアナット -8 パーティ名を決めよう!

「──さ、召し上がれ」

 粗末な木の食卓の上に、香り立つ料理の数々が所狭しと並べられている。

「……すごいな、これは豪勢だ」

「こんなごちそう、初めて見たかもしれないでし……!」

「ふふん。ユラさまは、治癒術だけでなく料理の腕も天下一品である。皆の者、身に余る光栄に震えながら食すがいい」

 ユラが苦笑する。

「そこまでしなくてもいいけど……」

「それじゃ、いただきます!」

 しっかりと手を合わせ、フォークを手に取る。

「ユラ。フルルカを使った料理って、どれ?」

「シチューと、タンナータ。大きめに切ってあるから、具材の味がよくわかると思う」

「……タンナータって、何?」

 聞いたことのない料理だ。

「えと、どう言ったらいいでしょう。肉と果実を豚脂で煮たもの、なんでしが……」

「じゃあ、豚肉料理?」

「豚脂は別に買えたから、今回は山羊肉。すこし癖のある肉だけど、果実で臭みは取れてると思う」

 俺は、アヒージョにも似た料理の盛られた皿を手に取った。

「この黄色いのがフルルカかな」

「うん」

 フルルカにフォークを刺し、口へ運ぶ。

 最初に感じたのは、果実を煮込んだラードの爽やかな甘み。

 フルルカを噛み締めると、口の中でほくほくと崩れた。

 その食感は、カボチャの煮物とよく似ている。

「へえー、火を通すとこうなるんだ」

「……どうかな」

「美味しい。俺の故郷だと果実を煮るって発想があんまりないんだけど、甘さは控えめだし、塩気はちょうどいいし、かなり行けるよ。豚の脂で煮てるのに、ぜんぜん油っぽくないし」

「よかった……」

 ユラが、ほっと胸を撫で下ろす。

「食後に感想をもらえたら、もっとカナト好みにできると思う。遠慮なく言ってね」

「うん、ありがとう」

 嬉しそうに微笑むユラの姿が、とてもいじらしい。

 ほっこりと胸が温かくなる。

「──おいしいでし! おいひいでし……!」

 賛美の声を上げながら、ヤーエルヘルがユラの料理をがつがつと食べ進めていく。

「ああ、ほら、頬に跳ねているぞ」

 ヘレジナが、懐から取り出したハンカチでヤーエルヘルの頬を拭う。

「むい」

「料理はどこへも行かん。誰も取らん。だから、ゆっくり食べるのだぞ」

「はい……」

 微笑ましい光景だ。

 料理が残り僅かになったころ、ヘレジナが口を開いた。

「──そうだ、パーティ名を決めなければならんな」

「あー……」

 忘れていた。

 忘れていたかったとも言う。

「いちおう、私も考えてみたのだが……」

「──…………」

 いちおう、聞いてみることにする。

「"ハラドナの誇り高き黒き風"、というのはどうだろう」

「……あちゃー」

「あちゃーとはなんだ、あちゃーとは!」

「いや、だって」

「ちょっと長いかも……」

「うぐ」

 ユラの言葉に、ヘレジナが言葉を詰まらせる。

「結局は、"黒き風"とかって略して呼ばれそうだしさ」

「……まあ、それはそうかもしれん」

「ヘレジナさんは、パレ・ハラドナの出身なのでしか?」

「そうだ。秘密だぞ」

 秘密になってないんだよなあ。

「わたしたちは、パレ・ハラドナを出奔した身。それを連想させる単語は、入れずにおくのが無難かしら」

「……仕方がありません。では、"誇り高き黒き風"で」

「──…………」

「文句がありそうだな、カナト」

「何も言ってないだろ!」

「目が言っている。代案があるなら口にするがいい」

「……代案ってほどじゃないけど、こう、あんまりカッコつけたくないっていうか。四人だから、シンプルに"カルテット"とかさ」

「それでは、四人組のパーティであればすべて該当するではないか。私たちを示す名としては不適当だ」

「うーん……」

 小首をかしげ、ユラが尋ねる。

「ヤーエルヘル、他のパーティはどんな名前を付けているの?」

「そうでしね……」

 しばし思案し、ヤーエルヘルが答えた。

「出身地が揃っていれば、出身地をパーティ名に組み込むことが多いみたいでし。アーウェン出身だから"アーウェンの子守歌"とか、カイオス城の門番だったから"カイオス・ゲート"とか」

「ほら」

 ヘレジナが得意げに胸を張る。

「今日までお世話になってたハイゼルさんのパーティは、"誉れ高き銀の刃"という名前でした」

「──…………」

「──……」

 沈黙ののち、ヘレジナが呟くように言った。

「やめよう」

「うん」

 あまりに印象が悪すぎる。

「ユラは、何か思いつかない?」

「……ごめんなさい、具体的にはまだ。ただ、出身地を入れる人がいるのなら、わたしたちの共通点を上手く組み込めないかしら」

「共通点か」

 当然、出身地は論外だ。

「性別は俺だけ違うし、年齢もバラバラ。役割も、剣術と魔術とで綺麗に分かれてるよな」

「あ、誕生日なんてどうでしか? 合ってれば、でしけど」

「誕生日……」

 ふと、疑問がよぎる。

「そもそも、この世界の一年って、何日なんだ?」

「三六〇日だ」

「きっかり?」

「きっかり」

「……俺の誕生日、七月三十一日なんだけど、暦にある?」

「三十一日、でしか……」

「サンストプラの暦は、季節ごとに、前節、中節、後節に分かれていて、それぞれが三十日間なの。暦を、新年である冬から数えるとすると、カナトの誕生日は、夏の前節と中節のちょうどあいだになるのかな」

「なるほど……」

 逆算すると、こちらの世界で言う一月から三月までが冬、四月から六月までが春、七月から九月までが夏、十月から十二月までが秋であるらしい。

「あ、そうだ。今ってどの月の何日なの?」

「ええと、春の中節、二十二日だったと思いまし」

「春だったんだ」

 ヘレジナが呆れたように言う。

「そんなこともわからずに旅をしていたのか」

「仕方ないだろ。最初にいたのが流転の森で、季節感もクソもなかったんだから……」

「暦のことも話題に挙がらなかったものね」

 ヤーエルヘルが目を見張る。

「流転の森って、たしか、パラキストリの東にある神人大戦時の要害でしよね。あんなところに入って、よく無事でしたね……」

「ほう、詳しいな」

「あちしの師が、よく聞かせてくれたのでし。筋金入りの旅人で、世界中行ったことのない場所はないっていつも自慢してましたから」

「──…………」

 ヤーエルヘルの言葉を受けて、ユラが呟くように口を開いた。

「旅……」

「旅、ですか?」

「わたしたちの共通点は、旅人ってことかなと思って。アインハネスへ入国したとしても、腰を落ち着ける当てはないのだし」

「なるほど。では、旅か、旅に近い意味の単語を組み入れましょう」

「そうしまし!」

 思った通り難航はしているが、ユラのおかげで指針はできた。

「……案外楽しいな、こういうの」

 ユラが頷く。

「わかる」

「わくわくしましね」

「こら、真面目に考えんか」

「根を詰めても良いアイディアが浮かぶとは限らないわ。こうして楽しみながら考えるのもひとつの方法だと思う」

「ユラさまがそう仰るのであれば……」

「いちばん楽しそうだったくせに」

「……そんなことは断じてないぞ。カナトの目は節穴であるな」

 ヘレジナが、目を逸らしながらそう言った。

 わかりやすいにも程がある。

 そんなふうにわいわいと騒ぎながら、夜は更けていった。



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