異世界は選択の連続である ～自称村人Ａ、選択肢が見える能力"羅針盤"に叛逆し自らの力のみでヒーローを目指す～

３／地竜窟 -2 選択肢への反抗

　地竜窟。

　それは、ハバラ湿原のほぼ中央部に位置する岩山に空いた、地殻を穿つ虚穴である。

　その入口は、まるで、竜があぎとを開いているようにも見えた。

「さっさと入ろう。遅くなると、飛竜騎団の二陣が来るかもしれない」

「……いえ」

　意を決したように、ユラが口を開いた。

「第二陣の可能性があるのなら、カナトとヘレジナには、地竜窟の入口を固めておいてほしい。儀式には、わたしとルインラインだけで行く」

「いや、俺も──」

「カナト殿。不肖の弟子だけでは、ちいと役者が足りん。ふたりでここを守っていて頂けると、たいへんありがたいのだが」

「──…………」

　ふたりの言葉はもっともだ。

　だが、ユラとルインラインが結託し、俺とヘレジナを地竜窟に入れまいとしているように感じるのは、果たして気のせいだろうか。

「……わかった。ふたりがそう言うのなら」

　そう答え、適当な岩に腰掛ける。

「──カナト。それに、ヘレジナ」

　ユラが、たおやかに告げる。

「本当に、ありがとう。ハルユラ＝エル＝ハラドナは、あなたたちのおかげで、今ここに立っています。パレ・ハラドナへと帰り着いた暁には、思うがまま、望むままの褒美を取らせましょう。カナトが元の世界へ戻ることを望むのであれば、パレ・ハラドナという国家それ自体が、あなたを支援します」

　ユラが、右手の甲をこちらへ向け、深々と頭を下げる。

「エル＝タナエルに誓って」

　しばしのあいだ頭を下げ続けていたユラが、踵を返し地竜窟へ向かう。

「ユラ！」

「──…………」

　俺の声に反応してか、ユラが一瞬だけ立ち止まる。

　だが、結局は、こちらを振り返ることすらなく、早足で暗闇へと姿を消してしまった。

「それでは、警備を頼む」

「はい、師匠」

　ルインラインが、ユラの後を追う。

　ふたりの背中が見えなくなると、沈黙が場を支配し始めた。

　考えてみれば、ヘレジナとふたりきりなんて、初めての経験かもしれない。

「……カナト。隣、いいか」

「うん」

　大荷物を下ろしたヘレジナが、俺と同じ岩に、背中合わせに腰掛ける。

　触れてこそいないが、ヘレジナの体温が感じられる距離だ。

「妙だと思わんか」

　忌憚なく頷く。

「思う」

「私は、そもそも、儀式の具体的な内容すら聞かされていない。尋ねれば尋ねたで上手くはぐらかされてしまう。仮に、飛竜騎団の件がなかったとしても、何かと理由をつけて置いていかれた気がするのだ」

「……同じく」

「だが、ふたりの言葉にも理がある。飛竜騎団の二陣がすぐさま現れれば、儀式を邪魔される可能性がある。入口を固める者が必要なのも、また、確かだ」

「──…………」

「理性は、ここで待てと言う。感情は、後を追えと囁く。カナト。私は、どうしたらいいのだ……」

　時が歩みを緩め、選択肢が現れる。

【白】ここで待つ

【黄】後を追う

「……この場で待てば、危険はない。飛竜騎団が来たとしても、"銀琴"で容易に対処可能な数だと思う」

「──…………」

「後を追えば、よくないことが起きる。この場合の"事態の悪化"が、具体的に何を意味するのかは、わからない。俺の身に危険が及ぶのかもしれないし、儀式に邪魔が入るのかもしれない。"羅針盤"に従うのなら、この場に留まるべきだ」

「そう、か……」

「だけど」

　拳を握り締める。

「俺は、選択肢の奴隷じゃない。たとえ愚かと言われても、不合理だと言われても、相葉奏刀はふたりを追うべきだと思う」

「──…………」

　ヘレジナが立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。

「ヘレジナ＝エーデルマンも、同じ気持ちだ」

　握り慣れたヘレジナの手を取り、立ち上がる。

　小さいが、固く、力強い手のひらだ。

「すぐに追えば、ルインラインに気取られる。ただ待つのもつまらないから、小細工をしておこう」

「小細工？」

「ヘレジナ。荷物から、着替えを何着か出しておいて」

「よくわからんが、わかった」

　岩山だけあって、周辺には、一抱えほどもある岩がごろごろ落ちている。

「──よいッ、しょお！」

　雪だるまの要領で、二段、三段と、岩の上に岩を重ねていく。

　腕と腰がミシミシと音を立てるが、ヘレジナに頼むわけにも行かない。

　身長的な意味で。

「着替えは出したが……」

「貸して」

「ああ」

　ユラの上着を借り受け、重ねた岩に被せる。

「よし」

「これは、なんなのだ？」

「案山子」

「かかし……」

「遠目で見れば、人影に見えるだろ」

「見えなくはない、と、思う」

「飛竜騎団は、遠当てと"銀琴"──超長距離からの攻撃で壊滅した。指揮官が無能でなければ、こちらの視界に入ることを嫌がるはずだ。だから、ここに人影がある限り、容易には攻めてこれない」

「……そういった小細工も、"羅針盤"の指示なのか？」

「いや、単に俺がずる賢いだけだよ。"羅針盤"は、もっと大雑把だから」

「そうか！」

　ヘレジナが、ばんばんと俺の背中を叩く。

「──だッ、あだッ、づあッ！」

　師弟揃ってこの野郎。

　ふたりぶんの案山子を作り上げたのち、俺たちは、ユラとルインラインを追って地竜窟へと足を踏み入れた。

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