第33話 証明
城下の外れ。少し暗い路地に少年が一人何かを待っていた。彼は庶民の子どもの格好はしているが、どことなく気品に満ちていて、見る人が見れば貴族の子と一目でわかるだろう。黒髪に琥珀色の瞳をした涼やかな顔立ちの綺麗な少年だった。
「誰を待っているの、ディーノ?」
少年は自分の名前を呼ばれると思わず、肩を大きく震わせて振り返った―――。
「ごめんね、君を怖がらせたいわけじゃないんだよ」
慌てて、ルカのフォローが入った。私とルカはディーノの後をつけて、この路地まで来ていた。彼には悪いが、とある手がかりを彼が握っている可能性が高いため、後をつけさせてもらった。彼がしらを切る可能性もあったので、こうやって追ってきたという訳だ。
「な、何か御用でしょうか・・・」
突然現れた王弟と神獣に動揺を隠せないようだ。貴族の、しかも公爵家の跡取り息子である彼が来るにはこの辺りは治安が悪すぎる。家族に告げ口されるのを恐れているのだろう。
「いやあ、たまたま目に入ったものだからどこ行くのかなー、危ないなーって思って。所で誰を待っているの?」
「・・・友達を待っています」
「へぇ、平民の友達がいるんだね」
ルカの言葉にディーノは少しムッとした顔になった。いやいや違うよとルカは誤解を解こうとした。
「僕にもいっぱいいるから平民の友達。君を責めたわけじゃないよ。その友達どんな子なのかな?男の子?女の子?」
「・・・女の子です。元気な子です」
「どんな見た目かな?」
「・・・」
渋々質問に答えていた彼の口が急に閉じた。なるほど。たぶん何となく彼もそのお友達の正体に気が付いているな。彼の後を追ったのはどうやら正解だったらしい。それ以上の友達の容姿については聞かず、別の質問をした。
「彼女がどこに住んでいるか知っている?」
「知っていますけれど、誰にも言わないと約束しているので・・・」
「でも君も薄々気が付いているんでしょう?彼女とそのお父さんに会いたい人はいっぱいいるんだ。どうにか教えてくれない?」
僕だってその一人だよとルカが私の後に続けた。迷っていたようだが、ディーノはその家の場所を教えてくれた。私たちは早速地図に従い、その場所へと向かった。
古びた小さな家だった。とはいえちゃんと掃除がされて、汚い印象はない。ルカが扉を叩くと、中からフードを被った少女が出てきた。
「こんにちは、ロレンツォさんはいるかな」
「・・・少々お待ちください」
お父さーん、お客さんだよーと少女が部屋の中にむかって叫ぶ。足音が聞こえて、中から長身の男が出てきた。
「お待たせいたしました。一体どちらさん・・・」
「久しぶり、ロー兄さん」
「人違いです」
そう言って男は扉を閉めようとした。彼の行動を予測していたのか、すぐさま足を出してそれを止めた。私はとっさに目の前の少女のフードをめくった。
「これでも赤の他人ですか?ロレンツォ第二王子」
彼女の髪が風でなびいた。ルカと同じ水色の髪の綺麗な髪だった。
何故第二王子の居場所が分かったか、これもゲームの知識からである。
第二王子の娘・・・、王族の特徴である水色の髪の彼女は「恋と魔法のヒストリア2」のヒロインなのだ。ゲームの開始は、彼女が十五歳になった時。平民として育った彼女は、十五歳の時にルカが街で見つけ、城に連れて来られる。両親が亡くなっている彼女は養子になり、第二王女になるのだ。現時点では亡くなっているのは元メイドの母親だけ。だからこそ私も二人を早く見つけたかった。第二王子が見つかれば、彼女が養子になることもないので不安要素を一つでも取り除ける。
第二王子の居場所の手がかりとして私が目を付けていたのが、『恋ヒス』シリーズでは恒例となっている主人公とメインヒーローの幼少期の出会いイベントだ。これはメインヒーローだけの特権であり、ゲームの冒頭で必ず流れるものだ。一作目のヒーローであるアーサーの出会いイベントは私たちが潰してしまったのだが、ディーノのイベントはまだ終わっていないのではないかと思い、ルカに頼んでディーノを張っていたのだ。
それ自体思い出したのがアーサーと別れた直後だったので、もしかするとこのイベントが終わっている可能性ももちろんあった。主人公とロレンツォは、住処を転々としているので、イベントが終わると引っ越してしまうのだ。彼女のイベント時の年齢は確かに今の年齢と覚えていたのだが、季節までは覚えていなかったので少し不安だったが何とか間に合ったらしい。
見つかって安堵したのも束の間で、彼ら二人を国王様の前に連れて行くと、以前言っていた通り本当に国王様は弟の顔を思いっきり張り飛ばした。大号泣しながら何度も何度も殴った。ロレンツィオさんは一つも抵抗せず、ただその拳を受けていた。何とかルカが止めてその場は収まり、お互い頭を下げて謝った。
これで仲直り・・・だろうか?ロレンツィオさんは生死不明扱いにされていたので王族として復帰できるそうだ。これからは大公である大叔父様の仕事を手伝って、後々は大公として土地と仕事を引き継ぐ予定だ。大公様同様、彼もまた娘しかいないので、後腐れがなさそうだ。
主人公こと、ソフィア・フォン・アクアノーツとなった彼女は城に来てからずっと不安そうに周りをきょろきょろ見ている。ゲームでも彼女はルカに連れて来られるまで、自分が王族だと知らなかったのだ。この小さい彼女ももちろん知らなかったのだろう。
「大丈夫?具合とか悪くない?」
私が話しかけるとぴくりと肩を震わせたが、しっかり頷いた。
「大丈夫・・・です」
私が神獣というのはさすがに知っているらしく、たどたどしい敬語で返事をしてくれた。うーん、それにしても彼女もまた可愛い。流石ゲームの主人公だ。アクアノーツ王家特有の湖のような水色の髪に青空のような澄み切った瞳はもちろん、活発そうなボブカットがよく似合っている。これからアルベルトとスノウリリイとも顔合わせするのだが、果たしてどうなるのだろうか。
治ってきているとは言え極度の人見知りのスノウリリイと、先日不安定な様子を見せたアルベルト。ソフィアは王妃様や大公様とは、先に顔を合わせた。少し時間が経って落ち着いたのか、はきはきとして受け答えをしていた。二人からはなかなかの好感触で兄妹の前に出てきたわけだが、スノウリリイはやはり緊張しているのか彼女のことを睨みつけていた。
「スノウリリイ、顔、顔」
「あ。ごめん」
謝って顔を崩したが、睨んでいるのが無表情に変わっただけでやはり怖い。ソフィアが勘違いしないことを祈りたい。
「初めまして、ソフィアです」
「ソフィア、今のお前はもうソフィア・フォン・アクアノーツだ」
「あっ、そうだった。初めましてソフィア・フォン・アクアノーツです」
慌てて言い直して、真っすぐ二人の方を見た。先に口を開いたのは、アルベルトだった。
「こちらこそよろしくね、ソフィア。僕はアルベルト。こっちは妹のスノウリリイだよ。これから仲良くしてね」
「よろしく」
二人の挨拶を見ると、彼女は大きな目キラキラ輝かさせて羨望の眼差しを二人に向けた。
「本物の王子様とお姫様だ・・・!」
「お前さんもお姫様って言えばお姫様なんだぜ、お嬢ちゃん。まずはマナーのレッスンが必要みたいだが」
大公様がちらりと彼女の父の方を見ると、彼は肩をすくめた。
「ええ、そんなの教えてないですよ。料理と掃除ならソフィーは得意ですけれどね」
大公様はこの子とそこの馬鹿を鍛えてからまた来ると言って、二人を連れて領地に帰って行った。
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