第32話 エゴイスト

 原作のスノウリリイは、魔神の核部分にされてしまい、命を落とす。その企みをしたのが、悪役令嬢のマリアとその兄エミリオだった。どちらかというとエミリオの方が主犯であった。マリアは優秀だけれど、騙されやすかった。本当は純粋なため、善悪の判断の部分が少し弱い。




 エミリオは現時点では痩せた少女のような顔の少年だ。彼についてわかっていることというと、彼はアルバス家の本当の子どもではない。公爵の知人の他国の没落貴族の子どもだ。売られる寸前だったところを公爵に助けてもらい、養子になったのだ。エミリオは公爵夫妻に対して恩義を感じているが、二人の兄妹についてだけは別だ。彼はこの二人のことが大嫌いなのだ。こうやって今もにこにこと笑いかけているが、目の奥は全く笑っていない。




 彼にとって、二人は将来の成功が決まっている輝かしい人間だ。片や次期宰相、片や次期王妃。没落貴族の子どもで、養子という微妙な立場の自分と比べて僻んでいた。そんな彼の憧れの存在がスノウリリイだ。スノウリリイも王女で次期公爵夫人なのだから、本来は嫌いな存在のはずである。しかし、彼はそうは思わなかったらしい。彼女の孤高の姿が好きなのだろうか。でも、今のスノウリリイは別に孤独でも何でもないしな・・・。じゃあただの面食いなのかもしれない。そんな彼の選択が、スノウリリイが自分のものにならないなら、魔神に捧げて完璧なものにしようというものが極端すぎて何とも言えない。








 まあ、その彼が私の推しキャラなのだが。彼は攻略対象ではなかったし、ラスボスなのだけれども私は何故だか彼が好きだったのだ。彼だけがスノウリリイのことを好きだったからかもしれない。


 ちなみにエミリオは本編では非攻略対象だったが、ファンディスクだと攻略が可能だ。発売当時は大喜びでプレイしたのだが、ストーリーの無理やり感がきつくて、がっかりした記憶がある。その時に自分が彼本人というよりは、スノウリリイと彼の組み合わせが好きなのだと気付いた。いわゆるカプ推しだったのだ。




 この世界に転生した当初、その二人を引っ付けてしまおうかとちらりと考えたが止めた。それこそ世界を自分のものみたいに扱うようで気が引けたのだ。実際にスノウリリイ達と出会うまでどこかゲームの世界と思い込んでいたのかもしれない。ゲームなんだから、簡単に選択肢で変わるのだと。それは間違いだとわかったのはどこからだろう。




 ゲームでは描かれていなかったスノウリリイの孤独の理由を知ったからだろうか。ゲームと全く性格も見た目も違うルカと出会ったからだろうか。ゲームでは出てこないローラたちのことを知ったからだろうか。私以外の転生・召喚者がいた跡を見たからだろうか。アーサーがこちらに関わって来た時だろうか。もうこの世界は私にとって、既に自分が住む世界なんだろうな。そんなことをふと考えていた。








「楽しかった・・・」




 彼らが帰ると、スノウリリイは満足げに呟いた。




「良かったね」




 彼らは私が観察した限りでは、どこか怪しい感じの子はいなかった。ラスボス予定のエミリオもだ。ただ、やっぱりアルバス兄妹のことは嫌いなのかなという節はあった。他の子は気が付いているかはわからないけれど。




「スノウリリイ」




 ふいに誰かが彼女を呼ぶ声がした。振り返ってみると、アルベルトがこちらに向かって歩いて来ていた。




「皆と遊んでいたんだね」




「ええ」




「マリア嬢以外とも仲が良さそうで安心したよ」




 人見知りなのによく頑張ったねと頭を撫でた。普段なら嬉しそうに彼の顔を見つめ返す彼女だが、今日は彼の顔を見ようともしなかった。よく見ると、後ろにもう一人少年が立っていた。




「スノウ、ほら下を見ていないで。挨拶をして」




「お会いできて嬉しいです。王女殿下」




「・・・はい。久しぶりですね。ディーノ」




 ディーノ・リーヴス・・・。ゲームのメインヒーローだ。仕方なしに顔を上げて、スノウリリイは答えた。にこにこ微笑んでいるアルベルトは、彼女の手を引いて歩き出した。




「少し話があるんだ。いいかな?」




「わかった」




 了承を得る前に歩き出しているが、彼女は抵抗することはない。同じように後ろをディーノも着いてくる。私は彼とは今日が初対面だ。今日でゲームのキャラクターほとんどと出会うことになった。




「こんにちは」




「はい、こんにちは。初めまして、ディーノ・リーヴスと申します」




「うん、よろしくね」




 それだけ言うとお互い黙った。この状況が何だか嫌な予感がして、悠長に話している気分じゃないのだ。予感が当たらないことを祈りながら、彼らの後ろを追った。








 アルベルトが連れてきたのは彼の部屋だった。人払いをすると、早速切り出した。




「今日来てもらったのは、スノウの婚約についてなんだけれど」




 アルベルトの口からその話題が出ると思っていなかったのか、スノウリリイは少し目を動かした。この場にはゲームでの婚約者ディーノ。そういうことね。




「スノウ、僕はディーノと婚約するのが一番いいと思う」




 嫌な予感ほど当たるものだ。兄から言われると思っていなかったためか、面食らっている彼女に変わって、彼に反論した。




「アルベルト、そういうのはダメって言われていたよね。決めるのはスノウリリイ。誰かが指示することは禁止されているはずだよ」




 彼女が自分で決められるように、誰かが彼女に婚約についての後押し等は王様が禁止した。他国と結託した貴族が幼いスノウリリイを誘導したりしないようにだ。それは王様自身や王族たちにも該当する。見張っていて欲しいと言われたため、私がほぼずっと見ていたが今のところはそういった動きをした人間はいなかった。今平和なこの世界では、どこの国に嫁いでもアクアノーツに損がないため、どこでも構わないと思っているものが多いのだ。そんな中、堂々とルール違反をして来たという訳だ。




「そうですね。しかし、スノウが決められずに困っていると僕は判断したので。妹の手助けをしたかっただけなのです」




 妹を導くのも兄の役目ですからと、首を傾げて困った顔を見せた。そんな顔したって駄目だよ。これは明らかに越権行為だ。




「いいえ、お兄様。それには及びませんわ。もう相手は決まっていますから」




 だから心配いりませんとスノウリリイが言うと、今度はアルベルトが焦った顔になった。




「誰にしたんだい?僕にだけ教えて」




「教えません、お兄様には」




「じゃあ、他の人間には言っているの」




「・・・お父様にはもうすぐ言います」




「そうなんだ」




 急に険悪な空気になった二人の顔をきょろきょろとディーノが見比べる。明らかにイラつくアルベルトを初めて見た。




「そんなにこの国を出たい?」




 唐突にそう聞いたアルベルトをスノウリリイは睨んだ。




「何が言いたいの?」




「自由に相手を決められるのなら、わざわざ遠い異国に行かなくてもいいだろう。この国でずっと僕や父上や母上のそばで暮らせばいいじゃないか」




「そんな理由で私は相手を決めない。この国のために私はその人を選ぶ」




 先ほどまでの業務的なやり取りではなく、一瞬で感情的に二人が変わる。彼女の答えに納得できないのか、アルベルトは皮肉るように笑った。




「この国のためなら、神の愛し子を外に出さないということは考えないのか?」




「?別に私はこの国にそこまで必要でもないと思うわ」




「そんなわけないだろう」




「お兄様もいるし、もしもの時は叔父様もいるじゃない。女の私の仕事は外との繋がりを作ることでしょう」




「そんなわけないだろう!!!」




 一体何を言いたいんだ?この子は。スノウリリイに他国に行って欲しくない?でもそれがどうも寂しいからとかそんな理由に見えない。




「一体どうしたの、アルベルト。あなた、何を焦っているの?」




「・・・僕は・・・」




 何かを言おうとしたが、きっと口を結んだ。そして、スノウリリイに自分の部屋に帰る様に促した。




「ちょっとアルベルト」




「スノウが教えてくれないのだから、僕も話したくない。ごめんなさい、神獣様」




「お兄様・・・」




「呼び出して悪かったね。スノウの言うとおりだ。僕には何の権限もないんだったよ。今日のことは忘れて欲しい」




「ええ、誰にも言わないわ」




 そう約束して、部屋から出た。扉の隙間から見えた何か言いたげな顔をしたディーノが気になった。








「なんでアルベルトはあんなこと言ったのかな。公爵に何か言われたのかな」




「それにしてはディーノが大人しかったから、たぶんお兄様の意志だよ」




「なるほど・・・。だったらますますなんで?」




 別に相手ならあと二人、ディアゴか二コラでも良かったはずだし。まあ、そこは誰でもいいのかもしれない。どうもこの国にスノウリリイがいることにこだわっていたようだし。




「スノウリリイがどこかに行っちゃうのが寂しいのかな?」




 的外れだと思ったけれど、そう言ってみると、スノウリリイはそうだねと笑った。彼女がこれ以上何も話す気がなさそうだったので、その日はこれで話が終わった。後にこの時のことを深刻なことと捉えなかったことを、私は後悔することをまだ知らない。


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