第34話 アクアノーツ王国とフラム帝国

気が付くと暑かった季節はとうに過ぎ、季節は少しずつ冬に近づいていた。前から約束されていたフラム皇帝親子の訪問もついにやって来た。準備がばっちり整えられて、揃って彼らを迎えた。




「よくぞいらっしゃいました」




「こちらこそ受け入れありがとう」




国王と皇帝は手を握ったまましばらく黙っていた。アクアノーツとフラムがこうやって大々的に交流するのはなんとほぼ百年以上ぶりだそうだ。きっと二人も感慨深いものがあるのだろう。




皇帝の隣に立つアーサーは、緊張しているのかガチガチだ。もしかすると、ドラゴンだってバレることを心配しているのだろうか?いや、絶対気が付かないと思うけれど・・・。








それぞれ挨拶を済ますと、アーサーは別部屋に連れていかれ、皇帝と王は二人だけで話したいと篭ってしまった。それを見ていたルカは、ぽつりとつぶやいた。




「元々あの二人は友人なんだよ」








「こうやって二人で話すのは久しぶりだな」




「そうだな、学生時代ぶりだ」




二人の指導者は向かい合いながら、そう静かに言葉を交わした。彼らはかつて同じ学び舎に通っていた。全寮制で優秀な人間ならば誰でも入れるこの世界の『学び』の最高峰である学院。同じ年の彼らは共に何度も机を並べた。かつて彼の弟であるルカがリオートの皇帝と同じ授業を受けたように。彼らはとてもいい友人だった。




「今までも何度か会おうと言ったのに、今回は受け入れてくれたのはどういう心境の変化だ?」




「それに関しては・・・すまない。俺の気持ちの問題というか・・・。本当は俺から君の方に行くべきだった」




「いや、別にそれはいいんだが。相変わらずって感じだな」




でも、前より顔に自信が見えるぞと皇帝が――、アーロンは笑った。彼らは友人として共に過ごした頃にとある約束をしていた。




「で、今回は受け入れたということはお前の心の準備は出来たということでいいのか?」




「ああ、今度こそフラムとアクアノーツをもう一度繋ごう」




少年時代の彼らが約束したのは、自分たちの国の国交を正常に戻すことであった。現在もお互いの国の品物が全く入ってこないわけではない。完全に閉じたものではなく、お互いに許可があれば通ることが出来るし、入国も出来るのだ。しかし、それは本当に窮屈なもので、正式に入国できるのは身元の確かな身分の高い人間だけ。品物は大体裏ルートで入ったものであった。




それを彼らは憂い、将来自分たちが王になった時には全部撤廃して自由に行き来が出来るようにしようと約束していた。夢を語る子供のように熱く当時は語り合っていた。




「本当に悪かった。父さんが反対するからとこんなに待たせてしまって。俺が情けないばかりに」




「もういいって。それよりまたお前と話が出来て嬉しいよ」




アーロンが歯を見せて笑うと、アルトも笑った。彼らはそのまま今後の予定について話していたが、ひと段落着いたところでアーロンは唐突に彼に感謝を述べた。




「そういえばさ、ありがとうなアーサーのこと。むしろこれを最初に言うべきだったわ。何回感謝してもしたりないよ」




「???なんの話だ?」




「何ってお前の娘ちゃんと弟くんが助けてくれたんだろ、俺の息子」




「いや、ルカはまだしもアーサー君とスノウリリイは今日が初対面のはずだが?」




繋がらない会話にやっと気が付いたのか、皇帝はははぁと息をついた。




「なるほどね。そういうことか」




彼は外に出て、アーサーとスノウリリイ、そしてルカを呼ぶように指示した。




「一体何なんだ?」




「まあ、今からわかる」




怪訝な顔をする国王に皇帝は人好きのする快活な笑みを向けた。








「ルカ殿、スノウリリイ姫、ありがとう」




部屋に入るなり、皇帝が二人に頭を下げた。アーサーの方を見ると、頷いて経緯を説明した。




「全て両親には話しました」




「え?でもそれじゃあ」




せっかくひっそりと帰したのに、こちらがアーサーの秘密を知っていることがバレているってこと?私たちがどうしようかと顔を見合わせていると、国王様が口を開いた。




「だから、一体何の話なんだ」








事情を説明すると、王様はますます険しい顔になった。皇帝はアーサーがドラゴンになっていたことまで彼に話してしまった。




「だからスノウはやたらあの赤いドラゴンをかばっていたのか。最初から気が付いていたのか」




「うん」




「それにしても誰にもアーサーのことを言っていないとは夢にも思わなかった」




皇帝は二人の方を見て感心した顔をした。しかし、一方の二人はあっけらかんとしている。




「なんか面倒なことになりそうだし。わざわざ仲が悪い同士を更に悪くする必要ない」




「同じく」




「お前たち・・・」




呆然とした顔の国王様。更に楽しそうに皇帝は笑う。




「で、どうするアルト。御礼金ならたんまり出せるぞ」




「・・・これは誰も知らないのだから別にいい。それより君のとこの宝石山を一つうちの専属にしてくれよ」




「謙虚なんだか、野太いんだかわからないな。それぐらい構わない。息子に比べたら安いものだ」




「そういえば気になっていたが」




王様はじろりとアーサーの方を見た。彼は居心地の悪そうに小さく縮こまった。




「つまり彼は私の娘と一か月近く同じ部屋に寝泊まりしていたわけだ」




やっぱりすごい機嫌が悪くなっているよ。父の機嫌の悪い理由がよくわかっていないのか、スノウリリイは父に対して当然と言った顔をした。




「お友達を泊めたらダメなの?」




「いや、そうじゃなくてね?彼は男の子だよね?マリア嬢たちを泊めるのとは違うっていうか」




「男の子だなんて見たらわかるよ」




相変わらずよくわかっていないスノウリリイ。埒が明かないので、私がアーサーは何もしていないのでとかばう。




「まあ、そこまで言うなら・・・」




「そうそう、許してやってくれ。ということでおじさんたちはまだ話があるから子どもは外で遊んでおいで」




「そうですね、それじゃあ自分も失礼しますね」




「いや、お前はダメだぞルカ。付き合え」




「え、普通に嫌です」




「そんな釣れないこと言うなよ、ルカちゃん。昔は俺たちの後をずっと追っていたじゃないか。可愛かったよな昔のルカちゃん」




「ああ、『お兄たん』って昔は呼んでいてな、とても可愛かった。それがこんなに冷たくなっちゃって・・・」




「わかったからもう止めてくれ・・・」




おじさん二人に押し切られてしまった。私と子どもたち二人は部屋を後にした。








 部屋に出るとアーサーは、こちらに向かって真面目な顔をした。二人はここに来てから初めてまともに向き合った。先ほどまではずっと初対面のフリをしていたからだ。




「スノウリリイ」




彼女の名前を言うと、彼はその手を取った。




「言った通りになっただろ?これから何度も俺たち会えるんだ」




 スノウリリイは一瞬何のことかわからないと言った顔をしたが、以前また会えるという約束をしたことを思い出し、同意するように頷いた。




「うん、また会えて嬉しい」




 ほんのりと頬をピンク色に染めて、彼女がはにかんだ。それを見て更に気分を良くしたアーサーは彼女に飛びついた。てか、私も巻き込んでるし。ぐえっ。




「わっ、突然抱き着いたら危ないよ。というかヴィーが苦しそう。緩めて」




「ごめん、二人に会えたのが本当に嬉しくて。もうちょっとだけ引っ付かせて」




ぎゅ~~~~~。




ぐるじい・・・。ん?何か足音が聞こえるような。音の方向に目を向けると、子どもの足が三つ見えた。あ、アルバス三兄妹じゃん。




「見かけない顔だな。誰だ」




「スノウ様から離れなさい!」




 口々にそう言うと、アーサーを剥がそうとした。しかし、急にぴたりと動きを止めて、何かに怯えだした。何事かと思い、彼らの視線の先を見た。アーサーだ。アーサーがじっと彼ら三人を見ている。




 彼が何を言う訳でも、怒っているわけでもないが、無表情でこちらを見つめているだけなのに妙な迫力があった。神秘的な金色の瞳は、何でも見透かすような恐ろしさがある。じっと黙って見ていた彼だが、一通り彼らを観察するとにこっと爽やかに笑顔を見せた。




「君たちもスノウリリイの友達だろうか。俺はアーサー。アーサー・エルドレッド・フラム


だ」




 一瞬誰だ・・・?という疑問を顔に出していた彼らだったが、名前と顔が一致したのか一斉に頭を下げた。




「申し訳ありませんでした!!!」




「いや、こちらこそ悪かったよ。王女に知らないやつが抱き着いていたら驚くよな」




 楽にして欲しいと彼が言うと、三人は肩の力を抜いたようだった。私たちの体をやっと放すと、三人にスノウリリイが問いかけた。




「三人とも何か用事が?」




「いえ、何も無いのですが、父にたまたま付いてきたので姫様を遊びに誘おうかと」




「そうだったんだね。わたし達も二人で遊んで来いって言われたの」




「ではアーサー皇子もぜひ一緒に」




「いいのか?!嬉しいな」




彼らはじゃんけんをして、鬼ごっこを始めた。スノウリリイが意外と足が速い。全力疾走なんてほとんどしたことないだろうに・・・。




「ん?」




 視線を感じてその方向を見ると、アルベルトがこちらを見ていた。話しかけようと口を開くと、背を向けてどこかに行ってしまった。暗い目だった。




・・・・。




「ヴィー?」




「なんでもないよ」




 そのまま、彼女たち遊んでいたらすっかりアルベルトのことを忘れてしまった。


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