第30話 愛の方向

「たくさんの国が侵略されるのよね?アクアノーツはどうなった?」


「それは」


 ユーリは口を開いて、一旦閉じた。言おうかどうか迷っているようだ。


「教えて欲しい。じゃあ、わたしはどうなった?」


 そう言われて、益々眉間にしわが寄る。逆に言いづらいだろう。そう思ったが、やはり教えることにしたようで再び口を開いた。


「皇帝になったアーサー皇子が最初に侵攻したのは、アクアノーツでした。国民にそれほどの死傷者は出なかったようですが・・・、貴族のほとんどを処刑したそうです。確か三分の一ほどの人数しか残らなかったはず。そして、王族なのですが・・・いえこれは聞かない方がいいでしょう。全員命を落としたとだけ言わせてください。そして、あなたのことですが。あなたは侵略の前に既に亡くなっていました」


「・・・・」


 スノウリリイはじっと黙った。悲しむような様子はない。最低でも三十年後にはこの世にはいないと言われたのに、ずいぶんと落ち着いたものだ。


「そう、わかった。あなたの作戦に乗るわ」


「スノウリリイ?!」


「いいのですか?」


「ええ。だってたくさんの人が死んでしまうのだもの。わたしが何か出来るなら、全力を尽くしましょう。それに」


 スノウリリイはびっくりした顔をしている彼に微かに笑いかけた。


「わたしはたぶん病死とかそう言うものじゃないのでしょう?頼むのは他の王女や高位令嬢相手でも良かったはず。わざわざわたしに持ち掛けてきたのは、わたしの死因も、運命を大きく変えれば避けられそうなものだからじゃないの?殺された相手にまで傷ついて欲しくないなんていう人だもの。わたしのことも助けようとしてくれたんじゃない?」


 あなたってそういう所はお父様に似ていないのね、と軽やかにスノウリリイは言った。ユーリは何も返さない。しかし、耳の先が赤くなっていた。なるほど。それは主人公に選ばれる訳だ。




「でもさ、あなたも知っているでしょう?フラムとアクアノーツは仲が悪いんだよ。婚約とか難しいんじゃない」


「僕はそう思いませんね。むしろ有利じゃありませんか?」


 ユーリは得意げに手を広げる。彼は芯の所は父に似ていなくてもこういう少しオーバーなところは似ているのではと私は思う。


「だってお姉さまはアーサー皇子のことを助けているのでしょう?しかもあなたは神の愛し子・・・。断る理由がないですよ」


 ん?んんん?なんでこの人それを知ってんの?あれ?なんか言っちゃったっけ?そう思ってスノウリリイの方を見ると彼女も唖然とした表情になっていた。


「わたし、アーサー皇子に会ったことないってさっき言った」


「ええ。わかっています。そう言うしかないですよね。あなたは城から出たことがないのに、他国の皇子に会っていたらおかしいですから。先日はあのように言いましたが、本当はあなたが恐らくアーサー皇子と接触している前提で、この提案をしていました」


「鎌をかけたの?」


「いいえ。ちゃんと根拠があっての行動です」


 ユーリはここに来る前に、アクアノーツが神殿からドラゴンを保護したことを掴んでいた。そして、その数が最近一頭になったことも。


「アーサーがドラゴンになれるって知っていたの?」


「はい。僕はその姿の彼と戦っていますから」


「ドラゴンと相打ちってすごくない?」


「たまたま刺したところが良かっただけですよ。僕は身体の半分なくなっていましたし、悪あがきです」


 謙遜しながら紅茶に口をつけた。いや、そうは言っても相当なものだよ。アーサー人のままでも馬鹿強いはずだし。


「そして、アーサー皇子の誕生祭にルカ殿下が参加していましたね。そこできっとアーサー皇子は帰ったのでしょう。もしかしたら、ルカ殿下しか知らない可能性も考えましたが、あなたは先ほどアーサー皇子の番の話を聞いても疑問を持っていなかった。番は人間相手だと使わないのに。そこであなたもアーサー皇子の秘密を握っているのだと考えました」


 スノウリリイはふぅと息を吐くと、両手を上に挙げた。


「わたしの負けだわ。あなたが二周目かどうか以上に、中身がわたしより本当に年上なのね。わかったわ。お父様に婚約を進言してみましょう」


「ええ、よろしくお願いいたします。これから時々お手紙を出しても?」


「ええ、もちろん。所であなたのお父様の方は大丈夫かしら?」


「あっ・・・。ええ、何とかします・・・」


 皇帝めちゃくちゃ乗り気だったからね。そこは提案して来たユーリにどうにかしてもらうしかない。ユーリは、少しだけ肩を落としながら帰って行った。




「兄上、少しお話があります」


「なんだ?話せ」


 建国祭が終わり、城内が落ち着きを取り戻す中、ルカは兄にそう切り出した。彼は、上等な封筒に入った手紙を手渡した。


「これは?」


「先日の火の国で預かったものです。密書ではなく、あちらの皇帝が兄上宛てに個人的に書いたと聞いています」


 自分も中身は知らないという弟を横目に封を切り、中身を見た。


「・・・・」


「何と?」


 そわそわとしながら、ルカが問う。国王は少し眉をひそめたが、目を閉じ、何かを考えるように椅子にもたれかけた。


「そうだな・・・私もそろそろ前を向かなければならないのかもな」


「?」


 訳が分からないという様子を隠さないルカを見て少しだけ顔を和らげて、封を開けた手紙を再び彼の手元に返した。


「読んでも構わない。さて、また客を呼ぶ準備をしなくてはな」


「・・・?フラム帝国をですか?」


 ああ、悪いがもう一度あちらへ行って日付等を確認してくれ、そう言い残して部屋から出て行った。そんなにこの手紙に兄の考えが変わるような何かがあったのだろうか。ルカは手紙を開いた。


『あの約束は有効だろうか?』


 手紙にはそう一言だけ書いてあった。兄の考えはまるでわからなかったが、以前からフラムに対して何か罪悪感がある様だった兄が前向きに検討してくれるようになったことが彼には一番嬉しかった。




「皆帰っちゃったね」


「うん」


 ベッドに寝そべりながらスノウリリイにこう語りかけた。彼女は連日の日程に疲れてうつらうつらしている。この短期間でアーサーのことや罰を受けたりと忙しかった。


「やっといつもの日常に戻るというか・・・慌ただしかったね」


「罰は続いているけれどね」


 そうだった。しかし、彼女は部屋に篭るのは慣れているので、相変わらず苦ではなさそうだ。スノウリリイが思い出したと言わんばかりにあっと声を上げた。


「そういえばね、ジルまたアントンに言い寄られてた」


 そうなのである。ルカが動いたことによって解決するかと思われたアントンの求婚の件だが、全くもって彼は引いてくれなかった。彼はずっとこまめにジルと連絡を取り、今回の建国祭では彼女をパートナーとして指名して来た。


「でもさ、なんかジルちょっと嬉しそうだったよね」


「うん。あんなに好きとか可愛いとか綺麗だとか言われてたらね」


 彼は強引だし、身体も大きくて少し怖いが、基本的には真面目な人だ。手紙と共にプレゼントも欠かさないし、そのプレゼントもジルが気後れするような高級なものじゃないがとてもセンスがいい。女性誰にでも優しいというわけでもなく、自分だけ特別扱いされていたら好感度爆上がりだろう。


「でもジル、アスカ二オが好きなんじゃなかったの?」


 彼女は以前そう話していた。アントンもアスカ二オもかっこいいと思うけれど、タイプは全然違うんだよね。


「元々アスカ二オには婚約者がいるから、ジルはどうこうなりたいとは最初から考えてないと思う。あくまでも初恋の憧れの人なんだよ」


 なるほど・・・。何というか貴族ってそんな感じなのかなという印象。アントンのように自分の感情で動く人の方が稀なんだろうな。


「ジルがあっちに行っちゃったら寂しいな・・・」


 スノウリリイにとってジルはほとんど姉に近いものだ。寂しいに決まっている。


「それにローラも叔父様といい感じだし、いなくなっちゃうのかな」


「スノウリリイ・・・」


「でも羨ましいな」


 唐突にそう切り出したスノウリリイがそのまま続けた。


「だって二人とも愛してもらえるのだもの。わたしと違って」


「・・・スノウリリイ。本当にユーリの作戦に乗るの?辛いならいいんだよ?他に方法だって・・・」


「ううん。やるよ。わたしが皆を守る」


 たくさんの人の命が彼女の肩にはかかっている。それを知っているのは私たちぐらいだろうが。


「それにね、アーサーは愛してくれなくても大切にはきっとしてくれるよ」


「そうかもしれないけれど・・・」


「でもね、ちょっと苦しいな。これが好きってことかなんてわからないけれど、他の人のことが好きなアーサーを見ているのは嫌かもしれない」


 わたしの方が先に会ったのにとか思うかもねと彼女が泣きそうな顔をして笑う。それはもう答えは出ているのではないかと思ったけれど、彼女に更に苦しい思いをして欲しくなくて黙っていた。

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