第29話 氷の貴公子ユーリ・ワシレフスキー・リオート

 次の日、パーティーの最中に本当に星の国の国王が倒れたと連絡が来た。星の国ご一行は大慌てで帰って行った。約束されていたスノウリリイと候補二人の話す機会も当然なくなった。パーティーにも、下町の祭りにも参加できず、その上ユーリの預言が当たってしまいスノウリリイはため息をつくばかりだ。


「ヴィー」


「なに?」


「本当にアーサーが・・・そんなことすると思う?」


「わからない。何か事情があったのかもしれないし」


「否定はしないんだね」


「だって三十年後だったらまた変わるだろうし」


「でも・・・アーサーはそんなことしないよ」


 言い聞かせるように膝を抱えている。アーサーは、無闇に人を傷つけたりしないはずだ。確かにドラゴンの姿の時は少し乱暴だったが、あれはちょっと人間不信になっていたからだし・・・。ゲームでの彼、実際に会ってみた彼どちらを見てもそう判断できる。しかし、三十年後というのがまた何とも言えない。だっておとぎ話は、いや乙女ゲームは幸せに暮らしましたとしか書いていないのだから。




「どうでしょうか、お姉さま。信じていただけますでしょうか」


 ユーリと向かい合ったスノウリリイは無言だ。ユーリはやれやれと大げさに肩をすくめた。代わりに私が彼に質問をしてみる。


「ねえ、とりあえず私たちあなたのことを少し信じてみようと思うよ。でも、君のそれはどこからわかったの?予言系の能力?時間系の能力?それとも全く別なのかな?」


「いいえ、全て違います。僕が使えるのは氷の魔力と少しの風の魔力だけです」


 ということは転生者しかない。でも、自分で彼に言いたくない。私も転生者だというようなものではないか。そんな私の葛藤を知らずに、彼は意外な正解を口にした。


「ただ僕に未来が分かるのは能力のような立派なものではなくて、ただ僕が僕として生きるのが二度目だからですよ」




 この人生が二度目。やり直しということか。いわゆる逆行転生。女神様が言うところでは、こういうことは稀にあるらしい。この世界で一番の神・・・創造主という人が、結末が気に入らないと気まぐれに一部の時間を巻き戻すらしい。創造主のお気に入りの主人公だけがその恩恵に預かり、二周目が始まるのだ。創造主にとっては何にしても箱庭の中の人形劇にしか見えないのだと、女神様は言っていた。


 つまりは目の前の彼、ユーリはその選ばれた側の主人公。なるほど、彼は思ったより波乱万丈の人生を送っているらしい。


「二度目?そんなことが」


「あるんですよ。これから起きる大きなことを一つ一つ教えて差し上げてもいいですよ」


「それはいい。私が気になっているのは、どうしてそんなに私のことを気にするのかってこと。あなたが何をしたいのかっていうこと。それにアーサー皇子のこと」


「そうですね。ここまで来たらお話ししますよ。私の目的を」


 ユーリは内緒ですよ?と念押ししながら語り始めた。




 彼が自分が人生をやり直していると気が付いたのは、五歳の時と意外と最近のことであった。きっかけは母親の毒殺を防いだこと。それは彼の三十七年の決して長くない人生で、はっきりとした記憶の中では一番古いものであり、三本の指に入るほどの最悪な出来事であった。家族との食事の際に突如としてその記憶が頭に浮かび、すぐさま母のカップを地面に叩きつけた。息子の行動を不思議に思った父は、そのカップを調べ、犯人をすぐさま導き出した。犯人はユーリの乳母だった。一周目の人生で彼が本当の母のように慕っていた人間だった。乳母は皇帝である彼の父にただならぬ思いを抱いており、母を殺してユーリの世話をすることで叶わぬ自分の思いのはけ口にしていたのだ。


 彼は母を救ったことで、自分の行動で未来が変わると確信した。そこで彼はアーサーに将来殺される未来を変えようと思った。


 彼がアーサーに殺された理由は何ともシンプルなもので、フラムとリオートが戦争になったからだ。皇帝になったアーサーは、それまでの好青年ぶりが嘘のような戦を好んでする皇帝となった。彼は世界の統一と言って、様々な国を侵略していった。誰も神の愛し子であるアーサーには歯が立たず、彼はどんどん征服を進めていった。そして、侵略されていない国が残り数か国といった時、フラムの前に立ちはだかったのがリオートであった。大国同士の戦いは長く、たくさんの死傷者を出した。


「本当に恐ろしい記憶ですよ。僕は時々夢に見るぐらいです」


 彼はそう言って笑っていたが、泣いているようにも見えた。


 戦争は二人の指導者が相打ちになったことで終わりを告げた。その後フラムやリオートがどうなったのかはもちろん彼は知らない。




「僕は考えました。そもそも戦争が起こらないようにすればいいんです。戦争が起こらなければ、誰も傷つかない。僕も、リオートの民たちも、他の侵略された国の民たちも、何よりアーサー帝自身も」


 彼はスノウリリイの目を真っすぐに見つめた。決意に満ちた瞳はとっくに愛らしい少年のものではなく、年月を重ねた指導者の目だった。


「スノウリリイ第一王女殿下、あなたの力を貸して欲しいのです。僕の知っている限り唯一、前回と違う道を辿っているあなたなら、きっと―――」


 共に未来を変えられると思うのです。彼はそう続けた。




「協力ね・・・。あなたはどんな作戦を考えているの?」


「協力してくださるのですか?」


 嬉しそうにそう言ったユーリに対しての彼女の態度は冷たい。


「何言っているの。あなたが何をするか次第だよ。私が子供だからってあんまり馬鹿にしないでよね。わたしはまだあなたのこと信用した訳じゃないんだから」


 ふんと腕を組んで自分より背の低い彼を見下ろすようなポーズをした。彼女なりの背伸びだろう。今や彼は合計年齢四十越えのおじさんと分かったわけだし。


「そうですね。流石です。一度目の僕の子どもの頃より遥かにあなたの方が優秀なようだ」




「これは僕の推測でしかないのですが」


 彼はそう言いおいて続けた。


「アーサー皇子がおかしくなったのは彼の妻の皇后が原因ではないかと思うのです」


「奥さん?」


 スノウリリイが思わず聞き返した。彼の妻の皇后か・・・、どっちのことだ?


「ええ。彼女はティファニー・プランケットという男爵令嬢です」


「皇后が男爵令嬢なんて有り得るの?」


「まあ、それ自体はたまにあることらしいですよ。それより彼女が皇后になった方法が問題でして」


 うわあ、ティファニー・プランケットって一作目のヒロインじゃん。何となく悪役令嬢じゃなさそうだなと思ったけれど。問題って言うのもあれか、うん、もうわかった。


「彼女はまあどうもアーサー皇子の婚約者の公爵令嬢から彼を奪ったようですね。公爵令嬢は彼女をいじめた罪で幽閉されていたようですね」


「そんな物語みたいなことが?しかも奪った方が擁護されたの?」


 不思議だろうなスノウリリイには。だけれども、彼女が肯定される理由があるのだ。未だに私的には納得できないけれど。


「お姉さま、つがいというものをご存知ですか」


「ああ、あの妖精とかが伴侶にするっていうやつ」


「そうです。ティファニー・プランケットはアーサー皇子のそれらしいです。だから周りも全く文句を言えなかったらしいですよ」


「そうなんだ・・・。番・・・」


 スノウリリイはショックを受けた顔をしている。弱弱しい声でユーリに問いかけた。


「アーサーの番は必ずティファニーになるの?あなたの未来が変わったように、違う行動をしたらそれが変わったりすることはないの?」


「恐らくないかと。調べてみましたが、生まれた時からそういう運命と定められるらしいので」


 ティファニー・プランケットが生まれるところから阻止しなくては難しいかと、と続けた。それなんだよな・・・、一作目は圧倒的にメインヒーローとの繋がりが強すぎた。プレイした時、他のルートに行くと申し訳ない気持ちになるほど罪悪感があった。


「結婚前は清純で淑やかな少女と言われていたらしいですが、皇后になってからのティファニー・プランケットはやりたい放題で目も当てられなかったそうです。だから彼女が彼を狂わせたのではないかと僕は思うのです。せめて公爵令嬢が皇后で、ティファニーが側妃ならまた違った結末だったのではと思いますが」


 あの聖人過ぎて逆に気持ち悪いって言われていたティファニー・プランケットが?信じられない・・・。でも彼の言うことは真実なのだろう。男爵令嬢のはずのヒロインが将来結婚することまで言い当てているし。


「で、あなたが殺される原因はわかったけれどさ、スノウリリイは何をすればいいの?」


「はい。お姉さまにお願いしたいのは、フラム帝国の皇后となってアーサー皇子とティファニー・プランケットの暴走を止めて頂きたいのです」


「はぁ?!」


 私は思わず爪を立てて、ユーリに飛び掛かった。私の身体をスノウリリイが咄嗟に掴む。


「だめ、ヴィー。落ち着いて」


 言われた本人の方が冷静だ。しかし、私の怒りは収まらない。だって、コイツ今・・・。


「あんた、スノウリリイに愛されないと分かっている相手と結婚しろっていうの?」


「そうです」


 彼は当たり前のことを言うように返す。


「そもそも王族の結婚というものはそういうものですよ。何よりも国の利益を優先するものです」


 そうなのかもしれないけれど・・・。文句を言い足りない私を手で制して、スノウリリイは彼に一つの質問をした。私は彼女のことをまだまだ分かっていなかったと思い知らされることになった。

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