第23話アーサー・エルドレッド・フラム
アーサー・エルドレッド・フラム。彼の出てくる一作目、いわゆる無印と呼ばれていた「恋と魔法のヒストリア」は、正直言ってシリーズ内ではちょっと影が薄いゲームだった。恋ヒスシリーズの人気が出たのは、2からでその後の作品の中にはアニメ化や舞台化したものも多くあったが、一作目の展開はゲームの他にはグッズが少しと確かドラマCDが一本出ただけであった。コミカライズもキャラソンも無いほどこのゲームは全然人気がなかったのだ。
そのため、私も彼の人間の姿を見るまで全くアーサーのことは忘れていたぐらいだ。もちろん、プレイはしている。全員一回きりとかだが。ちゃんと覚えていれば、この少し挙動がおかしい赤い竜の正体に気が付けていたはずだ。この異世界に来て以降、一度は思い出していたのだ。スノウリリイと本の話をしていた時に、「へー、アーサーの話もスノウリリイ好きそうだなー」とか思ってはいたのだ。あの時、そういった本がないと聞いた瞬間に過去の出来事じゃないとわかっていればなぁ。まあ、同じ時系列だと知らないのだから無理もない話だが。
アーサー・エルドレッド・フラムは、スノウリリイと同じく神の愛し子だ。しかし、本来の歴史ではそのことを誰にも知られることのないスノウリリイとは違い、彼の場合は生まれた時から世界中に認知されている。フラム帝国の王族は赤い目に、同じく赤か黒い髪の子が多い。しかし、彼は赤い髪に金色の目。初代皇帝と全く同じ容姿だった。それで彼は神殿にも神の愛し子として、認定されたとされている。だが、実際は違う。この竜の姿になれるその体質こそがフラムの神の愛し子の何よりの証拠であった。
「俺がドラゴンの姿になれることは国の一部の人しか知らない。機密中の機密なんだ。だからこそ、本当にスノウリリイたちに気付いてもらえて良かった」
お風呂から上がったアーサーがそう教えてくれる。スノウリリイの部屋にお風呂があって助かった。先ほどまでとは違って、ほのかに石鹸の香りが漂う。アーサーの服はスノウリリイの持っていた乗馬用のシャツとズボンに替わった。サイズがちょうどほとんど同じで良かったねと彼に伝えると、アーサーは女の子と同じサイズなのは不満なのか、少しだけ膨れていた。大丈夫、今は同じくらいでも将来は180前半ぐらいになっていたはずだから・・・。乙女ゲー特有のやたらデカい男ばっか。
「アーサーはどうしてこんなところにいるの?星の国まで行っていたなんて・・・」
「それは・・・」
アーサーはしばらく口ごもる。もし、それが私がつい今思い出したアーサーの情報と照らし合わせるならば、恐らくかなり言いにくいことだろう。この今のドラゴンの姿で檻に入れられるという状況に陥っているのは彼自身の言ってしまえば自業自得なのだから。
それでも意を決したのか、アーサーは再び口を開いた。
「俺家出したんだ。一年前に」
「は?」
「家出してそのまま家に帰れなくなった」
ポカンと口が開いたまま塞がらない彼女に更にアーサーは畳みかけた。
「どうして」
「俺なんていない方がいいと思ったんだよ」
「だって気持ち悪いだろ。ドラゴンになるなんて」
吐き捨てるように言った彼に、スノウリリイは反論する。
「わたしは気持ち悪いなんて思わないよ」
「君はそう思わなくても、他の人は違うんだよ。現に俺の母上がそうさ。俺と話す時、目も合わせない。俺には近づかないのに弟や妹にはべったりだし・・・」
吐き捨てるように始まった彼の言葉はどんどん小さな声に変わっていく。
「弟が王になればいいよ。皆から愛されているのはあいつだ。俺はただ少し人より優秀なだけ。弟だって、普通の子よりは遥かに優秀だよ。それなら別にあいつでも構わないはずだ」
「だから、城を出たんだ。ドラゴンの姿で飛ぶのはすごく気持ちよかったよ。初めて自由ってものを感じた。そうやって飛んでいる最中に密猟者に捕まった。油断していたよ。きっと気が大きくなってたんだな。そのまま色んな所を巡って、巡って、君の所に辿り着いたんだ」
「アーサー・・・」
スノウリリイは彼の顔を覗き込んだ。彼女は泣きそうな顔になっていた。自分のことと重ねているのかもしれない。
「帰りたくないの?」
アーサーはうつむく。そして、悲しそうに笑った。
「もう皆俺のことなんて忘れているよ。今頃、弟を王太子にする準備をしているんじゃないか?君の家族みたいに仲が良かったら違うんだろうけれど」
「それは違うわ。わたし、去年まで家族と一言も話していなかったのよ」
「へ?なんで」
「わたしもあなたと同じで逃げていたの。自分の役割から」
「わたしはあなたと違って神の愛し子と分かっていなかったから、周りからお父様の本当の子どもじゃないと陰口を叩かれていたの。実際わたしと家族は似ていないからそう思われても仕方ないのだけれど、指摘されて逆上して他の子を傷つけた。それでますます孤立した。本当は弁解すれば良かったのにね、あちらの方が不敬なのだもの。でも、それをせずに黙ってわたしは皆を避けたの。たくさん心配してくれている人がいたわ。それも見ないふりして、可哀想な王女になっていた。ヴィーがここに来なければきっと今でも一言も話さずに、腫れ物扱いされていたのかもしれないわ」
スノウリリイは淡々とかつての自分を振り返る。
「わたしのお父様もわたしのことが怖いと言っていたわ。でも、愛していると言ってくれたわ。わたしはそれを信じることにしたの。わたしたちは誰からも理解されない存在だわ。でも、だからと言って周りに理解される努力をしなくて良い理由にはならないと思うの。だから、あなたにももう一度ちゃんと家族と話して、自分の気持ちを伝えて。それで無理だと思ったら、わたしの所にまたくればいいわ」
「―――俺、帰りたい」
「帰りたいよ」
その目には再び涙が浮かんでいた。
「二人ともそろそろ寝ようか?明日からまた色々考えなくちゃね」
「うん。アーサー、ベッドを使って。疲れているでしょう」
「君はどこで寝るの?まさかあそこのソファーじゃないよね」
「それ以外ないでしょう」
「ダメだよ。俺があっちで寝る」
「ソファーじゃ疲れがとれないわ。わたしがソファーで寝る」
お互いに譲り合う二人。もうじゃんけんすれば?と提案しようとすると、先にスノウリリイの方が妥協案を出してきた。
「あ、そうだわ。一緒にベッドで寝ればいいじゃない」
「へっ?!」
まあ、このベッド大きいし可能よね。アーサーが気にしているのたぶんそこじゃないけれど。
「君、俺が男って知っているよね?」
「うん」
「じゃあ、良くないとか思わない?」
「ヴィー、どう思う?」
「スノウがいいならいいと思うけれど。別に何もしないでしょ」
「あ、当たり前だよ」
「決まり。早く」
二人は、ベッドに並んで潜り込む。にこにこした顔のスノウリリイに対して、アーサーは緊張して顔が赤い。この場合はアーサーの方が正しい反応なのかもしれない。幼くても一応異性同士なのだし・・・。ただでさえ自分の婚約者を決めなきゃいけない状況なのだから、変な男に騙されないように見張ってなきゃ。
「わたし、お友達と一緒に寝るの初めて」
「そうなの?」
「外に出たことないし、まだお泊り会とかしたことない。あんまり友達もいないし」
「そっか。じゃあ、国の外もないよね。今度俺の国に遊びに来なよ」
「はいはい、もう寝な」
まだしゃべり続けようとする二人に毛布を掛ける。
「おやすみなさい」
二人はすぐに眠った。遅くまで起きていたのもあるが、単純に疲れたのだろう。二人の寝顔は、ずっと見ていられるほど可愛かった。妖精が身を寄せ合っているみたいだ。大人と子どもが奇妙なぐらいに混合する彼らだけれど、やっぱり子どもなんだよな。でもこれ、王様が見たら絶叫するだろうな・・・。何があっても黙っておこう。いつもならすぐにスノウリリイが眠ったのを確認したら就寝する私だが、今日はちっとも眠れなかった。
「このままじゃたぶん、アーサーのルート潰しちゃうな・・・」
無印についてのありったけの記憶を動員した結果の結論だった。アーサーがここに来たことも、スノウリリイがこんな動きをすることも私には全く想定していなかった出来事だった。
アーサーを助けるのは一作目のヒロインのはずだった。もし、気が付いていれば勝手に檻を開けてササっと国にアーサーを返そうとしただろう。でも、今それをしたらきっとスノウリリイに恨まれる。まだ回復していない人間をそのまま放り出すなんてことしたら、今までの関係は確実に終わる。かといってわざわざヒロインの所まで送迎してあげるのもなんか違うし・・・。
「わからん。もう寝よ」
私は考えるのを止めた。
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