第24話 共犯者

「それじゃ、行ってくるね」


 スノウリリイがいつもの学問の時間に向かうと、アーサーは即座に人間の姿に戻った。


「俺もついて行きたかったなー」


「まあまあ、この部屋では自由に出来るんだし」


 この部屋はしばらくスノウリリイの許可なしでは誰も入れないようにした。ドラゴンが暴れたら大変だからという理由になっているが、実際はアーサーが人の姿に戻っていられるようにという配慮だった。私はその彼が暇そうなので残った。たぶん彼は、部屋で一人本を読むより、身体を動かす方が好きそうなのだけれど、こればかりは仕方ない。私なんかとでも話すのは気晴らしになるだろう。それに彼には聞きたいことがあったのだ。




 午前中の授業が終わったスノウリリイが昼食を手に持ち帰って来た。彩り豊かで美味しそうなサンドウィッチを二人で仲良く分けあっていた。そんな二人を横目に、私は一人うんうんと唸っていた。アーサーの話を聞いて、今現在ゲームのプロローグのイベントが起こっていることを改めて確信した。


 そのイベントというのは、ゲームが始まる前、チュートリアルよりも先に強制的に流れるショートストーリーだ。主人公がたまたま森に入った際に傷ついたドラゴンを見つける。そのドラゴンを手当てしてやると、ドラゴンはお礼を言い、いつか必ず君に恩を返すと言って空に飛び立っていくというものだ。そのドラゴンは、もちろんアーサーなのだが、ヒトとしての姿を見ていない主人公は再会しても彼に気付かない・・・。といった感じだ。後にこの時のことを語ったゲームのアーサーは、捕まった際に助けてくれた人がいたと話していた。


 その助けてくれた人というのは、もしかして原作のスノウリリイなんじゃないだろうか。原作のスノウリリイも、もちろんアーサーがただのドラゴンでないことに気付いたのだろう。しかし、今のスノウリリイと違って孤立した状態の彼女じゃ、国まで送りたくとも誰にも言えず、檻を開けることだけで精一杯だったんじゃないだろうか。もしかすると、一言もアーサーと言葉を交わしていない可能性だってある。この二人の邂逅というものは誰も知らなくても、神の愛し子同士の対面であり、特別なものなのだ。だから、強制的に起きたものなのではないか。そう考えた。


 ああ、何だかなぁ。こうやって必ずゲームの通りに進んでいくと、やっぱり何も変わらないんじゃないかと不安になる。女神様がここに送り出すぐらいだし、ちゃんと運命が変えられるから来たのだと思いたい。


 実際ゲームと既に違うところもある。スノウリリイが神の愛し子と分かっている、スノウリリイが孤立していない、国王夫妻の関係がいい、ルカの性格と見た目(これだけは依然謎)、スノウリリイの婚約者が確定していない、マリアとスノウリリイの仲が良い、そして今アーサーと関わることになったこと。これだけ目に見える変化があっても何かまだ決め手というものに欠ける。そして未だに誰がスノウリリイを追い詰めたのかの手がかりはゼロだ。ああ、頼りにならないな、私。


「ヴィー、どうしたの?」


 二人が心配そうにこちらを覗き込む。あー、止めよう。ネガっている場合じゃない。


「いやあ、何でもないよ。アーサーをどうやって家に帰そうかなって」


「・・・そんなにすぐに帰らないとダメ?」


「いやいやそうじゃないけれど・・・」


 それを聞いたスノウリリイは少し眉を下げた。


「フラムとアクアノーツはそんなに仲良くないから、もう会えないかもしれないね」


 そうだったね。ルカは何か言いたげだったけれど、王様はフラムのこと余り言いたくないみたいだった。


「そんなことさせない」


 アーサーがスノウリリイの手を握る。目の前に繋いだ手を、誓うように掲げた。


「俺はまた、絶対君に会いに行く。必ず恩を返すよ、スノウリリイ」


「わかった。約束ね」


 スノウリリイの言葉に満足そうに頷くと、今度は手を離して、自分の小指を差し出した。


「指切りをしよう」


「ユビキリ?」


「昔からフラムにあるおまじないみたいなものだよ。君も小指を出して」


 アーサーに言われるがまま、小指を差し出した。二人はお互いの小指を絡ませた。これも転生者の置き土産っぽいな・・・。粋なことするなぁ。


「指切りげんまん、嘘ついたら針億本のーます、指切った!」


 勝手に本数増やしたの誰だ。




 スノウリリイは、昼の休憩時間には必ず部屋に戻ってきて、共に昼食をとった。いつもより多めに昼を要求するスノウリリイを周りは怪訝な顔をして見ていたけれど、彼女があまりに楽しそうな顔をしていたので、誰も言及しなかった。


 アーサーとスノウリリイは、完全に気が合う人間同士ではないのだと思う。たまに口論をしていたこともあったが、お互いが納得する結論を出せるから、すごく揉めることはないようだ。好きなものも、性別も違っても、二人は知らないことを知るのが好きということだけは共通点があったため、楽しそうに話をしていた。


 その一つに、アーサーが魔法の勉強が好きだと言って、部屋の中で花火を咲かせてみせたこともあった。それは普通の魔法使いでも高度なものなのだと。彼女はそれを羨ましそうに見ていた。スノウリリイは、魔法の勉強はしばらく止めてしまっている。女の彼女には必要ないと判断されたからだ。それを聞いて、アーサーは強い魔力があるのにもったいない。それなら、その極めた魔法は自分にだけ見せてくれてもと言ったのだ。彼女は何か考えるような顔をしていた。また、この子が自分について見直すきっかけになったなら、いいね。




 アーサーは、まだまだいたいと言っていたが、もうすぐアーサーの誕生祭がフラムで行われることが判明した。未だフラム帝国は何もアーサーのことを世間に公表していない。しかし、探していないことはないはずだ。確か、ゲームでも大陸中を探し回ってたとかなんとかそんな表記があったはずだ。誕生祭に皇太子不在はパニックになり兼ねない。早く送り届けなければ。ヒロイン?・・・まあ、どっちみち学園で会うだろうからそこで頑張って貰うということで。しかし、三人で話し合った結果、私たちだけではどうにも出来ないと判断した。そこで、もう一人『共犯者』を増やすことにした。




「というわけで叔父様、どうすればいいと思う?」


「本当に面倒なことに巻き込んでくれたね!?」

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