第22話 繋がる世界

 恋と魔法のヒストリアシリーズは、同じ世界観でありながら、時系列は違う。これはあるゲーム情報誌で、製作者が語っていた言葉であった。今の今まで私はそう勝手に解釈していた。でもよく思い出してみると、そんなことは一言も言っていなかった。彼の言葉はこうだ。


『恋と魔法のヒストリアシリーズは、全て同じ世界で起こった出来事なんですね。ですが、時系列はバラバラです。一番新しい時間軸は、二作目のファンディスクです。大体ナンバリングが新しいほど、古い時代の出来事なんです――』


 この記事を読んだ時、私は二作目が一番新しい時間軸なのだと思っていた。一作目だけ例外で、二作目より古い時代なのだと。二作目と二作目のファンディスクの時差は二年。主人公の学園卒業後が、舞台だった。その二作目のファンディスクが一番新しい時系列なら、一作目がその間に入ることはないと考えていたのだ。二作目のゲームでの時間が一年だったのに対して、『アーサー』が登場する一作目の時間は三年間。学園を卒業するまでがゲームクリアなのだ。それが二年の間に入ることはないだろうと。でももしかすると――?


「アーサー、今君いくつ?」


「ん?もうすぐ九歳だけど?」


 スノウリリイは、早生まれなので今は八歳だが、彼とは同じ学年になる。そして、一作目のヒロインもアーサーと同学年、二作目のヒロインはスノウリリイの一つ下だった。恐らく時系列はこうだ。


 ①一作目ゲーム開始

 ②二作目ゲーム開始

 ③二作目エンディング(一作目は二年目)

 ④一作目エンディング(二作目終了から一年後)

 ⑤二作目ファンディスク(二作目終了から二年後)


 こう見るとやはり恋ヒス2の方が、開始が早い。私の推測である二作目が一番新しい時間というのは間違っていないだろう。しかし、製作者はこう言っている。大体ナンバリングが新しいほど、古い時代の出来事だと。二作目が一番新しい時間だとするとこの言葉に矛盾が出てきてしまうのだ。


 だがこれがもし、開始時点ではなく、終了時点を最新とするならどうだろう。二作目のエンディングが来るのは、一作目が二年目の時である。エンディングを一番新しいとすれば、二作目エンディング、一作目エンディング、ファンディスクのエンディングとなる。これならば、一作目が一番ナンバリングで新しいのに、ファンディスクの方が新しい時間になるのだ。一作目はそこまで売り上げが芳しくなかったため、ファンディスクが出ていない。もし、一作目のファンディスクが出ていたのなら、それが一番新しい時間になっていたのだ。


 ややこしくて頭がこんがらがってくる。普通、開始時点が一番新しいと考えるのに、あそこの社長は変な人だな。女子高生の私ならこのような話は友達との恋ヒストークに使うぐらいだが、スノウリリイが関わってくるならば別の話。他の一作目のキャラクターならともかくこのアーサーという少年は少しだけ事情が特殊なのだ。




「それにしてもどうして俺が人間だってわかったの?他の人は誰も気付かなかったのに」


「あなたがそれを言うの?分かっているくせに」


「あ、もしかして俺のこと誰か知っているの」


「アーサー・エルドレッド・フラム・・・、火の国の皇太子でわたしと同じ神の愛し子でしょう」


「うん、正解!アハハ!この(アクア)国(ノーツ)とはほとんど交流がないのによく知っていたね」


 何故だか異常にテンションが高いアーサーに、スノウリリイは少しだけイラついた顔をした。珍しい、何言われてもよっぽどの地雷を踏まれない限りは無表情なのに。


「ふざけないで。もし、あなたが神の愛し子と公表されていなくてもわたしは分かるわ。あなたもそうでしょう?」


「どういうこと?」


「わたしね、その人がどんな魔力を持っているか、それがどれだけの強さか大体わかるの」


「んんん?そうなの?初めて聞いた」


「これを知っている人はほとんどいないよ。他の人にはない能力だから黙っていたの。ますます変だと思われると思って・・・」


 つまりは鑑定というスキルだろうか。そう言うとスノウリリイは、首を振る。


「鑑定とは少し違う。鑑定は特殊な魔力のパオロのような人がどんな魔力なのかまでわかるけれど、わたしはそこまでは分からない。特殊な魔力持ちだなーって何となくわかるぐらい」


「なるほど。それがアーサーも使えるんだ」


「うん、そう」


「えーなんでわかるのさ」


 わざとおどけたアーサーに、彼女はまたしても眉間にしわを寄せる。


「見ていたよ。わたしと目が合った時、わたしの魔力の方見ていたの。それにあの時苦しそうな顔していた。勝手に魔法が発動したんでしょ。わたしもだよ。急に懐かしい感覚になったの。不思議なぐらい」

「それにあなたが見えるなら、わたしの魔力の色とあなたの色が似ているのも気付いていたんでしょ」


「少し理由付けとしては感覚って感じなんだけれど・・・。まあ、いいか。そうだね。全部当てはまっているし」


 急に笑顔を止めて、改めてこちらを見た。真顔になったアーサーは、先ほどまでの明るい少年は消え、本来の人間離れした美貌が目立った。


「それで、君は何が望み何だい?スノウリリイ・フォン・アクアノーツ第一王女殿下?」




「望み?」


「ああ、そうだろう。君は今、俺の命を握っている。君の一声でいくらでも、フラムを脅せるよ」


「別にない。特に困ってないし」


「は?じゃあ何で俺を無理してまでここに連れて来たんだ」


「あなたが困るからに決まっているでしょう。わたしは、何も無くても他の人は違うかもしれないじゃない」


「なんだそれ。お人好しなんだな」


「違うわ。これはわたしの国のためよ。あなたという強すぎる駒を持ったら、この国は狂ってしまうかもしれない。だって、あなたは神の愛し子で皇太子。あちらからしたら、一番重要な人間だもの。いくらでも、何でもこちらに出すでしょうね。でもそんなことしたら、この世界のバランスはおかしくなってしまうわ。今はどこにも戦争もなくて、世界の危機も来ていないような状況なのに」


「・・・。」


 アーサーは黙った。よく見ると少し震えていた。スノウリリイは、アーサーの手をおもむろに掴んだ。震えるその手を優しく包み込むと、自分の胸の方に近づけた。


「大丈夫。わたしたちはあなたの敵じゃない。心配しなくても、あなたに酷いこともあなたの国におかしな要求もしないわ。女神の名において誓ってもいい。そのためにこの状況を作ったんだよ。だから・・・だからね。もうそんなに怖い顔しなくていいんだよ。わたしなんかじゃ頼りにならないかもだけれど・・・わたしがそばにいるから。だから、大丈夫。大丈夫だよ」


 スノウリリイは、目の前の人間をどう励ますかなんて知らなかったはずだ。彼女は外との交流というものがあまりに少ない箱入り王女なのだから。けれども、彼女の拙い言葉は私にもしっかりと実感を持って、伝わった。そして目の前の彼も、同じ気持ちだろう。彼は彼女にしがみついて、声を押し殺して泣き出した。彼女がここに私だけを呼んだのは、私だけは彼を今後どうするかより、今の彼にどうするかを優先してくれると、味方になってくれると思ったからだろうなと今更ながら気づいた。


「今じゃなくていいから話してくれる?ここまでのあなたのこと。わたしね、自分が神の愛し子と分かってからあなたに会ってみたいって思ってたんだよ」


 静かに涙を流しているアーサーの背を撫でながら、スノウリリイは照れたように笑っていた。そんな彼女の顔に見惚れていたアーサーは急に我に返って、少し恥ずかしそうな表情をする。


「ドラゴンの姿の時の俺、恥ずかしいことしてない?」


「わたしは可愛いと思ったよ。叔父様からかばってくれたね、ありがとう。嬉しかった」


「やっぱりダサいじゃん・・・。気付いているって分かっていたのに何であんなことしたかなー。うわ、恥ずかしい」


 先ほどまでの緊迫した空気がほぐれて、二人の顔が緩んだ。アーサーの涙も止まって、今は微かに笑みが浮かんでいる。ピリピリした彼よりこちらの方が、ゲームで見た姿に近い。


「涙止まって良かった」


「ああ、またかっこ悪いところ見せたね。違う、こんなことはどうでもよくて。ありがとう、その・・・、王女殿下、神獣殿」


「じゃあ、わたしも皇太子殿下って呼ばないといけないね。アーサーって呼びたかったけれど、残念だな」


「えっ、そんな。君はそう呼んでくれて構わないよ。俺は君にこんなに助けてもらったんだし・・・」


「何もしてないよ、まだ。あ、何もしていませんわ。皇太子殿下」


「わかったよ、そのしゃべり方止めてくれ。・・・ありがとう、スノウリリイ」


「だからまだ何もしてないのに・・・。あ、特別にヴィーのことも名前で呼んでいいよ」


「君さっきから思っていたけれどそれっていいのか?」


「いいんだよ。別に。逆に皆にも頼んでるんだけれどスノウリリイしか呼んでくれないんだよね」


「そうなんだ・・・っじゃあ、改めてありがとう。スノウリリイ、ヴィー。それに先ほどまでの失礼な態度・・・本当に申し訳なかった」


 向き直り深々と頭を下げた。私は目の前で起こったゲームとは明らかに違うであろう展開にびっくりし過ぎてほとんど会話に参加していない状態なんでマジで何もしていないんだけれどね。


「いいよ、別に。色々大変だったんだろうし。気が立っていたんでしょ。それよりこれからのこと考えないとね。まだアーサーから話も聞けていないし」


「うん・・・。とりあえずアーサー」


「ん?なに?」


「お風呂入ったら?ずっと入っていないんでしょ」


「え?!どうしてそれを。もしかして臭ってる?」


「・・・少し」


「ああああああ!」


 またしても彼は顔を赤くして、頭を抱えた。

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