第21話 王女とドラゴン

 魔力封じを解かれた赤いドラゴンは、暴れることなく、スノウリリイに大人しく首を抱かれていた。かといって、他の人間が触れようとすると途端にまたしても唸り声を上げて威嚇した。スノウリリイだけを認めたということなのか、彼女が手招きするとついて行き、彼女が止めろと言えば止めた。


「あのね、スノウ。君、上手くいったからってこんなこと二度としないでよ」


「そうだよ。ジル気絶しかけてたよ」


「・・・ごめんなさい。少し考えが足りなかった」


「大体君魔力封じは本来術者以外外せないはずなのに・・・うわっ!」


 続けて小言を言おうとしたルカをぐいぐい赤いドラゴンは押す。抗議しているようだ・・・。


「叔父様をいじめちゃダメ」


 スノウリリイがそう言うとぱたりと止めた。すごい、本当に人の言葉がわかるんだ。


「あの・・・そろそろ話しの続きをしてもいいですか?」


 学者さんが遠慮がちにこちらを窺う。アルベルトとスノウリリイは再び彼に向き直った。二匹のドラゴンは、侍るように二人の横について彼らの様子を見守っていた。




 白い龍は劇中でも呼ばれていたロンという名前が付けられた。実はこのロン、女の子である。すっかりアルベルトにも懐いたが、他の人間にも快く触らせてくれる。


 赤い方はスノウリリイが頑なに何故か名前を付けるのをよしとせず、名無しのままだ。こちらはスノウリリイ以外の人間には触れさせようともしない。しかし、最初のように誰彼構わず唸ったりすることは無かった。


 アルベルトはロンに対して遊んであげたり、ここでのルールを教えたりしていたが、スノウリリイはなぜだか城の案内を竜にしていた。案内と言っても本当に歩き回って、その場所が何をするところなのかを言うだけであった。それとたまに自分についての話をしていた。何が好き、何が苦手、そんな話を竜に対して言うのだ。今日のスノウリリイはちょっとよくわからない。ドラゴンにがん飛ばしたり、自分が世話するとワガママを言ったり、危険な魔力封じを解いてしまったり・・・。元々彼女を百パーセント理解しているとは言い難いのだけれど、今日の彼女はますます不思議だ。でも、こんなにもスノウリリイが意思表示してくるのも珍しいんだよな。


「もしかして、ドラゴンの言葉がわかるの?」


「わからない」


「グル?!」


 今ドラゴンがびっくりしてこっち振り返ったよ。私より先に。ドラゴンの方は喋れると思っていたらしい。というか、スノウリリイがドラゴンの言葉がわかるんじゃなくて、ドラゴンがこっちの言葉がかなり明確に分かるんじゃ。


「ねえ、何言っているか分かっているんでしょ」


 スン・・・・。無視である。今反応してたのに・・・。その後の彼は(赤い方はオスだった)、一切こちらの会話に反応することはなかった。




「スノウ、その子の世話をしたいなら、首輪を付けなさい」


「嫌だ」


「でもスノウちゃん、その子貴女の言うことしか聞いてくれないのでしょう?他の人を攻撃するかもしれないのよ」


「そんなことしないよ。この子が人を攻撃する時は、その人がこの子を攻撃した時だけだよ。自分から訳もなく暴れたりしないんだよ」


「それを証明できるのか?」


「・・・・」


 スノウリリイがドラゴンを放し飼いにしようとするため、彼女の両親からストップがかかった。ここに来る前は、大暴れしたのだからしょうがないと思うけれど、スノウリリイは一切の拘束具も、檻に入れることさえも認めない。ドラゴンの首を抱きしめたまま、涙目になる彼女。


「スノウリリイ、じゃあ首輪はいいから寝る時だけは檻に入ってもらおうよ。ロンも暴れないけれどそれはちゃんと守っているんだから。ここに慣れたら、ちゃんとした小屋に行けるって言ってたし」


 耳元で妥協案を出してみる。私の提案を聞いたスノウリリイは、ますます泣きそうな顔をする。


「ヴィーも信じてくれないの?」


 うーん、そう捉えられたか。でも、理由を話してくれなきゃ私だって味方は出来ない。確かに我が儘を言っているだけとは思えないのだ。彼女は別に動物が飼われているのは可哀想、自然のままが一番という思想の持ち主ではないはずだ。


「お願い。ヴィーにだけはちゃんと理由教えるから」


 私にだけ聞こえる声で懇願するスノウリリイ。そこまで言われたら私も覚悟を決めるしかない。


「それなら、私とスノウリリイ以外このドラゴンがいる時には部屋に入れないようにしてください。他の人間にはわかりませんが、スノウリリイの言うことには従いますから」


「なっ、それでは、あなたはどうなるのです?」


「私が負けるわけがないので大丈夫だと思いますよ」


「神獣様が無事でもスノウが・・・」


「そうですね。私は護衛のプロではないですから、スノウリリイまで守れるかはわかりません」


「そんな危険な可能性のある行為には・・・」


「ですから、その時はスノウリリイの怪我や傷を私の肉で治してください」


「何を言っているのですか?!」


 なぜ私が街に出れば攫われそうになるのか。神獣は珍しい生き物だからというのもあるが、古くから精霊の肉というものは万病に効くとされる。神獣は、精霊の上である神霊の中でも最上位クラスなのだ。一番神に近いと言っても過言ではない。では、精霊が万病に効くのならば、神獣にはどんな効果があるのか。なんと生命の蘇生だ。使えるのは神獣一つの命につき一度だが、それが人間にとってどんなにも価値があることかなんてことは想像に容易い。


「そこまで本気でこの子の味方をしますか」


「ええ。皆さんが何といおうと、わたしだけはスノウリリイの言葉を信じましょう。彼女がここまで意固地になるのにはきっと訳があると思うので」


 むうと顔を歪ませる国王。いつも悪いですね・・・。我ながらめちゃくちゃだと思うけれど。これほとんど脅迫だもの。


「スノウ、本当に何か理由があるのか?」


「ある。でも、お父様には言えない」


「神獣様には言えるのか?」


「うん。これは誰にでも言っていいことじゃない。皆が信頼出来ないからとかじゃなくて、一番解決出来そうなのがヴィーだから言うの」


「――そうか。ならば私もお前に賭けるとしよう。絶対にこのドラゴンに人を傷つけさせないこと、そしてお前自身が絶対に傷つかないこと。それを誓えるな?」


「ええ、もちろん。ありがとうお父様」




 ドラゴンに関してかなりの自由を手に入れたスノウリリイだったが、結局魔力封じだけは再び施すことになった。前回の魔力封じは、常に痛みを伴いながらも魔法を使用しようとすると更なる刺激を与えるものだった。罪人やこのドラゴンのような暴れる者の逃げる気力を確実に削げるからだ。それが今回は、純粋に魔力を封じるだけのものになっている。その魔力封じを行うことを指定し、いやいやながらスノウリリイは条件を飲んだ。その代わりと言っては何だが、ドラゴンをスノウリリイの部屋に寝かすことを許可された。


 私とドラゴン、そしてスノウリリイは、彼女の部屋に帰って来た。寝る前の時間になったので、部屋には三人、いや一人と二匹だけだ。ドラゴンは落ち着かない様子で、きょろきょろと部屋を見回している。


「やっと他の人がいなくなったよ、そろそろ話してくれる?」


「うん」


 ドラゴンの鱗を撫でながら、頷く。そして、そのまま彼の正面に立った。


「私とヴィーは、あなたの秘密を必ず守る。―――だから、あなたの本当の姿を見せて」




 彼女の言葉を聞いたドラゴンは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、諦めたように目を伏せた。彼が目を閉じると、暖かな魔力の流れを感じた。それは目に見えるほどで、金色の穏やかな光が彼を包み込み始めた。光が強すぎるのか、輪郭がぼやけてよく見えない。しかし、その光が彼の形を明らかにドラゴンとは違う身体に変えていることは私にもわかった。


「驚いた。本当に俺の正体に気が付いていたんだね」


 そう言うと、彼は朗らかに笑った。少年は、とても痩せていた。肌つやも悪く、髪もしんなりとしていて体調の悪さがにじみ出るようだった。しかし、その目だけはこちらをしっかりと見つめていて、彼が心までは完全に不調ではないことが見て取れた。


 瞳は真夏の太陽のような金色をしていて、とても大きく何でも見透かされそうなほど神秘的だった。ドラゴンの身体と同じ色の深紅の髪は少年にしては少しだけ長い。力強い印象を与える眉も相まって、まるで物語の勇者の幼少期のような誠実な印象を受ける。主人公という言葉を擬人化したのかと疑うほどに余りに光に満ちた少年でありながら、こちらが魔に魅入られたかと疑うほどの美しさを持っていた。




 この美しさは、他の人間とは違う種類のものだ。私はその同じ美しさを持つ人間を一人だけ知っていた。そう、目の前の少女と同じような・・・。


 それだけじゃない。私は彼本人を知っていた。なぜ、ここに彼がいるのか。それは全くわからない。だってそんなはずがないのだ。公式が言っていたことと全然違うじゃないの。


「俺のことを誰にも言わないでくれてありがとう。俺はアーサー。アーサー・エルドレッド・フラムだ」


 主人公のような少年は、あるゲームに出てくる主人公の名前を名乗った。繋がるはずのない一作目と二作目が、魔法のように繋がった瞬間だった。

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