第20話 特別な出会い
月日は瞬く間に過ぎ、建国祭があと一か月と行ったところまで来ていた。スノウリリイの婚約者候補もだいぶ絞られ、その一部からはスノウリリイ個人に宛てた手紙が来るようになっていた。長らく城を空けていたルカも帰って来たようだ。季節はすっかり夏が近づいていた。
「叔父様のお土産何かな?」
「何だろうね?外に呼び出すなんて」
涼しげなワンピースを着たスノウと二人、ルカに呼ばれた庭にのんびりと歩く。お土産を渡すからと、なぜか外に呼ばれたのだ。
「来たね。ああ、アルベルトも来たようだ」
「お土産って何?」
「気が早いなぁ」
少し困った顔でルカは笑うと、隣に立っていた商人らしき男に指示を出す。よく見ると、布を被った何かとても大きなものが二つほど芝生の上に妙な存在感を放っていた。覆っていた布が外される。
「「うわぁ!」」
アルベルトとスノウリリイが感嘆の声を上げる。私もびっくりだ。
「すごいだろ?本物のドラゴンさ」
ルカは、二人の反応が良かったのに気をよくしたのか、にやりといたずらっ子のように笑った。
ドラゴン。それは私の前世では空想上の動物とされていたものだが、この世界では違う。多くの伝説や神話で活躍する生き物ではあるのだが、会おうと思えば会える生き物とされている。とはいえ、普通はこうやって早々会えるものではないのだ。そのドラゴンが二匹も檻の中にいるというのはどういうことなのだろうか。
「どうやって捕まえたの?」
「先に言っておくけれど、俺が捕まえたんじゃないからね。ドラゴンの捕獲は国際法で禁止されているから。この子らはどうも密猟されたみたいでね。どういうルートか、星の国で競売にかけられていたのを見つけて保護したってわけ。ドラゴン他希少生物の保護は神聖八か国にだけ認められているから、しばらく預かろうと思っているんだ。そこでだ」
「二人にこの子たちのお世話を頼みたいんだ。どうかな?」
二人は互いに顔を見合わせる。先に口を開いたのは、アルベルトだった。
「えっと、僕らがその子たちのどちらか一匹担当してお世話を、ってことですよね?ドラゴンの世話とは大変なものではないのでしょうか?」
「うん、そうして欲しいと思っているよ。確かに大きくなれば大変だけれど、子どもである今のうちは小型の肉食獣と変わらないかな。でも知能が子どもでもかなり高いのが竜種なんだ。こちらの言葉がわかるからね」
へー。そうなんだ。龍のおとぎ話なら何個かスノウリリイと読んだけれど、飼い方は載ってなかったからな。ちゃんとお世話すれば慣れるのだろう。
「保護ってことはいつか元の場所に帰すの?」
「ああ、そうだね。子どもの期間だけになるかな」
「そうなんだ・・・叔父上、僕はお世話したいです」
「わたしも」
「ありがとう。彼がこれからは竜について色々教えてくれるから、わからないことがあったら聞いてくれ」
隣に立つ男性がぺこりとお辞儀をした。商人のように見えたけれど、学者だったようだ。普段は、旅をしているのだが、今回要請を受けて魔法庁に入ったのだそうだ。
「それじゃあ、どちらがどの子を世話するか決めようか」
二匹のドラゴンは同じドラゴンでも全く違うタイプのドラゴンだった。片方はどちらかというと西洋のおとぎ話に出てくるドラゴンで、赤い身体に立派な翼をもっていた。先ほどから檻の中で丸くなってこちらを睨んでいる。よく見ると、身体のあちこちに小さな傷跡が残っているのが見えた。
もう一匹は、ドラゴンというよりは龍と呼ぶのに相応しい見た目をしていた。白い蛇のような長い体に、たなびくひげが美しい。正に中華の神話に出てきそうな龍だった。赤いドラゴンの方とは対照的にこちらはきょろきょろと珍しそうに周りを見ていた。
どちらもまだ大型犬を少し大きくしたようなサイズだ。子どもたち二人は熱心にドラゴンたちを見ている。すると、今まで静かだった学者がドラゴンたちのここまでに来るまでの様子を話し出した。
「白い方の子は好奇心旺盛な人懐っこい性格のようです。いい商人の手に渡っていたのか・・・いえ闇市なのでいい商人ではないですけれど、とにかくいい待遇を受けていたようです。捕まっているのに、全く人を恐れても憎んでもいない。この子はきっとお二人にもすぐ懐くでしょう。反対に赤い子の方は、ここに来るまでに何度も暴れています。首に魔力封じも施しています。とても危険なので・・・。食べ物もろくに食べてくれませんでした。警戒心が強いのもありますが、我々を憎んでいるのかもしれません。この子は少し仲良くなるのは大変かもしれませんね」
「・・・そうですか。では兄の僕が赤い方を引き受けましょう。スノウもそれでいいよね?」
アルベルトが確認を取る。私は先ほどから何らかの違和感があることを感じていた。なんだろう・・・?何か忘れている・・・?あ!
このドラゴン、白い方だけだけどゲームにも出てたね!確かアルベルトのルートの一場面でだけ出てくる。この龍の世話をヒロインとするスチルがあった。アルベルトのルートはそんなに周回していなかったから忘れていた。あれ?でもゲームにはこちらの赤い方はいなかった。それにあの子は、アルベルトのドラゴンだと本人が言っていた。でも、今は白い方はスノウの手に渡りそうなのだ。私の記憶違い?
もう一つ、気になっていることがある。今回、ルカが星の国に行くきっかけになったのはスノウリリイの縁談関連の話を付けに行くこと。ゲームの世界では、スノウリリイが神の愛し子だということは誰も知らないので、星の国から縁談が来ることなんてないのだ。しかし、あちらでも同じドラゴンが作中に登場している。もしかして、ルカはスノウリリイのことがなくてもたまたま同じ時期の星の国で、たまたま闇オークションを見つけてドラゴンの保護をすることになるとでも言うのだろうか。
あり得ない仮定だ。偶然なんてものは神様に会ってしまった今、一番信じられないものだ。とすれば、何だろう。たまたまで無ければ運命とでも呼ぶのが相応しいのか。必ず星の国からドラゴンを引き取ることが、必ず変わらない大きな出来事なのか。ゲームではほとんど描写がなかったが、実は重要な出来事なのかもしれない。
スノウリリイはアルベルトの言葉が聞こえていないようだった。彼女はずっと赤いドラゴンを見つめている。ドラゴンの方もこちらを見ているので、にらみ合うような形になっていた。
「スノウ?聞いている?」
「ん?」
「聞いていなかったんだね、もう。赤い子は凶暴らしいから僕が世話するって言ったんだよ」
「え・・・、お兄様が?ダメ、わたしがする」
「本当にこのドラゴンは危険なのです。女の子の姫様には危ないと思います」
「ほら、そう言っているからいいよね?」
「わたしがする」
うーん。王様も頑固だけれど、スノウリリイも同じく基本的に頑固なんだよな。似た者同士だなぁ。一向に首を縦に振らないスノウリリイに、先にアルベルトの方が折れた。
「では、スノウにさせてみましょう。ちゃんと自分で言ったのだから、世話をするんだよ」
「ありがとう、お兄様」
ルカはまだ心配そうにしていたが、アルベルトがそう言うので、認めることにしたようだ。これでゲームと同じ、アルベルトが白い龍の世話をする状況が生まれたというわけだ。それにしてもスノウリリイ、そんなにこの赤い子が気に入ったのかな?普段から頑固でも、ワガママというわけじゃない。その彼女が何にこだわっているのだろうか。
「先にこちらの白い子から・・・」
学者さんは、そう言って檻の鍵を開けた。白い龍が、こちらを伺いながら恐る恐る檻から出てくる。
「まずは、目線を合わせてください。そうです、しゃがんで。大きな声は出さないでくださいね」
アルベルトに指示を出しながら、自分も同じようにしゃがむ。アルベルトも緊張した顔をして、龍の目の前にそっと手を出した。龍はじっとアルベルトと差し出された手を見比べていたが、納得したのか気に入ったのか、ペロっとその指の先を舐めた。
「これは仲良くなりたいという意思表示のようなものです。良かったですね」
「うん。仲良くなれそうだ」
龍の頭を撫でながら、笑顔で答えるアルベルト。一方のスノウリリイは、まだ赤い龍の方をじっと見ていた。
「何かあるの?」
「・・・まあ」
肯定はするものの話してくれる気は全くないらしい。もしかして、神の愛し子特権でしゃべれるとか・・・。ありそうだな。
「それではこちらも、出してみようと思います。護衛や騎士の皆さんは少し近付いてもらって・・・、逆に王女殿下たちは下がってください」
かちっと鍵の開く音がよく聞こえた。先ほどとは打って変わって緊迫した空気に、こちらまで緊張してくる。赤いドラゴンは、ゆっくりと地を踏みしめた。私には竜の言葉なんてものは分からないが、目の前のドラゴンの機嫌がどことなく悪いことは見て取れた。魔力封じのおかげかこちらに飛び掛かってくることはないが、唸り声が地を揺らしていた。
「姫様、先ほどのようにゆっくりと近付いてください。そうです。そのまま、しゃがんでください」
スノウリリイは、ドラゴンの目の前に立った。しかし、彼女はしゃがむことはなく、ただ目を合わせるだけであった。焦る私たちとは裏腹に、彼女は妙に落ち着いていた。私の横に立つジルの方が今にも大声を上げて気絶しそうになっている。しかし、気性の荒いはずのドラゴンの方も彼女を睨みつけるだけで何もしては来ない様子だった。
本当に一瞬だった。スノウリリイが動いたのは。
「す、スノウ!!!」
ルカが声を上げた時には既に、スノウリリイの行動は終わっていた。彼女は、ドラゴンの首を巻きつくように抱きしめていた。そして、その首に施されていた魔力封じを自らの魔力で、外していた。
「大丈夫。もう苦しくないでしょう?」
そう言いながら、竜の首を撫でながら、少しだけ顔を緩ませた。竜が、力を抜いてもたれかかる。その目は閉じられ、先ほどの憎々し気な表情は消えていた。いかに子どもといえども、遥かに彼女より大きな体に体重をかけられ、ふらつくスノウリリイを後ろでルカが支えた。
その姿は、いつか一緒に見た彼女の好きな本の一場面によく似ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます