第17話 氷の皇帝 ルスラン・ワシレフスキー・リオート
「それで、今皇帝はどの辺にいる」
「それが・・・既に城に到着しております」
「な?!一体どうなっているのだ?!」
突然の氷の国の皇帝の襲来に、ざわつく会議室。とりあえず全員部屋から出ると、城内は会議室の比ではないほど慌ただしく混乱をきわめていた。それにしてもどうして連絡が、皇帝一行が着いてからに?
「それが・・・どこかで連絡を止めた人間がいるみたいで。王都に入ってから連絡が来たのです」
「止めただと?ふざけやがって!氷の国の経路なら、あそこの子爵家か?」
「ガイアルドーニの息がかかっている家じゃないか」
「すいません。私の監督が行き届いてなかったせいです」
通信担当のガーディニア侯爵が声を震わせ、頭を下げた。国王は首を振り、彼らに指示を出した。
「それは後にしよう。みなとりあえず自分の持ち場に戻ってくれ。部下たちも動けないだろう。ガーディニアはちゃんとどこで連絡が止まったか調べておけ。ティファは一度部屋に戻ってくれ。また呼ぶだろうから準備はしておいてくれ。アルバスと叔父上は私と共に。ルカ、悪いがアルベルトだけ連れてきてくれ。スノウは着替えだけいい。まだ皇帝の前には出すな」
「陛下!」
「今度はなんだ?!」
「皇帝を応接間に通そうとしたところ、王女様が偶然皇帝の目に入ってしまい、質問攻めにされています!!」
「?!今すぐそちらに行こう。悪いがアルバス、お前がアルベルトを頼む。叔父上は先に行ってください。ルカ、行くぞ」
もちろん、私も国王たちについて行く。大丈夫かなスノウリリイ。
スノウリリイと皇帝は応接間の前から庭の方に移動していた。二人は向かい合って、何かしゃべっている。皇帝のお付きらしき人々はよく見ると十人もいなかった。
「あんなに少人数で来たのか?盗賊団だってもっと人数が多いだろうに」
小声でそう言いながら、王様と三人、彼らに近づく。だんだんと、皇帝の顔と声が近づいてくる。
「スノウリリイ姫は普段はどんな趣味があるかな?読書?それとも刺繍かな?ああ私としたことが女性だからと君の趣味を勝手に女性らしいものと決めつけてしまったね?女性らしいことは私にとって好ましいことだが、私からすると男性のような趣味を持つ女性は更に魅力的だね。乗馬や剣を好む女性の凛々しさと言ったら・・・。すまない、またしても君を困らせた。私は神の愛し子を前に緊張しているみたいだ。初めて会ったけれど、他人の気がしなくてついついたくさん話してしまうよ。やはり、リオートの先祖返りだからかな?君がもっと早く愛し子だと分かっていればと思ってしまうよね。他国にまで君の美しさが知れ渡ってしまったよ。こんなに美しくて聡明な女の子がウチに来てくれると思ったら、居ても立っても居られなくて私も会いに来てしまったよ。ああ、うちにはね、君より一つ下の息子がいるんだ。一つ違いぐらいあってないような差だろう?婚約を考えてくれるかな?ああ、ごめん。君にそんなこと言っても困るね?またやってしまったよ。でも、うちの息子は私なんかよりよっぽど男前だし気遣いが出来るから君も気に入ると思うな。ねぇ、どうだい?」
なんだこの人。全部一方的に話しかけまくっていたわけ?スノウリリイは何か言いたくても間髪を入れることもない彼の会話を聞き取るので精一杯だ。
「ルスラン殿」
苦々しい顔をした国王を見ても皇帝は涼し気な顔だ。私たちが来たのを見て、安心したのかスノウリリイはほっと息をついた。
「これは、アルト殿。それにルカ。お久しぶりです。挨拶が後になってしまいまして、本当に申し訳ありません。姫君を見かけて思わず話しかけてしまいました。こんなに愛らしい娘がいて羨ましいですね。うちは男ばかりですから。それにしても直接会うのは、アルト殿は私が皇帝になって以来ですね。なかなかお伺いできませんで、残念です。他の王族様にもぜひ会いたいのですが、いつも会えるのはルカだけですからね。そのルカも最近全くこちらに来てくれないので寂しいですね」
「ああ、ルスラン殿。私も本当にそう思うよ。所で今回は何か?」
もうほとんど会話に無理やりカットインする王様。無理にカットインしたうえ、滅茶苦茶直接的に聞く。腹の探り合いとかいいのだろうか。
「それはもちろん、私の息子とあなた方の王女殿下との婚約を結びに」
にっこりと爽やかに目的を告白する皇帝。一ミリの悪意も、断られるとも思っていない表情が逆に清々しい。それを見たルカが彼に聞こえないような小さな声でつぶやく。
「ああ、やっぱり来たよ。先に書状が来ていた方がよっぽど楽だった」
ルスラン・ワシレフスキー・リオートは、現在二十二歳。『神聖8か国』で最も若い指導者だ。皇位についたのは十五歳。しかも、クーデターによって手に入れた皇帝の地位であった。彼は元々継承権こそ持っていても、皇帝にとても手が届くような位置にはなかった。それを見事自ら兵を挙げ、ひっくり返した。
彼はルカを呼び捨てにしていたが、彼らは同じ時期に同じ学園にいたことがあったからだそうだ。彼曰く大親友らしいが、何を言っても彼の言うことは胡散臭いので信じられない。
氷の国の皇帝、しかもクーデターを起こして自ら皇帝になるような過激な人間と聞いていたので、私は彼のイメージを勝手に作っていた。きっと彼は氷の王子様のような冷たくも美麗な男か、もしくは軍人然とした雪男みたいな皇帝なのだろうと思っていた。けれども、実際の彼は、何というかかなり普通の人といった印象だった。背はどちらかというとこの世界の男性の中では低く、顔立ちはそれなりに整っているが、華やかさはない。銀髪と三白眼は特徴的だが、恐らく他国の美しい王族たちの中に混ざれば見失ってしまうだろう。見た目では人間わからないものだが、彼の場合はそれがとても顕著に出ているのかもしれない。
皇帝は王族たち全員に、あの長い挨拶を同じようにすると、やっと静かになった。よくもまああんなに関係あることないこと喋れるもんだなと私は内心とても感心していた。私に対してもあの長文をぶつけてくるので少し怖かった。これも彼の皇帝としての力の一つかもしれない。
「ルスラン殿、どうしてこちらに連絡を直接いただけなかったのだろうか」
そうだった。普通ずいぶん前に連絡しとくよね、来るなら。国境周辺のことはまあ、こちらの落ち度としても、隣国じゃないんだから出る前に何か言うよね。
「いやぁ、それに関しては本当に申し訳ない、アルト殿。非常識とは分かっていたのだけれど、こちらとしても先に姫君の婚約を決められてしまっては困るのでね。たくさん他国から縁談が来ているのだろう?もちろん、我が国を最優先してくれると信じているけれど、万が一私の訪問を聞いて、どこか別の人間に・・・例えば三公爵のご子息はみな姫と年が近いのだろう?彼らと婚約をして、後には解消して別の国になんてことになってしまうんじゃないかなと。ああ、疑っているわけではないですけれど、連絡をしなかった理由としてはこうです」
事態を知らずにここに連れて来られた子どもたち二人はびっくりした様子だった。さっきから皇帝に対しても少し引いていたのだけれども。
皇帝はかなり本気で話を付けに来たらしい。たくさんの縁談が来るのを見越して、書状ではなく、直接こちらにプレッシャーをかけに来たのだ。確かにかなり関係の深いリオートならば本来は最優先だろうが、アクアノーツは星の国や森の国とも繋がりがある。彼らに先回りされることを、先手を打った形か。にしても神の愛し子だからって、必死過ぎないか?
「スノウリリイ姫は、我が国の祖リオート初代女帝の先祖返りです。女帝の姿をした神の愛し子がこの世に現れるのは百年以上ぶり。来て欲しいと思うのは当然のことです。ただでさえ我が国の王族は血が細くなっています。彼女のようなより濃い血筋は必要不可欠なのです」
しょっちゅう反乱が起きる国じゃ血がやせ細っていく理由もどことなくわかるな。皇帝の言葉に、国王が顔をしかめた。
「スノウリリイは確かにあなたの国の先祖返りだが、その血までも受け継いでいるかはわからないでしょう。女神様からは確実に、私たちの娘とお墨付きを頂いている。あなたが望むような白銀の髪の子ではなく、私たちのような水色や金色の髪の子が生まれる可能性だってあるのです」
「それ以上に我が国に女帝の姿を写したような彼女がいることがもう、価値があることなのですよ」
「なるほど。貴方の考えは分かりました」
「では、婚約に応じると?」
「いいえ。今回は見送らせていただきます」
国王の言葉に、皇帝は目を細めた。空気がすうっと涼しくなった気がした。
「それは、他に内定があるということ?それとも今回の訪問では結ばないということだろうか」
「どちらも違う。スノウリリイの婚約は通常通り十歳の誕生祭で結ぶ。今回あなた方との婚約にも応じないが、他の国とももちろん国内でも婚約を先に行わない」
「なるほど。あくまでも公正にですか。それでは我が国含めて一番条件の良かった国が相手ということですか」
「いいや?」
ん?違うの?そう思ったのは私だけでなかったようで、国王以外は疑問しかないといった顔をしている。
「婚約者は十歳までにスノウリリイ自ら選ばせる。あなた方がアクアノーツにとってのいい条件なのか、スノウリリイにとってのいい条件を提示しようが決めるのはこの子。顔のいい男でも、能力の高い男でも、性格が良い男でもいい。この子が望むならば」
「あなたは十歳の子どもに自らの道を選ばせると?」
「ええ、そうです。何も婚約が全てじゃない。流れる可能性も十分ある。この子には今まで散々迷惑をかけていますからね。それぐらいいくらでも自由に選ばせますよ」
「それは・・・正直面白いですね」
皇帝は、子どものように無邪気に笑った。怒るかと思われたその顔はむしろ輝くような笑顔を浮かべている。
「アルト殿。私はあなたを勘違いしていたようです。父親のいいなりのお飾り王太子だと以前は思っていましたが、そんなことはないようだ。いいでしょう。ならばうちの息子が姫に選ばれればいいだけだ」
「自信があるのか、ルスラン」
「もちろんあるとも、ルカ。私の息子を次に来るときには連れてきましょう。スノウリリイ姫も気に入るでしょう」
「ねぇ、大丈夫?」
晩餐会も終わり、豪奢なドレスを脱いだ彼女はベッドに仰向けになっていた。ルスランは明日には帰る。突然来てさっさと帰っていくとは最初から最後まで勝手な人たちだ。スノウリリイは王様の例の宣言から、ずっとぼうっとしている。
「わかんないよ。急にこんなこと言われても」
溜息をついて、寝返りを打つ。綺麗に整えられていた髪はぐしゃぐしゃだ。
「まあまあ、プラスに考えてみなよ」
「む・・・。だってわたしの選択一つでアクアノーツが滅びちゃうかもしれないよ」
「そんな大げさに考えなくとも。アクアノーツがどっかと戦争しているならともかく。この間も話していたでしょう?この先を決められる権利を得たんだよ。普通のお姫様ならあり得ないことだよ。それに別にスノウリリイに決定権があるだけで、他の人に相談しちゃいけないわけじゃないんだから」
「でも・・・考えたことなかったんだもの」
ごろごろと身体を動かすスノウリリイ。あと二年あるんだからそんなに不安に思わないでも。
「最悪、成人まで考えるとか言えばいいから」
「それってあり?」
「いいんじゃない?皇帝は何か言いそうだけれど」
「うぇー」
皇帝のことは好きじゃないのか、顔をしかめる。しかし、すぐさま気を取り直して、思案する表情になる。
「でも、リオートの皇太子はちょっと気になる・・・」
「確かにね。ずっと皇帝が褒めまくっていたもの。まあ、あの人胡散臭いからどれだけ本当のことを言っているかわからないけれど」
「わたしより一つ下なんだってね。どんな子なのかな・・・」
皇帝のミニサイズかもしれないな。それはそれで見てみたい。スノウリリイはさっきより少しだけ元気になったようだ。明日とりあえず国王に文句を言うと張り切っている。すっかりたくましくなっちゃって、私は嬉しいよ・・・。
次の日、リオートの皇帝一行は早々に帰っていった。お土産代わりなのか、ルカに新しい商談をしていた。もしかしたら、そっちがメインだったのでは。次はちゃんとこちらに直接連絡してから来ると言っていたけれど、本当か怪しい。彼らが帰ってから、国王様は皆から何勝手に決めているのかと責め立てられていたのだけれど、考えを変えることはなく、そのままの意向で通すことになった。ちょっと情けない姿も見ていただけにびっくり。ルカ曰く兄さんは時々すごく頑固なんだと。スノウリリイもそういうとこあるよな。二人は意外と似た者同士なのかもしれない。
*
「本当に良かったのですか?このまま帰ってしまって」
「ああ。今回はな。どの道、彼女が我が国に来ることは変わらないさ」
雪国から来た男たちは、帰りながらそんなことを語らっていた。若い皇帝は、一口温かいスープをすすると、斜め前に座っていた男のいつもとは違う様子に気が付いた。
「どうしたアントン。その気味の悪い顔は」
「気味の悪いとは失礼な」
アントンと呼ばれた男は、心外といった表情で肩をすくめた。よく見ると、アントン以外の男たちは何やら笑いをこらえているようだった。
「アントンは、アクアノーツで『天使』に会ったらしいですよ」
そう言って彼らは吹き出した。
「ちょっと!俺は本気なんですからね」
あのアントンが珍しいこともあるものだと、ルスランは思ったが、せっかくなので少し彼らの話を聞いてみることにした。真面目な男の惚れた晴れたの話なら、いい酒の肴になるだろう。そのまま夜は、男たちの賑やかな声と共に過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます