第18話 お土産

 リオートの一行が帰ってから数週間後、久しぶりにマリアが王宮にやって来た。スノウリリイとマリアは、すっかり仲良くなった。二人が仲良くなったきっかけは、本・・・ではなく、私だった。仲良くなるために初めてマリアを招いた時、急に彼女は、


「お願いします!神獣様!なでなでさせてくださいませ!」


 と頭を下げてお願いしてきたのだ。私も忘れていたのだが、マリアは大の猫好きで、家でもペルシャ猫を飼っているのだ。そういえばあったよ、グレーのちょっと重そうな猫を抱いたマリアの絵。


「ヴィーのもふもふの魔力には逆らえなかったね」


「ええ、本当に綺麗な毛並みですね。ぜひうちのチエルも王女様に抱いて頂きたいですわ。あの子はまた神獣様とは違う魅力があるのです」


 猫の話で二人は盛り上がって、そこから仲良くなった。マリアは一週間に一回のペースで、スノウリリイの元にやってくるようになった。スノウリリイと同じく年の割にはかなり高い水準の教育を収めているマリアは、話が合うようだ。本の話も私の予想以上に趣味が合うらしく、最近は恋愛小説にはまっているようだ。今日もお互い持っていた恋愛小説の貸し借りをするために来たのだった。


「リオートの皇帝はかなり勝手な方なのですね!連絡もせずにこちらに来るなんて信じられませんわ」


 最近の出来事を話して聞かせると、マリアは憤慨した。リオート皇帝一行が来たことは、公には伏せられている。マリアも聞いていなかったようだ。


「それにしてもご自分で婚約者を、ですか・・・。大変なことになりましたね」


「うん・・・」


「本当だよねー、まさかディーノ以外の選択肢が大量に現れるなんて」


「大量・・・?そうなの?ヴィー」


「あっ」


 しまった。まだどこから縁談来ているか黙っておいてって言われていたんだったわ。二人はじーっと疑うように私を見ている。その時、マリが急に扉を開けてこちらに話しかけてきた。


「王弟殿下がいらっしゃいました」


「ん。入っていただいて」


「やあ、スノウリリイ。おや、そちらは確か・・・」


「は、初めまして。マリア・アルバスと申します」


 マリアは飛び上がるようにして立ち上がると、ぺこっと頭を下げた。ルカはにっこり貴公子然とした美しい微笑みを浮かべた。


「アルバスの末っこのお嬢さんだね。お母さまに似てとても美人さんだね。私はルカ・フォン・アクアノーツ。よろしくね」


 ルカに褒められ、マリアは頬をほんのり桃色に染めた。さらっとこんなこと言うんだから。さすが乙女ゲーの男だね。


「私、そろそろ帰りますわ」


「ああ、まだいても大丈夫だよ。私の用事はちょっとしたものだし・・・。君とお話してみたいな。どうかな?」


「私はもちろん構いませんわ!」


 大声で鼻息を荒くしているマリア。年上イケメンに弱いのかな。一方のスノウリリイはむぅっと不服そうだ。


「今わたしが話しているのに・・・」


「まあまあ、ルカも入れてあげなよ」


「そうだよ。お土産もちゃんと持ってきたんだから」


 ルカは手に持っていた紙箱を開ける。中には見覚えのある白いお菓子が入っていた。


「それは?」


「城下町で最近発売された大福というお菓子だよ。米を練った餅という生地に、餡いう甘い中身が詰まっているんだ。雷国由来なんだと」


 大福!城下町にそんなものが!にしても最近雷国が何度も会話に出てくるなー。皆で大福を頂く。普段は食べないのだけれど、私も一つ貰うことにした。うーん、この甘さ。そんなに和菓子好きでもなかったのにな、久しぶりに食べると美味しいね・・・。スノウリリイとマリアもモグモグ可愛らしく口にいっぱいに詰め込んでいる。


「気に入ったみたいだね。紅茶じゃなくて前あげたお茶が合うよ」


 そう言って自らお茶を淹れてくれる。緑茶・・・いい匂い・・・。私がすっかり故郷のものに夢中になっていると、スノウリリイが切り出してきた。


「で、たくさんってどういうことなの」


 忘れたと思ったのに。誤魔化されてはくれないようだ。


「何の話だい?」


 ルカに事情を説明すると、ふむと腕組みをした。少しだけ思案した顔をすると、うんと納得したように頷いた。


「うーん、もう言ってしまおうか。それなら」


「いいの?勝手に」


「まあ、どのみち近いうちに教えることになるだろうし。今日ここに来たのはしばらく城を離れるからって言いに来たんだよ。色々兄さんや義姉さんには言いにくいだろうこともあるだろうし、俺で良ければと思ってね」


「今度はどこに行くの?」

 

「スノウの縁談が来ている国の一つの風の国、仙嵐国だよ。それに雷国にも訪問する予定だ」


「雷国って・・・普段滅多に国交がないんじゃ。え?雷国から来ていたの?」


「まあね。一度話をしたいそうだ。仙嵐はともかく雷国の方はそういう流れにはならないかもね」


「・・・こちらと交流したいから言ってきただけ?」


「ああ、俺はそう思っている。とにかく雷国は遠いし、しばらく帰ってこれないと思う」


「そうなの・・・」


 しょんぼりとしたスノウリリイの頭を撫でるルカ。寂しくなるね。


「あの私、本当にこの話を聞いていいのでしょうか」


「むしろマリアの意見聞かせて欲しい」


「!スノウ様がそういうならば」




 二人に例の婚約者候補一覧(氷の国が追加されている)を見せると、顔を見合わせた。


 ① 王太子の息子(12)星 叔母の孫

 ② 公爵家の跡取り(11)星

 ③ 公爵家の跡取り(15)星 叔母の孫

 ④ 公爵家の跡取り(6)星

 ⑤ 英雄(23)星

 ⑥ 王太子(14)森 王妃の兄の子

 ⑦ 第二王子(12)森 王妃の兄の子

 ⑧ 国王(78)岩 後妻

 ⑨ 第二王子(29)砂 ロリコン

 ⑩ 次代の皇帝(不明)風

 ⑪ 王太子(0)空

 ⑫ 第三王子(15)空 クーデター

 ⑬ 将軍家の若君(10)雷

 ⑭ 皇太子(7)氷


「わたし、おじいちゃんと赤ちゃんと結婚するの・・・?」


「いや、嫌なら全然いいからね。それに今結婚するわけじゃないから。スノウリリイが気に入った人でいいから」


「でもほとんど会ったこともない人ばかりだよ」


「たぶんこの中の候補の一部は建国祭に来ると思うよ。そのための俺と叔父上だよ」


「ん?どういうこと?」


「この十四人から建国祭が来るまでに、人数をあらかじめ減らしておくんだよ。先にお断りを入れに行くんだ。その仕事は叔父上と俺と一部の貴族がすることになっているんだ。もしかしたら先にこちらに訪問に来る国もありそうだけれどね。リオートみたいに」


「どの人を減らすの?」


「さっき言った二人と砂の国ともう一人の空の国の王子は無くなるかな。砂の国は別の王子を出してきそうだけどね。森の国と星の国も人数を一人に絞ってもらう。風と雷は可能なら断る方針だよ」


「ということは最高でも六人ほどですわね」


「そうだね、最高で六人、最低で三人といったところかな」


 三人?それはだいぶ減るな。


「三人・・・」


「別にその三人から選べっていうわけじゃないからね。別に独身でもいいんだよ。王女としての仕事さえサボらなければね」


 ルカはそれを言いに来たのかもしれない。自分がいなくなれば、周りの声で判断してしまうのかもと。スノウリリイが自分の意志で決められるようにって。


「叔父様・・・」


「どうしたの?」


「ごめんなさい。わたしのせいで、余計なお仕事が増えたんでしょ」


「余計な仕事じゃないよ。むしろこれは重要な仕事さ。これをきっかけにほとんど関係がなかった国とも交流が出来るようになるかもしれないんだよ。雷の国なんか今まで他国とほとんど接触がなかったレベルなのにこちらに手紙を出してきたんだ。君は今、この国に十分貢献しているんだからそんなに悲観しないで大丈夫。それに俺は今まで、スノウや兄さんたちのこと少し勘違いしていたというか・・・ちゃんと気づいていればとか思っちゃうんだよね。だから、ちょっとのお節介はさせてよ」


「お人好しだね~。他の仕事もいっぱいあるのに」


「仕事をするのは割と好きだからね。おっとそろそろマリアちゃんは帰った方がいいんじゃないか?」


「ええ、そう致しますわ。スノウ様、まだ我が家に来る許可は取れませんか?ぜひ兄たちとも会ってほしいのですが」


「まだダメだって・・・。前より警備、警備ってうるさくて」


 スノウリリイが神の愛し子と分かってから、国王は表には出しても、外には出さなくなった。危ないのは分かるけれど、そろそろいいんじゃないのかな・・・。


「私も兄さんに聞いてみるよ。あ、送っていくんだけれど少し待っていてくれるかい?」


 彼はそう言い残すと、外に出ていった。お?どこ行くんだ?姿が見えなくなるとスノウリリイが立ち上がり、にやりと笑った。


「ついて行こう」




 何か企んでいる顔をしたスノウリリイと訳の分かっていない猫と悪役令嬢は、ぞろぞろと並んで彼の後を追った。彼が立ち止まったのは、洗濯をしていた侍女―――ローラの前だった。彼女に向って何やら身振り手振りで話しかけている。


「何しているんだろ?」


「もう少し近付こうか」


 二人と一匹は、姿が見えるか見えないかギリギリの壁に隠れる。音を立てたら、すぐ居場所がバレてしまいそうだ。どれどれ、何をしゃべっているのかな?


「だからね、しばらく国を離れるんだ。だからお土産をって思ったんだけれど」


「そうなんですね!姫様にはあちらの国の衣装などどうでしょうか。雷の国と風の国は変わった衣装だと聞きました。きっと姫様ならお似合いになると思います」


「ああ、うん。スノウのものはそうするよ。私は君へのお土産が、何がいいかなって聞きたかったんだけれど・・・」


「私ですか?そんな大丈夫ですよ。私なんかに」


「私が君に送りたいんだよ」


「じゃあ、お菓子で!」


「いやそういうのじゃなくて・・・」


 ルカ・・・。明らかな好意にローラは気が付いていないようだ。スノウリリイとマリアは呆れた顔をしている。


「何ですのあれ・・・」


「どっちもどうしようもない」


 確かにね。あの子スノウリリイに恋愛小説おすすめしてくる割にはめちゃくちゃ鈍いね。ルカもはっきり言わないし。にしてもいつの間にフラグ立っていたの。もしかしてスノウリリイは気付いていて尾行した感じ?と小声で聞くと、頷いた。


「ここ最近の叔父様は明らかにローラに会いに来てた。でも、ローラはたぶん親切な人だなとしか思ってない」


 なに?脈ナシ?というとスノウリリイは首を振る。曰く、普通にローラはルカに憧れてはいるらしい。けれども、まさか自分が好意を持たれているとは一ミリも思ってないらしい。


「侍女と王弟殿下の恋だなんて、本当に小説みたいですわね」


 鼻息を荒くするマリアに対して、スノウリリイは冷静だ。


「今のところ、恋にもなってないけれどね。叔父様意外と頼りないね」


「本当にルカと王様には厳しいよね」


「どちらもちょっと情けないのだもの。でも、もう少しだけ近くで見たい」


「危ないよ」


「ちょっと前に乗り出しすぎでは?って、あわわわわ!」


 ふらりと前に倒れるマリア。ぴったり引っ付いていた私とスノウリリイまでそのまま地面に転がる。


「あいたたた」


「何やってるの」


 見上げると、困った顔のルカとポカンとした顔のローラがこちらを見ていた。




「君たちね、盗み聞きなんてちょっとお行儀が悪くないかな?」


 二人と一匹。怒られています。下を向いて反省の態度を示す私たちをローラが庇う。


「止めてくださいませ、殿下。大したことは話していなかったではありませんか」


「うぐっ」


 逆にカウンターを食らい、言葉に詰まるルカ。ちょっと可哀想。


「と、とにかくね、この事を君たちのお母上が聞いたらどう思うだろうか」


 その言葉を聞いて、みるみると真っ青になるマリア。マリアのお母さま怖そうだもんな。そんなマリアとは対照的に、スノウリリイは強気だ。


「わたしのお母さまなら、叱られるのは叔父様の方かもしれないわね」


「うぐっ」


 確かに最近の王妃様の、ルカへの結婚しろコールは凄まじい。現代ならともかくこの世界じゃ致し方ないのだろうが、なかなか急かされて大変そうなのだ。だってまだルカ21だしね?遊びたいし、働き盛りだよね?今、好きな女の子がいるなんて言っちゃったら、ローラの意志関係なく速攻で囲われちゃうよ。にしても、逆に脅迫してくるとは。賢いというよりちょっと悪い。今までいい子にしていたけれど、性格はこれが素なのかもしれない。


「わかったよ。言わないから、そっちも言わないでよ」


「うん。盗み聞きしてごめんなさい」


「いいよ。他ではしないようにね」


 二人にそう言うと、改めてローラに向き合う。彼女は自分のことは忘れられていると思っていたのか、またしても驚いた顔になった。


「ローラ。俺は、君にだけ、特別に皆と違うお土産を買って来たいんだ。受け取ってくれる?」


「私にだけ・・・特別な・・・。は、はい。もちろん頂きます」


 ようやく意味を理解したのか、彼女はこくこく頷いた。


「ありがとう。帰ってきたら、今度は二人で出かけよう。じゃあね」


 一方的にデートの約束をしてしまうと、ルカはローラから背を向けて、スノウリリイとマリアを連れてその場をそそくさと立ち去った。三人の背中を見送る侍女の顔は、リンゴのように真っ赤に染まり、唇はぎゅっと引き結ばれていた。




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