第16話  二度目の誕生祭

 スノウリリイの八歳の誕生日は和やかに、そして華やかに過ぎていった。去年より盛大な誕生祭には、各国の主要人物が参加した。国中が彼女を祝福し、彼女もまたそれに答えた。紫色のドレスを着た彼女はまさに冬に現れた春の妖精のようでその姿を見た人は、老若男女問わずすっかり心を奪われてしまっていた。昨年散々彼女とその母である王妃を非難した貴族たちは、今年は逆に『神の愛し子』であるスノウリリイとその子を産んだ王妃を異常に持ち上げていた。何とも変わり身が早いことだ。スノウリリイはそんな彼らにも長い会話は出来ないが、軽い挨拶程度ならこなしていた。きっと怖かっただろうに、王女の役割を果たして偉いなぁ。




 怖いと言えば、彼女が貴族たちとのおべっか使いの煩わしい会話を最短で終わらせることができたのは、王弟で彼女の叔父、ルカの協力があったからだ。ルカはパーティーの最中、ずっと彼女の横に張り付いて、貴族たちが良からぬことを吹き込まないか見張り、かつ彼らの会話を流してくれていた。スノウリリイを守るためだけでなく、これにはもう一つルカにとって利点があった。


 この世界は乙女ゲームのモデルになった世界である。そのため、実はこの国の貴族令嬢の狙い目であるいわゆる高級物件という名の結婚相手たちは、一つの年代に固まってしまっている。ヒロインと同世代の現在六歳から八歳の少年たちだ。運命とはいえ、王太子や三公爵家の跡継ぎが一つの年齢層にコンプリートセットとなると、今現在の高級物件で最高位にいるのは誰か。言うまでもなく、ルカだ。彼らと同じく攻略対象であっても彼は、『大人のお兄さん』枠なので、ゲーム開始のその年まで独身の予定なのだろうが・・・。


「ルカ様ぁ」


「少しあちらで、二人でお話ししましょう」


「わたくしと踊りましょう!!!」


「今度わたくしの家で舞踏会が・・・」


 動くたびに適齢期のご令嬢に捕まる。これゲーム開始前にどっかのご令嬢に取って食われちゃうんじゃない?彼女たちからすれば、同年代はルカ以外伯爵家以下だし、いい家系は後妻か少し年上しか残っていないのだ。最も高位にいる令嬢もマリアたち含めゲーム世代だからなぁ。


 スノウリリイを言い訳に、ご令嬢とその親の追撃をかわしまくる。にしても、目が怖い。本当に高級物件とか小動物にしか見えてないのでは。彼女達を見て、猛禽類とつぶやいたマリアはこう続けた。


「もうすぐお兄様もああなるのかな・・・」


 いや、マリア公爵令嬢の婚約者にケンカを売る人は少ないのでは・・・。いや、三人ほどいるな。ガイアルドーニ姉妹とヒロインが。どっちみち、あの美少年は囲まれそうよね。


「叔父様、どうしてそんなに結婚は嫌なの?」


「別に嫌じゃないんだけれどさ。ただ彼女たちとは結婚は・・・」


「そう。なら、早めに教えてあげたら。皆行き遅れちゃうわ」


「スノウ、君。しゃべるようになってからちょっと冷たくない?」


 まあ、ルカのせいで侍女の首でああだこうだ言われたのだから、彼女もちゃんと怒っていたらしい。あれ、完全にとばっちりだったもんね。最も思わせぶりなつもりなんてルカもなかったんだろうけれどね。




 一週間に渡った誕生祭の数日後、私は国王に呼び出された。スノウリリイも一緒かと思ったけれど、呼ばれたのは私だけだった。一体何なのだろう。私が通されたのは会議室だった。そこには国王、王妃、三公爵に、ルカ、大公様、そして何度か城でも見かけた侯爵が二人と伯爵が三人、子爵が一人参加していた。なかなかの大人数に私があっけにとられていると、国王が私に隣の椅子を進めてきた。


「いや、見えないのでテーブルで」


 テーブルに寝そべる。お行儀は良くないのは知っているが、椅子は高さがあわない。私の様子を確認してから、国王は彼らに語りかけた。


「神獣様もいらっしゃったので、早速話していきたいと思う。今日の議題はスノウリリイの婚約についてだ」


 おお、ついに来たか。この国では十歳で、王族は婚約するのが大抵だ。あ、でもルカはしていなかったみたいね。私にもそれで声を掛けたんだね。王妃様が参加しているのが、王様らしいね。侯爵の片方、ガーディニア侯爵がここからは自分が説明するという。彼は通信の分野を管理する貴族なのだ。


「我々は前国王陛下と共に、リーヴス公爵家に王女殿下を降嫁することを以前から決めていました。もちろん、正式決定ではない暗黙の了解というものです。しかし、この一年で姫様の状況が大きく変わりました。姫様が『神の愛し子』と女神様直々に認定されたからです。そのうえ、姫には神獣様の加護までもあります。先日の誕生祭、参加していたほぼ全部の国から婚約の打診が来ているのです。我が国の王女でここまでの大きな婚約の申し込みが複数来たのは初めてのことです。そこで今回、婚約の再検討を行うことにしたのです。皆様にも書状の複写をお渡ししました。ご覧ください」


 ほぼ全部?確か大陸中の国が来てたよね。相当すごいね。というか加護ってなにもしてないけれど、私がそう言うと、スノウリリイと一緒にいるだけで周りからはそう思われるのだと、ルカがこっそり教えてくれた。ガーディニア侯爵はスノウリリイへ届いた書状の複写を一人一人に配っている。卓につく人々は各々書状の中を読み始めた。




「星の国から来ているな。叔母上のいる国だ。王太子の息子に、公爵家の跡取り三人、国の英雄の騎士?一体何人候補にしているんだ。『私たちの子どもたち同士で結婚したら素敵と兄と話していた』?なら、どうして生まれた時点で言ってこないんだよ。ここはナシだな、ナシ」


「まあ、わたくしの兄上から来ていますわ。『私たちの子どもたち同士で結婚したら素敵と妹と話していた』ですって?まあ、そんなこと言っていませんわよ!星の国と文章とほとんど同じではないですか。大体今まで文の一つも全くよこさないでわたくしの名前を使うなんて・・・ぶつぶつ」


「岩の国ですか・・・国王との縁組って・・・この人七十過ぎのご老体でしょう。王女を後妻にしろと?息子や孫もいるのだから、せめてそちらにしなさいな。というか姫が成人するまで王位にいるつもりですか、隠居してくださいよ」


「砂の国の第二王子ですか。確か本人が先日の誕生祭来ていましたよね。『一目惚れしました』・・・?これ、書状じゃなくて、恋文じゃないですか。あれでもこの人陛下と確か同い年・・・」


「あ、隣国の風の国から来ていますね。珍しいですね、風の国が他国の姫を娶りたいだなんて。次代の後宮の主に姫様をですって。でもあそこの後宮、この世で一番怖い女の園って言われていますけれど大丈夫でしょうか。相手を誰と指定してないのもまた・・・。さすが継承権一位がよく入れ替わる国ですね」


「空の国からも来ています。王太子の婚約者にですって。姫様とは八つ違いですか、まあこれなら候補ですかね」


「いや、待ってくれデュラン殿。確か今の王太子というのは三ヶ月前に生まれたばかりの赤子ではなかったか?」


「八つ違いって、下に八つって意味ですか。王太子が成人した時、姫は二十六ではないですか。よく言ってこれたものですね。」


「あれ?雷の国からも来ていますよ。確か誕生祭に来ていなかったような・・・。鎖国気味なのにどこから情報を得たのでしょうかね。現在十歳の将軍の息子との婚約ですか。文章も丁寧だし、これなら候補でもよさそうですね。相手の国の情報が少ないことだけが気になるところですが・・・」


「空の国、もう一枚別に出して来ていますね。こちらは誕生祭に参加していた第三王子ですね。年齢は確か十五でしたか。婚約ではなく、すぐに結婚したいと書いていますね。一体なぜでしょうか」


「あの小僧、もしや神の愛し子たるスノウリリイを使ってクーデターでも起こす気ではないか。見込みがありそうとは思ったが、なかなかやるではないか」


「大公様、そこは褒めるところではないのでは。恐ろしい他国の事情が見えてきましたね・・・」


「早く武器の輸出の準備をしなくては」


「ダミアーニ伯爵、そこではないです」


 全員うんうん言いながら頭を悩ませている。私としてはゲームと同じ道を辿らなければ、フラグ回避ができると思ったのにな。ディーノとの婚約自体が無くなればって思ったのに・・・。それとも、逆にこれからの展開が分かった方がスノウリリイを守れるのかな。リーヴス公爵は自分の息子の婚約が流れそうで若干ご機嫌斜めだ。まあ、ほぼ確定だったのにこんなに割り込みされたらね・・・。




「とりあえず今回来た縁談をまとめます」


 まとめ役に回ったのはアルバス公爵だった。大抵彼が司会になるらしい。手慣れた様子が見てわかる。黒板には武器の輸出をしようとしていたダミアーニ伯爵が書いていく。


 ① 王太子の息子(12)星 叔母の孫

 ② 公爵家の跡取り(11)星 叔母の孫

 ③ 公爵家の跡取り(15)星 

 ④ 公爵家の跡取り(6)星  

 ⑤ 英雄(23)星

 ⑥ 王太子(14)森 王妃の兄の子

 ⑦ 第二王子(12)森 王妃の兄の子

 ⑧ 国王(78)岩 後妻

 ⑨ 第二王子(29)砂 ロリコン

 ⑩ 次代の皇帝(不明)風

 ⑪ 王太子(0)空

 ⑫ 第三王子(15)空 クーデター

 ⑬ 将軍家の若君(10)雷


 まとめられると多いな・・・。しかもなんかこの中で選ぶって・・・。


「とりあえず岩の爺さんと空のとこの赤ん坊はないだろう」


 大公様の言葉で線が引かれる。うん、その二人はさすがにないわ。


「クーデターも論外ですね。消しましょう」


「砂の国のも消していいですよね。というか出禁にしましょう」


 ① 王太子の息子(12)星 叔母の孫

 ② 公爵家の跡取り(11)星

 ③ 公爵家の跡取り(15)星 叔母の孫

 ④ 公爵家の跡取り(6)星

 ⑤ 英雄(23)星

 ⑥ 王太子(14)森 王妃の兄の子

 ⑦ 第二王子(12)森 王妃の兄の子

 ⑧ 次代の皇帝(不明)風

 ⑨ 将軍家の若君(10)雷


 九人になった。王妃様は自分の兄に対して苦言を呈した。


「わたくしがこちらにいるのにスノウちゃんを欲しがるなんて。二人とも年齢はちょうどいいですけれど、森の国を選べば他の国から絶対に抗議が来ますわ。森の国は除外してください」


「なら、星の国も外そう。未だに叔母上の力が強いところにはやりたくない。それこそバランスが悪いだろう。俺はあの人苦手なんだ」


「その方がいい。我が妹だが、あれとスノウは合わないだろう。英雄は悪くないと思うが、少し年がな」


 国王と大公様の言葉でまた四人消える。ということは、残りは?




 次代の皇帝(不明)風

 将軍家の若君(10)雷


 せっかく二人にまで絞られたが、人々の顔は暗い。


「はぁ~~~」


「何となく残ると思った」


「究極の選択・・・」


「もう森の国か星の国にしときましょうよ」


 皆さん、口調が変になっているよ。まあ、相手が誰になるかわからない国とそもそもの素性がよくわからない国じゃね。


「どちらも大国ですけれど確かに」


「やはり星の国はともかくスコーグ森の国戻すか」


「そうですね。三か国とも『神聖8か国』ですし、ここから選べば他の国も納得するでしょう」


「でも、森の国は王妃の言う通り、肩入れし過ぎと言われるのではないですか?」


「ならば砂の国をこちらから第二王子以外で打診してみてもいいのでは」


「あそこは人数が多いから年齢が合う王子がいそうですね」


「やはり風の国は除外した方がいいのではないでしょうか。姫様にあそこの後宮はハードルが高いです。それに次代のなんて言ってますけれど、しょっちゅう皇帝が入れ替わるので姫が成人する頃には二代ぐらい変わっているかもですね」


 選択肢が少なくなって、話し合いも過熱していく。そんな中、リーヴス公爵がこんな発言をした。


「確かに大きな縁談ばかりですが、いい縁談ではないのではないでしょうか。それならば、無難にうちの息子が第一候補のままの方が姫様のためになるのではないでしょうか」


 ちょっ・・・。なんてこと言うのよ。突然、ゲーム通りの展開になりそうなのを焦る私とは裏腹に、リーヴス公爵の言葉に参加者たちは、そうかもしれないと頷いた。


「確かに・・・。愛し子なので魔法庁に協力するとでも言えば・・・」


「残り二つの公爵家ならともかく世界的認知度のリーヴス家ならば・・・」


「大きい婚約と言えども選ぶ権利はこちらにあるわけだし・・・」


「そもそも我々の神の愛し子を他国になんて・・・」


「うんうん、わざわざ他国に娘をやる必要はないな」


「あなたのそれは娘が遠くに行ってしまえば寂しいからではないの?」


「ち、違うわい」


 国王様・・・。なんか結局ディーノという展開になりそうだ。やはりこういう運命なのだろうか。私がここで誰がいいと言えば、その人に決まるだろうけれどそれはちょっと越権行為な気がするし。そもそも顔も見たことないうえ、この条件の相手の所にスノウリリイをお嫁に行かすなんて出来ないよ。


 そんな中、会議が始まってからずっと黙っていたルカが手をあげた。


「どうしましたか?」


「先ほどから気になっていたのですが・・・氷の国と火の国からは来ていないのでしょうか?」




 火の国フラム帝国、氷の国リオート帝国。どちらもこの世界で一、二を争う大国だ。どちらも恋ヒスシリーズで舞台になったことのある国だ。


「来ていませんけれど・・・。何か気になることでも?」


「いや、この大きな国二つが全く動かなかったのが不思議で。どちらも皇太子がかなりスノウリリイに年が近いはずですから」


「・・・まあ、フラムは我が国と昔から仲があまり良くない。来るはずもないだろう」


「しかし、兄上、昔はフラムと・・・」


「その話をするな。リオートの方は確かにそうだな。リオートと我が国はかなり関係がある国。一番に話が来てもいいはずだが」


 何か言いたげなルカを遮り、国王はそう言った。アクアノーツとリオートは大昔初代の王が兄妹だった縁で関係がいいらしい。リオートという名前を聞いて、うぇぇと王妃様が露骨に嫌そうな顔をする。どうしたの?


「わたくし、あそこの皇帝、嫌いですわ」


「おお、気が合うなティファちゃん。俺もあのガキは苦手だぜ」


 大公様まで?ガキってことは結構若いんだね、リオートの皇帝は。どんな人なのかな。


「確かにあの皇帝が神の愛し子なんてものをみすみす見逃すとも思えませんね」


「誕生祭って来ていました?皇帝」


「いや、皇帝は来ていないはずだ」


 すっかりリオートの皇帝の話でもちきりの会議。そんな中、突然扉が開いた。


「失礼いたします!!」


「一体なんだ。今は重要な会議だぞ」


 入って来た衛兵にそう声をかけるが、そんなことも気にしていられないほど焦っている彼は大声で部屋中に聞こえるような報告を我々にして来た。


「リオートの皇帝陛下が何の前触れもなく、この国に来たという連絡が!!!」


 な、なんだってー!

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