第15話  本の世界

「本当に本読むの好きだよね」


とあるいつもの二人だけの時間、ふと、本を読んでいる途中の彼女に話しかける。本読んでいる時邪魔されるのが一番腹立つな、そう思い直して、謝罪する。


「ごめん、邪魔したね」


「ん・・・いいよ。もう読み終わったから」


ぱたんと本を閉じ、彼女はこちらを見た。スノウリリイの本好きは、私が最初に彼女の宮で働く人々から聞いた彼女についての情報だった。彼女の叔父も、お土産にはアクセサリーやおもちゃではなく、本を買ってくることが多い。


「本を読むとね・・・そこの土地に行った気分になれる。私は外に出たことないから。きっとこの国から一生出ることもないから。本を読んでね、想像するの。どんな世界が広がっているんだろう、この登場人物になったら私ならどうするだろうって」


防犯上の理由もあり、かつ公務に取り組むのもこれからの彼女。自由な世界が描かれた本の世界は相当な娯楽に感じるだろう。しかも、彼女はまだ公表はされていないが、将来は公爵夫人になることがほぼ決まっている。


「もしさ、他に行きたいところ、なりたいものがあるなら叶えてもいいんじゃない?」


「それは・・・王女として無責任じゃない?」


「でもさ、王様も言ってたんでしょ。まだ公爵家に嫁がせるの迷ってるって。それならまだ未来を決める必要ないんじゃない?」


「・・・・そうかな」


「うん、あなたはまだ王女以外の何者にもなれるよ」


「それなら少しだけ気分が楽かな」


スノウリリイはそう呟いた。確かに無責任という彼女の言葉はどう考えても私より正しい。けれども、私の方も彼女が将来政略結婚どころか成人することなく、命を落とす事実があることを知っている。もちろん、そんな未来が訪れないことを願っているけれど、スノウリリイが後悔しないようにしてほしい。




「そういやさ、どういう本が好きなの?やっぱり小説?」


「うーん、何でも好きだよ。例えばこれ」


彼女が取り出したのは一冊の薄くて大判の本。ページを開くと、黄金色の葉が美しい並木道の絵が見開きで描かれていた。


「イチョウという木だよ。綺麗でしょ?本物みたいだって叔父様も言ってた。この本は『雷国』の景色を絵に残したものなんだよ」


そう言いながら、ゆっくりとページをめくってくれる。そうか。雷国という名前聞いたことがあると思ったら、ゲームの舞台になっていたんだ。アクアノーツ王国、スコーグ国、リオート帝国と同じく「神聖8か国」の一つでこの国は和風。つまりは日本イメージの国なのだ。本の中の絵はまさしく日本の風景であった。桜、紫陽花、藤、海峡、神社に祭りの屋台、花火、彼岸花、紅葉に夏の川面・・・。


「・・・ヴィー?大丈夫」


「はぇ?ああ、うん。大丈夫よ。見惚れていたの」


食い入るように見ていたので、心配されてしまった。スノウリリイは普段の無表情とは一転して、にこにこ頬を緩ませた。


「私もこの本好きなの。実はね、この絵を描いた画家はアクアノーツにも来たことあるんだよ。世界各地を回って、色々な風景を描いているの。ヴィーなら気に入ると思った。他の国の本もあるから、また見せてあげるね」


普段の二倍のスピードでしゃべるスノウリリイ。好きなものの話だと、いつもの口下手な感じが無くなるみたい。他の国か・・・。確かに気になる。恋ヒスの舞台になった他の国もあるかな。王妃様の故郷も見てみたい。


「世界各地を回ってというとね」


またしても彼女は一冊の本を出した。今度は立派な表紙の本だ。


「これはね、イヴァン・リーヴス公爵が書いた旅行記だよ」


「リーヴス公爵?もしかして?」


「そう。魔法公の初代なの。若い頃はずっと世界各地を回っていたんだって。同時に魔法の研究もしていたからその論文とかも残っているよ。元々は貴族の次男だったけれど、その研究が認められて、爵位を得たの。実は王家派の中では一番新しい家なの、リーヴス家は」


「へぇー、でも公爵になるってことはそれほどの研究だったんだ」


「それもあるけれど、魔法庁の設立と魔法教育の根幹を作ったのが大きいかな。魔法教育に関しては他国でも使われているしね」


この本少し難しそうなのにスノウリリイは、愛読しているのか。勉強熱心だなぁ。リーヴス家の歴史は知らなかった。一代で公爵になるだけあってすごい人だったんだろうな。


「リーヴス公爵は、他にも色んな各地の伝承や昔話を書いた本も出しているの。その原本をお嫁に来たら見せてくれるって・・・魔法公の叔父様が」


あのおっさん・・・。油断も隙もないな。それにしても本棚を見ても、たくさんのイヴァン・リーヴスの名前が見つかる。「狐と神隠し」「後宮のあやかし」「狼王と少女」「星詠みの魔女たち」「人魚と人形劇」・・・なかなか気になるタイトルばっかりだな。今度この辺もスノウリリイに見せてもらおう。




スノウリリイはその後も自分の好きな本をどんどん紹介してくれた。絵本や学術書、歴史書などジャンルは幅広いものだった。その中で彼女が特に熱く語った本があった。


「いつか話してみたいなって思っていた本があって」


彼女が持ってきたのは、唐草模様が描かれた古びた本だった。


「これは前にママからもらった本。大昔のお話だよ。好きな本なのだけれど、最後がどうしても納得できなくて、誰かに話したかったの」




昔あるところに心優しい少女がいた。少女は森にキノコを採りに行った際、傷ついたドラゴンを見つける。彼女はドラゴンを手当てし、毎日通った。毎日、「大丈夫よ、きっとよくなるわ」と優しい言葉をかけ続けた。ある時彼女がいつものように話しかけながら、世話をしていると、ドラゴンがふと返事をした。ドラゴンは言葉が話せたのだ。会話ができることに大喜びの彼女は、ますますドラゴンに会うのが楽しみになった。


しかし、楽しい時間は長く続かず、ドラゴンは傷が治ると大空に帰っていった。その際に少女に、いつか必ずお礼をすると言った。彼女はお礼が欲しくて、助けたのではないからいらないと言ったが、ドラゴンはいいや必ずと言って、飛び去って行った。


ドラゴンが去ってから半年。とある噂が流れる。少女の村になんと王様が立ち寄るというのだ。村人たちは慌てておもてなしの準備をし、王様を待つと本当に彼らは現れた。辺境の村にこんなに大勢の貴い人々が来ることなどないので、村は潤うと同時に大混乱となった。少女はなんと王様直接のお世話をすることとなり、彼女は一生懸命に働いた。王様はそんな彼女に何度も優しく話しかけるため、少女はとても心が浮足立った。王様は若くて精悍でとても美しかったからだ。そして、国王は滞在の最後の日、彼女を二人きりで呼び出した。


「僕は君に助けられたドラゴンだ。ここに来たのは君にお礼を言うためだ。ありがとう。心優しい君を妃に迎えたい。どうだろうか」




「この後どうなったと思う?」


「それは・・・もちろん結婚してハッピーエンド・・・じゃなかったから気にしているの?」


「ええ、少女は断るわ。身分が違い過ぎると言って。物語はここで終わり」


「え。本当に?なんかあっけなくない?未完成とかじゃなくて?」


「うん。ここで終わり。頁が破れているのかと私も始めは思ったよ」


「もしかして、このあっけない終わり方が気に入らない?」


「ううん。そこも気に入らないけれど、一番は断った理由」


「身分が違うからってやつ?」


「うん。本当は王様がドラゴンだって言ったから断ったんじゃないかなって思ったの」


「ええ?」


考えすぎとも言えない。人間以外と結婚するというのはそれだけハードルが高い。それを角が立たないように、身分がと言った可能性は十分ある。


「それに今の説明じゃ言ってないけれど、ドラゴンにも王様にもこの子は思わせぶりというか・・・そんな感じなんだよ。だからね、ええと。好きになるような態度というか」


なるほど、それで王様も自信をもって告白してきたわけだ。あれ?


「もしかして王様、好きとは一言も言ってない?」


「うん。それもなんだよ。もう一つ考えたのが、少女は王様にお礼で結婚されると思っているってこと」


お礼で結婚なんて、まあ女の子としては嬉しくないかもしれない。必要とされて、愛されて結婚したいというのは誰だってあるだろう。


「とにかくね。情報が足りなくて、なんかもやもやなの。だから、他の人と話してどう思うか聞きたかったの」


あっさり終わってしまった少年漫画とかで同じ思いをしたことがあるからわかるなぁ。打ち切りエンドが一番切ないというか、見ているこっちとしてもね。この後、王様や少女がどうなるかも書いていないらしい。それでスノウリリイは自分の考察だけでは飽き足らず、他の人の意見も聞いてみたくなったのだ。


「王様のこともドラゴンのことも好きなんだけれど、同一人物としては受け入れられないからとか?」


「受け入れられない?信じてないとかじゃなくて?」


「片方のことを友人としか思ってなかったのに、両方として結婚しようって言われても困っちゃったのかもよ。この人をさ、一人の人として見たら、もう一人はいなくなるようなものじゃない?」


「それで、受け入れられない・・・」


「言っちゃえばさ、少女にとってプロポーズしてきたこの人ってもう新しい三人目なんだよ。二人の人格を持った初めて会う三人目。この人を認めちゃったら、残りの二人とはお別れみたいに思ったのかも」


私の考察をうんうんと頷きながら、スノウリリイは感心したように言った。


「面白い解釈。自分じゃ考えつかなかった」


「まあ、普通に思わせぶりなだけで、そんなに王様のこと好きじゃなかった可能性もあるけれどね。他に好きな人がいたとか」


「一番あり得る。王様は可哀想だけれどね」


そう言って二人で笑いあう。ドラゴンの王族って恋ヒスシリーズにも確か一人いたなぁ。彼らの物語もなかなか劇的だったし、もしかしたら子の本棚にその本があるかもしれないな。そっちはスノウリリイはどんな解釈をするだろう。


「今度マリアにも本の話してみたら?」


「マリア本好きかな?」


「うーん、わかんないけれどスノウリリイの好きな本の種類は多いから一つぐらい気が合うんじゃないかな?それにほら、逆に紹介してもらったマリアの趣味が気に入るかもよ」


「それはいいかも」


彼女はまだ慣れていない人とは上手くは喋れない。かつての中傷がまだ彼女にブレーキをかけるのだ。初めて会う人、滅多に会わない人はどうしても増えていくだけだし、対策は出来ない。それならば、大丈夫な人の数を増やしていくしかないだろう。彼女を孤独にしない。女神様と話した彼女を救う手立ての一つだけれども、今のところ他の問題が解決していないけれど、これでいいのだろうか。

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