第13話 憧憬
「あの子が生まれた時俺はどんな顔をしていたかわかりません」
「いえ、嬉しかったですよ。それはもちろんです。息子も可愛いですけれど、娘も欲しかったですし、何より妻も子も無事でした」
「生まれた姿を見た時あの子の髪が白いのなんて全く気付かなかったぐらいです。ああ、なんてかわいいのか。この子を守らないと、って思いましたね」
「どうぞ、抱いてみてくださいと言われて、そこであの子が少し違うことに気付いたのです」
「言葉にするのが難しいのですが・・・」
「抱いた瞬間に何かを感じました。凄まじいまでの魔力と何か別の―――オーラというか気配でしょうか」
「あの子の瞳は生まれたばかりなのに開いていて、暗いブルーは深淵のようでした。それがまた俺を震え上がらせました」
「最初は妻の血が濃く出ているだけかと思いました。けれども、それは精霊とか妖精とかとはまた違う気配でした」
「一体俺の娘は何なのか。そんなことが頭をかけ巡りました。だから俺はあの子を愛しているのに目も見れない、怖くて怖くて。それがまた俺の顔をこわばらせていたでしょう。」
「当然のことと言えばそうなのかもしれませんが、妻とはそこから関係が悪くなりました。きっと俺の顔を見て、自分の不貞を疑っているのだと思ったのでしょうね」
「実際の俺は妻がそんなことをなんて思っても見なかったので、誰かに言われるまで気づきもしていなかったのですがね。それより俺はスノウのことは自分の娘どころか、自分たちの娘なのかと疑っていました」
「あの子は俺にも妻にも似ていない。祖父母にも似ていない。周りはあの子には何かあるのだろうから、大神殿にやるべきだとも言われました。災いを起こす忌み子とも」
「父がそれは絶対にさせませんでした。あの子は確かに自分の孫だと。有難いことです。俺だけじゃ絶対言えなかったことですから」
「それと同時に無力でもありました。俺は父がいなければ家族も守れないと感じましたね」
「父もきっとあの子が普通と違うことに気付いていたでしょう。どころか女神様も言っていましたけれど、あの子が神の愛し子というのも知っていたでしょうね」
「あの子の名前。父が付けたのです。『スノウリリイ』とはリオート帝国にしか咲かない花。花言葉は『運命』に『真実』、『天からの贈り物』。遠回しに私たちに教えていたのでしょう。直接言わなかったのは俺にはあの子を守る力が無いから、あの子が神の愛し子だとわかっても対処しきれないからでしょう」
「もっと早い時点で分かっていれば、こんなに家族とのわだかまりはなかったでしょう。けれども、もっと早い時点で分かっていればこの国は混乱に陥っていたでしょうね」
「あの子を王に推す声が上がったでしょうね。ただでさえあの子が愛し子と認知される前からそんな声が一部あったぐらいです」
「女であるのに、第二子であるのに、余りにもあの子は優秀過ぎた。あの子が男だったら、確実に国が二分されるだろうと思うぐらいにはあの子は優れ過ぎていました」
「アルベルトももちろん優秀です。凡人の俺の子とは思えないほど。でも、スノウリリイは次元が違うのです」
「そうですね・・・。もしかしたら俺はそれもあってスノウの顔をまともに見れないのかもしれないですね」
「あの二人を見ると、思い出しますよ。自分と弟を。弟もとても優秀でした。勇敢で優しくてあいつこそ王に相応しかった」
「俺じゃなくてあいつなら上手くやった。何度も考えたことです」
「きっと妻と娘も俺じゃなくてあいつが親なら・・・」
「ああ、こんなことばかり。俺は王としても、親としても人としても最低だ」
国王はすっかり頭を抱えた。この人コンプレックスの塊だったんだね。兄弟と比べられて物凄くネガティブになっちゃったんだろうな。まだ何かぶつぶつ言っているし。
「早くスノウリリイのとこ行った方がいいんじゃないですか」
「そ、そうですね」
立ち上がるけれど、足は固まったまま動いていない。
「あの子に何と言えば・・・」
「謝るしかないでしょうね」
「許してもらえないかも・・・自分の気持ちを・・・いや・・・ダメだ」
「でしょうね。あの子の気が済むまで向き合うしかないのでは。素直に自分の気持ちを伝えるのいいと思いますよ」
「そうですね・・・。行ってきます」
ふらふらと国王は広間を出ていった。あの人よく王様やれているよな、本当。真面目というか嘘は付けない性格なんだろうけれど。私がそんな彼の背中を見送っていると、やたら甘いドルチェのような声が私に急に問いかけてきた。
「ついていかなくていいの?」
「あ、ルカ。なんだいたの?」
「何だとは酷い。少し前から見ていたんだ」
「行かないよ。ここからは部外者は立ち入らない方がいいでしょ」
「もう十分部外者じゃないと思うけれど・・・。スノウがまた話さなくなるとは考えないのかい?」
「それはないでしょ」
自信満々に言い切った私を、感心したような顔で見る。
「言い切るねぇ」
「王様のことはまあ、しばらく無視ってことはあり得るかもだけれど。あの娘、ちゃんと自分で私に変わりたい、向き合いたいって言ってたんだからこれからは大丈夫」
「そうか。じゃあ、俺も久しぶりに喋れるってわけだね。嬉しいね。まあ、兄上の胃がその状態で持つのかは甚だ微妙だけれど」
確かにそれはダメそう。あのネガティブさん、将来くるかもしれないパパ臭いとかも耐えられなそうだもの。
「まあ、そんなことになったらフォローするよ。でも、きっと今頃―――」
「スノウ」
息を切らしてきた王は娘の名を呼んだ。膝を抱えてしゃがみ込んでいた彼女はむくっと顔を上げた。その顔には微かな涙の跡があった。
「スノウ、それにティファ。少し聞いて欲しい」
二人はいつになく真剣な顔をした彼を見つめ、次の言葉を待った。彼は二人が了承したことを確認し、話し始めた。
「まずは二人に謝りたい。今まで本当にすまなかった」
深々と頭を下げる。いいえ、と王妃は首を振って否定した。
「あなたが謝ることなんて何もありません」
「そんなわけがない。わかっている。俺は君と結婚する前、何者からも君を守る。そう誓った。でも、君を結局守り切れていなかった。俺がいないところで色々言われただろ?君を守っていたのは結局親父だ。それに君をずっと不安にさせた。俺は君を疑ったことなんてないよ。すぐ伝えれば良かったんだ。配慮出来なくてごめん」
「そんな・・・。私はこの遠い異国に来た時点で全て覚悟していました。私こそちゃんと話せていれば」
「いいや、俺のせいだよ」
「私の・・・」
譲り合う二人に、冷たい目を向ける娘。埒が明かないので、とりあえずはいったん置いておいて、再び国王は彼女と向き直る。
「スノウリリイ、確かに俺は君が怖い」
「でも、俺はお前を娘じゃないなんて思ったことはないよ」
彼の言葉に娘はまだ納得していない顔をした。それを見て、微かに微笑むと王は再び語り出した。
「俺はお前が生まれた時、お前から何かとてつもないものを感じた。普通の人間とは確実に違う、特別な人間だと。平凡な俺にはお前を・・・どうすればいいのかわからなかった。」
「どう育てていくべきか。将来どんな道に進ませるのか」
「父は降嫁させることを選んだけれど、俺にはお前が公爵夫人に収めるのはもったいないと思った。お前ならばこの国の女王にも、将軍にも、大魔法使いにも・・・他にもいろんな道があると思ったよ」
「何が言いたいかっていうと・・・俺はそんなお前が怖かったんだ。底が知れないお前が。もしかしたら人とも精霊とも違うかもしれないお前が」
「可愛くて、大切で仕方がないのにどこか恐れがあった」
「それがお前を追い詰めた。傷つけた。すまない。俺は勘違いしていた。完璧なお前は傷ついたりしないと。何も感じないと。そんなわけがないのに。元々お前は完璧じゃない。ただの小さな女の子なのにな」
「俺にはお前のことが何もわからない。だから、理解したいと思う。知りたいと思う。これからはお互いちゃんと目を見て話そう。分かり合えるまで共に考えよう。だから俺にもう一度チャンスをくれないか」
「いいよ、付き合ってあげる」
彼女はそう言って、父の首に抱きついた。そのまま胸に抱かれた少女は、
「今までごめんなさい」
と言った後、再び泣き出した。今度はこらえるようではなく、大声を上げて。今までのすべてのわだかまりを外に吐き出すように。時々父に不満を言っても、父はごめんと言って彼女の頭を撫でるだけだった。
「もっとわがままを言ってね。もっと甘えてね。完璧じゃなくてもいいわ。立派な王女になるのは少しずつでいいのよ」
「俺だって娘にビビるし、未だに親父のことばっか気にしている情けない王だからな。一緒に頑張ろうな」
その日家族は久しぶりに笑った。
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