第12話 その言葉は誰のために
マリアは涙を流しながらも事の顛末を話した。貴族派の令嬢たちに口裏を合わせるように言われそのまま従ってしまったそうだ。彼女は本当のことを言いたくて、謝りたくて今日も着いてきたのだ。スノウリリイはマリアが話している間も地面を見ていた。でも、何か思うことがあると言った顔をしていた。
「話してくれてありがとう。マリア嬢。今日はもう帰るといい」
国王の言葉でアルバス親子は帰っていった。
私は一人また原作について考えていた。お茶会に参加していた王家派の令嬢たち三人。マリア・アルバス、ハイーネ・デュラン、クリスティナ・ガーディニアは「恋ヒス2」ではスノウリリイと同じくライバルキャラだった。三人ともスノウリリイに対しての態度が何だかおかしかったのは幼少期のこの事件のせいだったのだ。参加していた少女たちは全員「王女に私たちがマナーを注意したら怒った」と証言している。その全員の中には彼女たち三人も含まれている。年上のお姉さんたちが怖くなって、何よりスノウリリイ本人が真相を語らないのならと嘘の証言に乗っかったのだろう。ゲームではこんなことがあったとは全く書いていなかった。スノウリリイが孤高の王女なんて呼ばれるきっかけは確かにゲームには必要ないだろうけれど・・・。これ結構他のキャラの今後も左右するんじゃないかな。でも、それにしてもスノウリリイは原作だとどこでしゃべるようになったのかな。もし、私のせいで実際より遅くなっていたりしたら嫌だなぁ。私が一人うんうんうなっていると、国王が玉座から降りてスノウリリイの前に立った。
「スノウ、俺の方を見てくれ」
彼女の両肩に触れながら彼は言った。スノウリリイは父の顔を見上げるが、すぐに目を逸らして、一歩後ろに下がってしまう。王は、今度は膝をつき、娘の目線に完全に合わせた。
「神獣様とマリア嬢の前では話せたのだろう?私たちにも君が思っていることを教えてくれないか」
「スノウちゃん・・・」
国王と王妃はじっとスノウリリイの顔を覗き込む。
「スノウリリイ」
私が呼ぶと、こちらを向いた。大丈夫。ちゃんと前を向いているよ。私を見ながらでいいから話して。そんな私の心が伝わったのか、伝わってないのか、スノウリリイはしっかりと頷いた。
「わたし・・・言えなかった。宮の侍女を勝手にクビにした・・・」
「どうして俺たちじゃなくて、ルカに頼んだんだ?」
「・・・・。」
「言いたくなかった。恥ずかしいから」
「ああいう時は気にしないで言っていいんだよ」
「・・・・・・・・・・。」
スノウリリイはまた黙ってしまった。あれ、いい感じだと思ったんだけれど。
「スノウ、なぜあの時・・・本当のことを言わなかったんだ?」
「言いたくなかったから」
「それはそうだろう。どうして言いたくなかったんだ?」
「・・・・、・・・・・、わかんない」
「わかんないってお前・・・」
「ちょっとあなた。そんな言い方止めてください」
「スノウ、俺たちにはどうしても話したくないのか?」
スノウリリイは何も言わない。でも、前を向いている。じっと父の顔を睨むように見ている。ん?睨んでいる?
「・・・・い」
「なんて言ったのか?よく聞こえなかった」
「うるさい」
「は?」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!!」
突然の大音量に思わず耳がキーンとなる。え?今のスノウリリイなの?まるで子どものブチ切れ・・・、いや年齢的には小学生か。そうか、皆大人び過ぎて忘れていたけれど小学校低学年か・・・。
「言いたくなかったの!どうしてママが悲しむってわかっていることわざわざ言わないといけないの、言いたくないならそれでいいじゃない、面倒くさい面倒くさい。そんなことも自分でできないって思っているんでしょ。ああ、もう。だって、私はちゃんとしないといけないの、ニセモノだから。私が・・・私がっ、髪も目もママともパパとも違う、ニセモノだから。綺麗にして、お勉強して、いい子にしていればいいんだ。なのにっ、どうして、どうしてどうして」
まるで急に火が付いたように、まくしたてるような王女の姿にその場にいた全員唖然とした。後半は意味のある言葉が並んでいるのだけれど、話としては支離滅裂だ。
「スノウリリイ」
私の声を聞き、スノウリリイは泣きそうな顔になった。そこには、高潔な氷姫も、精巧な西洋人形もおらず、ただの一人の幼い女の子がそこにいた。
「大丈夫?」
「だいじょうぶ、じゃない」
「うん、そうだね。ごめん」
「いいよ」
「ありがとう。でも少し落ち着いたね」
「うん」
「少しずつ聞いてもいい?」
「いい」
私は彼女の腕の中にいた。私の小さい体を抱きしめ、顔と顔はぴったりと引っ付き、いわゆる顔すりすりの態勢になっている。ちょっとしゃべりにくいのだけれど、彼女がそれでいいならいいか。
「王妃様が・・・いやお母さんが悲しむから言いたくなかったんだね」
「うん。だってママが化け物とか言われてるって知ったら悲しいと思った。ジーウのこともあの人たちイジメていたし。ママもジーウもあんなに綺麗なのに・・・。ちょっと耳は長いけれど普通の人と変わらないのに、どうして意地悪するのかな」
「スノウちゃん・・・。優しいのね。でもママはそんなの言われ慣れているのだから大丈夫よ。ここじゃエルフのような亜人は珍しいから仕方ないのよ」
「そんなのおかしい。嫌だ。いっぱい言われているからって、大丈夫っていうことにはならないよ」
王妃は、大粒の涙を流した。きっと娘がそこまで深く自分のことを考えていると思わなかったのだろう。言われ慣れているからって、その言葉に傷つかないわけじゃない。確かにそうだと思うのだけれど、彼女はそれに自分も換算しているのだろうか。彼女がどうしても守りたかったのは自分の心以上に母の心だったのか。でも、そこでなぜ何も言わなくなるという選択肢を選んだのだろう?
「侍女たちもご令嬢たちもお母さんのこと悪く言ったから言えなかったんだ。全部説明するとそれも言わないといけないから。でも、それだけじゃなくて。いい子にしてたらっていうそれは?」
「わたしを認めてくれるには完璧にならないといけないよ。王女は完璧でいないと」
「認めてくれるって、誰に?他の貴族?国民?」
「ううん、パパ」
「俺?何を言っている?それじゃまるで俺が」
「お前を王女だと思っていないみたいだろう」
国王の声は震えていた。若い父親は娘の言葉に動揺していた。
「思ってなかったでしょ。今も思っていないんじゃない」
「そんなわけないだろう!!」
「パパは私のこと娘だと思ってない」
スノウリリイはそう言い切った。国王の目は大きく限界まで見開かれるが、何も言い返せない。
「わたしがちゃんとした王女なら、こんなパパにもママにも似てなくてもちゃんと王女だって、娘だって、思ってもらえるとがんばってきたのに」
「なのにさっき、わたしががんばっているのいらないって言ったね。言えばいいのにって言ったね」
「スノウ、俺は」
「わたしのこと、怖いんでしょ」
スノウリリイはそういうと、急に走り去ってしまった。待ってといいながら、王妃がそれを追いかける。一人残された国王は地面に両膝をつき、宙を見上げた。
「あの子が言っていたのは本当?」
国王は私を見て、少しだけ驚いた顔をした。私もあちらについて行ったと思われていたみたいだ。
「神獣様。こちらに残っていたのですか。あの子の方へ行ったとばかり」
「んー。まあ・・・王妃様があちらには行きましたし。で、どうなんですか」
「・・・・・・・・・・。はい」
かなり前置きをしてから、肯定した。
「でも、私は娘を自分の娘じゃないなんて思ったことはないです。それだけは信じてください」
「でも、怖いというのは当たっているの?」
「・・・はい。そうです。まさか本人に気付かれていたとは思いませんでしたけれど」
俺は本当に父親失格ですね。彼は無理に笑顔を浮かべて、そう私に言った。
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