第10話 悪役令嬢

マリア・アルバス。「恋と魔法のヒストリア2」のライバルキャラであり、本作ではいわゆる『悪役令嬢』の役割を担っている。アルベルトの婚約者で、スノウリリイほどじゃないが、かなりハイスペックな令嬢と記憶している。勉強もマナーも魔法も完璧で、周りが「アルバス嬢を見習え」を口癖にするほどだ。もちろん、見た目もとても麗しい。ウェストはキュッとしまって背筋が伸びていてスタイルが良く、長い睫毛に少しつり目の緑の瞳が印象的だ。周りから令嬢のお手本と言われるぐらい品行方正だった彼女だが、ヒロインの登場によりその姿は豹変。途端に嫉妬深くいけずな悪役令嬢に変わっていくのだ。




マリアの何が厄介か。彼女はアルベルトルートに入らなくとも、ヒロインいじめの主犯格になる。ヒロインいじめが起こるのは共通ルートの固定イベントなのだ。ちなみにスノウリリイを含むライバル三人は全くこのいじめには関与していない。彼女が唯一の悪役令嬢と呼ばれるのはそれ故だ。しかも、この女めちゃくちゃに強い。バトルが必須の「恋と魔法のヒストリア」シリーズで、プレイヤーを何人も泣かせたことで知られる。アルベルトルートが本作で最高難易度といわれる理由の一つだ。


彼女はプレイヤーたちからかなり嫌われていた。仕方がない。本当に嫌な女なのだ。私も何度コントローラーを地に叩きつけたかは数えきれない一作目の悪役令嬢よりはましなのだが。彼女とスノウリリイは数えるほどしかグッズも出てない。乙女ゲーの脇役なんてそんな扱いさ・・・。といって他の二人は人気があるからグッズ出ているのがまた悲しみしかない。


もう一つの理由としては単にアルベルトの好感度を上げるのがかなり難しいというシンプルな理由だ。どっかのメインヒーローとは大違いだ。いや、ディーノも好きなのだけれどもね。スノウリリイのこと考えたらやっぱり・・・。




マリアもスノウリリイ同様エンディングではろくな目に合わない。大抵は処刑かそのままスノウリリイと共に魔神に取り込まれる。しかも、例のスノウリリイが乗っ取られない場合は自分の兄に売られて魔神に取り込まれる。まあ、彼女の場合自業自得なのでかばいようがないがそれにしたって兄は酷い。しかし、マリアにはスノウリリイとは決定的な違いがある。


彼女には救済ルートがあるのだ。それがアルベルトルートの特殊エンドだ。発動条件はエンディング前の魔神討伐線までにライバル状態を解除してアルベルトの好感度を高めに設定しておきながらも、マリアの好感度を全キャラの中で一番高い状態にすること。なかなか複雑である。


この条件になった時のエンディングはアルベルトとマリアは婚約破棄になるが、ヒロインとはアルベルトは結ばれない。三人は特に空気が悪くなることもなく、アルベルトは他国の王女と政略結婚。マリアとヒロインは一生独身のまま、二人で起業して貿易業で一儲け。港のそばに可愛い白い家を買って二人で仲良く暮らすというものだ。なんだこれ。別に独身が悪いとは全く思わないけれど、あんなに仲が悪かったはずなのにどうしてこんなことに・・・。

これじゃマリアはヒロインが好きで、婚約破棄に持って行ったかのように感じる。突然の百合ルート開幕だ。そして、このルートでもスノウリリイは・・・・。ああ、救いがなさすぎる。辛くなってきたよ。








丸いテーブルを四人で囲む。うーん、なんて顔面偏差値が高いテーブル・・・。アルバス夫人ももちろん美女である。彼女は悪役令嬢であるマリアだけでなく、とある攻略対象の母でもある。流石の美貌だ。大きくなったマリアそっくりだ。そして、そのマリアだが。


成長した姿しか見たことなかったが、現在はゲームのキッツイ印象はなく、ちょっと目つきが悪いだけの可愛い女の子だった。彼女は椅子に掛けてからもずっと落ち着かないのかそわそわしている。時々スノウリリイを見ては怯えた顔をしている。氷漬け事件の時に、彼女もその場にいて見事な彫像にされてしまったらしいので怖いのだろう。場所も場所だし・・・。


マリアはプレイヤーからあだ名で呼ばれていた。その名もパープルワッサン。ゲームでの彼女は昔の少女漫画みたいな下に降りていく形の縦ロールだった。それがどことなくクロワッサンに似ていて色が紫だからパープルワッサンである。これを付けたのはプレイヤーたちではなくあるキャラクターが言った言葉なのだが、すっかり定着してしまった。エイプリルフールには公式に「クロワッサンを探せ!」とかなんとかいじられていた。どこまでも不憫である。


そのパープルワッサンだが、この時代でもパープルワッサンだった。もしかして生まれつき縦ロールなのだろうか。それとも悪役令嬢は縦ロールをしなくてはならない決まりでもあるのだろうか。しかし今は同じ縦ロールでも少し形状が違った。ツインテールになっていて、その部分が縦ロールになっていた。よく女児アニメの意地悪キャラがしている頭だ。あ、でも某国民的アニメに出てくるサブキャラのかっこいい三文字苗字の美少女お嬢様は全然悪い子じゃないわ。でも、この髪型生で初めて見た。少し感動。そんなおバカなことを考えてパープルワッサンちゃんをガン見していた為、彼女が困った顔になっていた。ごめんね・・・。




お茶会は和やかに進んでいたが、私の心は穏やかにはなかなかなれない。スノウリリイはやっぱり一言も喋れない。相槌だけで精一杯なようだ。それでも王妃様は来てくれたことが嬉しい、返事をしてくれて嬉しいと何度も繰り返していた。本当に嬉しそうな顔をしているので、ますますスノウリリイは苦しそうだった。彼女も本当はもっと母親に伝えたいことがあるだろうに。無意識に王妃は娘にプレッシャーをかけていることに気付かない。王妃からすれば、自分の言葉を正直に伝えているだけだ。私も悪いとは思わない。たぶんスノウリリイもそう思っているだろう。


でも、この会が終わったら伝えたいな。スノウリリイは怒るかもしれないけれど。王妃はちょっと天然で空気が読めないところもあるけれど、立派な人物だと私は思うからだ。ローラの家の事情を自分のお金で支援しているのも王妃様だし、親を亡くして行き場をなくしたジーウのことを助けたのも王妃様だ。慰問や孤児院訪問に行く王妃様について行ったことがあるが、彼女は兵士にも浮浪者にも孤児にも笑顔で手を握り、目を見て話す。孤児と泥だらけで遊んでいるのを見たときは私もとても驚いたものだ。公務が終わった後もにこにことして私に楽しかったですねと言っていた。彼女の祖国はとても遠い。嫁いでから一度も帰っていないし、こちらには頼る人もいなくて不安だろうにいつも笑顔を絶やさない。素敵な人だと思う。




王妃様は自分を責めるかもしれない。自分の言葉で娘を傷つけていたなんてショックだろう。けれども、彼女の気持ちを知ればきっと真摯に向き合うだろう。スノウリリイならきっとこれから変わっていける。そのためにはやはり他人の猫より母と話して欲しい。ちょっと過干渉だろうか?いや、これぐらいのことをしても、罰は当たらないでしょう。これは私がどうこうじゃなくて、彼女たちがどうにかすることだしね。


「そういえばマリア、貴方、王女様にお話ししたいことがあると前からと言っていたわね。しなくていいの?」


夫人がそう己の娘に振った。それまで王妃様の質問にのみ答えるだけで発言することもなく、静かにお行儀良くしていたマリアはぴくんと体を震わせた。え?ここで振ってくる?とでも言いたげに自分の母を睨んでいる。


「まあ、そうなの。どうぞ、マリアさん」


「あの、王女殿下と二人だけでお話ししたいです・・・」


「王妃様、子どもたちだけでお話させてあげましょうよ」


すかさず娘の言うことを夫人がアシストした。でも、さすがにまだ難しいと思ったのか、王妃様が断ろうとする。


「ごめんなさい。スノウは人見知りだからもう少し慣れてからで・・・」


「お願いします、王妃様」


「私も王妃様と二人でお話ししたかったのです。それにちゃんとうちの子は配慮ができますよ。どうですか?」


さすが、社交界きってのやり手というか。なかなかに押しというか圧がある。それでも王妃様は、お茶会は断れずとも、二人きりは難しいと断ろうとしている。お互い譲らない膠着状態が始まろうとしたそんな時、動いた人がいた。


スノウリリイだ。彼女は母親の袖をぐいっと軽く引っ張った。慌てて王妃様は彼女の方を向く。


「どうしたの?」


こくこくと頷く。え?もしかして行くって言ってる?ずっと黙っていたのだが思わずこれは声に出ていたらしい。私の言葉を聞いた王妃様が問いかける。


「行くって?本当に大丈夫?スノウちゃん」


また、うんうんと頷く。何か考えがあるのだろうか。というかマリアの方も二人きりなんて大丈夫なのかな。怖がっているみたいなのだけれど。


「私も一緒にいてもいい?」


「は、はい。もちろんです」


スノウリリイがどうする気かわからないけれど、私も参加させてもらう。一体何が起こるのか。




二人は庭のテーブルから温室に移動した。ちょっと暑い。そして、座ってからかれこれ10分お互い無言である。マリアの方は何度も「あの」とか「その」とか言いかけては止めを繰り返している。スノウリリイの方は・・・無表情モードだ。なぜ今氷姫になってしまうのか。いつもの微かな表情の変化さえない。圧迫面接か何かのような怖い顔である。しかし、その口元だけはぴくぴくと動きたい意志を感じる。うん。話したいのね。わかるよ。二人より一応年上だし、私がこの空気壊そう。ここはマリアに話しかけるべきなのだろうけれど。


「スノウリリイ、マリアと会うのは久しぶり?」


少し驚いた顔をしたスノウリリイだったが、私の方を見ながら言葉を返す。


「うん・・・。ほとんど・・・、一年ぶり・・・」


それを見たマリアは、先ほどのスノウリリイより更に驚いた顔をした。スノウリリイがしゃべらなくなったことは、貴族は皆知っている。それが、自分の目の前で話し出せば驚くだろう。


私となら話せるのならば、もしかして私の方だけ見ながらなら、他の人の前でも話せるのでは?そう考えた結果は当たりだったようだ。これは宮の人々や彼女の家族たちの前でしようと思っていたのだが、まさか悪役令嬢に最初にしゃべっている様子を見せることになるとは思わなかった。


「お話ができるのですか?王女様」


「・・・・・。」


スノウリリイは答えない。あ、しまった。私はマリアの質問に答えてもらうため、スノウリリイの視線に入り、もう一度問う。


「マリアが聞いているよ?」


「あ・・・出来ない。こうやってしか。あなたを無視したいわけじゃない」


「そうなんですね・・・」


視線は私の方を向きながらスノウリリイは続ける。


「あなたに会ったら、言いたいこと、あって」


そういうと彼女はマリアに再び向き直る。すうっと大きく深呼吸をするが、手が少し震えている。それでも意を決して、マリアの目を見つめた。


「ごめんなさい」


そう言って彼女はマリアに向って頭を下げた。その様子を見たマリアは動揺した。


「え・・・どうして」


「あの時、わたしが、あなたたちを守らないと、いけなかった。だから」


「違います!!あれは・・・私たちこそが悪いのです」


彼女の謝罪に対し、マリアは声を震わせた。違う違うというように頭を振る彼女の目に涙が浮かんでいるのが見えた。


うわああああああああああああん、ごめんなさい!!!!


ついにマリアは大声で泣きだしてしまった。泣きながら何度も謝っている。その声を聞きつけた彼女の母親たちが駆け付けた。お茶会はもちろんお開きになったが、マリアが泣き止んだ後、国王陛下の前で話を聞くことになった。




「マリア・アルバス嬢、話してみてくれるか?」


「・・・、はい、陛下」


泣き止んだマリアは緊張した面持ちで顔を上げた。まだその目は赤い。


「私は皆さまに謝らなくてはいけません」


「私は・・・あの時、あのお茶会の後ウソをつきました」



そう言ってマリアはあの日の事情をぽつぽつと話し始めた。

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