第8話 見つかるか、第二王子
半年で変わったものはなにも私自身だけではない。スノウリリイとその周りの様子もだいぶ変わった。
王女宮はメイドのマーラさん曰く明るくなったと言っていた。でも、それは私のおかげではない。私の専属侍女ローラのおかげだ。彼女は本当によく働いた。この宮は極端に使用人の人数が少ないため、全ての仕事をマーラさんとジーウだけでしていた所に、彼女が入って来た。彼女は普通のメイドの三倍は働いた。それでいて、仕事はとても丁寧だ。二人はとても助かっているみたいだ。それはローラにとっても同じである。ここに来てから給料が上がったのだ。給料が三倍になったら誰だって働きたくなるだろう。
おしゃべり好きな彼女は、同年代のジーウとはすぐに仲良くなった。ジーウはこの国では少ないエルフで、他国の貴族の娘。そのうえ口下手だったため、なかなか友人が出来なかったそうだ。彼女は猫の姿の神獣と普通に会話していたぐらいだ。エルフなんてこと全く気にしない。ローラは、家事の話が出来て、自分の話を聞いてくれるジーウの存在が嬉しかったのだ。二人は休日も一緒に遊びに行っている。まるで本当の姉妹のようだ。ほとんどこの宮で育ったというジーウの笑顔が増えると、自然に周りの空気も明るくなっていった。
「神獣様!神獣様!」
「だめだめだめ!!!待ってローラ!」
ある日、スノウリリイの膝で昼寝をしていると突然そんな大声が降って来た。
「あ!起こしちゃいましたか?ごめんなさい。ところで聞いてくださいよ!」
取ってつけたような謝罪をすると、ローラはこう切り出した。
「ジーウ、アスカニオさんのことが好きなんですって!!」
「ギャー!!」
ジーウは悲鳴を上げた。おお、細身の彼女からこんな声が出るとは。スノウリリイの騎士、アスカニオ・デュランは伯爵家の次男だ。灰色の髪に紫の切れ長の目が特徴的で、精悍な顔立ちの攻略対象たちにも勝るとも劣らない美男子で、実はゲームに登場するとあるキャラの兄だ。ジーウは彼に密かに憧れていたのだ。
「もー、なんで言っちゃうの?この場にアスカニオさんがもしもいたら・・・」
「ごめん。だってすごいお似合いだと思って」
スノウリリイはびっくりした顔をしていたが、興味深そうに二人を見ていた。こういう話が気になる年頃なのかも。横にいたジーウの母代わりであるマーラさんは、やっぱりとでも言いたげな表情だった。薄々勘付いていたのかもしれない。パオロさんは暖かい目でにこにこと見ている。ちなみにパオロさんは既婚者で小さい娘さんがいる。しかし、一人だけ穏やかじゃない顔をした人がいた。執事のルイジさんだ。
「あの野郎・・・よくも私の娘を・・・」
そう、マーラさんとルイジさんは夫婦。彼はジーウの父のようなものなのだ。
「あなたったら、アスカニオさんは良い人でしょう?」
「でも・・・」
「でもじゃないわよ」
マーラさんの方がだいぶ年下のはずだけれど言い負かされてしまった。お母ちゃん強い。ローラとジーウはまた二人で恋バナをし出した。毎日こんな様子で宮は賑やかだった。
「スノウ、お土産を持ってきたよ」
そう言ってよく来るのは彼女の叔父、ルカ様だ。前は城を行ったり来たりの生活を送っていたらしい彼だが、スノウリリイに関するあれやこれを聞いてから、城にいる時間を増やしたみたいだ。仕事に行った先からよくお土産を買ってきてくれる。お菓子と本が多い。スノウリリイは読書が趣味で、彼が本を持ってくると明らかに表情が華やいでいた。現状わだかまりのある親兄弟より彼の方が彼女にとっても気が楽なのであろう。彼が持ってきたお菓子でティータイムを毎回する。ルカ様はスノウリリイに対して、彼女の話を無理に聞きだそうとはしない。本人の前で宮の皆に「最近はどうかな?」と聞き、自分の最近の様子を話す。スノウリリイには自分のおすすめの本や仕事で行った外国の話をしていた。ルカ様、
気配りの人だよな・・・。ちゃんとお土産のお菓子も全員分なのも嬉しいところだ。ゲームでは私個人としては全くのノーマークだった王弟殿下だが、実際会ってみると一番男性としては現実的というかいいよねって感じがするのだけれど・・・。
うーん、王弟殿下なんか私のゲームの記憶と全然違うんだよな・・・。確かゲームの説明書には「儚く美しいミステリアスな大人の男性にドキッ♡」みたいな文章が書かれていたし、実際そのポジションだったはず。でも、この目の前のルカ・フォン・アクアノーツには全然当てはまらないし、見た目もゲームと違っている。ゲームのルカ様は線が細くてまつ毛が長くて髪もロングの一言でいうと・・・男性に使う表現じゃないが未亡人のような雰囲気だった。ところが、この目の前のルカ様は違う。ゲームでの霞でも食って生きているようなほっそり体型ではなく、人並み以上に鍛えられている身体。髪も爽やかな短髪で、ミステリアスというよりは優しく誠実な好青年といった空気だ。ゲームの開始は十年後だし、これからそんな風に変わっていくのだろうか・・・。もしかして、このゲームとは違う様子の彼がスノウリリイを・・・。いや、証拠もなしに疑うのは良くない。こんなにいい人なのだ。そう思った私は時折彼と行動を共にするようになった。
彼が城にいる時間を増やしたのは何もスノウリリイたちのためだけではない。例の彼の兄の捜索の責任者も担当しているのだ。女神は「この国にいる」と言っていたが、今のところは何の手がかりもない。
ルカは策を考えていたようで、それをいくつか実行に移した。一つはこの国にいるのなら、出てきてほしいと国民全員に呼び掛けた。これは本人に出てきてほしいという意味というよりも、国民に王子が生きていることを知らせる意味合いの方が強かった。八年前に消息不明となった王子を覚えている人はもちろん多い。しかも、その理由はメイドとの駆け落ちだったらしい。国民たちの間ではその身分違いの恋は、劇の演目としてアレンジされ人気を博している。前国王は、大激怒したそうだけれど、今はもうその国王はいない。けれども、亡くなったからと言って早々戻ってくるのもなんかね。少なくとも彼に、兄弟である王様と王弟は怒っていないことはこの御触れで伝わるだろう。まあ、王様は一発殴ってやると言っていたけれども。(ルカ曰く、照れているだけだと。本当かなぁ。本気で殴ろうとしているような・・・)
彼がとった策のもう一つは、国境付近の警備と関所の強化だ。完全に外には出さないつもりらしい。港の方でも兵と共に調べに行ったりした。兵は警察代わりなのだ。この国で手っ取り早く稼げるのは海の仕事なので、港の方にいそうなものだけれども・・・。
「見つからないね。手がかりぐらいあってもいいものなのに」
「そんなものだよ。もしかしたら髪の色ぐらい変えているかもね・・・。あの人の性格じゃ出てこいと言われても出てこないだろうよ」
最初はお互い敬語だったのだが、「ルカ様は止めて欲しい」と言われたのでルカと呼ぶようにした。まあ、このルカ様呼びはゲームのファンの間での愛称みたいなものなので別に変えてもいい。それに私と今の彼の年齢大して変わらないしね。あちらも神獣様呼びは変わらないのだけれど、敬語は止めた。元々格式ばったしゃべり方は苦手なようだ。港のおじさん達がどんな話し方でも気にしていなかったし。
それにしても王子、いや元第二王子というべきか。彼が出てくるのは結構デカい。私が知っているゲームとしての話だ。彼が表舞台に出てくると、急激に話が動き出す可能性が高いのだ。今、私がこの世界に介入してきて半年。スノウリリイのこの先がどれぐらい変わっているかはわからない。女神様は私が下賜されたことと、彼女が『神の愛し子』であることが分かった時点でだいぶ変わると言っていたけれど今のところはどうなのかわからない。まあ、表立って彼女を責め立てるような貴族はいなくなった。これは確実にわかる。そんなの見つけ次第、私がビーム食らわせるけれどね。
とにかく私も出来ることがあれば協力するよとはルカに伝えてある。私も女神様みたいにどこにいるかとか分かればいいのだけれども。そうは簡単にはいかないか。出来ればスノウリリイの婚約の前である十歳までに、いや最低でもゲーム開始一年前には見つけたいなぁ。当分の大きな目標の一つになりそうだった。
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