第7話 魔法公爵
次の日からは彼女にも言った通り自由に動き回った。城の中を飛び回ったり、たまに城下町やすぐそばの港を見に行った。私が神獣ということは神殿が大々的に発表したらしく、国中の人が私を知っていた。
この世界に来てから半年の月日が流れた。すっかりこの世界にも慣れた。
城で会う貴族たちは私と目が合うと速攻で逃げていったが、街の人々はそれには当てはまらないようで、商人はうちの商品はどうだろうか王室御用達にしてくれないだろうかだの、老人たちはありがたいから拝ませてくれだの、うちの娘を妾に推薦してくれだのと言われた。穏やかな国民性と聞いていたはずなのに、皆意外とグイグイ来るな・・・。妾に推薦とかなんて恐ろしいことを頼んでくるのか。確かに娘さん綺麗だと思うけれど、私そんな災いの元凶になりたくないよ。神は神でも疫病神だよそれ。彼らの中には稀に私を捕まえて、売り飛ばそうとした人間もいたけれど、返り討ちにしてやった。
そうなのだ。ふらふらと遊びまわっているうちに、この姿になってから空を飛ぶ以外の能力が新しく二つほど使えるようになった。
一つは身体の大きさを変える能力だ。この力は窓から落っこちる赤ちゃんを助けようとしたら発動した。もちろん、子猫サイズの私の体では抱きとめるなんてとても出来ないので、口で咥えようとしたがそれも間に合わない。どうにか出来ないものか、そう願った瞬間だった。突然身体が熱を帯びて、全身の毛がぶわっと逆立つ感覚があった。みるみると身体が膨張していきその背中で赤ん坊を受け止めた。子どもの母親には何度も頭を下げられた。ほんの少しだけ上の子の方を見ていたら起こったことだったらしい。赤ちゃんって本当に危ない。
助けたお礼に焼き立てのパンを貰った。母親はパン屋のおかみさんだったのだ。貰ったパンは王女宮の皆で食べた。スノウリリイはクリームパンが気に入っていているようだった。他の皆からもとても好評だったのでたまに侍女コンビとのおつかいに出かけた時に買って帰った。にしてもクリームパンだなんて、現代的かつ日本風なパンがあるとは・・・。メロンパンやナポリタンが入ったパンなんかもあった。極め付きに某国民的に有名な顔がパンのヒーローの顔になっているパンがあった。そう、オシャレ系のパン屋にはあまりないけれど、地元密着型のパン屋には大体あるあのパンだ。これは確実に日本からの転生か転移の人間がいる。そう思って、お店の旦那さんに聞いてみると、このパンは代々受け継がれているもので、何代か前の店主が唐突に思いついたレシピらしい。
「あっ!」
レシピ帳を見せてもらった私は思わず声を上げた。そこには。
『このレシピ帳のこの文字を読める人間へ
これを読んでいるのが、俺の子孫なのか、パンを見て察したお客様なのかはわからない。だが、あなたの予想は当たっている。俺は日本からの転生者だ。マンガやラノベのようなチート能力もそもそも魔力さえなく、パン屋の跡取り息子として生まれ変わった。前世と変わらず、平凡な人間に生まれてしまい、酷くがっかりしたが、俺は自分の運命を受け入れることにした。幸い俺にはパンを作る技術があった。と言っても、俺の前世はパン屋じゃない。母親が趣味で作っていたのを横でガキの頃手伝っていただけだ。家庭の味のパンが多いのはそれが理由だ。死んだ時のことは一ミリも思い出せなかったが、パンのことと母さんのことはたくさん思い出した。親より先に死んでしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。恐らくこれを読んでいるあなたにも少なからずそういう人間がいたことだろう。うちのパンを食べて、あちらの世界と大切な人を思い出す機会にしてくれると幸いだ。ただ、あなたから直接美味しいと聞けなかったことだけが本当に残念だ』
こう日本語で記されていた。初めて自分以外の転生者に会うことは出来なかったが、その生きた証を感じることは出来た。私もこの人に美味しかったと伝えたかったし、あちらの世界の話をしたかった。
改めてこの世界にたくさんの転生者もしくは転移召喚者がいるし、これからも来るんだろうなと思う。この中世ヨーロッパ風の国にはたくさん現代の面影がある。あちらの知識のある人がこの世界の人と協力して作り上げてきたんだろう。この人はパン屋としてたくさんのものを残した。私はこの世界に何が残るのだろうか。そのことと家族のことを考えるとどうも眠れなくなってしまうのだった。
もう一つの能力は目から光が出る能力だった。そう、つまりはビームである。ビームを出さずに、懐中電灯のように光らせておくこともできる。正直使っている自分の姿は見たくない。黒猫が真夜中目を爛々と光らせているなんて絶対怖いだろう。しかもこのビーム、目の大きさほどしか範囲はないのだが、威力はなかなか強力だ。初めてこの能力が発動した時、またしても私はトラブルの最中だった。ひったくりに向かってこれをぶちかましてしまったのだ。運良く的が若干外れたおかげで犯人のおっさんが灰になることはなかった。が、少しだけ、ほんの少しだけ被弾してしまい、頭頂部が寂しくなった。毛根ごと消滅しているので一生そのままなのであろう・・・。
しかもこのビーム、最初のうちは勝手に発動した。何度も色んなものに穴を開けまくってしまい、迷惑をかけた。このビーム、石壁ぐらいは余裕で焼き尽くす。本当に危ない。そんな時私に知恵を貸してくれた人がいたのだ。
「ふむ、それはとても興味深い、いや困ったことですな」
私の相談に乗ってくれたのは魔法公こと、リーヴス公爵だった。この国に三家しかない公爵家の当主であり、メインヒーローのディーノ・リーヴスの父親だ。黒髪に琥珀色の瞳がまるっきり彼と同じだ。顔立ちは彼の方がディーノより穏やかであるが、どことなく危うい空気があった。
ここで、魔法公とリーヴス家について説明しよう。この国の三つの公爵家はそれぞれ大きな機関の長を務めている。多くの宰相を輩出し、歴代議会の議長を務めるのが「政治」のアルバス家。この国中の戦力という戦力をまとめ上げ、何より一族全体から優秀な戦士を出し、歴代騎士団長や総帥を務める。「軍事」のカロリス家。そして、魔法庁の歴代長官、魔法公一族。強力な魔法使いたちが活躍し、教育機関のトップでもある、「魔法」のリーヴス家。
この三家がこの国を支えている。
魔法公、というのは魔法公爵を単に略した名称だ。魔法庁は名前通り、魔法にまつわる機関で、民の魔力鑑定や魔法、魔術に関する研究が行われている。研究は多岐にわたり、生活や軍事にまつわるものから、何の役に立つのかわからない研究もある。警察と協力して、魔法で事件を解決に導くこともある。魔法に関する役所兼大学といったものである。アクアノーツはこの世界で唯一魔法庁があることで知られており、国外からも研究者や留学生が来るほどの魔法先進国なのだ。魔力鑑定は他の国では神殿が行っているため、魔法庁が神殿と仲が悪いという事情もあったりする。
ゲームでは全くもって開示されていなかったことだが、リーヴス公爵はスノウリリイが産まれてからずっと月に一度、彼女に会いに来るのだ。その際に私は彼に相談してみたのだ。
リーヴス公爵は将来自分の家に嫁いでくる彼女へ不安にさせないためと言っているが、実際のところは凄まじいほどの魔力を持つスノウリリイの研究をしたいだけだ。リーヴス家の人々は優秀だが、少し変わり者の魔法馬鹿が多い家系なのだ。
彼らリーヴス家の知識欲はこの「スノウリリイとディーノの婚姻」にも大きく影響している。三つの公爵家にはそれぞれアルベルトとスノウリリイに年が近い息子娘がいる。この国の貴族のトップである公爵家から、王太子妃と降嫁先を決めたい。そう思った前国王たちは彼ら三公爵を招いた。彼らにこの会議の趣旨を伝えると、リーヴス公が最初にこう語ったのだそうだ。
「リーヴス家は王太子妃候補からは外れ、降嫁先の候補にのみ立候補いたします。歴代最も魔力の強いとされる王女殿下。我が家にとっては妃の実家の何倍も魅力的でございます。どころか我がリーヴス一門、分家筋や近しい貴族からも候補には出しませんゆえ何卒」
いくら公爵家といえどもこれを彼女の祖父と父の前で堂々と言えるのだからすごい。「王太子妃諦めるので、お姫様をウチにください」とそんなにオブラートに包んでいない感じで普通は言えない。その場にいた全員が面食らったが、リーヴス公爵ならば仕方ないと各々顔を見合わせただけで済んだ。
「それでは王族がすでに嫁いでいる我が家はどちらも辞退しましょう。これでアルバスから王太子妃、リーヴスが降嫁先これでいいでしょう」
こう進言したのは現騎士団長カロリス公爵だ。彼の妻は大公の娘。バランスを考えての申し出だろう。
「我が家はそれで構いませんが・・・。陛下はそれで良いのでしょうか」
「余とアルトは初めから誰がどういうことになっても構わないということにしている。もしかしたらあの子らの方がお前たちを拒む可能性はあるがな。まだこれは婚約ではなく我らの中でだけの仮婚約なのだからな。十歳まではどう転ぶかわからん。それでもいいなら、引き受けてくれるか、アルバス公爵、リーヴス公爵」
「「仰せのままに」」
話を戻す。リーヴス公爵にとってはスノウリリイだけでなく私も研究対象なのだろう。初めて私と対面した時にはもう嬉々として根掘り葉掘り質問攻めにあった。そんな魔法の変態いやプロフェッショナルである彼の見立てではこうだ。
「神獣様は生まれたばかりということですから、魔力の調整が上手くいってないのでしょう。発動時に体内の熱が上がる感覚があるのですよね?」
「はい。なんか毛が逆立つというか・・・」
「宙に浮いている時も同じ感覚はありますか」
「ないです」
「なるほど・・・。空を飛ぶ時は魔力を使っているのではなく無属性の力かもしれないですね。全く初めて魔力を使えば上手くいかないのも頷けます。普通、魔法は手順をある程度踏んで覚えていくものですから」
「???どういうこと?無属性は魔力を使わないの?皆火を出そうとしたら誰でも出せるとかじゃないの?」
「はい。魔法を最初から使える人間は稀です。何事も特訓ですよ。無属性に関しては…私たちにもわかっていないことが多いのです。彼らの中には普通の魔力はゼロの人間がいたり、親から子に遺伝することもあったり、ある日突然覚醒したりと謎が多い分野なのです。君も魔力を使っているわけじゃないのだろう?」
そう話を振った相手は、感知の能力を持つ護衛のパオロだった。彼は公爵の言葉にうなずきながらこう答えた。
「そうです。自分の本来の魔力は兄よりも少なく、魔法を何も使えないぐらいです。魔法庁でも自分の能力は魔力を介さずに発動していると言われました」
「とにかく神獣様は私と共に魔法を一から学びましょう。魔力の使い方が分かれば、壁に穴をあけることもなくなるでしょう。今日は帰ります。また期間空けずに来ますのでよろしくお願いしますね。それでは神獣様、王女殿下。失礼いたします」
「よろしくお願いします!!さようなら」
「公爵が教えてくれるなら大丈夫そうだな。良かった!」
彼が帰った後、スノウリリイの膝の上に乗った私はほぅっと息をついた。これで、自分でビームを制御できる。そう考えただけで気分が何倍も楽だ。
「確かに公爵様の魔法の腕は確かですけれど、大丈夫ではないかもしれませんよ」
そう言ってきたのは騎士のアスカニオだった。
「な、何が大丈夫じゃないのさ」
「昔私もあの人に蜘蛛の化け物から助けてもらったんですけれど、その時私の身体に蜘蛛の毒が残っていまして。お礼に研究させてくれとあれやこれされて・・・」
そう言いながらどんどん真っ青になって顔を曇らせていく。一体何をされたのか、知りたくない。明日は我が身だ。ああ、ただで引き受けてくれるわけないってことか。もう頼んでしまったものは仕方ない。受け入れよう。
結果としていうと、私は魔力を使いこなせるようになった。自由にビームもサイズ変更もできるようになった。誘拐されそうになった時は大きくなって、猫だましのような使い方をしている。これで充分防げるのだ。
公爵はお礼として私の研究をしたいと言って来たので付き合った。私が麻酔で寝ている間に全部終わっていたので、何をされたかはわからない。知らない方が幸せなこともあるのだ・・・。
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