第6話 たったの二時間、されども二時間

「おはよう。スノウリリイ。昨日はよく眠れた?」


「・・・。」


「今日の朝ごはん何かな~」


「・・・。」


しまった。昨日と全く同じことを言っている。昨日よりスノウリリイの反応が悪い。




昨日は城見学と聞き取り調査で終わってしまったので、スノウリリイについて回ろうと思う。迷惑かもしれないけれど、静かにしているから許してほしい。彼女が一日何をしているのか。それはゲームのいちオタクとしても気になるところだ。普通にお姫様がどんな一日を過ごしているかっていうのも知りたいし。




結局、彼女がなぜ何も話してくれないかはわからない。もちろん、憶測ではあるけれどもしかしたらという理由は一応ある。けれども、ここでその推理を彼女の前でして、何か話してくれるように促すのは何か違うような気がした。これって、女神様の言っていた権力行使に値するんじゃないか。これでその場に他の人間、例えば国王とかがいたらますます圧をかけているだけじゃないのか。王妃じゃないけれど彼女が話してくれるのを根気強く待つしかない。関係深い人より、全く関係のない第三者の猫になら話してくれると信じよう。彼女のタイムリミットは幸いあと十年。私に必要なのは彼女との信頼関係。これを目標にしていこう。




食事中、またしても王妃は、スノウリリイを誘いたそうにそわそわしていたが、今回は話しかける前に止めた。断られそうだったし、また彼女に逃げられたら困る。見ていて思ったが、スノウリリイはとても食べ方が綺麗だ。何かこぼしたりもしないし、ナイフとフォークの使い方も正しい。食べた後の皿までも綺麗だ。こういうマナーも厳しく指導されているのだろうなと感じた。




食後はいつも庭の散歩をする。実はこれは護衛のパオロさんから聞いていた貴重な彼女についての情報だ。彼女は花が好きなのだ。自身も花の名前を冠した彼女は、庭の花を触ることもなく、じっと毎日見つめるのだそうだ。見ていると、彼女は花だけでなく草木や虫もじっと眺めているようだった。きっと自然そのものが好きなのだろう。


「ねえねえ、どの花が一番好き?」


彼女は真剣にしばらく、うーんと悩んだ後、可愛らしい小さな紫色の花を指さした。


「あ。私もこの花が一番好き」


とても穏やかな時間だった。しばらく慌ただしかった今日までのことを忘れていた。




朝の散歩はとても短い。すぐに午前中は勉強の時間になった。私はどちらかというと、勉強は嫌いだったがスノウリリイはそうでもないらしい。彼女は一つ年上のアルベルトと全く同じ授業を受けていた。アルベルトの方が遅れているのではなく、彼女の進みが早いのだそうだ。数学、文学、語法、古代語、歴史・・・。私は聞いている間、半分以上ぐっすり寝ていた。二人はまだ幼いのに、私と違ってちゃんとノートを取りながら居眠りせずに取り組んでいた。各授業に一人ずつ講師がいて、全員その道のプロフェッショナルなのだ。流石王族の教育といったところだ。

二つだけどうにかならないのだろうかと思うことがあって、この場だけでなく私が学生の頃の授業でもあったことだが、先生たちの中には生徒と交流しながら授業を進めるタイプの先生がいる。この五人の先生のうち三人はこのタイプだったのだが、スノウリリイが終始無言で、すべてアルベルトが答えているのでとても気まずかった。それともう一つ。授業を受けているのは二人だけだが、二人のお付きがたくさんいてずっと授業参観されているような気分だったことだけが気になった。




昼食が終わってからの午後からはまた違ったスケジュールになる。私たちの世界でいうところの「お稽古事」の時間になるのだ。ダンス、マナーに裁縫、歌、詩、ピアノ、ヴァイオリン。これらが一週間のうち2,3回日替わりでレッスンする。正直裁縫とかいらなくない?王女のなら。とも思ったのだが出来ないと、どこの嫁ぎ先でも姑からネチネチいじめられるらしい。全くどこの世もマウントを取りたがる人間がいるものだ。勉強と違い、お稽古事に対してはスノウリリイもあまり乗り気じゃないらしく無難にこなしていた。唯一ヴァイオリンだけは好きなことを侍女のジーウから聞いていたので、相変わらずの無表情だが、少しだけ積極的なように見えた。(言われなければたぶん気がつかなかった)。




お稽古事は、アルベルトは参加しないものが多いので少し気が楽そうだった。彼は魔法と剣術とスノウリリイは教えられていない一部の教科に午後からは取り組んでいる。本当はスノウリリイも魔法の授業をしなくてはならないのだったが、彼女は物心つく頃には魔法をほぼ完璧に使いこなしていたため、免除されている。当時、神童とかなりもてはやされたらしいが、本当に実質神の子だったとは誰も思わなかっただろう。




彼女の決まったスケジュールはここで終わりだ。全て終わったのはすっかり日が暮れた夕方だった。七歳の学習量としてはなかなかハードだ。ほぼ七時間授業だった。今日は極端にキツキツのスケジュールだったが、ここまでじゃない日も週に一回はあるらしい。いや、それ週六で七時間授業じゃん。ブラックだな・・・。




彼女の自由な時間は、寝る前の三時間ほど。自室にやっと戻って来たスノウリリイは、一時間は今日の復習と宿題をしていた。それが終わると、机に向かっていた彼女は私の方に方向を変え、じっと見つめた。

んんん?何だろう。彼女が何を言いたいのかわからなくて、見つめ返すしかない。


「神獣様、姫様は何かおもてなしをしたいと思っているようです」


ジーウにそう翻訳された。そんな必要はないと周りにもスノウリリイにももちろん言ってある。そうはいっても、今までは「普段の生活の様子を見せて欲しい」と頼んだから、私をそこに置いておくだけで良かったけれども、この自由時間は決まったことをするのではないから、何かしなくてはと思ったに違いない。まだ子供でも、話してはくれなくとも、彼女は王族としての責任として、客である私と向き合おうと思ったのだ。


「じゃあ、私とスノウリリイだけにしてくれるかな?」





二人きりになると、スノウリリイは落ち着きなく目をきょろきょろと泳がせた。彼女の家臣たちはとても不安そうな顔をして部屋を出ていった。


「ごめんね。二人で話したいなんて言って。びっくりしたよね」


彼女はぶんぶんと勢いよく否定の意味の首を振った。ここに来てからおよそ三日。こうやってまともに対面するのは実は初めてなため、少し緊張している。





「まあ、まずは改めて自己紹介するね。私は古き女神イヴァルチアの神獣です。こうやっていっぱいお話しは出来るけれど、生まれてから長くないので力を使うのは上手くないの。これからよろしくね」


「うん。驚いたよね。突然、一緒に暮らせなんて言われて。でも女神様の言っていた通り、私はあなたへのプレゼントだと思ってくれたら・・・。って、だいぶ図々しいね。タダで寝る場所もらっているのに。そんなことないって?ふふ、ありがとう。でも、私力を使うのは上手くないってさっきは言ったけれど、この力は貴女に何かあった時にだけ使うつもりだよ。今はまだ勉強中だけれどね。私の目的というか目標は、貴女が笑って過ごせるようにすることだから」


「不思議そうな顔しているね。貴女は全然顔に表情が出ないと言われていたけれど、今日一日一緒にいたら少しだけ表情が変わるのがわかったよ。数学の先生少し苦手だよね?あ、やっぱり?ふふん、これで私も超能力者・・・。じゃなくて、不思議な顔の話だよね。貴女の疑問はこれかな?『どうしてここに来たか、自分を守るのか』」


「疑問に答えると、貴女に会いたかったからだよ。私はね・・・この世界に救われたんだよ。生まれたばかりなのにって思うかもしれないけれど、詳しいことは秘密で。まあ、この世界に来たは良いけれども、友達もいなくてさびしいからあなたとお友達になりたいなぁって。結局は自分のためなんだよね」


「納得してくれた?じゃあ、本題を話すね。最初にも言ったけれど、私のことお客様扱いしないで欲しい。私がここで一番偉いのは知っているけれど、私ここに結構長くいる予定だから、お客様扱いがずっと続くのはちょっと疲れるかなって。それにまあ、神獣になったばかりの私からすると、偉いのは女神様であって私じゃないからね。うん。他の人たちはともかくスノウリリイにだけは普通に話してほしいんだ。・・・うん。今は無理に話さなくても大丈夫。貴女が話したくなったらで、いいんだよ。」


「それについても話しておきたかったの。今、あなたはお話を誰ともしていないよね。それに対して私は今すぐどうこうとは思ってないよ。でも、何がきっかけになるかはわからないけれど、将来はまたお話ししてくれるようになると思うんだ。その時はちゃんと一度は自分の家族とも話してほしいの。絶対に家族と仲良くしろとまでは言わないよ。強制されたら私がどうにかしてあげる。でも、一回は自分の気持ちを伝える努力をしてほしい。私との約束、いや契約とも言えるかもね」


「それとね、今日は一緒にずっといたけれど、明日からは私色んな所を自由に見て回ろうと思うんだ。折角この世界に来たからね。でもたまには、またあなたの授業やお稽古の様子も見て回るかも。そうしたら外で聞いた話いっぱいスノウリリイに話すね。この毎日の二時間に話すよ。」


「せっかくの自由な時間に私がいて申し訳ないんだけれど・・・。私も気分次第でお話しするから、あなたも好きなことをしてね。本を読んでいるときに何か言ったりしないから」





彼女に確認を取りながらだが、話をした。言葉は話さないのでどうしても一方的になってしまったが、彼女は特に不満もないようだった。そろそろ彼女が眠る時間も近付いてきた。寝る時は宮の人たちがこの部屋に用意してくれた大きなクッションで眠ることになっている。

寝る前にスノウリリイにしてもらいたいことがあった。


「ねえねえ、私のこと撫でてみない?」


「?!」


目を見開いた彼女は恐る恐る右手を伸ばした。私の胴の辺りに手が当たる。指が一本だけ触れていたのが、少しずつ本数が増えていき、手のひらを少しずつ動かした。その感触を確かめるように何度も撫でた。最初に会った時から触りたそうな顔をしていた気がしていたので、どうやらその通りで良かった。


「気持ちいいでしょ?ローラにさっきブラッシングしてもらったばっかりだからね」


彼女はうんうんと頷きながらも、撫でるのを止めようとしない。かなり気に入ってくれたようだ。


「他の人より、私ならそれほど怖くないでしょ?」


手の動きが止まった。見上げると困ったように眉が少しだけへの字になっていた。やっぱりこの子結構顔に出るのかも。


「スノウリリイ、人間が怖いんじゃないかなって思ったの・・・。あまり目を合わしたりしないし、あっても手をぐっと握りしめたりしていたし・・・。でも私にはしてなかったから、ヒトが怖いのかなって」


見つめあった目は逸らされることはなかった。手も握りしめていない。これが肯定の意味なのは私にもわかった。


「あ・・・う、ぐぐ」


うめき声のような声を出したスノウリリイはぽろりと一粒涙を流した。涙はそのまま溢れるように落ちた。


「うううう・・・・」


彼女の声を聞いたのは、ここに来て初めてだった。何かを言いたげな顔。きっと彼女は泣きたかったのではなくて、私に伝えたいことがあったんじゃないだろうか。しかし、これ以上何か彼女に聞くことは出来なかった。かといって何か慰めの言葉も言えなかった。彼女の顔色が分かるようになったと思っていたけれど、今彼女が何を悲しんでいるか明確にはわからなかった。わかりたい。彼女の思いをいつか聞きたい。そんなことを思いながらこのふわふわな体を押し付けた。


「今日、一緒に寝たいな。いい?」


彼女は了承した。赤くなった目が少しだけ細くなり、笑ったような気がした。彼女は明かりを消して、私を抱き上げ、ベッドに降ろした。そのまま二人で丸くなって眠った。スノウリリイがぴくりと肩が震えるたびに彼女の胸に頭を押し付けた。初めて抱きしめられた時と同じで彼女の胸は暖かかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る