第5話 侍女と王女宮

私がまず話を聞きに行ったのは自分の専属メイドだ。出来るだけ話しやすそうな人から聞いて回ろう。私はまだこの場所のことをよく知っているようで知らないのだ。時間はかかりそうだけどね。実はずっと彼女のことメイドだと思っていたのだけど、彼女は侍女さんらしい。メイドは下働きの女の人で、侍女は比較的高い身分のお世話係なんだと。


「そうなんです。私これでも貴族なんですよ。と言っても男爵よりも貧乏な潰れかけの子爵家なのですけれど!両親にはタマノコシ狙って来いとか言われましたよ。王子様といくつ離れていると思ってるんですかね!まあ、冗談なんですけれどね!」


彼女は楽しそうにけらけらと笑った。三つ編みを一つにまとめた明るい赤毛、新緑みたいな大きな緑色の瞳、絶世の美女ではないが愛嬌のあるかわいらしさが彼女にはあった。彼女、ローラ・マラカルネは子爵家の長女で現在十四歳。今城にいる中で一番若い侍女らしい。マラカルネ家の土地は海に近いアクアノーツでは珍しく山間部にあるらしく、彼女たちも民たちもかなりギリギリの生活をしているらしい。しかし、彼女曰く皆慎ましくとも楽しく仲

良く暮らしていて彼女には自慢の故郷なんだそうだ。


「私の故郷では珍しい鳥や植物がいっぱい見れますよ。織物類の材料もうちで取れています。・・・まあ、これをご令嬢たちに話しても材料じゃ意味ないとか言われちゃうんですけれどね」


少し寂しそうに彼女は言った。ローラの十四歳という年齢は本来侍女をする年齢ではない。大抵の貴族令嬢は十五歳で学園に入って一年間通うと、卒業後行儀見習いや花嫁修業の一環として侍女をする。ちなみに貴族の少年たちは一年でなく三年間通う。一部の高位の令嬢たちも二年もしくは三年だ。この世界じゃ女性には勉学は必要ないという考えが一般的らしく、一応体裁の為に一年というのが常識らしい。ローラが今侍女になっているのは本当に特例で、学園に行くお金のない彼女への恩情のようなものだろう。


マラカルネ家は七人兄弟で彼女は上から二番目。一番上の姉は生まれた時から身体が弱いが、とても美人だったため両親は彼女だけは社交界デビューさせた。姉も務めを果たそうと何とか良い婚約者をみつけた。彼女のすぐ下の長男も学園に何とか行けそうなのだそうだ。


「でも他の子たちはちょっと難しいかもしれないんです。次男以降なんて学園に通ってなきゃ何も仕事もないですよ。妹たちもそうです。あんな田舎じゃいい縁談もないです。だから、私だけでもお給金のいいここで働いているんです。いつかの皆の将来のために」


姉も結婚したらお金を送ってくれるらしいですし、婚約者さんが支援をしてくれるみたいなんですと嬉しそうに語った。


「でもあなたは学園にも社交界にも参加できないのよね?お姉さんや弟が嫌にならない?」


「ならないですよ。確かに姉はベッドに篭りきりでしたけれどお金の管理をしてくれたのは姉なんです。弟もそうです。当主という大変な役割の為にいっぱい勉強して父と話し合って領地をよくしようとしています。姉は家のためにいい人と結婚します。弟も家のために学園に行きます。私は家のためお城で働きます。ほら、過程が違うだけで私たちの目指す先は一緒なんです。民を預かる貴族という立場なら受け入れますよ」


・・・。すごいな。色々。とても年下とは思えない。理解は出来ないし、彼女が正しいのかはわからない。でも、尊敬できる人だってことはわかる。


「本当は私王妃様のお付きなのですけど、今回神獣様のお世話係を募集していたので、こっちに来ちゃいました。神獣様が私を選んでくれて良かったです。私あそこの同僚とは全然気が合わなくて・・・。メイドの皆さんとは気が合うんですけれどねー」


彼女は侍女だが、よく手が足りなくなったメイドの仕事も手伝っているそうだ。そこで色々情報交換をしたりもしているらしい。私にも聞いてないのに、身の上話をいっぱいしてくれている辺り彼女はおしゃべり好きなようだ。私としては都合がいい。兄弟たちの紹介をしようとした彼女の話を遮る。この話はまた後でね。


「ねえねえ、ローラはスノウリリイの担当にはならなかったの?」


「あ、ごめんなさい。私のことばかり話しちゃいましたね。はい。私も最初はここで雇われたのは姫様に仕えるためだと思ったのですけれど・・・。一番私が年も近いですしね。どうも姫様は周りに人を置きたくないらしいんですよ。今いるのはメイドの他は護衛も騎士も侍女も全員一人ずつとかでしたよ。あ、執事は確かいますけれど」


「ううん。その話は今度聞かせてね。でも、そんなに少ない人数でいいの?」


「普通はありえないですけれど・・・。王子様のメイドの数の半分ですからね。でも、皆さんとても優秀らしいので大丈夫みたいですよ。姫様は滅多に外にも出ないですしね」


選ばれしその五人には話を聞きたいな。彼らとならもしかしてスノウリリイも話していたりしないかな。


「うーん、それは難しいかもですね。彼女たちともやっぱり会話はしていないみたいですよ。皆さん王女が何も言わなくても何を望んでいるのか大体わかるらしいので。あの人たちに頼んでお話させてもらうのは厳しいかもです」


想像以上に優秀な集団らしい。テレパシーとか使えるのかな?


「まあ、神獣様なら頼んでみれば大丈夫だと思いますけれどね。そうだ。護衛の人のお兄さんとなら私仲がいいので少し話を聞きに行ってみませんか?」


「そうなんだ?うん、お願いしようかな。」


こっちですよ~と手招きした彼女の後を私はふわふわと着いていった。




護衛の人のお兄さんがいるという場所は厨房だった。彼女はよく厨房の皿洗いアルバイトもしているんだって。がんばっているなぁ。今は昼も過ぎて休憩中らしい。彼の名前はダリオ、護衛の弟はパオロという名らしい。


「神獣様がわざわざ俺なんかに・・・。なんでも聞いてくだせぇ、とはいえ知っていることは少ないですけれど」


彼はもちろん料理人で、下町で両親は店をしていて、若い頃だけ先祖代々城で働いているそうだ。


「でも、うちのパオロは特別なんですよ。変わった魔力を持っていて軍に召集されたんです。あいつももう少し頭が良ければ騎士か魔導士になれたんですけどね」


でも、自慢の弟ですよと彼は照れながら言った。魔法を使える人はこの世界の三分の二ほどいる。貴族はほぼ魔力持ちで、平民も少なくない割合で魔力がある人間が生まれるそうだ。スノウリリイならば「氷」、アルベルトなら「水」といったように。たまに複数の属性を持って生まれる人間がいるが、それより更に珍しいのが「無属性」と言われる特殊な魔力を持つものだ。パオロはここに分類される。


「パオロさんはどんな魔力でしたっけ?」


「『感知』だよ。向けられた敵意、悪意を絶対に感知するそれがあいつの能力。地味な能力だが一切不意打ちが効かないこととその正確さにかけては戦士向きだよな。自分と対象一人の範囲しか使えないが、暗殺者対策にはちょうどいいぜ。何すらあいつの能力は毒なんかにも反応するからな。護衛にはぴったりの魔力なのさ」


めちゃくちゃ有能じゃないですか。確かゲームの世界には何人か無属性がいたけれどその中でもトップクラスかもしれない。


「パオロさんはいつからスノウリリイの護衛に?」


「ほとんど姫様が生まれた時からです。それまでは塔の見張りをしてたんです。大出世だって親戚中大騒ぎでしたよ」


あーこういう時って初めて見る本当に親戚なのか怪しいおじさんとか出てくるよね。まあ、それはともかく。


「パオロさんたちスノウリリイのお世話している以外には本当に周りに誰もいないの?」


「はい。姫様は人を増やそうとすることを嫌がりますからねぇ。パオロなんて全然愛想も良くないのに何で気に入られているんだか。後は王子と姫に勉強を教えている教師と、図書館の爺さんぐらいしか交流している姿を見たことないですね」


「ふーん。なるほど。そのお世話している人たちに話を聞くのって難しいかな」


「いや、難しくないですよ。毎日夜そのメンバーで集まって話をする時間が必ずあるらしいので、その時間に尋ねてみたらどうでしょうか」


「ちなみに場所とか時間もわかるんですか?」


「姫様が眠った後で場所は姫様の宮のどこからしいですけれど・・・」


「それだけわかれば大丈夫です。ありがとう!」


「ええ、またいつでも遊びにいらしてください!」




ローラに城の案内をしてもらっていたらすっかり日が暮れていた。せっかく色々案内してもらったけれど、広すぎて全然覚えられる気がしない。しばらくは誰かと一緒じゃなきゃ迷子になりそうだ。


スノウリリイの宮こと王女宮は結構広い。元々ここは「後宮」と言われる女の園があったらしいが、後宮をわざわざ作る王様がここ何代かはいないため、今は歴代の王女が暮らす建物になっている。


「私、ここに入るの初めてなんですよ。それで今日からここで生活って・・・」


自分の荷物を背中に抱えたローラは緊張しているようだった。今日から私もここで生活するので彼女にももちろん付いて来てもらった。


「あら・・・。こんばんは。神獣様とその侍女の方ですね。こちらにどうぞ」


出てきたのは優しそうな少し太めの中年の女性だった。


「私はスノウリリイ王女のメイドのマーラと申します。お会いできて嬉しいですわ。これからよろしくお願いしますね」


「はいっ!お願いします!!ローラ・マラカルネです!!侍女ですけれど、炊事洗濯雑用得意です!お願いします!」


ピシッと背筋を伸ばしてローラが返事をした。緊張しすぎて二回もお願いしますって言ってる・・・。今度は年配の姿勢のいい男性が入ってきて執事のルイジだと名乗った。一旦荷物を彼女の部屋に置くために、荷物を持ってルイジはローラを伴ってどこかに行ってしまった。


「この時間は皆さん一緒にいるって聞いているのですけれど」


「ええ、こちらにいますわ」


そう言って彼女は食堂の中に案内した。中には三人、席に着いていた。鎧を着たガタイのいい目がちょっと怖い男の人はきっとパオロさんだろう。どことなくダリオさんに似ている。


「こちらが護衛のパオロさん、隣が近衛騎士のアスカニオ・デュラン様です」


二人は立ち上がって綺麗なお辞儀をした。


「それにしても様付けなんて止めてくださいよ。マーラさん。何だか恥ずかしいです」


アスカニオさんは灰色の髪に紫の切れ長の目が似合う男前騎士さんだ。仲が良いようだ。


「あら、ごめんなさいね。でも、神獣様の前ですから。神獣様、そしてこちらが私の娘のジーウ・アレニウスです」


ちょうどルイジさんと戻って来たローラが彼女を見てびっくりした顔をしている。ジーウはとてつもなく可愛らしかった。キラキラとして輝くような金髪にぱっちりとした青い瞳に薔薇色の頬。絵に描いたような金髪碧眼美少女だった。でも私たちがびっくりしたのはそこじゃない。


「もしかして、あなたってエルフ?」


「はい。私の母が王妃様とは親戚でして。そのご縁でスノウリリイ様の乳母をしていたのですが父と共に事故で亡くなってしまって・・・。母さんが・・・、このマーラさん達夫婦が私を娘として育ててくれたのです」


彼女はそう言ってマーラさんに向かって微笑んだ。無意識なのだろうか。長い耳が小さく嬉しそうにぴくぴく動いた。かわいい。


王妃様は森の国スコーグ国の王女だった。スコーグ国は別名『妖精の国』でエルフやドワーフ、獣人などのいわゆる亜人と呼ばれる人々が普通に市民として暮らしており、人間の前には姿を見せない妖精が共に生活しているという特殊な国だ。王妃様も母親がエルフなのでハーフエルフという括りになるそうだ。失礼だけど、ジーウとマーラさんが全然似てないのは理由があったってわけだね。


「皆ここで長く働いているんですか?」


「私だけが三年前で、残りの皆さんはほぼずっとスノウリリイ様付きです」


アスカニオさんがそう答えた。三年ならスノウリリイの以前の様子を十分聞けそうだ。あの娘まだ七歳だしね。


「スノウリリイのこと色々聞いていきたいので一人ずついいですか?」







私が彼らに聞いた質問はこうだ。

①前国王陛下の亡くなる前のスノウリリイ

②氷漬け事件をどう思うか

③例の氷漬け事件以降のスノウリリイ

④彼女と最後に会話した記憶

⑤スノウリリイの好きなもの、苦手なもの、興味のあること

彼らの目線からのスノウリリイに関することが中心である。彼女の家族より、彼らの方が普段一緒にいる時間は長い。まあ、最後の質問は完全に私のためのものだけどね。友達になるんだから、色々知っておきたい。本当は本人の口から教えて欲しいのだけれども、ここで聞いたことが逆に彼女と仲良くなれるきっかけになればとプラスに考えている。




結果としてはほとんど皆似たようなことを言っていた。まずは①。やはり同年代の子に比べるとかなり大人しく落ち着いた性格だったようだ。マーラさんとルイジさんは彼女の祖父との話を聞かせてくれた。


「前国王陛下は姫様のことも王太子様のこともとても可愛がっておられましたわ。よくお二人を膝に乗せてお話をしていました。陛下がお隠れになってからはすっかり二人とも元気がなくなってしまって・・・。その矢先にあの事件でしたから」


「あの頃から少しずつですが、笑顔が少なくなっていましたね」


③は皆同じ事を言っていた。彼女は変わっていない、彼らはそう思うそうなのだ。侍女のジーウはこう証言した。


「確かにお話はしてくれません。でも大きく性格や態度が変わったとは思えないですね」


④については皆バラバラだった。護衛と騎士の二人は事件の直後には彼女との会話は無くなったそうだ。残りの三人は彼女が怒られた後、部屋に戻り、眠る直前までは話をしていたそうなのだ。しかし、一晩明けて目が覚めた以降は・・・という様子だった。


②についてはその場にいたのは護衛と騎士の二人が他の三人よりよく知っていた。近くにいたのは騎士のアスカニオさん、少し離れて護衛のパオロさんという風に少女たちを守っていた。いつもならばパオロさんをそばに置くのだが、令嬢たちは憧れの騎士であるアスカニオさんを近くで見たいとせがむため、いつもと立ち位置を変えたそうだ。


「彼女たちの声は聞こえませんが、一番近くにいました。姫様が魔法を発動したのには恥ずかしいお話ですが令嬢たちが凍った後でした。何しろ姫様の魔法は予備動作が全くなくて、防ぐのが難しいですから。ご令嬢たちは小さくてもなかなかキツイですからね。何か姫様に言ったのでしょうね」


「その・・・私には声も姿も遠かったのですが、姫様に向けられていた敵意のようなものは感じました。私の能力は自分ともう一人に向けられる感情を読み取るものですから。え?兄が言っていたのと違う?まあ、詳しくは言っていませんから。兄といえども。姫様には殺意以外の感情は無視していいと言われていたのですが・・・。明らかにその敵意は彼女たちから出ていました。私は彼女たちに何かされたのだと思いますよ」


彼らの意見はこう一致しているようだった。




「あなたはどう思う?」


私は楽しそうに私の毛並みをブラッシングしているローラに話しかけた。


「え?私ですか?そうですね・・・。皆さん仲がいいなって思いましたね。あとスノウリリイ様のこと大好きなんだなって」


「・・・そうだね。私もそう思うよ」


女神様の依頼で誰か怪しい人がいないかばかり考えていたから疑うことばっかり考えていた。実際この彼女の周りの人たちというのは一番怪しい。けれど、ローラの言う通り今のとこと皆いい人そうだなという感想しか持てない。疑うだけじゃなくて、ちゃんと自分で見てから確信しないと・・・。


何にしても友達になろうと言っておきながら、まだ何もしてない。明日からスノウリリイにしつこいぐらいついて回ろう。そんなことを考えながら目を閉じた。

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