第4話 彼女の意志

女神が去ってからはとても忙しかった。慌ててみな神殿から城に戻ると、行方不明の王族探しに乗り出したのだ。


「あんなヒントで見つかるのかな」


「国外にいる王族は二人ですし、もう一人はわからないですけれど、叔父は生きているということですから、国内にいるとわかればだいぶ絞れると思いますよ。会ったことはありませんが、叔父は目立つ容姿のはずですから」


私の誰に言ったわけでもない疑問に答えてくれたのはアルベルト王太子だった。攻略対象の一人である彼は今はまだ少女にも見えるようなあどけなさが残っていた。髪は肩に届きそうなほど長く、白い礼装がよく似合っていた。


「なるほどね。ありがとう。でも、こんなに大切な日をめちゃくちゃにしてしまってごめんなさい」


「いえ、むしろ助かりました。叔父のこともですけれど、なにより妹のことも。感謝しきれないです。」


彼は苦笑しながら私の隣から立ち上がった。そして、こちらに向かって頭を下げた。


「妹を・・・よろしくお願いします。僕はあの子に良く思われていないので」








 アルベルトの言葉が、彼と離れても頭から離れなかった。ゲームでも二人の関係はよくなかった。けれども、先ほどもゲームでもそうだが、アルベルト自身はスノウリリイを嫌っているわけじゃないみたいだ。スノウリリイの方はどう思っているのだろう。ぷかぷかと宙に浮かびながら、私は部屋に案内してくれるというメイドの後に続いていた。この猫は羽なんてものがなくても飛べるのだ。最初はちょっとふらついたけれど、すぐに慣れた。私はまだ大人たちの様子を見たかったので、スノウリリイとは途中で別れた。もう夜も遅いし、彼女はもう寝てしまっているだろうか。


「着きました。こちらのお部屋でございます」


通された部屋はとても大きく豪華な部屋だった。私が人間だった頃の4倍はありそうなベッドが置いてあり、アンティーク家具で部屋は埋め尽くさていた。でも、スノウリリイの姿は見当たらない。ここは客間だろうか。


「あのスノウリリイは?」


「ご自分のお部屋でおやすみになられています。」


「私あの子と同じ部屋でって言いませんでしたっけ?」


「陛下がきっと遠慮しておられるのだとおっしゃっていたので・・・」


猫にこんなにデカい部屋いらないよ・・・。神様の使いだからと、気を使わせてしまったらしい。しかも、お付き十人は過剰すぎる。メイドさんに明日からはスノウリリイの部屋にクッションでも置いてそこで寝たいとお願いした。そして、お付きもそんなにいらないからと人数を一人に絞った。一番若くてかわいらしい三つ編みのメイドさんを担当にしてもらうことになった。今日はせっかくなのでここで寝ることにした。神獣は食べ物を食べなくとも死なないが、睡眠は取らないと活動できないのだ。明日からのことをゆっくり思い浮かべながら私は眠りについた。








「おはよう。スノウリリイ。昨日はよく眠れた?」


「・・・。」


「今日の朝ごはん何かな~」


「・・・。」


スノウリリイはこくりこくりと首で相槌は打ってくれるが返事は発しない。そもそも、会ってから彼女の声を一度も聞いていない。ゲーム内でもかなり静かだったよな・・・。まだ信頼されてないのだろうけれど、人見知りなのかな。


 大きな食卓に着くと、厳しそうな侍女が話しかけてきた。


「おはようございます。神獣様。王女殿下。神獣様はこちら召し上がりますか?」


「おはようございます。私はいらないですよ」


そう返事をすると、先に座っていた国王もこちらを向いた。


「おはようございます。神獣様、お部屋が気に入らなかったようですが、不備があったのでしょうか?」


「ないですけど、猫はあんなに広い部屋は必要ないだけなので、気にしないでください。明日からはスノウリリイのお部屋で休みます。お世話の人も一人いれば十分なのでこっちで選びました。ご飯も食べないで大丈夫です」


女神様も言っていたけれど、この国で今一番偉いのは私というのが実感するよね…。そうは言っても権力で好き勝手するとマズイことになるので、変に贅沢はしたくない。


 朝食の席はとても静かだった。家族四人の食卓は食器と皿が当たる音しかしない。生前の自分の家の賑やかを通り越してうるさかった様子とは大違いだ。王妃はちらちらとスノウリリイの様子を見ている。何か話したいのかな?


「す、スノウちゃん?」


意を決したように王妃が話しかけてきた。もう食べ終わる直前だった彼女は持っていたスプーンを動かすのを止めて、王妃を見つめた。


「今日のお昼食べ終わったら、ママとお話ししない?一緒にお茶でも飲みましょう?」


王女はしばらく固まっていたが、はっとしてブンブン首を振った。そして、ごちそうさまを表すような礼をすると、慌てて立ち上がり急いでその場から立ち去った。


「・・・。」


「・・・。」


「・・・。」


これは・・・。


「振られちゃったわ・・・。今更って思われているわね、きっと」


そう言った王妃の顔はひどく悲しげで今にも泣きだしそうだった。








 三人はすっかりどんよりとしてしまった。彼らとしては問題が解決したからには、早く歩み寄りたいに違いない。けれども、肝心のスノウリリイ本人は昨日の今日じゃ、まだ受け止めきれなかったのだろう。


「あのぉ、良ければなんでここまでこじれたか聞いてもいいですか?もちろん原因は知っていますけど、あの子が人を寄せ付けなくなったのは別の理由があるのかなと思うのですが」


「俺も聞きたいですね。俺のいない間に一体何があったのか」


そう言って会話に入ってきたのはいつの間にやら現れたルカ殿下だった。彼は普段城を空けていることが多いらしく事情を知らないらしい。国王がでは、自分がと名乗りでて、事情を語り出した。








 スノウリリイが国王の子でないと噂されていたのは最近のことではない。むしろ、生まれた時から彼女は不義の子やら災いの子などと言われていた。それを黙らせていたのが彼女の祖父であり当時の国王であった。穏やかな国民性の水の国だが、かの王はとても強烈な性格で、自分がそうだと言えば絶対に押し通す王であった。周りがどんなに王妃を疑おうとも全て何の証拠も出さずに言葉だけで退け、彼女を守った。女神様も言っていたが実際は『神の愛し子』のことを知っていたから、スノウリリイが正統な王女であり自分の孫だと確信していたのだろう。それを周りに言わなかったのも、もう一人の孫アルベルトの為でもあるだろう。『神の愛し子』のことが分かれば恐らく確実に彼女が王位継承者として担ぎ出される。それだけ『神の愛し子』というものは特別な存在なのだ。彼自身、実の兄弟たちと継承権争いで殺し合いにまで発展した過去がある。たくさんいた兄弟たちは唯一彼に味方した当時第四王子だった現大公と同じく味方陣営だった『星』の国に嫁いでいった第五王女以外その政争で命を落とした。彼は自分の子どもたちにはそんな思いをさせたくなかったのだ。そんな彼も今から二年前に亡くなってしまい、忘れられていたスノウリリイへの疑いが再燃したのだ。


国王は噂の火種は昨日も派手に攻撃してきたガイアルドーニ夫人からだと思っているようだ。ガイアルドーニ侯爵家はアクアノーツの三つの公爵家に次ぐ、国で一番大きな侯爵家だ。何度も王妃を出しており、王女が嫁いで来たこともある名門中の名門である。その力も発信力もある出所から噂が上がれば大ごとになるのも頷ける。彼女は、今の国王夫妻とどうも因縁があるらしい。そして、その状況で起こったのが半年前のある事件である。








 ガイアルドーニ夫人も口にしていたスノウリリイ王女、ご令嬢氷漬け事件である。その日、城の庭園で少女たちによるお茶会が開かれていた。彼女たちは全員伯爵家以上の家系でかつスノウリリイと年の近い少女たちだった。この茶会には大きな目的があった。彼女たちはスノウリリイの話し相手もしくは王太子の婚約者候補になるべくして城に呼ばれたのだ。彼女たちは幼い肉食獣のごとくぎらついてはいたが、そこは皆良家のお嬢様たち。はた目にはとても上手くいっていた。




スノウリリイが周囲一帯、彼女たちもろとも氷の塊にしてしまうまでは。




少し遠くから見ていた護衛にも何があったかわからないほど、その魔法は一瞬で、彼女たちからは悲鳴が上がる暇もなかった。すぐさまお湯をぶっかけたおかげで彼女たちに怪我はなかったが、この事件でスノウリリイの評判はどんどん悪くなっていった。この氷漬け事件の際、令嬢たちに何があったのか聴くと、みな「王女に私たちがマナーを注意したら怒った


」と口を揃えていった。そして、この時参加していたのがガイアルドーニ夫人の二人の娘たちである。娘たちは色んな場所で王女に害されたと騒ぎ立て、王女は危険な存在と広めたのだった。スノウリリイにも、もちろん聞いたが彼女は何も話そうとしなかった。肯定も否定も何も口を割らないため、王妃はこの時彼女をきつく叱った。王妃は自分だけは彼女が何も言わなくとも、信じて話してくれるのを待つべきだったと後悔した。そこから王女は話しかけても言葉を発さなくなったのだ。








「こんな出来事があったのですね・・・」


「それ以来、母だけでなく誰とも妹は話しません。失語症を疑いましたが、医者は違うと言っています。自分の意志で私たちと会話しないのだと」


「元々大人しい子でしたが、今はもう完全に人形ですね」


うーん、思った以上にガイアルドーニ夫人大活躍だな。彼女とその二人の娘たちはゲームでも出てくるには出てくるが、ある攻略対象のルートでだけ大活躍(悪い意味で)するキャラクターだが、スノウリリイにもかなり影響を及ぼす人物だったとは。現実の世界として体験してみるとゲームでは見えていなかったことが見えてくるんだなと改めて感じた。


それにしても、自分の意志で「話さない」か。自分の意志ならば何か理由がありそうだな。よし、早速調査してみるか!


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