第3話 死後の世界の「お茶会」

私が希望したこの「恋と魔法のヒストリア2」という乙女ゲームの世界に、今から酷い結末を迎える予定のとある少女の運命を変えにきたのだ、と言っていた私こと現黒猫の神獣、元女子高生の私だが、実のところこの世界はゲームの世界なんかじゃない。女神様曰く、この異世界のとある出来事をゲームにしたのが「恋と魔法のヒストリア2」という乙女ゲームなんだそうだ。小説やマンガだと、一つの結末しか見れないのが多くだが、ゲームの世界にはマルチエンディングというものがある。このゲームの製作者は、枝分かれした可能性の未来を記録するためにゲームという媒体を選んだのだ。この事実を聞かされた時、異世界の人が私のいた世界にも転生するのか・・・と驚いたものである。




スノウリリイ・フォン・アクアノーツの登場する「恋と魔法のヒストリア2」という乙女ゲームは、この作品は名前の通り魔法がある世界が舞台でシリーズの二作品目だ。世界観がどのシリーズも繋がっているという設定で(時代は全部一緒ではない)、このシリーズは同社から出ている大作人気ゲームのスピンオフ作品である。製作者も一緒のため、この会社から出ているゲームの大半がこの異世界での実在の出来事がモデルらしい。実は『神の愛し子』も『リオート帝国』も『神聖8か国』もこの会社のゲームではお馴染みの名前なのだ。主人公のパラメータを上げてバトルパートを攻略していくシミュレーションタイプの乙女ゲームで生前私もかなりやり込んでいた。私が亡くなる直前にも最新作が出る予定だった。正直これがプレイ出来なかったのは私の心残りの一つだ・・・。


正式名称は「恋と魔法のヒストリア2」~水と光の姫君は朝焼けを待つ~で略して「恋ヒス2」。攻略対象は五人で、更に隠しキャラで一人、ファンディスクに二人攻略対象が追加されている。スノウリリイの兄アルベルトも、隠しキャラだが彼女の叔父のルカも攻略対象である。この作品でのスノウリリイの立ち位置はライバルキャラその①。『通称「氷姫」。雪のような真っ白な髪と星空のような紺色の瞳で人とは思えない美貌の持ち主で誰一人周りに人を寄せ付けぬ高潔な王女』と、登場人物紹介ではこう書いてある。攻略対象五人中四人にライバルがいて、その内の一人が彼女なのだ。と言っても、彼女はライバルではあるけど決して主人公をいじめるような『悪役令嬢』ではないのだが、バトルモードで対峙した時にはえげつないほどのレベル差と実力差で主人公を圧倒する。もちろんゲームなので一度目の対戦は負けイベントになっていて二度目はレベルが低くとも必ず勝たせてくれるため、強いのに弱いという一番難易度の低いライバルキャラだった。




なぜ、こんなに彼女が弱く設定されているのかちゃんと理由がある。主人公とライバルキャラが対立するのは攻略対象との好感度が一定数に達すると発生する。スノウリリイがライバルに回るのは彼女の婚約者にして本作のメインヒーロー、ディーノ・リーヴスの好感度が上がった時だ。彼女がなぜ弱いか、それはこのぶっちゃけこのディーノ・リーヴスのせいである。彼は好感度の上がり方がめちゃくちゃ早い。しかもこちらが特に何もしなくても勝手に上がるめちゃくちゃちょろい男なのだ。別にプレイヤーが彼狙いじゃなくても勝手に好意を持ってくるため、普通にプレイしていてもほぼ100%スノウリリイとはバトルが発生してしまう。そんな中彼女が本来の実力で向かってきたらゲームがクリアできないのだ。何とも無理やりだが、スノウリリイは主人公に対してだけはかなり周りの人間よりは態度を軟化させるため、これはスノウリリイなりの気遣いなのだろう。という設定になっている。バトルが終わると彼女は自ら、婚約者であるディーノに婚約破棄を告げ、そのままゲームにはほとんど出てこなくなり、彼女のライバルとしての仕事はここで終わりだ。


しかし、問題はこの後にある。スノウリリイは元々常に一人ぼっちで、主人公と婚約者という彼女にとって最後の自分以外の世界との繋がりというものがここで断ち切れてしまう。主人公が彼女との交流を拒んだわけではなくむしろ仲直りを試みているが、スノウリリイ自身がいらないと切り捨ててしまうのだ。それを悪役令嬢とその兄に利用されてしまう。スノウリリイの強大な魔力と心の闇に目を付けた彼女たちはかつて封印された邪悪な魔神を、スノウリリイを触媒にして復活させてしまうのだ。魔神の核となってしまった彼女は逃げることも出来ずそのまま魔神もろとも主人公たちに倒されるのがこの物語のエンディングだ。


プレイした時の私は、他のライバルたちは和解エンディングがあったり、悪役たち以外は死ぬまでには至らないため彼女もそうなのだろうと思い、彼女とのエンディングも回収しようと思った。私は、スチルとエンディングは全部回収しないとゲームをクリアした気にならない人間なのだ。最後の周回プレイは辛かった。何度も見たイベントを見ながら、ディーノから嫌われまくる作業ゲーだった。スチルはスノウリリイの好感度が上がってもなかなか出てこなかった。最終決戦、スノウリリイではなく悪役令嬢である自分の妹を核にしてラスボスと対峙した。戦いは今までで一番楽だった。スノウリリイが核の時に比べると悪役令嬢もラスボスも全くもって敵ではなく、何より一番の脅威だった彼女が今は味方なのだ、負けるわけがない。なんて思ってしまったのがいけなかったのだろうか。


『クソっ、これでもくらえ!!』

『?!』

『くッ・・・、ぐはぁ』


画面をこんな文字が躍ったと思ったら、スノウリリイが血を吐いて倒れていた。主人公に向けられた攻撃をかばった彼女は身体に大きな穴が開いていた。


『ごめんね。ありがとう。あなただけは・・・私を見ていてくれたね。』


満面の笑みと微かな涙を浮かべた彼女の最初で最後のスチルが画面からふっと消えた。スノウリリイは結局、すべてのルートで命を落とす運命だったのだ。








時は少しだけ遡る。私がまだ猫ではなく、魂の姿だけだった時の話だ。


「では、小娘。わしらはとりあえず何をするべきだと思う?」


ティーカップを優雅に傾けて女神は問う。白い猫足のテーブルとイス、青地に小花柄のティーセット。彼女の趣味とは思えないかわいらしい物に囲まれたお茶会が和やかに行われていた。「恋と魔法のヒストリア2」のあらすじを軽くさらった後、女神はこう聞いてきたのだった。


「もちろん、最後の魔神の乗っ取りを防ぐことです。」


「それは結果ですよ。その方法を聞いているのですよ。」


スーツを着た真面目そうな赤と黄のオッドアイの美男子、リヒトさんが私に即座に突っこみを入れた。女神様の秘書で事務長らしい。せっかくとても整った顔をしているのにずっと疲れた顔をしている。


「方法・・・。もっと早い時点で、スノウリリイを一人にさせないとかどうですか。」


「ふむ・・・。悪くはないがお前、あれの心を開くのは大変だぞ。」


でも、私がやらなきゃ主人公が現れてからじゃ遅いですよと答えると、腕組みしながらそれもそうかとうなずいた。


「それに、生まれたばかりの彼女の所に行けば周りの人間も説得できますし、そもそも乗っ取りが起こらないんじゃ。」


「あ。それはダメじゃ。お前が行くのは七歳の誕生祭だ。」


「私もその日がいいと思います。色々都合がいい。」


「な、なんで生まれた時はダメなんです?そっちの方が確実じゃないですか。」


「色々あるのだ・・・。こちらにも。」


教えてはくれないけれど、大人の事情があるらしい。リヒトさんは彼女が周りから本当の王女でないと疑われていること、実際は先祖返りで姿が家族と違うため孤立してしまうことを教えてくれた。


「七歳の誕生祭にわしもついて行って、事情を説明してやろう。その後からはお前の仕事だがな。」


「一人にさせないことと誰が一体スノウリリイを追い込んでいるか調べることですね。」


普通に考えると、悪役令嬢とその兄が犯人に決まっている。しかし、この二人が言うには悪役令嬢とその兄が動かなくとも、スノウリリイは同じ日、同じ時間に似たような状況になって命を落とすらしい。そこが女神様たち的には解せないらしい。二人はまた誰か黒幕の第三者がいると踏んでいるみたいだ。バリバリとティーセットに全然合わない魔法の粉がいっぱいかかった有名市販菓子を食らいながら女神は言った。


「恐らくわしとは敵対勢力が送り込んでいる可能性が高いから気を付けろよ。」


「敵とかいるんですね・・・。同じ神様なんですよね?」


「そうなんだがな。なんか勝手にあっちに好かれているんじゃ。」


「何ですかそれ。怖い。何か他に注意することはありますか?」


「あまりお前の世界の知識を教えるな、それはお前の仕事じゃない。たぶんあちらで一番偉いのはお前になるが力の使い方は間違えるなよ。後は、そうじゃな。お前がヒトだったことも黙っておけ。うちは秘密主義なんじゃ。もしどれか一つでもやらかしたらすぐに回収して、地獄に送ってやるぞ。」


めっちゃ注意あるし、シンプルに怖いな・・・。私が聞かなかったらもしかして教えてくれなかったんじゃ・・・。危なすぎる。


「まあ、とにかくやりすぎるなってことよ。お前の転生は他の連中とは目的が違うからな。普通にわし以外から天罰下る可能性もあるから気を付けろ。あ、お前神霊に転生させると言ったが、何の姿がいい?」


「オススメは妖精タイプです。いかにもって感じがします。」


「何がいかにもじゃ。お前の意見は聞いていない。」


確かにいいかも妖精。ティンカーベルとかかわいいよね。あ、そうだ。


「私、それなら猫がいいです。うちで飼ってましたし、好きなんですよ猫。白い美少女と黒猫とか絵になりません?!」


「でも、黒猫とかなんか不吉じゃないですか?」


「いいじゃろ、別に。不吉とかそんなの都合のいい迷信じゃよ。わしは良いと思うぞ。」


「なら、決定ですね!」


そこから七歳の誕生祭に関する打ち合わせをした。あんまり私のセリフ多くなさそうで良かった。秘書は自分の主に紙の束を手渡した。彼女はさらっと読み流すと、また彼に返して手を宙にかざした。心の準備は出来たかと聞かれ、私はうなずいた。


「では、行くぞ!十年がかりの大勝負、張り切っていくぞ!」


「「はい!!!」」

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