第2話 誕生祭

白い石造りに暖かい光が差している。古くとも美しい神殿は中にはきらびやかな貴族でいっぱいだ。今日はとても天気がいい。


「はぁ~~~。長いの。もうそろそろ飛び込んでもよくないか?」


「ダメですって。打ち合わせと違うじゃないですか。」


そんな彼らの様子を黒猫の姿をした私と美しいが待つのが苦手らしい女神は上から見ていた。私たちがこんな空から見ている目的はこのざわざわとしている誕生祭に乱入することなのだ。


それにしても、このヨーロッパの街並みのように美しい港町を実際に見られたのは感動だ。ゲームで見た景色を現物で見られるなんて生きていたら出来なかったことだろう。そう、生きていたら。




『私』は元々猫じゃない。いわゆる転生者だ。普通の女子高生だった私は、神々の過失で命を落とした。そして、ここにいる女神のおかげで紆余曲折あって彼女の眷属として生まれ変わり、しゃべる猫になった。私が希望したこの「恋と魔法のヒストリア2」という乙女ゲームの世界に、今から酷い結末を迎える予定のとある少女の運命を変えにきたのだ。目的の少女こと、スノウリリイ・フォン・アクアノーツは彼女の兄の横にちょこんと大人しく座っていた。


「あれがスノウリリイ姫・・・。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


雪のような真っ白な髪、深い海の底のような紺色の瞳は大きくて、人というよりは精巧なビスクドールのような美しい顔立ち。はぁ~???かわいい。めちゃくちゃかわいい。かわいい。大きくなっても美しいのに、ロリ時代からその片鱗が見えまくってるやん。かわいい。この腐敗した世界に産み落とされた天使か?かわいい。ええ、何あれお顔良すぎでは??生スノウリリイたん、マジ尊い。いやもうこれ・・・。


「おい、おい、お前聞いておるのか?」


「あっ、ハイ聞いてませんでした。」


女神は怪訝な顔をして、不気味なものを見る顔をしている。


「お前、聞いてないって。一応上司なんだから、無視はするな。しかも、なんか顔やべぇぞ。猫の顔でそう思うぐらい相当に。」


いくら同行してくれた女神でも幼女を見てにやけていたらクビになるかもしれない・・・。私は顔を元に戻す。話を逸らそうと別の話題を振る。


「いやー、にしてもさすが王族の誕生祭ですね。大規模だなぁ。」


「あー・・・。逆じゃ逆。これめちゃくちゃ小規模だぞ。」


まだ疑っているのか目を細めるようにしながら彼女は言う。


「そうなんですか・・・。他の人の見たことないですし。」


「まあな、普通は見たことないものじゃ。大抵こういうのは他国の重要な客なんかが来ているものなんだが、姿が見えない。本当に身内だけのようじゃな。まあ、町の方の祭りは普通のようだが。」


街は彼女の名前であるユリの花がたくさん飾られ、鮮やかに彩っている。明らかに日本にはない色の百合もあるようだ。貴族たちが彼女の誕生日を歓迎していなくとも、民には関係ないということだろう。彼女が周りから孤立しているのはゲームでは度々感じた。でも原因は作中ではよくわからなかったのだが、私は先ほど知ることになったのだ。


「まあ、あのゲームは一場面を切り取ったものじゃからな。ましてや主役でもないスノウリリイのことなぞ、取り上げんじゃろ。そろそろ時間だな。」


そういって彼女は、私をガっと引っ張って胸に抱くと、一気に下降した。


「えっ、ちょま。」


もちろん待つわけない。壁にぶつかることもなく、すっと壁をすり抜け、神殿に入り込んだ女神は人々に話しかけた。


「そして、古の四神の一人である…」


「お前、話長いな。もう出てきちゃったぜ。」


思いっきり神殿長の話をカットインしてきた謎の美少女が古の四神とかいうかっこいいんだか、恥ずかしいんだかわからない通り名の女神様だとわかると、その場は一時混乱に陥った。ここに来る前に聞いた女神様からの情報では、この異世界では神というものはもちろん存在はしているが姿は滅多に現わさないもので、現れる時は何かこの世界に異常事態が起こった時だけらしい。しかも、この四神様の一人は転生だけでなく召喚も担当する神様。彼女が姿を前回現したのは何百年前かの魔王の登場による勇者召喚の時らしい。それは何か起こるのかと、皆パニックになるのは当たり前である。しかし、この混乱は打ち合わせ通りである。でも、下降からのカットインは予定にないですけどね。




「静かに。女神様どうぞよろしくお願いいたします。」


国王だけは冷静に周りを黙らせると、こちらの言葉を促してきた。完全に神の予言でも聞く姿勢を皆取ってしまっているが、そんなものはない。女神は、彼女の有能な秘書が作った台本通りに動く。


「ああ、これの誕生日だから祝いに来たのじゃぞ。良かったなァお前たち。こんなに美しい姫君の誕生祭に参加できるなんてさぞ名誉なことだろう?」


ちょっとわざとらしいぐらい大げさな言葉を聞くとざわついていた貴族たちの顔色が変わったのを見逃さなかった女神はこう続ける。


「一体どうしたのだ?何かおかしなことを言ったか?」


何とも白々しくオーバーな振りをすると、先ほどここに入る前に見ていた辺りに目を向けた。睨まれたのはかなり小物感のあふれる貴族の中でも意地悪そうな集団だ。


「いえ、いえ、あのですね。私たちではないですけれど、スノウリリイ王女殿下は王家の血をひいていないという心ない噂が飛び交っていましてその・・・。」


その中の一人がしどろもどろになりながら声を上げた。場の空気は凍っている。え、この状態で言えるのすごいね。なんて思っていると、その男性が誰かの方をちらちら見ているのに気付いた。目線の先には少し年増だがセクシーで美しい彼よりも身分の高そうな女がいた。鮮やかで真っ赤の背中がたっぷりと開いたドレスの彼女は顔を扇で隠しながらも目は笑っていた。まるで何かを期待しているような女の顔はとても不気味だった。あの人、この女の人の指示で動いているんだ。女神のせいで出来たこの状況のように思えるが、実はこれは女神がここにいなくても起こることらしい。話通りならばこの後出る言葉は―


「なんと無礼な!貴様今何を言ったかわかっているのか!」


予定通り騎士団長が切れました。それに対して、扇の女が動いた。


「ええ、わたくしたちもそう思いたいですけれども。それにしたってスノウリリイ王女殿下は陛下に全く似ていませんわ。王家の伝統の髪色も瞳も持っていないだなんて前代未聞だわ。王妃の裏切りによって産まれた娘だなんて誰でも見たらわかることでなくて?それとも母親が人外だから、化け物が産まれたのかしら?わたくしの娘たちも氷漬けにされたことがありますもの、恐ろしいわ。」


「ガイアルドーニ侯爵夫人、私の妻と娘を侮るか。」


国王は低い声で怒りをあらわにして言う。ぴくりと肩を震わせ一瞬ひるんだガイアルドーニ侯爵夫人だったが、こう言い返した。


「あら、皆さん同じことを思っていると思いますわよ?だから先ほどから皆さん落ち着かないのだわ。偽物の王女の誕生祭なんて参加していられませんわ。国王陛下から離婚の言葉が聞けると思ってわたくしも参加したのです。・・・だから・・・良かったのです。」


最後の方は小声でよく聞こえなかった。しかし彼女の言葉は周りを動かした。王妃を非難する声はどんどん大きくなっていく。国に返せ、離婚しろ、いっそ処刑してしまえ口汚い言葉が飛び交った。もちろん、王妃を擁護する声もあるため、彼らのぶつかる声は乱闘でも起こりそうだ。場内の様子にまだ幼い王太子は身体を縮めて怯えている。隣に座る王女は、人形のような顔を更に真っ青にして、その目は何も映していないかの様に虚ろだった。無になることで一切をシャットアウトして自分を守っているのだろう。今日が来るまでも彼女はきっとひどい言葉を浴びせられてたに違いない。こんな小さい子たちには見せたくない現場だなぁ、早くここから出した方がいいんじゃ。同じことを思った人がいたらしい。二人の叔父、王弟殿下だ。二人の肩を抱くと外に出ようかと、少しぎこちない笑顔を作って笑いかけたその時だった。


「私は裏切ってなどおりません!!私は夫だけを愛しています。この子は間違いなく私たち夫婦の娘です。た、確かに私の半分は普通の人間ではありませんが、子には代々その血は引き継がれないのが我が一族。この子は少しだけ人より魔力が高いだけなのです・・・。だからっ、もう。」


今まで沈黙していた王妃が涙を浮かべて訴えた。言葉を続けたいのにそれ以上は、嗚咽をこらえるのに必死で言葉にならないみたいだ。国王は王妃の肩を抱くと吐き捨てるかのように告げた。


「今日の儀式はここで中止にする。この後のパーティーは中止だ。・・・お前たちがどんなに俺の妻が気に入らなかろうが、俺はティファとは別れない。俺は彼女を信じる。覚えておけ。」




 というここまでが私たちがここに来ようが来なかろうが起こる出来事である。この最悪のお誕生日会はこの日の主役の少女の長年のトラウマになってしまう。母親が責め立てられ、父親の子ではないなんて言われたら誰だって傷つく。この変な空気になってしまった所で終わるのが本来の歴史だが、今回は違う結末になるはずだ。


「おい、何勝手に終わっている?」


この口の悪い神様がここに立ち会っているからだ。突然やってきた神のことなどすっかり忘れていた人々は彼女のことを思い出して、我に返った。

(やばい・・・。絶対怒ってる・・・。)

という彼らの声が聞こえてきそうだ。先ほどまでばらばらだった彼らの心が急に一つになったな・・・。


「わし、これの誕生日だから祝いに来たって言ったが、何か変だったのか結局?お前たちなんか勝手に楽しそうにしてるけどさぁ、このわしが王女の誕生日来たっていうのが一番の証明じゃないのか。」


この場で一番偉いのは間違いなく彼女だ。しかも彼女はこの世界でトップクラスに偉い神様、そんな存在がわざわざ出てきて「スノウリリイ姫は王女」と言えば確かにそれは証明だろう。


「しかし、スノウリリイ姫は全く陛下に似ておりませぬ!!髪色だって目だって何一つ受け継いでいませんわ!!」


ガイアルドーニ侯爵夫人が必死に訴えかけた。女神はそれを見て、フンと鼻を鳴らした。


「ああ、そうだな。でもこれは、母親にも似ておらぬだろう?」


「それは・・・。え・・・、確かにそうですわ?」


人々は小さな姫君と彼女の両親たちを見比べた。彼女の父親は、王族の特徴である湖のような水色の髪に青空のような澄み切った瞳の優しそうな顔をした美男子、母親は小麦のような黄金色の髪と緑色の穏やかな瞳のどちらかというとかわいらしい印象を受ける。兄である王太子が彼らの特徴を色濃く残すなか、王女はその二人の特徴を何一つ受け継いでいなかった。二人は共に美しい顔をしていたが、スノウリリイ姫は他の人間とどこか美貌の種類が違うように見えるのだ。最初私も彼女が人形に見えたように、どことなく人ではないようなどちらかと言えば女神よりのような。どこからともなく老人の大声がした。


「やはり、人外の嫁から産まれたから化け物なのではないか!!」


「たわけ、そんなわけあるか。前国王は気づいてたくせに誰にも言ってなかったんじゃな・・・。いいか?よく聞け。一度しか言わないぞ。これはちゃんとこの二人の子どもだし、人間だ。これはただ・・・先祖返りを起こしてしまったのだ。」




先祖返りとは、この世界の国「神聖8か国」の王族の血を引くものだけにごく稀に起こる現象だ。かつての「神聖8か国」を建国した初代王の姿で子供が産まれてくることらしい。『神の愛し子』なんて別名があるだけあって、彼らは生まれつき桁外れに魔力が高く美しい容姿をしている。


「お待ちください女神よ。それはおかしい。王女がこの国が『神の愛し子』ならば水色の髪と蒼の瞳のはずです。そもそも、初代王は男性では?」


「あー、ちゃんと記録は残しておけよ国王。あ、今のじゃなくて、当時のこの国には確か王女の先祖返りもいたはずだぞ。まあ、スノウリリイはこの国の先祖返りじゃないけどな。」

「この娘はリオート帝国の先祖返りなのじゃ。」


一部の貴族たちが納得したような声をあげた。


「この国の初代王と、かの国の初代王は兄妹でしたな。しかし、いくら何でも血が遠すぎるのでは。もう何代も経っていますぞ。」


「ああ、わしもそう思うよ。だが、この国には幾度かリオートの娘の血が混じっている。そう不思議じゃないさ。まあ、おおかたあの創造(クソ)主(ジジイ)のいたずらだろうよ。こっちとしちゃ堪ったもんじゃないけどな。」


おかげで一つ仕事が増えちまったじゃないか、女神はぼやいた。ここまで丁寧に説明されて、さすがに異議を申し立てる人間はいなかった。うーん、これで王妃の疑惑も解けたし一応は一つの壁が崩れたと言っても過言じゃない。女神サマサマである。


「すまなかった。お前たち二人には辛い思いをさせたな?」


「いいえ、そんなことは・・・。私たちがもっと自信を持っていれば良かったのです。」


「本当に、ありがとうございます。」


二人は何度も頭を下げている。そろそろ、私の仕事かな。そう思い女神に目を向けようとすると意外な方向から声が上がった。


「あの、女神様、今回はありがとうございました。少し質問してもいいしょうか?」


そう尋ねてきたのは王弟殿下だった。


「構わんよ。わしの言える範囲ならな。」


「あ、ありがとうございます。女神様はこの世界のことを見守っていると聞いています。もしかして俺たちの真ん中の兄弟の居場所を知ってたり・・・。」


「バカ!なんだその口調は!大体あいつは勝手に出ていったんだぞ。何の返事もよこさない辺り俺たちのことなんかどうでもいいんだろ。あいつはもう死んだんだ。いい加減諦めろ。」


王弟殿下を注意したけどこっちの口調の方が大概じゃない?この王様ちょいちょい素が出てしまうようだ。どちらもだいぶ動揺しているようだ。彼らは三人兄弟だったけど真ん中の兄弟が行方不明だから、何でも分かってそうな女神に頼ったわけだ。


「んー、生きているぞ。お前の兄は。でもどこにいるかはちょっと今わからんな。」


「な?!」

「本当ですか?」


兄弟は仲良く声をぴったり合わせて別のことを言った。女神は何かいいこと思いついたと言いたげに、ニヤッと笑うと、国王に手を出すように指示した。


「うむ、そうじゃ。じゃあ、行くぞ。そ~れ。」


国王と手を繋いだ彼女はゆるゆるな掛け声をかけた。その瞬間、彼女と国王の下に魔法陣が現れ、その場はまぶしい光に包まれた。


「‘‘うぐっ‘‘」

「イッタ!!!」

「ひっ!」


一部でだけ悲鳴が上がった。少しずつ目が慣れてくると、声を上げていた人間の正体がわかった。国王、王弟ルカ、王太子アルベルト、王女スノウリリイ、前国王の弟で現国王の叔父にあたる大公、大公の娘のカロリス公爵夫人の六人だ。全員苦しそうに左胸を抑えている。彼らの様子を見て、騎士団長は慌てて女神を問い詰めた。


「一体何をしたのですか!?」


「ちょっとしたまじないをかけた。前にもこの国は似たようなことで揉めたからな。こいつらの胸には今、この国の紋章が入っている。この国の王家の男の血が入っていればこれが浮かび上がるようにした。一応普段は見えないようになっているぞ、魔力を使っているときだけこの紋章は出てくるようにしておいたから安心していいぞ。あ、ちなみにわしのまじないにかかったのは10人おったぞ。そのうち8人この国から反応していた。」


後はわかるな?そう言って彼女はぱっちりとウィンクをした。彼女の言葉を理解したものから動き出す。またしても会場は慌ただしい様子になった。


「いやはや出血大サービスじゃ。まあ、慰謝料代わりぐらいにはなったかの。ではわしはそろそろ、帰るとするか。おい、王女よ。」


突然声を掛けられた王女は大きく肩を震わせた。この怒涛の展開に混乱していたようだ。大きな瞳を極限まで開いて不安そうにこちらを見つめた。今度こそ私の出番だ。


「お前にも迷惑をかけたからな。わしからのプレゼントだ。受け取るがいい。生まれたばかりの黒猫の神獣じゃ。かわいらしいだろう?お前をこれからきっと助けてくれるから仲良くしてやってくれよ。」


そっと『私』の身体をスノウリリイに手渡す。恐る恐る受け取った彼女は固まってしまっている。彼女の手はどことなく冷たい。


「こんにちは!あなたに会えるのを楽しみにしてたんだ。これからよろしくね。」


にっこり笑いかける。私がしゃべったのを見て、またびっくりしたのか肩をぴくりと動かした。少しだけこくりとうなずくと彼女はきゅっと私の体を抱きしめた。彼女の胸はとても暖かかった。

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