第16話 ゴルバドム共和国

ゴルドバム共和国に入ると、首都はすぐそこだった。むん、とした熱気と、雑多な雰囲気に、サーリアとは違った異国情緒を感じる。ここは職人の街、という空気だ。

パツン、と気候が変わったのは、サーリアの土地ではなくなったかららしい。神の選別はここまで露骨なのか。


石畳まで真っ白のサーリアの首都とは打って変わって、赤煉瓦のような石畳が敷かれ、しかもそれは歩道だけで、大通りは土のままだ。


重たそうな荷物を引いて通りを歩くのは牛と馬の中間のような動物で、馬よりも大きく力強そうだ。

難なく鉄くずの山を引き歩いている。

重さのためか荷車はギシギシきしむ音が聞こえるが、壊れる気配はない。

中央の道は、土のままなのは、この荷物のせいですぐ傷むからだろう。



「とりあえずギルドに顔を出そうか。支部は全ての国にあるけど、本部はここにあるんだよ」


「門兵にアスリリーリャの入国だけ伝えておこう」


ガルデルがそう言って離れた。



「なんで本部はここにあるの?ギルドはどこの国の組織でもないんだよね?」


啓太はあちこち見回し、興味津々だった。これ程街の雰囲気が変わると思ってもみなかったのだ。

ろくに海外旅行などした事もない彼にしてみれば、全てのものは新鮮に思える。


「ゴルドバム共和国は君主制をとっていないからさ。ここは何もなくても5年に1度、トップの貴族が入れ替わる。

僕らとしては権力の強い王室や皇室、信仰のあるサーリアよりも、元首の首がすぐ取って代わるこの国はやりやすいんだ」


「現に今も、最高議長は解任されそうなんです。去年も1度解任があり交代しているので、もしそうだとしたら、2年連続になってしまいますね」


ルチアは、議長が変わると共和国の内政が一時的に荒れ、国境付近が物騒になる、と眉を寄せた。

サーリアに移住しようとするゴルドバムの民が、さながら難民のように移動してくるのだそうだ。


女神の審判、という女神サーリアからの選別にかけられるため、選ばれる者とそうでない者でかなり悶着あるらしい。


「そういうのは、皇国にもやってきますのよ。まあうちは移民には寛容ですから、そうしてスラムが増えるのですけれど‥」


「皇国は城壁の外に街を作っているのよね?」


「そこがスラムですわ、お姉様。保険制度にも入れないですし、常夜とこよの我が国では、衛生面も悪くなりがちですのに‥‥」


「皇国はずっと夜なの?!」


啓太が、えっ!と驚くと、また綾に睨まれた。


「他国の勉強くらいしておきなさいよ。あんた1年ずっと剣振ってたの?」


呆れてものも言えないわ、と大袈裟にため息をつく綾に、啓太は何も言えなかった。

剣振って筋トレして、あとは夜会に出て、ロイヤルファミリーとお茶したり、1年がそうして終わったのは事実なんだから。


「綾様、申し訳ない。ずっと剣を振らせたのは私です」


戻ったガルデルが、ガバッと頭を下げるので、綾は不満そうに目を細めた。

彼のやり方には不満がある、とこぼしていた彼女が、ガルデルを認めるにはもう少し時間がかかりそうだ。




ギルドの建物は、ゴルドバム共和国の他の建築物と随分ちぐはぐだった。

どこもかしこも、茶色っぽい印象のゴルドバムの建物だが、ギルドのモルタル塗りの壁は、目が覚めるほどの青色に塗られていて、屋上からは色とりどりの花が垂れ下がっていた。

蔓の植物がいくつか伸びて、外壁に緑のアクセントをつけている。とても大きな建物だった。


扉は木製で、こちらは白く塗られている。

中に入れば今度は、受付までレッドカーペットが走っていた。



「まあ! ウェイン! お帰りなさい! アスリリーリャはもういいの?! さみしかったわ!」


受付の女の子は、くりくりと可愛らしい目を瞬いて、キャーっとほっぺを抑えた。


「まだまだ、こちらアスリリーリャの2人だよ。ギルドマスターは仕事中なのかな? ティブルが来たと思うんだけど」


気にも留めないウェインに、もう1人の受付の女の子も、はぁーっとピンクのため息を漏らした。

くいーっと、大きくV字に開いたトップスの胸元を寄せている。


「「マスターは、議会長に呼ばれてお出かけ中でーす」」


キャハハッと嬉しそうな2人に、ベルの顔がひどく歪んでいる事にガルデルは気付いた。


「そう、じゃあマスターの部屋で待ってよっかな!」

「えー! なら、お茶を入れに行ってもいい?」


ベルの口がへの字に曲がっているので、ガルデルがウェインの肩を叩いて、早く、と急かした。

なんのことやら、とベルを見たウェインは、ひっと小さく息をして。


「お茶はいらないよ、さぁみんな行こう!」


と、皆を誘うのだった。





「ったく、なんですのあれは! 同じ女性として気分が悪くなりますわ!こびこびこびこび、くねくねくねくねとっ!」


耐えがたい、とベルはマスターの部屋の扉を閉めた途端小声ながらに怒声をあげた。


「ウェインがモテるからって、ひがみはよくないよ?ベル?」


優しく微笑み肩を叩いてくる啓太に、ベルは不愉快そうにまた口元を歪めている。

スパンと2人の間を割ったのはガルデル。


「俺もあれはキツかった。確かに、見てるのがつらかった」


「いいじゃない。素直で可愛らしくて、羨ましいけど?」


軽くそう言った綾に、啓太は目を剥いた。


「え、意外。綾はあの手の女の子は、嫌いそうなのに!」


啓太の言い分に、「はっ」と彼女は肩を竦めた。


「なんだよ、怖いな」

「あんたは自分の剣のことだけ、考えてなさい。あとルチアの事」

「なんっ!なん!!? 」


なぜそれを言う、と啓太の口がパクパク動いた。

ベルとガルデルがニヤッと笑っていたが、ルチアは首を傾げた。


「私の心配をなさっている場合では、ありませんよ?啓太様はアスリリーリャなんですから」


キョトンと頬に書いてある。

ルチアは不思議そうにするばかりで、ウェインが「甘酸っぱいねぇ」と微笑んでいた。




「すまない、戻った」


キィっと蝶番が擦れる音がして、入ってきた声の主は小さな男の子だった。


「マスターお帰りなさい。議長はなんて?」

「ああ、大した事じゃないさ。解任騒ぎの件でつまらない愚痴さ。あいつはもうだめだな」


啓太は頭の上に、はてな状態だった。

周りを見回してもなんのリアクションもないので、これはよくある事なのか?! と、自問自答するばかりで、綾ですら平然としている事に、口をつぐまないわけにいかなかった。



「ギルドマスター、お久しぶりです」


にこっと微笑むルチアに、マスターは手の甲へキスをした。


「法帝、残念だったね。彼は素晴らしい人だったよ」


「もったいないお言葉、サーリアのほまれです」


ルチアは腰を落として頭を下げ、すっと下がった。



「君は皇国の天才公爵令嬢だね。会いたかったよ、活躍は方々から聞いているよ。ティブルもあわやのところを君に救ってもらったそうだね、ありがとう」


「光栄ですわ。私ではなく女神の導きですけれど、マスターからお言葉をいただけて、嬉しいですわ」


「君のような素晴らしい人物が、皇国の女子として埋もれてはもったいない。ギルドはいつでも歓迎する、君を公爵家から守る事も、私には容易いからね」


「ありがとうございます。この身に余るご配慮ですわ」



次に出たのはガルデルだった。

彼は男の子の前に跪き、顔を上げないままだ。


「王国の騎士よ、其方そなたの名を聞く」


「ありがとうございます、私はイル王国騎士団団長、ガルデル・ピアソラでございます。マスターにお目にかかれた事は、人生最大の喜びです」


「ピアソラ家か。騎士になるのは大変だっただろう、私は其方の祖父が振るオーケストラをよく聴きに行った」


ほう、と彼は軽く目を見張り、懐かしそうに細めた。その仕草はとても小さな男の子とは思えない。


「ありがとうございます。1度は勘当された身ではありますが、今では父も騎士である事を認めてくれています」


「そうか、では励まねばならんな。お父上に応えるためにも」


「精進いたします」



啓太はどういうことかと見回して、ついに綾と目があった。

彼女も首を振ったので、彼はよかったと胸を撫で下ろす。まさかわかっていないのが、自分だけだったら、いくらなんでも悲しいではないか。



「さて、アスリリーリャのお二人、はじめまして、私はギルドマスターのリツだ。よろしく」


どこからどう見ても、5歳かそこらの男の子だ。

服装は革靴に短パン、ベストとネクタイで、どこかの私立学校の制服さながら。


「リツ、よろしくね。綾よ」

「けっ啓太だ! よろしく!」


にこりと、リツは笑顔を返した。子供らしからぬ笑みだった。




マスターとの話が終わった後、共和国の貴族が経営している宿に案内をしてもらった。

アスリリーリャに手を出す人はいない、と考えるのが常識だが、いつ魔族の襲来があるやもしれないので、極力まとまっていた方がいい。大人数が寝泊まりできるのはスイートルームがあるようなホテルしかない。

もちろん資金はその国が持つのが、アスリリーリャを助力しなければならない各国の決まりでもある。


「あのさ。マスターって何歳なの?」


啓太の質問に、ベルは頷き、よく我慢しましたわね。と褒めた。

歳下にその様に褒められるのは、いささか不本意だが、ベルが自分より教養も常識も持ち合わせているのは、紛れもない事実だ。


「ほんと、あの場で突っ込むかと思ってたけど、啓太が何も言わないから逆におかしかったよ」


ケラケラと笑うウェインに、ムムッと啓太は顔をしかめた。


「え、で、何歳なの?どう見ても幼稚園児なんだけど」


「何歳なんだろうね? マスターはハルが体の中を通過し続ける病気でね、歳を取れないんだ」


「歳を‥‥とれない?」


綾がおうむ返しに言い、啓太も息を呑んだ。


「ハルが体を巡る事で体は満たされ、そして満たされる事で、人の体は代謝し、傷を治し、成長し、また老化します。

ハルが通過し続けて体を満たさないとなると、小さな赤子の頃は良くとも、ある程度大きくなれば体を満たすハルが足りなくなるのです」


「それで、いっときを境に体の成長が止まってしまいますわ。生きるために、体を動かす事を優先するんですのよ。体の神秘ですわね」


「結果として老化する事をやめた体で、100年以上生きてるのがマスター!」


実はおじいさんだよ、とウェインが言った。

100年以上、周りはみんな死んでいくその孤独を思うと、啓太は胸が締め付けられた。

40歳過ぎたガルデルの祖父の話をしていたのだ、死別など嫌になる程経験しただろう。


身近な人が死ぬ、啓太にはまだわからない事だった。想像だけでは、追いつかない領域だ。

体を巡るハルをどうこうする事は、人間には今のところできないので、マスターの病気も治らないらしい。


「結果的にいろんな国で顔がきくんだから、ギルドマスターは天職ね。逆にリツの後継者は苦労するわ」

「サブマスターは僕だから、じゃあもしかして、苦労するのは僕かな?」


あはは、と軽く笑うウェインに「お誂え向きだわ」と綾は嫌味を返した。




「みなさーん!!」



突如バンっと開かれた扉に、ガルデルはピッと剣を構えた。

が、そこに現れたのはティブルだった。


「なんなんですの! 驚きましたわ! そんな子供みたいな事はおやめなさい」


「驚かせたかったんだから、成功なんだけど?」


ベルリア女史はおもしろいなぁ、とティブルは独り言のように呟いた。

彼は先ほどまで、そこに居たかのように当たり前にソファーに座り、さて、と両手を組んだ。

重々しくしているが、特に用事もないらしい。


「ごめんね、ティブルって空気読まないっていうか、読めない人でさ」


ウェインの言葉に「そりゃないぜ、相棒」と返してニカっと八重歯を見せた。



その日の夕食は凄まじかった。

ゴルドバム共和国から使者が来たかと思うと、最高議長に食事会に誘われた。

議長が失脚寸前でも、アスリリーリャに関わり合いのない事なので、共和国からの誘いを下手に蹴らないほうがいい、とガルデルがアドバイスをくれたので参加する事になった。


一国だけに贔屓ひいきしていると思われるのは、不和の元になるのでよくないらしい。


ゴルドバム共和国のフォーマルな食事スタイルはとてもおもしろい物だった。ただベルが、ニコニコはしていたが、ぴくりとも動かない表情だったので、おそらくそれは無意識に拒否を示していた。公爵令嬢スマイルというやつだ。


その要因は、料理ではなく共和国の貴族にあった。


『オルレイ〜ヤッ!タアーーリタッ!!ホディリヒリアヒリヒア〜ッ』


南アフリカあたりで、部族の歌として歌われていそうなメロディで、議会の貴族たちが歌う。パン、パン、と手拍子までつけて。

その真ん中には、浅い鍋に煮えている豆のスープや、肉を丸焼きにした物、果物はカットされて草の葉の上に飾られている。


向こうでは料理人が、肉を丸焼きにしている最中だ。なんの肉かはわからないが、これはまさにバーベキューだ。


けれどそれを囲む貴族の衣装は、竹のような物で出来た悪霊の仮面を後頭部につけ、上半身は裸で下は大きな紅葉の葉のようなものをつけているだけなので、ちょっと角度が違えば大惨事だ。


『オルレリーイア〜イアッ!!』


ウイスキーに似た飴色のお酒で乾杯していた貴族らの歌は、どんどんと盛り上がっていく。


『ヒーリヒリヒリアーッ!ノッ!』


手拍子が拍手に変わり、歌は終わりを告げたのだとわかる。

貴族らが食事に手をつけたので、いただきますのようなものだったと啓太は自分を納得させたが、ベルは食欲をなくしている。

なんせ貴族らは、まだ葉っぱ1枚なのだ。


「ご参加頂きありがとうございます。私は最高議長のゴルゴルです。先程はアスリリーリャへ奉納の歌を披露させていただきました。我が国の古語の歌でして、アスリリーリャをたたえる歌として古くから口伝されています」


「まあ、どうもありがとう。この葉っぱは衣装かしら?それとも普段から?」


綾の言葉に最高議長は、手を叩いて大笑いした。


「はっはーっはっはっはーっ! はー、ふひっ‥‥、いや、おもしろい冗談をおっしゃる。ふひひひっ」


何がそんななにツボに入ったか不明だが、最高議長は笑いを堪え続けていた。

そしてひとしきり悶えたあとは「んっあーっと」と息を整える。


「武器の提供と、剣術のための道場ならお貸しできますので、いくらでも。食事はいつもこんな感じですけど、夜はここで同じ時間に食べてますから、いつでもいらしてください」


なんと驚いたことに、彼ら議会の人間はいつでもここで葉っぱ1枚でバーベキューをしているらしい。

歌を歌い、酒を飲み、1日の終わりを祝うのだそうだ。

最高議長が失脚寸前とは思えないほど、他の議員と盛り上がっていることが不思議でならなかったが、これにはルチアが答えをくれた。


「議員らは皆、上流貴族ですから、他に仕事があったり領地が潤っていたり、余裕のある者たちばかりです。解任されても痛くも痒くもない、のが必死さをなくしてしまいよくないのでしょうけどね」


「ゴルドバム共和国は、それぞれの領主たちが寄ってできた同盟国だからね」


「刀鍛冶が盛んとは思えない、のんびりした、国ですのよ。いいことですわ」


はあ、と大きなため息を吐いたベルは、うんざりした顔をしている。

確かに彼女はのんびりした性格ではないし、庭に後座を敷いて食事をするなど、ダンジョンでもないのだから勘弁して欲しい、と顔に出てしまっている。


しかし議員たちは、そんな顔色伺いすらしていないので、気付いてすらいないようだ。

最早、アスリリーリャすら視界に入っていないのでは?というほどに酒盛りが絶好調なようだ。




その日は早めに退散した啓太らであったが、ルーフェル鋼で1番と言われている工房を教えてもらえた。

癒着でないと信じているが、ウェインにアスリリーリャに紹介するのに下手な事はできないさ、大神様の怒りを買うからね、と笑われた。


この世界の神様とは、常に上から見ているものなんだろうか。

世界を作った神なら、自分たちは米粒以下。やりとりなど見えるはずもないのではないか。

けれど確かにサーリアの声は聞こえたし、大神様とやらもいるのだろう。

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