第14話 南門では
綾とウェインは、真っ直ぐ南門に向かった。
時折、猪突猛進と襲いかかってくる魔物を斬り伏せながら。
街に入り込んだ魔物は、狼型のベスティアと、形だけはカンガルーのカングローという魔物が多い。
空を占拠しているのは、アルコンばかりだ。
「綾は研究者なのに、走るのが速いね! 持久力もある!」
「趣味はマラソンなの!」
「え?なに? マラソン?」
「ながーい距離を走る競技よ!」
「マラトーンみたいなやつかな? ゴルドバム共和国にそんな競技があるよ!」
「もう! 今はどうでもいいでしょ!」
綾が躱した魔物に、ウェインが矢を撃ち込んだ。
走り続ける今も、魔物は飛びかかってくるし、南門が近くなれば悲鳴やら怒声やら、魔物の声やらで騒がしくなってきていた。
「ごめんね、君と話すのが楽しくて」
さらりと言ったウェインに、綾は目をむいた。
いちいち爽やかすぎる。おまけにキザだ。
生半可な顔面では、言ってはいけない台詞ではないだろうか。
南門にたどり着いた時には、住民はほとんど避難した様子で、聖騎士団が懸命に戦っていた。
ぴたりとしめられた門は外側から攻撃され、ドーンと規則的に門を叩く音がしている。この分だと、いつ破られてもおかしくないだろう。
門の上では魔法使いと弓部隊が、外に向かって必死の形相で攻撃を繰り返している。
「どっち?! こういう時どっちに加勢すればいい?!」
「門だ!上に上がろう!」
2人は遠距離攻撃の方が得意だ。
階段目指して走り出すが、遅かった。衝撃に耐えぬけず、堅牢な南門の大扉に、大きな穴があいた。
そこからわっとベスティアとカングローが飛び出してくる。
「迎え撃つよ! コンティーオ!!」
ウェインが1度、弦を引き絞り放った。
そこから飛び出した矢はまるで機関銃のように、ダダダダダと連続して弓から離れていき、弧を描いて魔物を追随し撃ち抜いた。
「いい技あるじゃない!」
「ここはダンジョンと違って、全力出しても大丈夫だからね! コンティーオ!」
「なるほど‥‥じゃあ私も。ベンティスカ」
それはそうだと頷いた綾は、ダンジョンでは出番のなかった魔法を放った。
綾が詠唱してから一拍置いて、空からパキッと音がした。急に冷気を感じた聖騎士たちが上を見て「ヒッ」と小さく肩を震わせた。
空中では、鋭利な氷柱が過分すぎるほどの数現れ、キリキリと地面を狙う。
そしてそれは自動的に魔物を撃ち抜いた。
聖騎士が「助けて!」と頭を抱えたり、冷静に盾を上向きに構えたり反応は様々だったが、魔物を貫いた後は、やや静寂があった後、ウワッ、っと聖騎士の歓声が上がる。
「戦俠の聖女様だああああ!」
1人の聖騎士が叫んだ瞬間、
ウォォォォォオオオオ!
と、またさらに場が湧いた。
「戦俠の聖女ってなに?!」
「弱きを助ける、とっても強い聖女だよ。この国の伝説、初代法帝の枢機卿、レジーナ・ミゲイルのことさ」
「そんな大仰な‥‥」
「呼ばれてしまったモノはしょうがない! 士気も上がってるし、よくやった綾!」
ウェインは近くの木箱に飛び乗ると、スゥっと息を吸った。
どこに持っていたのか、黄金の剣を天に掲げ、優しげなウェインとは思えない威厳と、まるで万の軍を率いる将の様に、声高に咆える。
「聞け! 聖国の騎士よ! 戦俠の聖女は舞い降りた! 最早この国に負けはない! 貴殿らと聖女の力があれば、魔物の群れなど取るに足らん!!
さあ、剣をとれ! サーリアを穢す魔物を共に打ち払おうぞ!」
ウォォォォォオオ!!
戦俠の聖女!レジーナァァァ!!
最強の戦士ィィイイ!!
耳がウォンウォン痛むほど、聖騎士たちが湧き立った。
綾は自分の中で、戸惑いよりも、高揚し奮い立つ気持ちが勝っていることに気付く。
目の前の彼は、あのウェインなのだろうか。
散り散りに盛り上がっていた彼らを、いとも簡単に団結させ、士気をさらに押し上げた。これほどの威徳を見せつけられる事は、人生において何度もないだろう。
「さあ、やろう綾!あの大穴から腕を突っ込んでいるやつを始末しないとね」
ウェインは唖然とする彼女の手をとった。
門前まで走り出ると、鉄製の門をねじ切ろうと手を突っ込む大きな手が見えた。
「これはなんて魔物‥‥?」
「随分と、大型だね」
ウェインはいつのまにか、先ほどまで持っていた黄金の剣をまたどこかにしまっていた。
かわりにいつもの弓を持ち、また弦を引く。
彼が手を放つと、ピィィーン、と高い音が鳴り、太い矢が魔物の腕を切り裂いた。
モォォオオオオォ!
と雄叫びが響いた。
赤黒い血が飛び散って、鉄の門を汚し、今度は反対側の手が怒りに任せて門を破壊した。
応戦しようとしていた聖騎士が、これは任せたほうがいいと判断し、さっと剣を引いていく。
そして彼らは、ベスティアたちの撃ち漏らしがないようにと散っていった。
「わお‥」
「なにこれ‥‥」
そこから現れた巨体の魔物。
角を生やした牛の頭と、門ほど大きな体はしっかりと二足歩行で、猿のような手をしている。
「見たことないな、キメラかな‥」
ウェインが小さく呟いて、一瞬の焦りに表情が陰る。
「ムンド!」
最上位の地属性魔法。綾が唱えたそれは、牛の魔物を押しのけた。魔物は怯んだように戸惑いの声を出す。
ハッとしたウェインが、すかさず矢を放ち、そのまま左から回り込んで飛び上がった。
「ビエント」と綾の魔法がさらに彼を持ち上げると、彼の弓は金色に光りすぐに剣に姿を変える。
「変形した‥‥っ!」
驚かずにいられなかった。キラキラと金色の粒が舞い、弓は剣に姿を変えたのだ。
黄金の剣は、牛の首目掛けて振り下ろされる。
ザンっと落とされた首は、ごとりと地面に転がった。
歓声が上がる、けれど言い知れぬ不安が綾を襲う。これで終わりではない、何か来る!何かある!
彼女がハッとした時にはもう遅い。
頭を切り落とされたはずの巨体が、千切れていない方の手を大きく振り抜いた。
その手はウェインを地面に叩きつける。頭は黒く霧散していくが、体は先ほどと変わらず動いている。
「ウェイン?! 」
駆け寄ろうにも、暴れる巨体の足元になど行けない綾は「レランパゴ」と唱えた。
天から落ちた雷が、魔物を貫いて離さないうちに、ウェインの元へ駆け寄る。
「さすがに今のは痛いなぁ‥」
むくりと起き上がった彼に、綾は信じられない、と目を剥いた。
「ウェイン、本当は人間じゃないのね?」
真顔でそんな事を言う彼女に、あはは、と苦笑いした。
「僕はハルの操作が得意なんだ。矢にしたり、体を守る盾にしたりね。さて、あの暴れ牛は‥‥どうすればいいのかな?」
首が落ちても死なないんだね、とため息をついた。
綾の雷を受けてもまだ倒れず、ダンダンと足を踏んでいる。さすがに顔がないので、目は見えていないようだ。
「エクスプロージョン」
ドウッっと魔物が爆ぜた。
綾もウェインも、痛いほどの熱気を頬に受け、爆発音に騎士の目も引く。
けれどそこには元気そうな魔物がいる。
「炎属性はダメみたいね」
ため息ひとつ、綾は肩を落とした。
「じゃあ氷だね」
ウェインがつがえた矢は、パリパリと凍っていく。その手が凍り、羽が凍るその前に、ウェインは弦を放った。
パン、パン、パン、と小気味よく5本の氷の矢が魔物を貫いて、呆気なくそれは霧散した。
「おかしい。こんな風に魔物が消えるなんて見た事ない‥‥」
「でも氷属性は有効だったみたいだけど」
「うん。そうらしい。でも、キメラだとしても肉体は残る‥」
ウェインが言い終わるより前に、門の近くでどよめきが起こった。
「5体でたぞーっっ!!」
門の上の聖騎士が、こちらに向かって叫んだ。
どうやら同じ魔物があと5匹もいるらしい。
「門の中に入れてやる必要はないわ。走るわよ!」
だっと駆け出し一気に門の上まで上がると、聖サーリア公国の首都が見渡せた。教会を中心に、ぐるりと美しすぎるほど完璧な円形で、首都を囲む外壁が築かれている。その壁を含め、町のすべてが白い。
聖サーリア法国、聖と冠する女神の国。治癒を司るにふさわしい美しさだ。
そんな国を侵略しに来る魔物は、酷く汚らわしく見えた。
「いくよ‥!」
ウェインが弓を構える。
引き絞った弦を放てば、また氷の矢が今度は何十本と飛んでいく。
「ベンティスカ!」
そして綾も、再び無数の氷柱をお見舞いした。
あっという間に牛の魔物が霧散したが、彼らの背後にザッと現れた影が、唐突に言った。
「何だお前たちは」
そこにいたのはダンジョンで見た、白い羽の生えた褐色の肌をした人と言っていいのかわからない、魔族だった。
ウェインはサッと綾と魔族の間に入る。
「これほどハルを使いこなせる者が、人なのか?見た目はどう見ても人だが、お前たち何かに先祖返りしているんじゃないのか?」
冷たい目だった。
まるで汚いものとでも言わんばかりに、こちらを見つめる目は冷ややかだ。
その背の羽は、キラリと光を反射して煌めき、艶やかな褐色の肌に銀色の目、ツンと尖った鼻をしていて、まるで人形のようだ。ダンジョンでちらりとみた時よりも、今この近くで見る姿はとても美しかった。
「あなたは‥?」
「‥‥お前の瞳の色は珍しいな。暗い色だ、寛人と同じだ。アスリリーリャの血を引く者の子か?」
声からすると男性、なのだろうか。
寛人、という名前に綾の眉がぴくりと動いた。
目敏くそれに気付いた彼は「ほう」と興味深そうにして、顎を撫でた。
その魔族の男が何か言おうとした、そのすぐ後に教会から光が立ち昇る。
「今度は何!」
「教会の最強魔法だ」
「む、いかんな、これでは私も焼かれてしまう」
男はパッと軽々飛び上がり、そのまま飛び去った。そしてそのすぐ後に、首都は光に覆われた。
「女神サーリアの加護だ!!」
聖騎士の声がする。
綾には光で何も見えないが、ウェインが右手を握っていてくれる事はわかった。
その光が消え去った時、魔物はすべて消えていた。
「素材を取らずに消してしまうなんて‥‥」
信じられない、と目を見開くウェインを綾が小突いた。
「「おつかれ」」
パン、と手を叩きあった彼らが互いを労う言葉は、同時に飛び出した。
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