第12話 魔族の凶襲

「きた!!」


ウェインは弓術士だけあり、目がいい。綾にとってしてみたら、彼の言う方角にはまだ見えない。


「とにかくみんなと合流しよう」


教会に戻らないと、と言ったもののここから見える教会にはすでに飛行系の魔物が群がっていた。

中に入るためには、扉に突進している魔物も全部薙ぎ払わなければならない。


「これは本当にやばそうだ…」


「どうしよう、どこを守ればいいと思う?」


「まずは教会だね。けど聖騎士団本部も教会だから、僕らがいかなくても人手はあるはず。となると‥門だ!常時開放している門は南!」


2人はばっと駆け出した。

綾は大学の制服をまくり上げ手に持つ。裾が長くて走っていると捌けない。


「君には冒険向きの服が必要だね!毎度スカートをたくし上げられてると目のやり場にこまるよ!」


「悪かったわね!おばさんが足出して!」


「綾がおばさんなら僕はどうなるのさ」


軽口を叩いていても、悲鳴と共に逃げ惑う住民たちの声に、嫌な汗が伝う。

啓太たちは大丈夫だろうか。ウェインは教会を見上げた。ここから見ても、魔物が窓を破って侵入しているのがわかる。中もさぞや大混乱だろう。





「ラーヨ!!」


腕に傷を追ったルチアは、啓太に抱えられ庇われながらも光魔法を放つ。それは鷹のような魔物、アルコンを何十匹といっぺんに撃ち抜いた。


「申し訳ありません啓太様。私も戦えます、枢機卿ですから」


「クラル」


ベルの唱えた呪文は、ルチアの血塗れの腕を癒した。


「ありがとうございます。とにかく聖下の元に行かないと‥」


ルチアは窓を破って、今も侵入しようとしているアルコンを恨めしそうに見た。


「露払いは致します。案内してください」


ガルデルが扉を開けた。

殿をティブルがもつ。


「俺も露払いなんでよろしくっと!」


くるり、剣を曲芸の様にまわしてティブルはアルコンを切り伏せた。


「行きますわよ!私はノチェブランカを使えませんが、精一杯退けて見せますわ!」


走り出した後は、法帝の部屋は近かった。

幸いにも特別来賓用の宿泊棟と隣り合って法帝の部屋がある。もちろん執務用とは別の寝所だ。

法帝は所帯を持つ事が許されない。それは全ての国民に平等でなければならないからで、それ故に枢機卿や神官と違い教会から出る事も殆どない。

生活するためのものは全てここにある。



「ご無事ですか!聖下!」



部屋に入ってすぐに目に入ってきたのは、ベッドに横たわる法帝と思しき老人に、中年の男が殆ど馬乗りで首元に両刃の短刀を突き刺し、それから引き抜く所だった。

勢いよく上がった血飛沫に「うわ」とティブルが顔をしかめる声が聞こえた。


護衛の聖騎士は皆倒れ、呻いている。


「バッシェルン卿、あなた何を‥」


ぐらり、一瞬ルチアの足元が揺らいだ。

踏みとどまるのにそれ程はかからない。


「猊下!騎士は魔法ではない毒でやられています!口元をお隠しください!」


バッシェルン、とルチアが呼んだ男も、口元をマスクのようなもので覆っている。

ルチアは、袖をマスク代わりにしながら駆け出した。傍目にはあまりにも無謀な行いと思われたが、相手をよく知っているルチアは、彼がみっともなく逃げ出し、啓太らが捕まえてくれるであろう事まで分かった上の行動だった。


「レフリヘリオン」


ルチアが唱えたその光は、法帝を素通りして消えた。それはつまり、目の前の人物は死んでしまっているという事だ。どんな治癒魔法も、死する前に使わねばならない。

わずかに遅れて駆け寄ったベルは、首元の傷に愕然とした。ほとんど抉るように深く動脈を傷つけており、医療も施せない状態だった。すでに顔色は沈んで、呼吸も脈もない。


「ルス」


ベルが指先に光を灯し、法帝の閉じたまぶたをそっと持ち上げた。開いた瞳孔に、対光反射もない。


大天津神おおあまつがみ様の元へお帰りになられましたわ」


ベルの言葉にルチアはぐっと唇を噛んで、涙を堪えている様だった。そのまま黙って跪いて、長い袖を合わせるようにして手を額に当てた。


「法帝聖下、メルドラドでのご活躍素晴らしゅうございました。大神様の元でゆっくりなっさってください」


立ち上がった彼女は倒れ込む聖騎士を見回し、ベルに視線を戻した。


「魔法で解毒しても良い毒でしょうか?」


「あの男は、おそらく今懐に解毒薬を持っている事でしょう」


ベルが指差すと、バッシェルン卿はびくっと体を震わせた。そうでなくともがたいのいいガルデルに羽交い締めにされ、ミシミシ締め上げられているのだ。


「今すぐ出せ」


ぐっとガルデルが力を込めるだけで、卿は「ふぃ!」と情けない声で返事をした。

3人の聖騎士に解毒薬を飲ませて、ルチアは改めてバッシェルン卿へと向き直り、銀色の目を向けた。

100年に一度の美女。

まさにそんな彼女に見つめられるだけで、枢機卿といえどぐっと息詰まる思いをする事だろう。


「この魔物の襲撃もあなたの仕業ですか?」


憂い、哀しい、ルチアはそんな感情に溢れていた。

物憂げな瞳は、射抜かれるだけで平伏したくなるほどに他者を圧倒する。法帝が後継者に決めるのも頷ける。


「魔物は違います!これに乗じて聖下を楽にして差し上げようと思っただけなのです!」


その言葉が全てだった。

彼は争っている枢機卿2人のうちの1人だ。前々から「死ぬならルチアが20歳になる前にさっさとしてくれ」と周囲に漏らしている事は知っている。

まさかこのような凶行に走るほど、愚かだったとは。


「そう、ですか。部屋に入った時のあなたの顔は、到底そんなふうに見えませんでしたが、明らかになるは審判の時です。申し訳ありませんガルデル様、地下牢まで連れて行って頂けませんか?」


「ちちちっちか、地下牢?!私は枢機卿だぞ?座敷牢か塔の牢だろう!!」


バッシェルン卿は慌てた様子で顎をガチガチさせ、体をよじるが、ガルデルの捕縛から抜けられるわけがない。


「暴れられると力加減が難しい。肩が外れるぞ」


ガルデルが嗜める声も、聞こえていないようだ。


「枢機卿だとて、法帝を殺害する現場を私が見ているのですよ。バッシェルン卿は何を仰っているのですか‥」


死罪になる者を座敷牢に入れるわけがない、とその言葉の先は言われずとも続いていた。

悲しく睫毛を伏せるルチアに、バッシェルン卿は意識を失った。


「暗い、暗いぜ」


ティブルはボソリと呟いた。

今は地下牢に向かう最中で、窓が少なくそれほどアルコンも侵入していないようだ。


「俺、身近な人が死んだ事ないからなんて言ってあげたらいいかわからない‥」


啓太が言った。


「余計な共感や同情は無用だ。そもそも、啓太が女の子を口説くのはまだ早いけどな」


「べつに口説くとかじゃ!」


カァッと顔を赤くする啓太に、ティブルは「はあ、はあー」と嫌らしく笑った。


「しっかし外でてったウェイン達は無事かねえ‥しっぽり行こうとしてたとこ、アイツも運がないなー」


「え、ウェインってそうなんですの?!」


食いついたのはベルだった。

お姉様にあんな軟弱男では許せない、とばかりにメラメラと瞳を燃やしている。


「いや、本人が言ったわけじゃないけどさ」


下らない話はやめとこう、とティブルは半ば強引に終わらせてしまった。




「ここが地下牢です」


ルチアが言った。見張りの聖騎士2人が「上で何かあったのですか?」と不安そうに尋ねる。


「魔物の襲撃が、街全体で起きています‥ですがあなた方はここを護らねばなりませんよ。バッシェルン卿は騒ぎに乗じて法帝聖下を害しました。最奥の地下牢へ拘束してください」


「もしや聖下は‥!?」


聖騎士の悲鳴のような声に、ルチアは悲しげに目を伏せた。


「‥バッシェルン猊下はお任せ下さい。上はルチア猊下でなければ‥」


「はい、お願いします」


バッシェルン卿を地下牢に投獄した後、上階へ出、サーリアの聖堂へと向かった。

教会内で、道中出会う聖騎士からの話で、外も魔物が攻めてきており、特に開門してる南門の被害は甚大なのだそうだ。


聖堂は円形で、中央に円形の祭壇がある。その中心に丸い半球型の屋根がある小さな建物があり、中心は御簾みすが下がっていて、中に何かあるようだがみえなかった。御簾から一段下がった所に豊穣の女神への感謝として、沢山の農作物が捧げられている。

円形の祭壇を取り囲むように幾つもの円形のベンチが設置されているので、ここでミサを行うのだろう。


「ルチア、今からどうするの?」


「啓太様‥先ほどのダンジョンでのお話が本当なら、この襲撃は寛人様と魔族の画策したものということになりますわ」


「そっそれは‥そうなのかな‥やっぱり」


「私は今から、女神サーリアの聖堂で大掛かりな魔法を使います。この国を害する者を排除する光魔法です。もしも寛人様がこの群勢を率いているのなら、私の魔法は啓太様のご友人を貫く事になります」


ルチアは儚げで、護らなければ斃れてしまいそうな、弱い者にみえる。

けれどその芯は強く、しなやかだとこの半日だけで感じた。そんな彼女はこちらまで気遣って、真っ直ぐに見据えてくれている。


「それでも私は国民を護るのです、護らなければなりません。それがアスリリーリャと袂を分かつ事になろうとも」


真っ白な彼女の中に、確かに炎が燃えていた。


「もしも国民のために私の背中を護ってくださるのなら、この聖堂で聖騎士と共に戦ってください。けれど寛人様を害する事を許せなければすぐにこの聖堂から立ち去ってください」


「‥俺は、ルチアを護るよ。これが寛人の仕業なら、許されるような事じゃないって、それくらいわかるから」


きゅっと唇を引き結び、啓太は腰に下げたルーフェル鋼の剣を抜いた。寛人との打ち合いに、刃こぼれするはずもないルーフェル鋼に刃こぼれができてしまっていたが、まだこれで戦える。


「よろしくお願いします」


ルチアは聖堂の中央の祭壇へ歩み出た。

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