第8話 遭遇

 空が白み始めた頃合いに、5人はアーチをくぐった。

5人というのはギルドでも定石の人数で、今回は後衛と前衛のバランスも良い、とティブルが言っていた。


 ドッグタグを首からぶら下げ、アーチをくぐれば抵抗もなく一歩中へと踏み込んだ。


「うわ…なんだこれ」


 啓太はぐっと息をのんだ。崩れた遺跡のようなダンジョンの内部は、確かに細い道で、5人くらいが前後を警戒しながら歩くちょうどいい人数だろう。


 苔むした石の壁は、ところどころ引っ掻いたような傷がある。おどろおどろしい植物たちがあちこちから顔を出していて、確かに何か貴重な素材がありそうだ。

 時折、キュロロロと鳥の鳴き声のような音がする。この音がするところはアーチが近いから覚えておいて、とウェインが言うが、仕組みはよくわからないらしい。


「熱くも寒くもないわね……不思議。ハルも随分濃いみたい」

「お姉様はハルの流れも読めますの⁉︎」

「読めはしないけど、濃いか濃くないかくらいはわかるわ。たくさんあるとジメジメするのよ」

 

「そう言う表現は初めて聞くね。アスリリーリャの特殊能力なのかな?」

「濃いか濃くないかって俺らにわからないよな。流れてるか澱んでるかはわかるけどな」


 ティブルの言葉に、ウェインは確かにそうだと頷いていた。ギルドにいると、ダンジョンへ赴く事も多くなる。さすれば必然的に、ハルが澱みに敏くなるらしい。


「ハルが澱むとこは要注意だよ。本来川のように流れていないとダメなんだけど、澱むようなところには強い魔物がいるんだ」

「私未だにハルの流れが読めませんのよ。医術や治癒に長けても、魔法使いとしては致命的ですわ」

「公爵令嬢は多くを求めすぎだ。俺なんかどうなんの。剣一本だぜ?」


 ティブルが参るなーと肩を竦めると、ベルはムッと顔をしかめた。


「生半可な者が銀タグになれるはずはありませんわ!

あなたは相当な手練れでしょうに」

「ティブルの剣は素晴らしいよ。僕の矢の合間をすごいタイミングで行くんだ! 空気を読む天才さ! パーティを組んだらもう最高。彼以上に周りを見て戦える人はいないね」


「啓太、あんた大丈夫?」


 雑談を交わし歩く一行。時折壊れた天井からは青空が覗く。黙するままの啓太に、綾は声をかけた。


「え、うん」


 ぴしゃり、そう言ってまた黙りこくった啓太に、綾は眉間にぐくっとシワを寄せ難しい顔をする。

 フールレールでの出来事は聞いているが、保護者ガルデルがいない今、こうもガチガチでは困る。こちらも慣れないダンジョンなのだから。


「少し休もうか? ここならまだ腰を下ろすくらいはできるけど」


 ウェインは気遣うように啓太を覗き込んだ。167センチの啓太は、ウェインと並ぶと更に小柄に見えた。


「いい、ごめん。ちょっと緊張してて」

「だったらなおさら、ちょっと休んだ方がいい。ウェイン! コーヒー入れるから、湯沸かしの火ぃくれる?」


 ティブルは啓太の肩をトントン、と優しく撫でるようにして叩いた。


「すぐ移動できるように、使い捨てのコップにしようか」


 ウェインはリュックを下ろすと、ゴソゴソと中を探り紙コップのようなものを取り出した。この世界、メルドラドにも紙コップがあることに、綾は結構驚いていた。

 大学では見たことがないので、ギルドでしか使われていないものなんだろうか。


 ティブルが淹れるコーヒーはとてもおいしかった。紙コップは薄いのに何故か持っても熱くないし、使い捨てていることからも、とりたてて珍しい物でもない事がわかる。


「誰でも最初は緊張するよね」


 気遣うウェインの言葉に「ごめんなさい」と啓太は俯いた。困った、と頬をかくウェインを綾が制す、気にしないで、と。


「ウェイン、何か来る。こっちを探ってるみたいだ」


 ティブルがそう言って腰の剣に手をかけた。シャムシェールのような湾曲した形の剣が、美しい革の鞘に納められている。

 皆も静まりかえり、気配の犯人を探す。パキッと音がして、空が覗く天井から豚のような魔物が落ちてきた。全員が慌てて飛び退いて、ウェインが誰よりも早く弓の弦を引いた。紙コップがいくつか転がるが、中身はもうほとんどない。


 ウェインは呼吸を整えるよりも前に矢を放った。ただ引き絞り、放つ、それだけで矢が真っ直ぐ飛んだことに、ティブル以外みな目を見開いた。ウェインが弦を引けば、ハルが集まり矢になるのだ。

 背に普通の矢を携えていたのだが5.6本しか矢筒に入っていないので、足りるのかと密かに心配していた。まさかこのような事が可能だったとは、呆気に取られ魔法の発動が一拍遅れた。


「ペンタバル」


 綾が唱えた。その彼女の背中に大きな緑色の魔法陣、術式と魔法使いたちが呼ぶものが浮かび上がり、瞬きする間に消えていた。


 次の瞬間には向かい風、そして‥サザと風向きが変わった。追い風となったその風は、素早く魔物を切り裂いた。鎌鼬かまいたちのように。

 最初に飛び出してきた4匹を討ち取るが、それで終わりでない事はピギャーと鳴声が響く事で証明された。


「なんかいっぱきたぞ!」


 ティブルが防衛する前線。斬っても斬っても魔物が押し寄せてきていた。そのそばで隠されるようにして突っ立ったまま、鞘に納めたままの剣を持つ啓太に、綾は小さく舌打ちする。


「アネステーシア!!」


 ベルが放ったのは麻痺させる魔法で、ティブルを煩わせていた数匹の魔物がブルブル震えて転がった。


「私戦いの補助しかできませんけれど!」


 彼女は風にマントを翻し、治癒術士の証である青い魔石のあしらわれた杖を構えていた。

 ティブルがヒューと口笛を吹いて、再び剣を握り直す。彼の銀色の短髪が半拍置いて飛び上がる。彼が地を蹴ったのだ。


「フエゴ! 重力剣ーーっ!」


 炎を纏った刀身が、痺れて転がり中の魔物たちを上から斬り落とした。


「まんまじゃない」

「まあまあ、そう言ってやらないでよ」


 綾が肩を竦め、ウェインがフォローする、まだ啓太は立ち尽くしていた。


 ウェインはリズムよく矢を放つ、それも三本ずつ。曲芸でも見るような光景にクラクラしながら、綾も風魔法ビエントをなるべく一体ずつ当てるように小さく発動させていた。


「よし、こんなもんでいいね。綾がわざと小さい風魔法で斬ってくれたから、素材回収もできそうだ」


 ウェインが目尻を下げるので、綾は代わりに首を傾げた。


「そんなつもりはなかったんだけど、燃やしちゃ悪いかと思って」

「燃やすのはだめだ、ティブルは! なんで燃やすんだよハモンセラーノだぞ?」

「んーなんかごめん、俺フエゴしか使えないし」

「ハモンセラーノ……」


 聞き覚えのあるフレーズに綾は顔をしかめたまま考え込んだ。生ハムなのだろうか。魔物が豚なのだから、関係はあるかも知れないが、ハモンセラーノは少なくとも豚という意味ではなく、生ハムの種類ではなかったか。

 そんな事を考えていたのだけれど、ウェインとティブルが素材回収する中で、ぐじぐじと暗い顔の啓太を見た瞬間、彼女の感情は、腹立たしさと情けなさでいっぱいになった。


 剣も抜けずに共にダンジョン調査ができるはずがない。背中も預けられない仲間は今この場にはいらないのだ。


「ちょっと少年。いつまでそうしてんのよ。いい加減にしてくれなきゃ、こっちも巻き込まれるんだけど?」


 なるべく明るく、と笑顔で話しかけた綾。しかし彼は突っぱねるように、穏やかならぬ目つきで睨み返してきた。


「…なんだよ、安全地帯から攻撃してるだけのくせに……。さっきだって剣士のティブルさんばっかり戦ってたじゃないか…」

「それ本気で言ってる?」

「当たり前だよ、俺の気持ちも、怖いってこともわからないような遠いところから魔法打つだけのくせに…」


「……へぇ?」


 ただならぬ雰囲気を感じたベルは、素材回収の手伝いをやめて、割って入ろうとした。けれど啓太の怒鳴り声に遮られた。


「もう嫌なんだ! やっぱりこわいんだよ! 死にたくないから死ぬ思いして戦ったりして! 腕砕けて! 手術までして! なんでこんな目にっ⁉︎」


 その言葉で、彼の言い訳が最後だったのかどうかわからない。綾が拳を握って、啓太を思い切りなぐり、不意のことに彼は吹き飛んだからだ。

「わぁお!」とウェインとティブルの声が重なった。


「やめた。ガキの言い訳聞いてあげるなんてばかばかしい」


 そして綾は、啓太とは最低限しか口をきかなくなった。


 それから2日ほどダンジョンの中をうろうろしていた。もちろんアテがないまま彷徨っていたのではなく、地図が作成されている範囲で、今回の調査ルートは決めてあった。

 もう直ぐ半分の地点で、あとはまた2日かけて別ルートから戻る事になる。


 交代で見張りしながらの野宿だったので、ほとんど仮眠と言っても差し支えないほど、慣れない3人には厳しかった。


 どこでも2秒で眠れるようになったら、ギルド員として一人前だとウェインとティブルは笑っていた。



「啓太。フールレールでの事はショッキングな出来事だと思いますわ。けれど、お姉様も境遇は同じですよ? 分かち合い苦しみを吐露する事も必要では? あのように怒鳴るのではなくて…」


 歩きながら、しんがりを任されたベルは、警戒しつつも啓太の背を叩いた。いつもはウェインとティブルが前後を固めるが、前方から強い澱みを感じる、2人が言うので少しだけチェンジだ。


「わかってるよ…。でもやっぱり、本当の魔物を見ると怖いんだ」

「誰でも怖いですわ。恐怖する心がなければ、戦えません」

「……うん」


 それきり口を開くことをしなくなった啓太に、ベルは「重症ですわね」とため息を深めた。


「啓太に疲れが見えてきたので、一度引き上げも考えた方がよさそうですわ」

「ダメだ。この先の水場だけ確認しよう。大きな澱みを感じる」


 ティブルは啓太を見遣ったが、それから首を横に振った。緊迫したウェインの様子からも、澱みというのは相当なものらしい。


「もう少しよ。みんな心算して」


 綾がそう言い終わる前に、グゥウウウと地面の底から響くような重い音がした。

 ウェインはビクリと体を硬らせ「まずい…ドラゴンだ」と慌てて崩れた石壁の穴から水場を覗いた。

水場となる小さな滝があるその場所は、広場のように少しひらけている。


「三ツ首なんて初めて見た。マークして引きかえそう」


 ティブルの提案に、彼は黙ってうなずいた。黒い鱗のそのドラゴンは、どっしりとした体に首がキリンのように長く三本に分かれていた。

 ウェインは胸の内ポケットから紙を取り出すと石壁に貼り付け、手のひらで押し付ける。


「さすがに三ツ首のドラゴンとは戦ったことないな。あんな種もいるんだね、初めて見たよ…。巣を作っているし、しばらくはここを動かないと思う」


 ウェインが手を離すと、じわっと紙が張り付いて術式のように光り、直ぐにその光は消えた。彼がその紙をもう1度胸ポケットにしまっている時に、思わぬ異変が起きた。


 ダンジョンで幾度となく見かけた、豚型の魔物、ハモンセラーノがこちらに睨みをきかせて、20匹ほどで押し寄せてきていた。

 ドウドウと石畳を踏み鳴らし、ピギーッと耳障りに鳴く。綾とベルは並んで大きく手を振った。


「ビエント! ビエント! ビエント!」

「アネステーシア」


 綾の風魔法3連発とベルの麻痺。ダンジョンの通路は狭く、使える魔法は限られるし、コントロールを誤れば味方を傷つけかねない。

 押し返せと2人は更に魔法を、そしてウェインは矢を放つ。しかしハモンセラーノの勢いは弱まる事なく、仲間を盾に突っ込んできた。

 ピギーッと鳴くと、耳をつんざく騒音になる。その喧騒に、眠っていたドラゴンが起き出したようで、グウウウウウと一際低い音が響く。


「まずいですわっ」

「これは腹括るしかないな」


 ティブルは胸の防具を締め直し、滑り止めの手袋をギュッと深くはめる。ニィと笑えば、腕白そうな八重歯が見えた。構え直した剣を、だらんと足元に切っ先をかえた。


「どの道押されて、広場にでちゃうもんね」


 仕方ない、とウェインは前髪をかき上げる。それは魔法でもかけたのかピタリと止まって動かない。オールバックの髪の毛から一房、また一房とはらり毛束が落ちて男前が増している。金と銀の彼らは、並び立ってドラゴンを迎えた。


「ここじゃ不利だ、広場に走るぞ!」


 ドラゴンがこちらの通路に来る前に、全員で走り出した。狭い所でブレスでも吐かれたら、どうにかする前に消炭だろう。

 大きく青空が広がるその水場は、古い遺跡のような像の上から滝が落ち、泉を潤していた。青空を目指そうともダンジョンを脱する事はできない、つくづく不思議な空間だ。


 ハモンセラーノたちはそのまま真っ直ぐに通路を行き、この広場には見向きもしなかったが、恐ろしい事に三ツ首のドラゴンは大きく天を仰ぎ、ブレスのモーションをした。


 どうやって避けよう、どう飛び退こう、盾にできそうな魔法はないか、そんなことを考えるうちに超高温のドラゴンの吐息は放たれた。

 耳にはゴォーと聞こえた、けれどもっと、深い音だった。ドラゴンの腹の底の底の底から生まれる炎の息吹は、とても神秘的であると同時に、小さな人間に絶滅と挫折をもたらすだけの圧倒的な力があった。


「ティエラっ!!」


 綾の背負う術式が、今度は黄色く輝いて大きく光る。それは巨大な土の壁となり、皆とドラゴンの吐息を隔てた。なおもブレスを吐き続けるドラゴンに、綾は「ティエラティエラティエラ」と呟きながら作った壁の厚みを増していく。


 ドラゴンがうざったそうに顔をしかめる。獰猛さを見せる犬歯が、分厚い鱗の唇を押し上げて笑う。不気味だった。啓太はズンと足がすくんで、この場に自分がいないのでは、と錯覚するほど怯えていた。失禁せず立っていられるのが、不思議なくらいに。


「やばい! 来るよ!」


 綾が取り乱すような姿は初めて見た。努めて冷静でいようとしているが、その表情はいつもの彼女とは程遠い。

 ドラゴンは土の壁を踏みつぶし、それと同時にものすごい土煙と、そして砂礫が飛んできた。視界を奪われる、が、それはドラゴンとて同じこと。

 ウェインの矢が飛んだ。矢継ぎ早に、7本。掠めたのは1本だが、気を引かせるには十分だった。


 反対側からティブルが斬りかかる。足場がわりにベルがビエントを唱え、風に押されて彼は大きく跳躍した。彼が振り抜いた剣は、ドラゴンの首の一つを狙った。だがそれは急旋回して大きく首を振ったドラゴンによって躱されてしまい、ティブルはそのまま押され、地面に叩きつけられる寸前でベルが再びビエントを唱え庇った。


「きっつ…」


 ミシッと体が軋むティブルに、ベルは大きく杖を振りくるりと一回転する。


「レフリヘリオン」


 ベルがそう唱えると、ティブルの体はまるでダンジョンに入る前のように軽くなった。


「回復役が出し惜しみしていては全滅してしまいますから」


 ベルはニィと笑って、それもまた楽しそうに八重歯を見せるティブルに、再び「ビエント」と唱えた。


「ウェイン! 目潰しするのよ! ビエント!」


 綾はウェインを飛び上がらせる。


「うわっ! 全く、急だなぁ」


 唐突に風によって持ち上げられたウェインは困ったね、とはにかんで、弦を引き絞る。つがえた矢は3本、同時にドラゴンの右目を3つとも射抜いた。


「ウェイン! ナイスだ!」


 ティブルはぐるりと体をよじりそのまま回る力を利用してドラゴンの首、右端の1本を落とした。


 ガアアアアアア!!!


 ドラゴンは怒りと痛みに大きくのけぞり、体勢を立て直そうと、ドーンと両足を踏んだ。


「ビエント」


 綾はティブルが降りる前に、彼をもう一度高く持ち上げた。


「アネステーシア」


 ベルの麻痺魔法は硬い鱗に弾かれたが、その一瞬のおかげでウェインの矢はドラゴンの左目をとらえた。左の首は完全に光を失って、鼻をひくひくと動かす。その瞬間を逃さずに、ティブルはまた大きく体を回しながらドラゴンの首を落とした。

「よし!」とウェインが拳を握り、ティブルはドラゴンと距離をとった。


 2本目の首を落とされてもなお、ドラゴンの力も生命も脅かされていないかのように、グオオオオオオオオオオ!とけたたましく咆哮した。


 ビリビリと空気が震え、石壁がガラガラと数カ所崩れていく。もう一度4人は構えたが、ドラゴンは棒立ちで動かず剣も抜いていない啓太に向かった。

 走るスピードは、体の大きさを考えても不自然なくらい早い。ドラゴンは地をかけながら空を仰いだ。2度目のブレスをするつもりらしい。


「啓太! 逃げなさい!」


 綾の叫ぶ声に、びくり、電気が走ったかのように覚醒され体が動けそうだった。けれどたたらを踏んだままの彼はすぐに動けない。


 間に合ったのはティブルだった。彼は啓太を引っ掴み、ものすごい力でドラゴンの反対側に投げた。ドラゴンのブレスはもう首を下ろす前から吐き出され、そのまま業火にティブルが呑まれた。


「ティブル!」


 ウェインは一瞬取り乱す。すぐにハッとしてドラゴンの下顎を射抜いて、業火を止めた。

 どさりと黒焦げで顔もわからないティブルは地面に落ちて、ぴくりともしない。


「我が名はベルリア 豊穣と癒しの女神サーリアの元で学びし子」


 ベルは慌ててティブルに駆け寄ると、杖の先端、青い魔石の装飾部分を彼の胸に当てて跪いた。そのまま詠唱を始めれば、すぐにティブルとベルを白い術式が囲んだ。様々な大きさの丸い術式が、次々に現れていく。


「レランパゴ!」


 綾の背負う術式は紫色。放たれたのは強力な雷魔法だった。ドーンという轟音と共に電撃はドラゴンを撃ったが、ドラゴンと魔法の相性は悪い。鱗に魔法を防御する役割があるのだ。


「ウェイン! もう1度目を打って!」


 綾に言われ、ティブルたちに釘付けだったウェインは、呻き苦しむドラゴンの残された左目を撃ち抜いた。ガァっと口を開いたドラゴンに、機を逃すまいと綾は魔法を放った。


「ベンダバル」


 その風魔法は口から入り、ドラゴンの長い首を内側から裂いた。初級風魔法のビエントとは比べ物にならない威力だ。ドラゴンはそのまま座り込むようにして、動かなくなった。


「彼の者はティブル 強大な力の前に命を終えんとするもの」


 ベルたちが見えなくなるくらいに、術式は増え続けている。


の生をもう一度歩ませるべく今際の際から救い出すことをお許し下さい、世界の秩序からいずるこの行いをお許し下さい、彼の者を救いたいと願う我の傲慢をお許し下さい、の為に世界を潤すハルと、女神サーリアの御力をお借りする事をお許し下さい」


 ベルが杖を天へ向けた。それと同時に、2人を包んでいた大小の術式は地面に平たく広がって光る。


「サーリアの子たる証、治癒術士サナドア、青き魔石を抱く者なり、この杖は全ての恐怖を退け、この杖は全ての癒しを与えるであろう、今こそ時である、死を退けその力を解き放て!」


 ベルの杖、その青い魔石に全ての白い術式が集まった。


「オペラシオン」


 呟くように言ったはずの最後の一言は、耳元で響くように心地よく鼓膜を揺らした。


 一瞬凪いだ空気の後、ザッと何かが流れる音がした。たぶんこれがハルの流れなんだろう。


 それはティブルに向かって行き、彼の体にまとわりついた白の術式が回る。それが全て回り終えたら、恥ずかしそうに笑うティブルが居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る