【番外編】去年のクリスマス
日本でのクリスマスは恋人と過ごす日との認識が広く知れ渡っているけど、海外ではそうではないらしい。
これはバロンさんに教えてもらった豆知識なんだけど、クリスマスの発祥の地では家族と過ごす日なんだとか。
なるほど、毎年のクリスマスを家族と過ごしている僕は原点をきちんと踏襲していると言える。
きっと正しい姿なのだろう。
去年のクリスマス、そんな会話をしながら僕はバロンさんやピーチさん達と一緒にゲームに興じていた。
その時点で家族と過ごして無いじゃんとと言うツッコミはスルーして。
リア充爆発しろと何名かの男性メンバーが言っていたのが印象的だ。当然、僕も彼女がいなかったのでそっち側だった。
ちなみに、なぜかバロンさんもこっち側だった。
バロンさんの事を良く知っているメンバーは『お前こっち側じゃねーだろ!! 奥さんいるだろ!! なんか合法ロリの奥さんいるとか言ってたろ!!』と非難轟々だったけど……。
『うるせー!! クリスマス帰れねーんだよ!! 奥さんもこっち来れなくなったんだよ!! ちくしょー!! 仕事のバカ野郎ーーーー!!』
という心からの叫びで非難はピタリと収まった。
ピーチさんは当時中学生一年生だったけど、そんな大人たちの醜態を見て何を思ったのだろうか?
僕としては普段冷静で大人なバロンさんがそこまで取り乱すとは、なんて業の深い日だろうかと感じていた。聖なる日のはずなのに。
それからはメンバーのほぼ全員で徹夜でネットゲーム三昧……。それが、去年の僕のクリスマス……。
「とまぁ、そんな感じだったよ?」
「クリスマスなんも関係ないじゃない……」
「いや、ゲームでクリスマスイベントはあったよ。後はクリスマス衣装ガチャとか……」
「まぁ、陽信が楽しかったのなら良いんだけどさー」
七海はちょっとだけ呆れたように僕のベッドの上でごろりと転がった。
今日はちょっとタイトなマーメイドスカートにブラウスを着ていて、大人しめなファッションだ。
あれ、フレアスカートって言ってたっけ? まぁ、可愛いからなんでも良いか。
勉強会の合間の休憩中、突然七海が去年のクリスマスは僕がどう過ごしたのかを聞いてきたのだ。
今日の服が上下ともに淡く白く、雪を思わせる様相だったから思い出したのかもしれない。
しかし聞かれたから答えたというのに、呆れられてしまった。どんな答えを求めていたのだろうか?
他の女性と過ごしてたなんて冗談でも言えるわけがない。……ピーチさんはネット上で一緒だったけど違うだろうし。
「僕の話題はこれで終わりだけど……七海は去年のクリスマスってどうやって過ごしてたの?」
「ん? 私?」
仰向けに寝っ転がると、七海は僕の枕を持って胸のあたりに抱きかかえる。ちょっと枕になりたいと思ったのは内緒だ。
それから過去を思い出すためなのか、目を閉じてウーンと唸り声を上げた。
「確か、イヴと当日どっちも
「意外だねぇ、彼氏とデートとかしなかったんだ」
目を開いた七海の思い出話に感想を言うと、彼女は眉を顰めて少しだけ抗議するように僕を睨んできた。
「陽信~……知ってて言ってるでしょ? 私、陽信が初彼氏だし男の人苦手だったんだよ?」
……あ、しまった。今の言い方だと誤解させたか。訂正しとかないと。
「ゴメンゴメン、言葉足らずだったよ。七海じゃなくて他の二人の話。あの二人も確か彼氏いるんでしょ?」
「……あー……うん……それなんだけどねぇー」
僕の疑問に七海は今度は苦笑を浮かべた。なんか不味いことを言っただろうか?
「実はねぇ……ほんとはあの二人もクリスマスは彼氏とデートするはずだったんだけど……その……」
「……ダメになっちゃったと?」
「ほら、二人の彼氏ってどっちも社会人でしょ? 24日は普通に仕事で……私達は冬休みに入ってたから合わなくて……」
「わー……辛い……。でもさ、夜なら会えたんじゃないの?」
「初美の彼氏……
肩を竦めながら七海は当時を思い出したのか、今まで見たことが無いような乾いた笑みを浮かべていた。
うん、何も言えない……何も言えないよそれは。
「だから二人も荒れちゃってねぇ……カラオケなんて普段歌わないようなとにかく叫ぶ系統の曲ばっかり歌うし、なんでか独り者の私が二人を慰める意味不明の状況に……」
何その状況。
「クリスマスの悲劇はリアルでもあったという事か……」
「なにそれ……悲劇?」
「あー……とある物語でそういう展開がクリスマスに起きたってこと……」
「ふーん。でもまぁ、三人で過ごせて夜は家族も揃ってみんなでパーティーだったから、割と楽しかったことは楽しかったよ」
僕の言葉の意味わからない七海は不思議そうに首を傾げるが、僕はそれ以上の明言は避けてベッド上の七海の隣に腰掛ける。
七海が楽しかったのなら、それが一番だ。
結局は去年のクリスマスはなんだかんだで良い思い出だったのだろう。
「まぁ、二人とも本気で怒ったわけじゃなくてちょっと拗ねてただけだからさぁ。それでも、社会人と付き合うって大変だよねぇ……」
「社会人と学生だからねぇ……。というかあの二人の付き合いって何気に謎なんだけど、七海は知ってるんだ」
「うん……まぁ、あの二人はホント凄いよ。義理の兄と、幼馴染の10歳年上と付き合ってるんだから……」
何その漫画みたいな展開。というか、
「それでもまぁ、クリスマス後にデートを楽しんだんだよね?」
「そのはずだよ。もしかしたら一人の私に気を使って、クリスマスはわざわざ一緒にいてくれたのかもしれないんだけどねぇ」
あぁ、それはありそうかな。あの二人も七海の事は大好きだしなぁ。
怒ってたってのも本当なんだろうけど、その可能性の方が高そうだ。
「てことはさ、去年のうちに僕と七海が付き合ってたら皆どういうクリスマスを過ごしてたのかな?」
「私が陽信と?」
まぁ、これは想像しても仕方のないことだけど。
それでも僕等は去年は完全に別々に過ごしていた。だからたまに思ってしまう。
もっと早くに一緒に居れたら、逃さなかったイベントがあったんじゃないかなぁと。
まぁ、僕から告白する勇気もなかったし……そもそもその頃は七海の事を異性として認識してなかったしね……。
目立ってたから可愛い女の子とは思ってたけど。それだけだ。
「うーん……それだとどうだろ。私と陽信と、初美と歩の四人で過ごしてたかな?」
「それ、二人に見せつけるようでかなり嫌がられない?」
というか、女性陣の中に男が一人って正直に言って嫌すぎる。慣れてる男子なら良いんだろうけど、僕はそういうのは委縮してしまう。
実はいまだに七海と沙八ちゃん、睦子さんの中に一人だけなのは落ち着かないと言うのに。
ハーレム系の主人公ならそんな状態でも平気なんだろうか。
いや、そういう主人公でも他人の彼女と一緒だと気まずいはずだ。きっとそうだ。
「二人ならー……むしろ陽信を彼氏代わりにして遊んじゃうかも? そんで私を良い感じに嫉妬させた後は若いお二人でとか言って去っていきそう……」
あの二人は同じ学年でしょうが。何なのそのお見合いみたいな行動。いや、想像だけど。
七海は仰向けのままでのそのそと動くと、隣に腰掛けた僕の膝に自身の頭をポンと乗せてくる。いつもの膝枕である。
「でもそうだねぇ。陽信と去年から付き合ってたら……いっぱい色んなイベント行けてたよね。クリスマスもそうだけど、夏だったら一緒に海やプール行ったり、クリスマス後はお正月で……夜に一緒に初詣に行ったりとか……」
「まぁ、これから楽しいイベントがいっぱいあると思えば良いじゃ無い。前向きに行こうよ。修学旅行は一緒に行けるんだし」
「修学旅行!! 楽しみだねぇ、どこだっけ? 沖縄だっけ? 一緒の班になれると良いよね。ていうかなろうね! 確か部屋は男女別だけど、班は一緒で良いはずだし!!」
一気にテンションの上がった七海はこれから起こるであろう楽しい出来事の想いを馳せる。修学旅行はだいぶ先なんだけど、僕としても楽しみだ。
その前に夏休みもある。去年一緒にいられなかった分、楽しいことができると良いな。
そんなことを二人で談笑していたら、唐突に七海はベッドのスッと上に立ち上がった。
「よし! 今日は勉強もうお終い!! 今日をクリスマスとします!!」
「は?」
いきなりのその発言に僕の眼は点となり、立ち上がった七海を見上げることになる。今日がミニスカートでなかったと心から思った瞬間だ。
「話してたらさー、やっぱり陽信とクリスマス過ごせなかったのが悔しくなってきちゃった。だから今日をクリスマスとします!!」
「今日をクリスマスって……。雪も降ってないし、何も準備してないよ?」
「いーの!! 今日はクリスマスなの!! そういう設定でデートしよう!! イルミネーションも無いし雪も無いけど、チキン食べてケーキ食べればクリスマスだよ!!」
「その設定は無理が無い? チキンとケーキはクリスマスの定番だけど……そのほかにクリスマスっぽいのってなんかあったっけ?」
しいて言えばサンタクロースとプレゼントとかかな。そう言えば最近は、七海に何も贈ってないなぁ。記念日とかも無いし。
うん、ちょっと遅れたクリスマスのプレゼント交換会は……確かに楽しそうだ。そうなるとショッピングもしたいな。
何が良いかな、クリスマスっぽいプレゼントって今あるのかな? そこまで高いものは買えないけど……。
……ペアリングとか買っちゃうおうかな?
そんな風に内心で一人ワクワクしていたら、七海が途端に黙り込んでペタリと座り込んでいた。
「どしたの……?」
七海は俯いて、何でもないと言わんばかりに首を左右に振っていた。いや、その反応は何かある時でしょ。何があったのさ。
そう思って彼女の顔を覗き込もうかと悪戯心が芽生えていたら……。七海の耳が赤いことに気が付いた。
いや、耳だけじゃない。耳や首やらがとにかく真っ赤になっている。
「……七海さーん?」
僕はあえて覗き込むことはしないで、静かに……なだめる様に七海に声をかける。
七海はそれから少しだけ間を溜めて……ゆっくりと口を開いた。
「……さっき、陽信がさ……他にクリスマスには何があるかなって言ったじゃない?」
「言ったねぇ」
「それでね、去年のクリスマスの時に他の友達……が言ってた話を思い出しちゃったんだよね……その……」
あぁ、
それが何で赤面することに繋がるんだろうか……?
「どんな話なの?」
七海はそこでまた一拍置くと、うつむいたままでポツリと呟いた。
「そのね……クリスマスって夜がその……性の6時間とかで皆その……彼氏と……朝までとか……」
そこまで言うと彼女は、両手で顔全体を覆うようにして言葉を止める。
去年、そんな話してたのか。恥ずかしそうに体育すわりのように膝を立てて座り込む七海を見て……。
「七海ってさぁ……なんて言うか……意外にムッツリだよね……?」
「違うのー!! 当時は興味が全く無くて今思い出しちゃったら恥ずかしくなっただけなの!! そういうのじゃないの!!」
「えー……?」
「やめてー!! そんな目で見ないでぇ!! だいたいそれ言ったら陽信だってムッツリじゃない!! 私に手を出さないとか言っときながら実は興味津々なくせに!!」
グッ……藪蛇だったか!! そりゃ、健康的な男子高校生なら興味は出ちゃうよ。
「興味はある!! でもしない!! 言ったでしょ、高校卒業するまではって……僕も我慢してるんだから」
「くっ……陽信に開き直られた……!! ちゃんとすればきっと、たぶん、おそらく大丈夫なのに……」
「それも知識だけでしょ……。万が一があった時に、現実問題として負担が大きいのは七海なんだ……。下手したら学校いられなくなるよ」
ていうか前もあったけどさ、普通逆じゃない? 僕が迫って七海が拒否するとかじゃないの? 前に言ってた僕の理性を崩すとかっての……割と本気なのかな……?
それだけ彼女の男性嫌いというか、嫌悪というのが薄まってきている証拠だという事なんだろうな。もしもそうなら良いことだ。
まぁ、七海には先生になるという夢があるから、僕の一時の欲望でその夢が台無しになると考えるとやっぱり高校卒業までは待った方が良さそうだ。
……したいけど、強固な意志を持ってしないのだ。そんな風に僕が一息ついたところで……唐突に僕の身体に衝撃が走る。
油断していた僕は、飛び込んできた七海に抱き着かれてベッドの上に押し倒される形になった。
「学校いられなくなるのは困るし、今は我慢するけどさぁ……。大学入ったら覚悟してよね、陽信?」
頬を染めながらも妖艶に舌なめずりして、僕を見おろすその姿に僕は見惚れてしまっていた。
「やっぱり七海の方がエッチじゃない? 僕をこうやって押し倒してさ」
「陽信も抵抗してないんだから、お互い様ってことで……。それに、今日はクリスマスだからこれくらいは良いでしょ?」
「七海が勝手に言い出したクリスマスだけどね」
「いーの! 今日はクリスマスなの!!」
そのまま僕等は微笑み合うと、ベッドの上で唇を重ねるのだった。
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