【番外編】焼き肉デートに行こう

 それは、彼女達が待ち合わせて一緒に帰っている最中の出来事だった。


「ねぇ、桃ちゃん。焼き肉食べたくない? 焼肉!!」


「え……いきなり……どうしたの沙八さやちゃん? 焼き肉かぁ……最近食べて無いなぁ」


 唐突なその一言に、桃と呼ばれた少女は戸惑った。


 少し引っ込み思案だけど可愛らしい友人である稀府まれふ ももに対して、茨戸ばらと沙八さやはいつものように元気いっぱいに、少しオーバーアクション気味に抱き着きながら唐突に話をふる。


 さっきまでは他愛の無い話をしていたはずなのに、いきなり焼き肉の話になる。


 その話題の急展開に若干ではあるが首を傾げながらも、桃は焼き肉と言う言葉の魅力に抗えずにとりあえず急展開であることは置いておくことにした。


「そうなんだよねー、私も最近焼き肉を食べてないから、もう肉欲が止まらなくて! 今! 私の内なる肉欲が凄いの!!」


「沙八ちゃん……その言い方はきっと誤解を生むと思うの……。特に男子とかには……」


「え? なんで? 肉を食べたい欲だから肉欲じゃないの?」


「えっと……違うよ? ……詳しくは今度スマホで検索してみてね?」


 ちょっとだけ頬を染めた桃は、自身では説明することはせずに沙八に自身で調べることを促した。


 その意味を知っている桃としては、さすがに自身の口から説明するのは憚られる内容だった。


 ちょっとだけ耳年増と言うかむっつりと言うか、よくネットで意味が分からない単語を調べる癖がついている為、色んな知識が無駄にある自分が少しだけ嫌になる。


「うん、分かった! あれ、桃ちゃんどしたの? 顔赤いけど?」


「沙八ちゃんのせいだよぉ……もぅ……」


 言葉の意味を知らない友人の反応に、桃はますます羞恥の気持ちを覚えてしまう。


 自身の想像した内容に頬を染めた桃を、不思議そうな眼差しで沙八は見つめた。自身が変なことを言ったのだろうかと、首を傾げながらも沙八は話題を元に戻す。


「そうそう、それでね。焼き肉!! 焼き肉食べたいよねーって話!」


「そうだねー……焼き肉……良いね。食べたいかも」


 両親に焼き肉屋さんに連れてってもらえないかおねだりしてみようかと考えていた桃だったが、その次の沙八の言葉は予想外だった。


「よし! じゃあ桃ちゃん、今度のお休みに焼き肉デートしない?」


「……へ?」


 更に訪れる急展開についていけずに、桃は間の抜けた声を出してしまう。


「えっと……?」


 困惑する桃の様子に気づかない沙八は、笑いながら頭の後ろで手を組みながら歩き出す。


「お父さんがさー、焼き肉食べ放題のペアチケットを何枚か貰ったんだ。それで私とお姉ちゃんに友達と行くかいってくれたんだ」


 まぁ、お姉ちゃんは確実にお義兄ちゃんと行くんだけどねと付け加える。


 どうやら聞いている沙八の姉カップルは変わらず仲睦まじいようだった。


 聞く限りでは、周囲に砂糖を巻き散らかすようなバカップルぶりで、桃は自身が唯一知るカップルと重ね合わせるが、あれほど甘くは無いだろうと予想していた。


 まぁ、今後も会う予定ないであろうカップルの話は別として、桃の困惑は止まらない。


 このように人からどこかに遊びに誘われる……。


 いや、たとえ沙八が半ば冗談のように言っていたとしても……という事が初めてなのだ。


 困惑しない方が無理な話だった。


「えっと……それって……誘うのって私で良いの?」


「ん? うん。良いけど、なんで?」


「いや、えっと……。その……ダンス部の……人達と行くとかは……?」


「あー……それなんだけどねぇ……」


 沙八はダンス部内で焼き肉のペアチケットの話をそれとなくしてみたのだそうだ。


 既に無料のペアチケットがあるとは言わずに、過去に焼き肉をタダで食べられる券をもらったことがあると話題に出したところ……。


 ダンス部に所属する女子達の眼がギラリと輝いたそうだ。彼女達は……とんでもなく肉食だった。それも食欲的な意味で。


 ほぼ全員が、貰ったら自分と一緒に行ってくれと手を上げた。


 貰えるのはペア券だから一緒に行けるのは誰か一人だけと分かると、ダンスバトルで勝った誰かが沙八と行けるという話にまで発展した。


 何だったら担任まで参加しだそうとしていた。


 沙八はそこで前に貰ったことがあるだけでもらえる保障はないと言ったのだが、全員の目の中が完全に肉になっていたのだそうだ。


 もちろん、この騒動は沙八の人望があっての事なのだが……あまりに鬼気迫る迫力に誰か一人を選んだら部内で下手したら不協和音が起きるか、最悪血を見ることになるかもしれない……。


 そんな恐怖を抱いたため、沙八はその時にダンス部から誘うことはせずに桃を誘う事にしようと決めた。


「目が肉……。目がハート……じゃなくて?」


「ハート? なんで?」


「あ、うん……なんでもないよ……」


 通じなかったので、桃はその言葉の続きは引っ込める。だけどなんで自分が誘われたのかは理解できた。そりゃあ、大勢いるダンス部からは選びにくいよなと納得した。


 それに人気のある沙八なら、誰を選んでも角が立つだろう。そこまで考えて、桃の中に後ろ向きな思いが生まれてしまう。


 自分はダンス部の誰かの代わりに一緒に行くのかなと。ほんのちょっとだけ考えてしまったのだ。


 そして、その考えに納得すると同時に、ちょっとだけ寂しくなり自己嫌悪に陥る。


(……たぶん、沙八ちゃんは……そんなつもりない……。嫌だなぁ私……ネガティブで……)


 せっかく誘ってくれたというのに憂鬱な気分になってしまい、思わず桃はため息が出る。


 そんな桃の様子を見て、沙八はため息の意味を勘違いする。


「あれ? もしかして桃ちゃん焼き肉嫌いだった?」


「あ、違うよ沙八ちゃん……。焼き肉は……大好きだよ……」


「じゃあ……なんか予定あった? ごめん、いきなり話を進めちゃって。そうだよね、桃ちゃんにも都合があるよね」


「ううん、予定もないよ……。ゲーム……するくらいかな?」


 ゲーム上……と言うよりもネット上だと割と色んなネタをシチミに教えてあげたり積極的にいけるのに、リアルだとどうしても基本的に後ろ向きに考えてしまう。


 そんな自分のネガティブな考え方が嫌で、だから桃は思わずそのことをポツリと呟いた。


「えっと……沙八ちゃん……なんで私なんか……誘ってくれたのかなぁって……思って……」


 人気者の沙八を見て、自身に無いものを沢山持っているこの友人を見て、誘ってくれたのは同情なのか哀れみなのかと後ろ向きなことを次々に考えてしまう。


 たかが遊びに行くだけの話なのだが、それでも学校と家がほぼ世界の全てである少女にとって、それだけのことがとても重要なことだった。


 そんな桃に首を傾げながら、沙八はあっけらかんと答えを口にする。


「何言ってるのさ。そりゃ、私が桃ちゃんと行きたいからだよ? 桃ちゃんともっと仲良くなりたいし。昔、お父さんが言ってたんだよね、仲の良い人たちは二人で焼き肉に行くって」


 そのあっさりとした答えに、桃は目を点にして驚いてしまった。


 そして沙八は桃に近づくとその手を取り、優しい微笑みを浮かべた。


「ごめんね、ダンス部のことを話したから変な風に考えちゃった? 違うよ、ダンス部の誰かの代わりじゃなくて、私は桃ちゃんとお肉デートがしたいのだ! そりゃみんなとも遊ぶけど、二人で行くなら桃ちゃんかなって思ってたよ!」


 ギュッと力強く掴まれた手がじんわりと温かく、その温かさが桃の胸の内も同時に温めてくれるようだった。


 そして、安堵の気持ちから思わずフフッと小さな笑みを漏らしてしまう。


「お肉デートって……字面がなんかすごいね?」


「良いじゃないお肉デート! 響きが可愛いし!!」


「そうだね……。うん、私で良ければ……。ううん、私も沙八ちゃんと一緒にデートしたい。今度の休みの……お昼だよね?」


「うん、夜は流石にねー。お父さんが許してくれないだろうし、私も怖いよ」


「そうだよね、流石に夜は誰か大人がいないと無理だよね……」


「じゃあ桃ちゃん!! 今度のお休みは二人の溢れる肉欲を満足させるデートに行こうじゃないか!!」


「沙八ちゃん……だからその言い方は誤解を招くからぁ……」


 沙八の発言にまた頬を染めるのだけど、そんな桃の様子を見て沙八は大きく笑った。


 桃も最初は困ったような笑顔を浮かべていたが、つられて大きく笑う。


 一人きり笑いあった後に、二人はそのまま手を繋いで歩き出した。


 沙八は特に他意は無かったが、今更手を離すのもなんか桃に悪いという考えから。桃も繋がった手が温かくて嫌では無かったので、そのままで談笑しつつ帰路につく。


「それじゃあ、桃ちゃん。今度のお休み楽しみにしてるね!」


「うん……私も楽しみにしてる……」


 結局、そう言って別れるまで二人は仲良く手を繋いで歩き続けていた。


 そして分かれてから帰路に就く途中で、今まで繋がれていたその掌を何の気なしに見ては、閉じたり開いたりする。


 その掌に残った温もりを感じて、名残惜しそうに、だけど嬉しそうに彼女は微笑むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る