第83話「標津先輩と会おう」

 標津しべつ先輩に対して僕等の関係を包み隠さず話す。


 それについて七海は反対するかと思ったのだけど……あっさりと肯定されてしまい、正直拍子抜けしてしまう。これは僕への信頼の証……と考えて良いのだろうか。


 それよりも、僕と標津先輩が仲良くしている所を見て七海が嫉妬心を覚えているという方が問題だ。 


 いや、嫉妬されているのはちょっとだけ嬉しい……とは思うけど、標津先輩とのやり取りで嫉妬を覚えなくてもいいのにと考えるんだけど……。


 それでも嫉妬は嫉妬だ。


 それについてはきちんと七海に対して態度と言葉で示して、大丈夫だという事をきちんと理解してもらったから大丈夫……だと思いたい。


 母さんからも念を押されている。女性の大事にする仕方と男性の大事にする仕方は違うことが多いから、常に態度で示して誤解を無くせと。


『絶対に七海さんを逃がしたらダメよ? まぁ、陽信なら心配ないとは思うけど……。釣った魚に餌をやらないとか、浮気とかは言語道断……。特に浮気は……やったら親子の縁を切りますからね?』


 身震いする様な冷たい視線で念を押されたのだ。そりゃ、気合いも入ろうというものだ。


 まぁ、そもそも初めての嫉妬の対象が恋愛対象ではない男性の友人ってのはどうなんだろうか……。とも思うんだけども……。


「うん……それだけ愛されていると思っておこうか……」


「ん? 陽信……なんか言った?」


「何でもないよ、七海」


「そう。てっきり、私の愛の深さにちょっと呆れつつも嬉しいと感じてるのかと思っちゃった」


 僕の一歩先を歩いていた彼女は、ニヤリとした笑みを浮かべて僕の方に首だけ動かして視線を向けてくる。聞こえてたんじゃん。


「そういう七海は、僕の愛の深さは分かってるの?」


「じゅーぶん、理解してるよ。陽信は私の事大好きだもんねぇ? だけどほら、嫉妬心と乙女心は切り離せないの。相手が仲の良い友達でも……どうしても嫉妬しちゃうの」


「うーん……僕は七海が音更おとふけさんと神恵内かもえないさんと仲良い姿見ても、嫉妬はしないけど……女の子同士のキャッキャしてる姿は良いよねって思うよ」


「ふーん、男子はそういうものなのかな?」


 まぁ、男子と言うとくくりが大きすぎる気はするけど、その辺は否定しないでおこう。言及すると色々と藪蛇にもなりそうだ。


「それじゃあ、そろそろ標津先輩の所に行こうか。今日もバスケ部の練習中のはずだからさ……」


「夏の大会に向けての練習中なんだっけ? ……一緒に応援に行ってもいいかもね」


 おぉ! 七海がそういうことを言うなんて珍しい!!


 これは男性が苦手という事を克服しつつあるという事なのか、それとも……日頃お世話になっている先輩への恩返しなのか……。いや、お世話になってるのは僕の方なんだけど。


 前者だったら……喜ばしいけどちょっと心配だなぁ。


 さっき嫉妬しない云々を言ったばかりだけど、僕が嫉妬する事態にならないことを願うばかりだ。


「んー……陽信、どうせ応援に行くつもりなんでしょ? だったらそういうスポーツ観戦のデートも面白そうだなって。先輩のバスケする姿も見てみたいし」


 そんな心配を無くすように、彼女は僕の鼻先をその人差し指だけでちょんと触れてくる。


 ……なるほど、七海にしてみればそれもデートの一環という事ね。ちょっと先輩には失礼かもしれないけど、確かにそういうデートも面白そうだ。


 でもなぁ……。


「七海が応援に行って、先輩が何と言うか……張り切り過ぎないかが心配だね」


「だいじょぶでしょ。標津先輩、もー私には未練無さそうだし」


「あと、七海が先輩カッコいい!! ってならないかも心配かな?」


「大丈夫、何を見ても陽信が一番カッコいいって私は知ってるから」


 揶揄うような笑みもうかべず、至極当然と言うように七海は言うのだけど……かいかぶりすぎじゃないかな?


 でも……おおう……不意打ちをくらってしまった。なんというか……自然と頬がニヤけてしまう。


 いかんいかん、これから先輩に報告に行くというのにニヤけていては失礼だ。気を引き締めねば。


「それじゃ、行こうか」


「うん」


 僕の差し出した手を彼女が取り、僕等は放課後の体育館へと向けて歩き出した。すっかりこのやり取りも慣れたけど……最初は手を繋ぐだけでもドキドキだったんだよな……。


 いや、正直な話……今も意識するとドキドキするけどさ。


「バスケの練習かー。どんなのやってるんだろうね? やっぱり、必殺技とかの練習してるのかなぁ?」


「必殺技って……どこからそんな発想が……。……僕のせい?」


「うん。こないだ、陽信の部屋で読んだ漫画に描いてたから。面白かったねー、あの漫画」


「まぁ……現実は必殺技じゃなくて地道な基礎練習とか、反復練習だと思うよ」


 まぁ、そもそも普通のバスケで必殺技とか無いよね。必殺技とか言葉も物騒だし。基本的に現実だとあり得ないような技ばっかりだし……。


 そう思い、僕等はバスケ部が練習している体育館に到着したのだが……。


「ひっさぁぁぁぁぁぁつ!!」


 体育館の扉を開いて入るなり、叫びながら見事なダンクを決めている標津先輩をが視界に入ってきた。


 見事なワンハンドダンクで、試合形式の練習をしていたのか誰も標津先輩を止められず……と言うかちょっと呆れたような表情を浮かべている。


「主~将~……いちいち必殺って叫ばないとダンクできないんですかぁ……」 


「標津……それ止めろって言ったろうが……お前はノリノリだろうけど、こっちが恥ずかしいんだよ……」


 周囲の部員たちからは不評のようだ。だけど、標津先輩は気にした様子もなく快活に笑う。


「何を言うんだい。叫ぶというのは普段出せない力を出すことに繋がるのだよ。だからほら、みんなも恥ずかしがらずに……うん? そこにいるのは陽信君に……茨戸君じゃないか?」


 標津先輩が僕等に気づいたことで、バスケ部の人達も僕等の方へと視線を向けてきた。標津先輩も大きいと思ったけど……みんな背が高いなぁ。


 僕等の姿を見つけた先輩は、全員に休憩を言い渡すと僕等の元へと小走りで駆け寄ってきた。


「すいません、先輩。僕等が来たせいで練習を中断させてしまって……」


「いや、そろそろ休憩だったからちょうど良かったよ。それで……どうしたのかな? バスケ部に入る気になったかい?」


「いえ、それはちょっと七海との時間が減るのでお断りさせていただいてますし……二年の中途半端な時期に入ってもご迷惑でしょうし」


 僕の言葉に少しだけ標津先輩は考え込むようにしてから、タオルをマネージャーとおぼしき人から手渡される。女性のマネージャーさんで……健康的に日焼けした短髪の女生徒だ。


「あぁ、ありがとう。僕はちょっと陽信君と話があるので、ある程度の休憩をしたら練習を再開させてくれたまえ」


 標津先輩が爽やかに笑うと、マネージャーさんはほんの少しだけジト目を先輩に向けてから、一つため息をつくと了承の言葉を残して他の部員の元へ戻っていく。


 ……あれ? 先輩ってモテるんじゃなかったっけ?


 爽やかに先輩に笑顔を向けられたら普通は頬を染めたり嬉しそうな反応をするんじゃないの……?


「彼女はマネージャーとしてとても優秀なんだけどね……どうやら僕は嫌われているようで、よく叱られているよ。女の子の声援に応えた時なんか、試合に集中しろと怒られてしまったよ」


「そうなんですね……先輩モテると聞いてたんですが……そうじゃない人もいるんですね」


 まぁ、その辺は七海で証明済みか。いや、それよりもだ……。


「先輩、僕等は練習が終わるまで見学して待ってますよ。今日来たのは、練習終わりに時間を貰えないかって聞きに来ただけで……」


「陽信君……何があったんだい?」


 僕が今日来た目的を説明している最中に、先輩はドキリとするようなことばを僕に投げかけてきた。


 まるで見透かす様に僕を射抜く視線に……少しだけ僕はたじろいでしまう。


「えっと……何がってのは……」


「あぁ、誤解しないでくれたまえ。陽信君の顔つきと言うか……目がね。とても良いものになっているから、何があったのかと気になってね」


「良いモノ……ですか?」


「うむ。前は少し迷いがあるようだったのに、今はその迷いがすっかり消えているように見えるよ。そういう相手は試合でも手強い……油断できない選手の目をしている」


 ……そんなに変わったんだろうか?


 七海からも、家族からも指摘されてこなかった点に僕は少しだけ戸惑う。


 そんな僕の戸惑いを安心させるように、標津先輩はその大きな両手で僕の肩をバンバンと叩きだした。


「ハッハッハ、そんなに不安そうな顔をしないものだよ。せっかくの男前が台無しだ! なぁ、茨戸君。君の彼氏は本当に良い男に成長したようだ。だから早く要件を聞かないと、僕は練習に集中できずマネージャーに怒られてしまうよ」


「良い男ってのは異論はありませんけど……標津先輩は陽信の親戚かなんかですか……? どういう立ち位置にいるんですか?」


「ん? 僕は陽信君の親友のつもりだよ。安心したまえ、茨戸君から取るような真似はしない。だからたまに嫉妬交じりの視線を向けなくても……心配はいらないよ」


 予想外のその言葉に、七海はパチクリと目を見開いて驚いていた。まさか標津先輩からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったのだろう。


 と言うか、バスケに特化していて基本的にはその……頭はよろしくないみたいなことを聞いてたけど……。


 先輩……やっぱり地頭は良いんじゃないだろうか?


 それとも動物的本能と言う奴だろうか。


「先輩にはお世話になってますし僕も友達と思ってますけど……。先輩……もともとは僕から七海を取ろうとしてましたよね……?」


「勝負が終わったらノーサイド! それがスポーツマンシップと言うものだよ。良いんだよ陽信君、親友と呼んでくれて。そして敬語も使わないでため口で! と言うか敬語とかちょっと寂しい!」


 いや、そういうわけにもいかないでしょう。


 先輩はバスケ部主将さんなんだから……。いや違う、そもそも先輩なんだから。


 とりあえず、色々と言いたいことはあるけど……要件は先に済ませてしまった方が良さそうだ。マネージャーさんがちょっと睨んできてるし。


「じゃあお言葉に甘えて……場所を変えて少しお話良いですか?」


「ふむ、そうだね。秘密の話だし……部室に行ってカギをかけてしまおうか。なぁに、綺麗にしてるから汗臭くはないよ。……ちなみに聞くけど、二人がバスケ部に入るという相談では……?」


「残念ですが、それは違いますので……」


「そうか、それは残念……。せっかく陽信君が入ってくれれば僕が直々に鍛えてあげて、茨戸君が来てくれればマネージャーの負担を減らすことができるかと思ったのに」


 心底残念そうな声を上げた先輩と共に……僕等は体育館を後にするのだった。

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