第82話「心残りについて」

 早いもので……あの再告白の日から、気が付けば二週間近くが経過していた。


 その間……僕等は七海の友達に報告したり、お互いの家族に事情を説明したりと……色々と残していたのようなものを解消していった。


 こういうのも、事後処理と言うのだろうか?


 特に家族には、打ち明けるのはかなり緊張したけれども……みんな僕等が思ったよりもきちんと受け入れてくれたと感じている。


 だから、それも今では楽しい思い出となっている。


 まぁ、思い出と言うには最近すぎるけど。


「……なんだか、思い返すと濃い一ヶ月だったよなぁ」


 僕はそんな独り言をぼそりと呟いた。


 僕は交際が七海が初なので、他の人の交際状況と言うものを寡聞にして知らないのだけど……世の男女交際と比べても僕等は普通なのだろうか?


 まぁいいか。これで僕等の間には何の憂いも無くなったんだ。今はそのことを素直に喜ぼう。


 けど、母さん達が出張から返ってきたので……実は一緒に七海の家に帰る……と言う頻度は減っている。


 いやまぁ、今までが変だったというのは流石に分かるけど。そこだけはちょっと寂しかったりする。


 それでも……帰りにどちらかの家には寄って家で一緒に勉強したり、料理を一緒にしたり、学校帰りに買い食いしたり、買い物デートしたりと……非常に穏やかな日々を過ごしていた。


 今日は買ったお菓子を持ち寄って、僕の家で勉強しながら二人で少しダラダラとしていたりする。


 いや、実はちょっと宿題が分からなくて七海に教えてもらってたりしてるんだよね。


 七海の方が成績良いし。先生を目指しているだけあってか……非常に分かりやすく教えてくれる。


「陽信、勉強してるときは勉強に集中だよ? 手が止まってる。そりゃあ、最近は落ち着いてるからさ、思い返すのも悪くないけど……それは後でね?」


 おっと、僕が呟いた一言を耳ざとく聞きつけられてしまったようだ。


「はーい。ごめんなさい、七海せんせー」


「よろしい。それじゃあ、お勉強頑張りましょうね……陽信くん?」


 僕は軽く謝罪をして、それから勉強を再開する。


 ちなみにこの先生呼びは、勉強を教えてもらう時に七海が出してきた条件だったりする。今からそういう呼ばれ方に慣れたいんだとか。


 んー……家庭教師のバイトとかしてもいいんじゃないかなぁ?


 もちろん、女子限定で。


 健全な男子に七海みたいな家庭教師は勉強に集中できないとか色々な理由は思いつくけど、単純に僕が嫌なだけだ。


 いや、また話が逸れた……今は勉強に集中だ。集中、集中……。


 ……さっき僕は何の憂いも無くなったと言ったけど……実は一つだけ、心残りがあったりする。心残りと言うかモヤモヤしてるというか……。


 それは僕一人の判断では解消できないし……そもそもそれは解消するべきことなのか? と言う疑問すらある。


 ここ数日、ふとした時にそれを考えているのだけど……。


「?」


 僕は七海の顔を見ると、彼女は小首を傾げながら僕を見返してきた。


 また僕が集中していないことを察したのか、困ったような笑顔を浮かべて、僕のおでこを軽く小突いてくる。


 僕はそれを笑顔で受け入れながら、一人静かに結論を出す。


 うん……やっぱりそうだよね。一人で決めちゃあダメだ。ちゃんと七海とも話をしないと。


 そうと決めた僕は、勉強に改めて集中する。七海と一緒の未来を考えれば、今は少しでも成績を上げておかないと……。


 そのかいあってか……宿題はほどなくして終わり、休憩時間となる。


「七海……ちょっと相談があるんだけど……良いかな?」


「相談? 別に良いけど……それでさっき集中してなかったの? もー、ダメだよー? ちゃんと勉強する時は集中しないと」


「ごめんごめん、ちょっと色々と考え事をしちゃっててさ」


「……なーんだ、私と二人っきりだから勉強に集中できなかったとか言ってくれるのかと思ったのにー?」


 七海はそう言うと、ごろんと寝転がって僕の膝に頭を乗せてくる。


 わざとなのか、それとも勢いを付けるためなのか……寝転がるときに足を思いきり高く上げるものだから、スカートが大きくまくれ上がる。


 僕の方からは絶対にスカート中が見えないようにやってるから、きっとわざと何だろうけど……。


「陽信、そろそろ休憩かと思ってお茶を入れてきたんだけ……ど……」


 タイミングよく僕の部屋のドアが開けられて、大きく足を上げた七海を真正面から母さんが捉える。


 あの角度ならきっとスカートの中は丸見えで……気が付いた七海はガバリと起き上がり、スカートを押さえつけた。


 顔を真っ赤にしているのが後ろから分かる。だって耳が真っ赤だもん。


「えー……お茶……ここに置いとくわね……」


「あ……ありがとうございます」


 母さんはメガネをクイッと上げると、勉強していたテーブルの上にお茶を置いていく。


 そのまま部屋を出ていくので、てっきり見えたことには言及しないとおもっていたのだけど……出ていく直前にボソッとだけ呟いていった。


「……最近の高校生は……スゴいのはいてるのね……あれが今どきの勝負下着ってヤツなのかしら……? 陽信はもう見たのかしら……? いや……見たら絶対に色々と始まるわよね……しばらくは近づかないでおいた方がいいかしら」


 もしかしたら母さんは独り言のつもりだったのかもしれないけど……あいにくと部屋の中の僕等にはバッチリと聞こえてしまっているだけど……。


 ……そんな凄いのはいてるの?


 真っ赤になった七海の抑えているスカートに、思わず僕は視線を向けてしまう。


「……ふ……普通だからね!? 可愛いのはいてるけど……普通だよ?! み……見る!? 見たら普通って分かるから!!」


「無理しなくていいからね七海?! それに僕、見ても普通かどうかなんて判断できないからね?!」


 僕の視線を感じた七海は、慌てた様に弁明をするけど……いや、見ないよ!? だから七海、スカートから手を離して!!


 決して見たくないわけじゃないけど、母さんの言うことが真実なら……ほら、見たら……我慢聞かなそうだし。


 それに部屋で彼女の下着を見るって……。あれ? それは別に構わないのか? なんか混乱してきた。


 それから僕は七海を宥めると、再び僕の膝に誘導する。今度は七海は、大人しく……静かに僕の膝の上に頭を乗せてきた。


 もちろん、下着は見えない。


 ……いかん、母さんがあんなことを言うから視線がどうしてもそっちに……。


 下着は見えなくても白くて綺麗でムチムチした太腿は目に入るから、ただでさえ目の毒なのに……。


 と思っていると、僕はしたから刺さるような視線を感じた。


 見ると、七海がジト目で僕を睨んでいた。


「……えっち」


「違うんだ七海……これは事前情報が頭に入ったことによるもので、不可抗力なんだよ」


 僕は両手を上げて彼女に言い訳をするのだけど、彼女は「見たいなら見たいって言えばいいのに……」と、別方向でご不満層そうである。


 ……見たいって言えばよかったかな?


 いや、違う違う。下着の話から、戻さないと。心残りについて……七海に相談しないと。


「……七海、相談があるんだ」


「なに? やっぱり下着……見たくなった? だったらその……ここじゃなくて……ベッドで……」


「違う違う違う!! 下着から離れて!! と言うかベッドって!! 七海の方がエッチじゃないの?!」


「そそそそそそそういう意味じゃなくて!! 見せるならムードと言うか……身体の向きとかあるでしょ?! ベッドならその……心配無いでしょ?!」


 それから僕等は下着についてしばらくの間……論争を繰り広げた。


 最終的には、なぜか僕がどんな下着が好きかとか言う話までになってきたので……僕はその辺の話を打ち切った。


「そうじゃなくて、相談。相談ね。下着じゃなくて……僕等の事で相談ね」


「チェッ……陽信の好きな水着がビキニってのは聞きだせたけど……下着はハードル高かったか……」


「なーなーみーさーん?」


「ゴメンゴメン、わかったよー。なーに相談って? ビキニは海に行くとき、陽信に見せるだけ用と遊ぶ用の二着買うから心配しないでね?」


 ……僕に見せる用?!


 いや、だめだ。また話が逸れる。今は相談事だ。


「相談ってのはさ……標津しべつ先輩の事。先輩にだけはさ……罰ゲームの告白について話そうかなと思うんだけど……良いかな?」


「ん? 陽信が決めたなら別に話しても良いけど……。ちなみに陽信はTバックと、お尻隠れてるタイプとどっちが好き?」


 えっとTバック……。いや、食い込んだのを直す仕草も捨てがた……いかんいかん、言いそうになってしまった。


 って、えぇ?! 相談事これで終わり?! 解決?!


「いや、僕……七海から反対されると思ってたから、ずっとそのことでモヤモヤしてたんだけど……良いの?」


「陽信が先輩に言いたいと思ったんでしょ? だったら私は良いよ。……陽信は私を許してくれた、それが私の全てなの……。だから、先輩から何を言われても、何を思われても……それは私の責任だよ」


「だけど……良いの?」


「あれでしょ、陽信が先輩とこれからも友人関係を続けていく上で……罰ゲームの事を、黙っていられなくなっちゃったんでしょ?」


「う……うん……。先輩には色々とお世話になっているのに……先輩だけ知らないってのが……心苦しくなってきてさ……」


 始まりは七海の罰ゲームの告白だった……。だけど僕はそれを知りながら七海を騙す形で彼女との距離を縮めていった。


 そして今では正式な恋人関係だけど……。それを知らないでも、先輩は僕を友達と呼んで、七海とのことを色々とアドバイスしてくれたりしてくれている。


 今でも、色々とお世話になっている。僕の大切な先輩で……友達だ。


「それで……先輩が友達として離れちゃっても?」


「……それは凄く悲しいけど……だからこそ僕は……友達でもある先輩には全てを打ち明けたいんだ」


 これは……僕の自己満足かもしれないけど……。先輩にはただ、悲しい思いをさせちゃうだけかもしれないけど……。


 七海と正式に恋人になったことで、七海と僕の関係のように……僕も標津先輩との関係を改めて構築したいと思ったのだ。


「うん……陽信が決めたなら私は止めない……。私も一緒に先輩の所に行くよ」


 そう言うと七海は僕の頬に自分の両手を添えて、そのまま僕の顔を自分の顔に近づける。


 僕は七海にされるがままに顔を近づけて……そのまま七海は僕の頬にキスをする。


「陽信が悲しい思いをしたら……ちゃんと私が慰めてあげるよ……。それにさ、先輩なら……きっと大丈夫だと思うよ。あの人……陽信大好きだし」


「……心強いよ。でもそうかな……そんなに先輩、僕の事好きかな?」


「たまに私が嫉妬するくらいには……傍から見てて仲良いよ、二人とも」


 そうなのかな……そうだと良いな。


 僕が決意を固めていると、顔を近づけた七海は僕に悪戯っぽく微笑みかけてきた。


「ところで陽信くん? 七海せんせーは家庭教師の報酬をいただいていないのですけど?」


「……はいはい、せんせー。これで良いですか?」


 僕はそのまま、七海の頬にキスをする。


 満足気に微笑んだ七海の笑顔を見て……僕もちょっとだけ照れくさそうに微笑んだ。

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