第81話「家族への報告と挨拶」

「なにそれ、じゃあ……お義兄にいちゃん……お姉ちゃんと別れて、私と付き合う可能性もあったってこと?」


「なんでそうなるの?! 沙八さやちゃん僕等の話聞いてた!?」


「えぇっ?! 沙八?! 陽信のこと好きだったの?!」


 僕等の話を聞いた沙八ちゃんは、開口一番にそんなとんでもないことを言い出す。


 今日の晩御飯は七海の両親だけでなく……僕の両親も茨戸ばらと家に集まっていた。


 長期出張が終わったこともあり……お土産物も買ってきてのちょっと豪勢な宴会の席をなる予定なのだ。


 だから、僕等はその宴会が始まる前に……全員が揃った段階で、僕と七海が付き合い始めたことを報告をした。


 つまりそれは……嘘から始まった関係であることを、僕等の家族にも知ってもらうことを意味する。


 睦子ともこさんは知っているが、それ以外の皆は知らない。


 厳一郎さんも沙八ちゃんも……うちの両親もだ。


 報告するかしないか……七海と僕は話し合って……報告することを決めた。


 報告しなくても良いんじゃないかと……ある意味で余計なことを言わなくても良いんじゃないかとも思っていたんだけれども……結局はそういう結論には至らなかった。


 僕と七海が、もう嘘をつくことを極力は避けたいと考えたからだ。


 もちろん、これから先……何かしらの嘘をつくことはあるかもしれない。


 お互いにお互いを思って、何か嘘をつくことだってあるかもしれない。


 サプライズだって一種の嘘だ。


 だけど……嘘をつくことで最終的にお互いを傷つけるようなことは……絶対にしないと決めた。


 ほら、世の中にあるすれ違い系って……小さな嘘から始まって、それが最終的に大きな溝になってしまうじゃない。


 だから、そう言うことは無いように……お互いに色々なことを正直に話すと決めた。


 家族に打ち明けるのもその一環だ。負い目は作りたくないと……改めて僕等の事を報告することにしたのだ。


 僕も七海も内心でドキドキで……お互いに手を繋ぎながらの報告だ。


 その矢先に、沙八ちゃんの一言である。 


 厳一郎さんや……僕の両親が何かを言うよりも早く……誰よりも早く、そんなことを言い出した。


「いや、別にお義兄ちゃんの事が好きってわけじゃないんだけどね。お義兄ちゃんみたいな彼氏は欲しいなーって思ってたから。別れちゃってたなら、じゃあ私と付き合ってみるって感じで?」


「えぇ……そういう感覚? 随分軽くない? 今どきの中学生ってそんな感じなの? まぁ、僕等も人の事言えないけどさ……」


 まぁ、付き合ってから好きになるってのも有りだとは思うけど……。僕等がまさにそうだったし。


 それでも沙八ちゃんは、あっけらかんとした表情で何でもないことのように言葉を続ける。


「少女漫画でもなかったっけ? 別れた彼女の妹と付き合うって展開。それで、やっぱりお互い忘れられなくて未練が凄い見え見えってパターン」


「僕は少女漫画はあんまり詳しくないけど……無いんじゃないかなぁ……? それにそれだと、僕って凄く最低な奴になっちゃわない? 七海はそういう漫画見たことある?」


「えぇ~? あんまり見たこと無いよそんな展開……。それにもしもそうなってたら、私は沙八と陽信のイチャイチャを見せつけられてたってことでしょ? いくら罰と言っても厳し過ぎるよそれ……」


 うん、僕も七海の前で他の女性……それも沙八ちゃんとイチャイチャするとか嫌だね。


 いや、沙八ちゃんが嫌とかじゃなくて。仮に七海と別れてたとして……その妹とイチャイチャするとか拷問じゃない?


 まぁ、七海と別れるって事実が既に拷問だけどさ。


 でも沙八ちゃんは、そんなことは何でもないことのように笑って話す。


「だから良いんじゃない。それにほら、そうしとけば……万が一の時にお義兄ちゃんとお姉ちゃん復縁しやすいかなって。別れても近くに居られれば……お互いの気持ちを再確認できて……すぐに復縁できたでしょ?」


 その一言に、僕は今更ながら沙八ちゃんがそんなことを言った真意を理解した。おそらく、七海も気づいただろう。


 沙八ちゃんはクルリと身を反転させると、厳一郎さん達に向き直る。


「と言うわけだからさ、お父さんもお母さんも……お母さんは知ってたのか。まぁ、お父さんもそんな難しい顔してないで。二人は結局、お互い納得してるんだから……いいじゃない。怒んないであげてよ?」


 厳一郎さんは腕を組んでムスリと難しい表情を浮かべていた。


「……七海は嘘をついた……睦子もそれを知っていた……それを……陽信君も知っていたと……」


「……そうなるわね……あなた……怒ってる……? ごめんなさいね……」


 食事の準備をしている睦子さんがその手を少しだけ止めて、謝罪の言葉を改めて告げる。


「いいや……怒ってるわけじゃなく……蚊帳の外だったのが少し寂しかっただけだよ……。それに、同じ立場だった沙八にあんなことを言われてしまってはな、怒るに怒れないよ」


 少し苦笑を浮かべて、厳一郎さんは睦子さんの隣に行って食事の準備を手伝い始めた。


 そして、動きながらも七海に対してその鋭い視線を向け口を開く。


「お互いが良くても……それでも……七海、君は陽信君を深く傷つけた……。それを償うつもりはあるのかい?」


 怒ってはいないが……言うべきことは言うようだ。


「厳一郎さん……僕はそこまで傷ついてはいないですけど……」


「いいかい、陽信君。傷と言うのは自覚してない傷の方が厄介なんだ。だから君は……その傷をこれから癒す必要がある」


 傷……僕は、傷ついているんだろうか? むしろ、七海との生活で癒されることはあっても傷つくことは無かったと思うんだけど……。


 厳一郎さんはそれでも……真剣な表情で七海を見ている。


 これは厳一郎さんが親として……言っておかなければならないことなのかもしれない。


「あるよ……ある。私は陽信に対して……一生償うつもりでいるんだよ、お父さん。だって、私は陽信の事大好きだから……愛してるからさ」


 七海はまっすぐに厳一郎さんを見据えながら、ハッキリと……家族全員の前で告げる。


 そしていつものように赤面を……しなかった。真剣なままで厳一郎さんと睨みあうようにも見える視線の交差をさせていた。


「そうか……その覚悟があるならもう何も言わないよ……二人で幸せにおなり」


 厳一郎さんはフッと笑うと、それから改めて僕の両親に頭を下げた。


志信しのぶさん、あきらさん……申し訳ありません……うちの娘がお宅の息子さんに失礼を働き。謝罪させていただきます」


「いえいえ、大丈夫ですよ。うちの息子に急に彼女ができるっておかしいと思ってたんですけど……ちょっと合点は行きました。その辺は納得です」


「むしろ、私としてはで罰ゲームの恋人関係だったっていうほうが信じられないですよ……今でも信じられません。あんだけ砂糖とお花を振りまいといて、信じろって方が無理でしょう」


 僕の両親はさして気にした風もなく、呆れたような表情を浮かべていた。我が両親ながら酷くないかな?


 いや、僕も男女交際の経験が無いから手探りだったんだよ。そんなことを言われても。


 そう考えていたら……母さんが僕の方へと視線を向ける。


「そうですね……私が陽信にここで聞きたいのは一言だけです。あきらさんも多分同じ気持ちだと思いますけど……」


 母さんは一呼吸置いて……姿勢を正してから僕に問いかけてきた。


「陽信、あなたはちゃんと……七海さんの事が好きなのよね? 私達の目の前で……はっきりと口に出してちょうだい」


 ……そっか、七海からは気持ちを聞けたけど僕からは何も言って無いもんね。


 それならと僕も姿勢を正して、母さんに……いや、この場の皆に宣言する。


「僕も七海の事を愛してるよ。将来的には……結婚したいと思ってるくらいにはね」


 その一言に……全員が息を飲むのが伝わってきた。


 ……へ? いや、七海だって愛してるって言った時そんなリアクション取らなかったよね? なんで?


 七海は顔を赤面させて、沙八ちゃんは目を輝かせて嬉しそうだ。厳一郎さんと睦子さんは目を見開いて驚いている。


 母さんと父さんは……ヤレヤレと言う感じで首を振っている。


「陽信……私は何もそこまで言えと言ってないわ……。好きだと言ってくれればそれでよかったんだけど……」


 おおぅ……しまった。語るに落ちるというか……珍しく僕が自爆してしまった。


 いや、七海も言ってくれたからさ、そこまで言わないといけなきゃって思うじゃない。


 そして僕の言葉を皮切りに、周囲の人達の好き勝手な会話が始まってしまう。


「これはもうあれですな……似たもの夫婦の風格が既に出てしまっている。将来的にも心配無いし、なんなら高校卒業して少ししたら、孫の顔も見られそうだ……」


「大学生のうちに学生結婚ですか、それもありかもしれませんね。うん、サポートしないと」


「いや、逆に恋人期間を長くとるんじゃないですか? 二人とも、これから本格的にイチャつくんでしょうし……」


「……今までのが本気じゃなかった……と……恐ろしいですな」


「私、高校生で叔母さんとか嫌なんだけどー……でも姪っ子? 甥っ子? は見てみたいかもー。絶対に可愛いよねぇ」


 好き勝手なその発言に僕と七海は赤面してしまい……七海が僕の隣に腰掛けてきた。そしてそっと僕の手を取る。


 皆が好き勝手に話し始める中で、僕にだけ聞こえる様に七海は耳元で囁いてきた。


「……皆に言って良かったね……陽信……幸せになろうね」


「……なろうね、じゃなくて……二人なら幸せだよ……絶対」


 僕等は小声で囁き合うと、顔を見合わせて微笑み合う。


 気が付くと……好き勝手に喋っていたかと思った周囲はいつの間にか沈黙して……僕等の事をニヤニヤと見てきており、僕等は思わず下を向いてしまう。


「はいはーい、じゃあ今日は志信さん陽さんの出張お疲れ様会、そして陽信君と七海の正式お付き合い記念パーティで、手巻き寿司よー」


 そんな空気を吹き飛ばす様に、準備を終えた睦子さんが次々と皿をテーブルに運んでくる。


「ウニとか大トロとかシャコとか……志信さん達が凄い海産物をお土産に持ってきてくれたから、豪勢になったわよー」


 僕等は慌てて、沢山の皿を運ぶ睦子さんを手伝う。料理の手伝いは頑なに拒否されてしまったけど、これくらいならと睦子さんも受け入れてくれた。


 そんな中で、睦子さんが僕に対して提案をしてくる。


「あぁ、そうそう。陽信君、今日は泊まってく? 七海と一緒のお部屋で寝るの……今日なら許してあげるけど?」


「いえ……今日は逆に帰りますよ。色々と……気持ちの整理とかもしたいですし……それに……」


「それに?」


「気持ちが盛り上がり過ぎて、今日の僕は何をするか分かんないですから……。流石にまだ、そういうのはダメでしょう?」


「あら、大胆」


 冗談めかして返した言葉だったんだけど……七海にはある程度本気で取られてしまったらしく……僕は七海に背中をバンバンと叩かれてしまうのだった。

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