【番外編】今日を七海の日とする!

「あれ? 今日って七海の日じゃない?」


「待って、陽信。いきなりすぎて私ついて行けてない。ちょっと話題のスピードを落として」


「あれ? そんなに早かった?」


「うん、すっごく急発進だったよ」


 僕が思いついた一言に、七海は困惑したような表情を浮かべている。


 うん、確かにいきなりすぎたかもしれない。説明は大事だね。


 困惑する七海に僕は姿勢を正して説明を始める。


「ほら、今日って7月3日じゃない」


「そうだね。もう7月かぁ……暑くなってきたよねー。夏服は涼しいけどさぁ、制服はもっと薄着でいいと思うの……スカート短めのノースリーブとか……いっそ背中を全部出しちゃいたい……」


「まって、七海がそれ以上に肌を出すなら、僕は心配だから反対だよ。今日だってスカート短かすぎて、パ……えっと……中が見えそうだったんだから」


「陽信なら見てもいいけど?」


 グッとくる一言になんとか耐えながら平静を装う……ことはできなかった。


 なんと七海は座ったままでスカートの端っこをちょこんと持ち上げていたのだ。


 中は見えないが、綺麗な太腿がばっちり見えてしまう。たぶん僕今、顔が赤い。


「はしたないからやめなさい……。そうじゃなくて、他の男子に見られるのが嫌だってこと」


「おぉ……陽信が私に独占欲を出している……なんか良い!」


 ……茶化されてる気がするけど、七海はなんだか嬉しそうだ。


 確かに言われてみれば……そういうことを口に出したのはあんまりないかも。いや、一回くらいはあった気が……。


「まぁ、大丈夫だよー。その辺はちゃんと意識してるから。見ててねー」


 僕が自分の言動を振り返っている間に、七海は座りながら色んな体制に姿勢を崩したり、座り直したりする。その姿勢に僕は視線を持っていかれてしまう。


 ……確かに、肝心なところは絶妙に隠されて見えていない。


 動いても動いても肝心なところは一切見えず、これを意識して中身が見えないようにしているのであればその技術に感嘆する。


 女子凄い。


 凄い……けど……しかし……。


「ほら、見えてないでしょ?」


「うん、確かに中は見えてないね、見えてないよ。……でも、今は僕の部屋だからいいけど、それは外で絶対にやらないでね」


「へ? なんで? なんか最近の陽信は心配性だねぇ……?」


「そりゃ、心配にもなるよ……」


 確かに七海のパン……いや、スカートの中は見えてなかった。


 見えてないけど……七海は今の仕草がどれだけ男心をくすぐってしまうのか分かってない。


 いや、男心とか可愛いものじゃないな。これは下手したら誘惑されてるとすら思えてしまう。


 それぐらい、身体を見事なまでにクネクネと身体を艶かしく動かしていながら、肝心な部分を隠しているのだ。


 見えそうで見えないという事を極めている。


 女子ってみんなこうなの? もうこれ技だよ、男子に対する必殺技だよ。一撃必殺だよ。


 まぁ、僕は彼氏なんだから気にすることじゃないかもしれないけど……外で、僕以外があれを見たら絶対に勘違いする人が出る。


 それくらい……すごかった。


「それで? なんで今日が私の日なの?」


 あぁ、そういえばその話だった。話がだいぶ逸れてしまったから忘れてた。うんそう、今日は七海の日だ。言い出しっぺなのに忘れてたよ。


「いや、それはほら。7月3日だから。7と3でななみってことで」


 改めて僕は説明をするのだけど、ちょっとセクシーな格好のままで七海は僕の言葉に首を傾げる。畜生、可愛いなぁオイ。


「いや、7と3で波の日とかなら分かるけど……。もういっこの「な」はどこにあるのさ? 私の日ってのは無理が無い?」


「いやいや、スラッシュを使って7/3って書くのさ。スラッシュはななめって変換で出るから。ってできるじゃない?」


「うわー……すっごいこじつけー……」


 ジト目で僕を見てくるのだけど、すぐに七海は悪戯っぽい……いや、これは小悪魔っぽい笑みかな? そんな笑みを浮かべて僕にちょっとだけ近づいてくる。


「それで陽信? 今日が私の日だとして……。主役である私に何かしてくれるのかなぁ? なんかすっごいおもてなし、してくれるのかなぁ?」


 わざわざ近づいてきて見上げる様に僕と視線を合わせる七海なのだが……。


 しまった、何をするかを何も考えていなかった。


 いや、七海の日ってことに気づいて口に出しただけで、別に何かするとか決めてるわけじゃなかったんだよね。


「えーっと……何しようか?」


「えー? 思い付きなのー? なんか無いのー?」


 ケラケラと笑いながら七海は座っている僕の膝に寝っ転がって頭を乗せてきた。僕はそのまま彼女の頭を撫でてみる。


 気持ちよさそうに目を細める彼女を見ながら、僕はスマホで今日が何の日かを検索してみる。


 今からだとどこかにデートに行くのも難しいし……近所のショッピングモールに行くのがせいぜいかなぁと思ったところで、ちょうど良さそうな記念日を見つけた。


「七海はさ、なんかしてほしいことある?」


「陽信がしてくれればなんでも嬉しいよー。って、一番難しい答えかな? 最近は毎日一緒にいるから……今更特別な何かって思いつかないや……」


 頭を撫でている僕に返す様に、七海は僕の頬に手を添えてきた。確かに……僕も七海がしてくれればなんでも嬉しい。それはお互い様のようだ。


「じゃあさ、今からショッピングモール行こうか。今日ってソフトクリームの日でもあるみたいだからさ、ソフトクリーム食べて、ブラブラして、一緒にのんびり過ごそうか」


「いーねー! ソフトクリーム!! 違う味買って、食べさせあいっこしよっか?」


「後は……そうだね。今日は僕が夕飯を作るよ。それで七海をおもてなしする。どうかな?」


「あ!! じゃあカレー食べたい!! 陽信のカレー!!」


 可愛らしくはしゃぐ彼女を見て、思い付きとはいえ彼女の日だと口にして良かったと僕は実感する。


 それから七海は一度僕から離れると、僕のベッドに腰掛けて静かに手を広げた。


 最近たまーにある……彼女がハグしてほしい時のサインだ。


 誓って言うけど、ハグ以上のことはしてない。まぁ、ほっぺとかにキスくらいはするけど……それくらいだ。


 そんな度胸は僕にはまだないし……七海も実際にはまだおっかなびっくりと言う感じが強いからね。


 そして僕は彼女を軽く抱きしめると……七海はそのまま身体をグルリと勢いよく反転させる。


 その勢いに身を任せた僕は、抱き合った状態で七海にベッドに押し倒されてしまった。


 あれ? 普通逆じゃない? 僕が押し倒されてる?


 そのまま彼女は、押し倒した僕に身体重を預けるようにして抱きしめてくる。


 それ以上の事はしてこないけど……初めてのことに僕の鼓動は早鐘のようにドキドキと高鳴る。


「七海さん……? どうしたんですか……?」


「んー? 今日は私の日なんでしょ? だったら黙ってハグされててよね~。これもおもてなしってことでさぁ〜」


 おもてなしなら仕方ないかなと……僕は抱きしめ返して彼女の髪の毛を優しく撫でる。


 撫でながらも心は平静を保つ……と言うかこれ以上暴走しないようにしないと……。 


 今、かなりヤバい。


 そんな僕の心を知ってか知らずか……彼女は僕の耳元で囁く。


「……あとさ……今日は泊ってっても良い?」


 その一言に頬が赤くなって熱を持つが……僕は同じく彼女に耳元に囁いた。七海との生活で、僕のメンタルは鍛えられっぱなしだ。


「……いいよ……母さんが許したらね……。あと、えっちなことはしないからね……」


「それでいーよ……って、普通は逆じゃないこれ?! なんで私がえっちみたいに言われてるの?!」


「逆だねぇ……。だって僕が押し倒されてるし、七海の方がえっちだってことでここはひとつ……」


「……むー……私が押し倒しちゃったから反論できない……」


 口を尖らせた彼女はそのまま僕を堪能するように頬を擦りよせてくる。


 なんだか今日は積極的と言うか……少し無理してる感じがあるなぁ……。


「……七海、なんかあった? 今日は七海の日だから何でもおもてなしするけど……流石にさ、これ以上のおもてなしは難しいかなぁ……」


 僕の発言に七海は少しだけ言いづらそうにしながら、口を開く。


「んー……私達ってさ、まだその……してないじゃない? それが友達から、普通ならもうしちゃってない? って話題になってさ。」


「あー……してる子はもうしてるってのは聞くねぇ……」


「それでさぁ、私って陽信に我慢させちゃってないかなぁって……。その……好き同士なら普通にしちゃわないとか……そんな話になってさー……ちょっとだけ不安になったというか……」


 段々と小さくなる声に、僕は無言で七海の頭をポンポンと撫でる。安心させるように。


 誰だか知らないけど……まぁ、余計なことを……。


 いや、余計と言うよりは、それもそれで一般論なのかもしれない。


 きっと言った友人も悪気は無いはずだ。だから僕は七海を少しだけ力を込めて抱きしめる。


「別にさ、普通にこだわる必要ないんじゃない?」


「え? ……そうかな?」


「そもそも、僕等の始まり自体が普通じゃないんだしさ。そういう普通じゃない恋愛があっても良いじゃない。他の人の普通……に流される必要は無いよ」


「そっか……じゃあ良いのかな? 私達らしく……。でも、陽信は我慢してないの? その……したくないの?」


 七海の言葉に僕は即座に、至極真面目な口調で答える。


「いや、滅茶苦茶に我慢してるよ。今だってもう、我慢しまくってるよ。好きな女の子と密着して、もう色々したい気持ちを抑え込んでるよ。これで我慢してないとかありえないでしょ。僕は聖人君子じゃないし」


 僕の即答に七海は呆れたように「えぇ~?」と声を上げた。これは本当の事だから仕方ない。


 僕はもう七海に嘘を付きたくないから、正直に言う。


「でも、七海はまだちょっとだけ男の人怖いでしょ? だったらさ……僕等はゆっくりゆっくり気持ちを育てて。……そうだね、大学生くらいになるまではしないって決めたんだ」


「そんなことを決めてたんだ。初耳だよ?」


「今はじめて言ったからねぇ。ほら、今日は七海の日だから。おもてなしするために、何でも喋っちゃいそうだな。他に何か……聞きたいことある?」


「んー……そうだね……最後に一つだけ……聞きたいかな……」


 ベッドの上で抱き合ったままで、七海はもう一度僕の耳元に囁く。


「陽信……。しなくてもさ……私のこと好きでいてくれる?」


「当り前だよ。……でもそうだね……言葉にしないと分からないから、これからも沢山言うよ。だから、僕が七海に手を出さないのは、七海に魅力がないとか、好きじゃないとかそう言うことじゃないからね?」


「……そっか、うん。安心した。じゃあもう一回……今度は陽信から言って?」


 七海からのおねだりが始まる……。うん、今日は七海の日だから……このお願いは聞いておこう。僕は今日は七海のお願いを叶えるマシーンだ。


「愛してるよ……七海……」


「……うん、私も愛してる」


 僕等は未だに、そういうことはしていない……。


 それは同年代から見たら不自然に見えるかもしれないけど、これが僕等だ。


 きっとこれで七海の不安も解消されてると……嬉しいかな。


 僕等はどちらともなく離れて、お互いに顔を見合わせて微笑み合った。


「それじゃあ、夕飯の買い出しも兼ねてデートに行こうか。母さんには今日は僕が作るって連絡入れとくよ」


「うん。ソフトクリームも楽しみだねぇ。何味にしようかなぁー」


「違う味を買って食べさせ合うんだっけ? 僕は……やっぱりチョコレートかなぁ……」


「陽信好きだよねチョコレート。来年のバレンタイン、楽しみにしててね」


 そっか。バレンタインってイベントもあるんだよな。一緒にいると。イベントが沢山……楽しみだ。


 でもまずは今日はまず、七海の日だね。


「それじゃあ今日の主役の七海さん……お手をどうぞ」


 僕はちょっとだけキザッたらしくベッドに座った七海に手を差し出す。


 彼女は一瞬だけ驚いた顔をするけど、すぐに笑顔で僕の手を取ると立ち上がり……そのまま一緒に出かけた。


 ……それが祝日でも何でもないその日が僕等の間だけに通じる毎年のイベント事「七海の日」が加わった瞬間だった。


 僕の日? 僕の日は別にいらないよ。


 そんなことを七海に言ったら、彼女は笑いながら「じゃあ、私の中では毎日が陽信の日にするね」なんて言っていた。


 それだと、僕が貰いすぎないかなとか思いながら、僕等は二人の時間を過ごした。


 余談だけど……泊まること自体は母さんはオッケーしてくれたんだけど……流石に七海の希望した、僕と一緒に寝ることだけは許可が下りなかった。


 食い下がる七海に疑問を持った母さんは理由を聞くと……七海は僕が言い出した『七海の日』について洗いざらい説明する。


 そして……その発言に興味を持った両親から僕も色々と白状させられるのだけど……ハッキリ言って精神的な拷問に近かったです……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る