【番外編】父の日でも二人はいつも通り

 父の日は母の日に比べて忘れられがちである。


 そのような言葉をよく聞くのだが……僕の家族の場合は父の日が忘れられるという事はあまりなかった。と言うか、絶対に無かった。


 何故なら、母さんが絶対に忘れないからだ。


 父の日は僕が何かするというよりも、基本的に母さんが父さんを徹底的に労う日……。もちろん、僕もネクタイとか何かを贈るんだけど、それ以上にクールな母さんが、そのクールな仮面を脱ぎ捨てて父さんを甘やかしまくる日だ。


 ちなみに母の日は逆で、父さんが母さんを甘やかしまくる。


 どちらかと言うと父さんは照れ屋の部類なので、どちらの日もある意味で母さんに強制されてなのだが……それはそれで幸せそうに見えるから僕からは何も言わない。


 更に言うと、共働きだからか勤労感謝の日は夫婦でイチャイチャしまくってたりする。普通に両親がデートに行って、朝帰りとかしてたりする。


 まぁ、今年の父の日もそうなるんだろうなとか思っていたら……今年の父の日はちょっとだけ趣が異なることとなる。


「ねぇ、陽信!! 父の日を一緒に祝わない?!」


 そんなことを七海から提案されたのだ。唐突に。いや、ホント唐突過ぎてびっくりしたんだけど。


 父の日を一緒に祝うって……。どういう事?


「いやほら、せっかく家族同士でも交流があるんだしさ。お互いのお父さんを祝うって面白そうだなって思って」


「お互いのお父さん? ……つまり、僕が厳一郎さんを祝って、七海がうちの父さんを祝うってこと?」


「うん……楽しそうじゃない? ……それに将来は……その……将来は……お義父さんになるわけだし……?」


 ただの思い付きではなく、そう言う考えもあったらしい。問題は、僕には全部聞こえちゃってるってことくらいか。


「七海……後半の台詞、僕に秘密にしてるつもりならバッチリ聞こえてるから。遮るものは何もないから、ちゃんと聞こえちゃってるから……」


 僕はあえて指摘して、赤面する七海から一度だけポカリと叩かれた。仕方ないじゃない、僕の耳は良いんだから。無駄に良いんだから。


「まぁ、そうだね。僕にとっても将来、お義父さんになる人だし……」


 そう言ったらもう一回、ポカリと殴られた。せっかくノッてあげたというのに、何が不満だというのだろうか。


 いや、分かりきってるけどさ。僕もわざと言ったわけだし。


 ……なんだか最近僕、Sっぽくなってきちゃってる? いけないいけない……思いやりを忘れてはいけない……。


 さて、話を戻そうか。父の日だ。うん、父の日。


「七海の家って父の日って何やってるの? うちは……母さんが張り切っちゃって父さんを甘やかしまくる日なんだよね。昼間はデートしていないし、夜はなんて言うか……もうね、王様みたいな扱いだね」


「そうなの? 王様かぁ……。志信しのぶさんならやりそうだねぇ……。うちは……なんていうのかな……お父さんハーレム?」


「お父さんハーレム? 何それ?」


 なんだか物凄い羨ましいというか、不穏な単語が聞こえてきたけど。何そのハーレム? え? 厳一郎さんって一番ハーレムと縁遠いというか、喜びそうなイメージが無いんだけど。


 完全に睦子ともこさん一筋だろうし。


「うん、私と、沙八さやとお母さんで、ひたすらお父さんをおもてなしするの。私が肩をもんであげたり、沙八があーんしてあげたり……お母さんは一緒にお風呂に入って背中を流したり。あ、水着は着てるって言ってるけど……」


 あ、そう言う意味のハーレムね。嫁と娘ハーレムか。確かに父親なら感無量な気がする。


 そして、お風呂の件は……それは逆に厳一郎さんの趣味で着てもらってるのではないだろうか? いや、そこはあえて言及すまい。


 なるほど、確かにお父さんハーレム状態だ。


 そうか、厳一郎さんは男一人だからそんな状態になっているわけだ。うーん……それは……。


「……陽信、いまもしかして……羨ましいとか思わなかった?」


「……お……思ってないよ?」


 七海がジト目で僕を見てくる。いや、その場面を想像したりはしたけど、流石に羨ましいとは……ちょっとしか思っていない。これは浮気とかじゃなくて、悲しい男のサガというものだと思ってもらいたい。


「あーあ、じゃあ今度、陽信にもやってあげようかー? お母さんが肩もみして、沙八が食べさせて……私が……お風呂に一緒に入って……?」


「んー……それを全部七海がやってくれるなら、やってもらおうかな? 七海以外からは……されても嬉しくはないかも」


「ふぇっ?!」


 正直、睦子ともこさんや沙八ちゃんにやってもらうのは……興味が無いと言えば嘘になるけど、でもそれをどうせやってもらうなら、全部七海にやってもらいたい……。


 だってねぇ……彼女の母親に肩もみさせて、その妹に食べさせて……。どう考えてもまともな彼氏のやる所業じゃない。


 普通に最低だと思う。


「えっと……お風呂も……一緒に?」


 顔を真っ赤にさせた……耳から首まで真っ赤にした七海が僕に確認をしてくる。言い出したのは七海なのに、いまさら何を再確認してくるのだろうか?


「うん。だって、水着着るんでしょ?」


 僕の一言に、七海は目を見開いた。


 あれ? ……てっきりお互いに水着でお風呂に入ると……。


 ……だって、それなら恥ずかしいけどプールの延長戦みたいなものだし、平気だと思っていっただけなんだけど、もしかして七海……。え? 七海さん?


「七海……もしかして二人とも……全裸でお風呂に入ると思ってた?」


 僕は言葉にするとごく当たり前の事を再確認してしまう。うん、何言ってるんだろうか僕は。


「おおおおおおおおおお風呂は裸で入るのが普通でしょ?! いや、普通じゃないけどね?! よ……陽信のえっち!!」


「待って?! この場合ってえっちなの僕なの?! 七海の方がえっちじゃないかなぁ?!」


「一緒にお風呂に入りたいって言ってる段階でえっちだよ!! 別に嫌じゃないけど恥ずかしいよ!!」


 え……? い……嫌じゃないんですか……? それは……どっちの意味で?


 うん……いや、当然僕も嫌じゃないけどさ……。水着の七海と一緒に入るなら平気だけど……流石にお互い裸でお風呂はちょっと……まだ早いんじゃないかなぁ僕等には?


 七海もその叫びの内容を自覚したのか、途端に押し黙ってしまった。顔から耳から……全身が真っ赤だ。


 誰かの専用機みたいな色になってしまっている。


 うん、流石にちょっと自爆させ過ぎたかな……?


 ちゃんとフォローしとかないと。


「えぇっと……話を戻そうか。父の日にお互いのお父さんに贈り物をしようってことで良いのかな?」


「う……うん! そうそう!! それが目的、最初の趣旨……うん、間違ってないよ!!」


 気を取り直した七海が嬉しそうに頷いてくる。まだちょっと赤いけど、赤身はほんの少しだけ引いていた。


「じゃあ僕が厳一郎さんに渡すプレゼントを用意して……」


「私があきらさんに渡すプレゼントを買うってこと……」


 ……なんて言うか、七海は本当に面白いことを思いつくなぁ。お互いの父親に贈り物って。


「じゃあ、明日のデートは父の日のプレゼントを買いに行く……ってことでいいのかな? それだけだと時間持て余しちゃうし……どっか行きたいところある?」


「んー……基本的に二人でいられればどこでも良いんだけど……。……水着とか見てみる?」


「水着はちょっと早くない? ……って言うか、水着って単語だけで赤くならないでよ……僕まで赤くなる」


「いやほら、お風呂とかじゃなくてさ……プールとかなら一緒に行けるかなって思って……私の水着……見たくない?」


「そりゃ見たい! プール……プールか……確かにプールも良いねぇ……。そういえば、プールって行ったこと無かったね」


 水着でお風呂……と言う連想しかしてなかったけど違ったね。それが本来の正しい使い方だね。うん。いや、七海の話に引っ張られてそっちを考えてたよ。


 だいたい水着だろうと一緒にお風呂なんて入った日には……厳一郎さんにしごかれる。たぶん、ジムに連れてかれて徹底的に鍛えさせられる。


 一回連れて行ってもらったけど、僕は家で一人筋トレしかしてないからかなり本格的でキツかった……。


 いや、それよりプールだ。プールデートかぁ……。


 僕は七海の姿を改めて見る……。うん……めっちゃ可愛い。僕が見たことに対してちょっとだけ不思議そうに首を傾げる仕草とかもう可愛い。ビキニとか着て欲しい。ワンピース系も良いけど、こう……スタイリッシュな水着が七海には似合う気がする。


 いや、七海ならどんな水着も着こなすかな? フリフリとしたフリルの付いた水着なんかも……。


 それに七海と二人でプールデートはちょっと危険だ。絶対に変な奴らにナンパされる気がする。


 七海を守るために趣味だった筋トレを少し本格的にするか……。それとも、他の人を誘ってみんなで行くか?


 ……まてまて違う。父の日の話だ。話を戻そう


「父の日の当日だけどさ、昼間はうちの父さん達はデートしているだろうから……。僕もそのお父さんハーレムに加わって、厳一郎さんをおもてなしするよ」


「あれ? プールの話は良いの?」


「それはまた今度にしよう。まずは、互いのお父さんを祝うことを全力を注ごう」


「……うん、そうだね!! 陽信が加わってくれるならお父さんも喜ぶよ!! ちょっと妬けるけど……」


「いや、厳一郎さんに妬かないでよ……」


「……ちゃんと私にもかまってね?」


 そりゃ、かまいますとも。


「もしもーし……。あのさー……お二人さん……?」


 そんな会話をしていたら、不意に違う方向から声が聞こえてきた。視線を送るとそこには……音更おとふけさんと神恵内かもえないさんの二人が呆れた目で僕等を見ていたのだった。


「ここさぁ……教室なんだけど……。聞いてて恥ずかしくなる会話……よく平気でやってられるね……」


「しかも父の日にかこつけてイチャつくなんて~……高度すぎない~?」


 見ると周囲の皆が僕等を温かかったり、嫉妬交じりだったり、赤面してたりと……色んな反応を示していた。うん……教室でする話じゃなかったか……。


 僕等も思わず赤面してると……こっそりと音更さんが僕に耳打ちしてきた。


「覚悟しときな……七海の水着姿……すんごいから……。あと、うちらも一緒に行くよ……うちの彼氏がいればナンパよけになるだろうからさ」


 それはありがたい……。音更さんのお兄さん……格闘家だから。それだけ言うと、彼女達は僕等にほどほどにと告げながら去っていった。


「初美に何言われたの?」


「ん? 今度、あの二人の彼氏も交えて海かプールにでも行こうかってね」


「トリプルデートだね!! 楽しそう!!」


 まぁ、情けない話……僕が音更さんの彼氏……総一郎さんを頼りにしているっていうのもあるんだけどね。いつか……一人で守れるくらい強くなれると良いんだけど。


 父の日の話から、なんだか変な方向にずれてしまったけど……七海が楽しそうだから良いや。


 うん、父の日の話だったはずだよね。


 これがあれか……父の日は母の日に比べて忘れられがちであるってことかな?


 余談だけど……父の日当日は七海の家で僕等の両親も交えての宴会となった。


 七海は父さんにハンカチとネクタイを贈り、僕は厳一郎さんに晩酌用のグラスとネクタイを贈った。ネクタイは……僕と七海でお揃いで買って見たものだ。


 照れくさそうにしながらも、父さん達は嬉しそうに僕等からのプレゼントを受け取ってくれたのだった。

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