【番外編】フォトフレームと記念の写真
「6月12日ってさぁ……恋人の日……らしいよ?」
「えっと……それはイチャイチャしたいってこと? する? まだ学校だけど……」
学校のお昼休み。僕等は互いに持ち寄ったお弁当のおかずを交換し合いながら食べることがすっかりと定番化していた。
そしてお弁当を食べ終わり、屋上でまったりとしている最中に……七海が唐突にそんなことを言い出した。
あまりに唐突だったので、学校だということも忘れて僕はとっさにそんなことを答えるのだが、七海は赤面しながらも僕の答えを否定してきた。
「違う違う! いや、イチャイチャしたくないわけじゃ……そういうのは二人の時で……じゃなくて!」
「じゃなくて?」
「恋人の日、恋人の日だよ。恋人の日って何をする日か知ってる?」
「いや、恋人の日なんだから……恋人らしいことをするんじゃないの?」
「それが何かーって聞いてるの!」
大事なことだからか七海はその日の名称を何回も繰り返す。
そして大きな胸を逸らしながら、七海は僕に対してほんの少しだけ得意げに聞いてくる。
揺れる胸からはなるべく視線を外しつつ……僕はスマホで恋人の日を検索してみる。
「ちょっとぉ? スマホで調べるのは禁止なんですけどぉー。クイズなんだから、何も見ないで答えてくれないとぉ」
「え? これクイズだったの?」
唐突に始まったイベントにビックリだ。驚く僕を見て七海は嬉しそうである。
「ちなみに当たった時の賞品と、外した時の罰ゲームは何?」
「うーん、そうだなぁ……」
七海は、腕を組みながらほんの少しだけ考え込むように、こめかみの辺りを指でトントンと叩いている。
それから、悪戯っぽい微笑みを浮かべた。どうやら……彼女の中で良い案が浮かんだようだ。
「そうだね、当たったら……ほっぺにチューしてあげるかな? 外れたら、私が陽信に膝枕してもらいまーす」
なんともささやかなお願いである。
と言うか、その程度のことは部屋でいつもやっているじゃないか……。まぁ、それ以上のことはできてないけどさ。
どっちにせよ、ご褒美である。
しかしまぁ、それなら是が非でも当てなければならないと、僕がスマホを置いて思考をし始めたのだが……次の瞬間に爆弾が投下された。
「今ここで」
「……今ここで?!」
流石に学校の屋上で膝枕はしたことがなかった。あーんしたり、お弁当を食べさせあったりとかはしてたけど……。
屋上でチューとか膝枕とかしたこと無かったよね? え? 他の生徒もいるよ?
……周囲の生徒は一部、僕らの方をニヤニヤと見ている。くそう、楽しみやがって……。いや、これはもう叫んじゃった僕の自業自得だけど。
いや、これはどうなんだ。外しに行くのが正解か、それとも当てに行くのが正解か……。
「……ヒント……ヒントをください」
「良いよー。これはね、ブラジルの行事なんだってさ。お母さんから教えてもらったんだ」
少し迷ったけれども僕はとりあえず、当てには行くことにした。
僕らは恋人同士なのだ。正式な。やっと正式になったのだ。だったら学校であってもほっぺにチューくらいは許されるだろう。いや、先生は許してくれないか? 許してくれるのはあの先生くらいかな?
いや、違うな……。僕が当てに行くのはそれが理由ではない。
当てたら絶対に、七海は自身の発言で照れて自爆する! そりゃもう盛大に自爆するだろう。それを見るためなら、僕は全力で当てに行こうじゃないか。
ヒントはブラジルの行事……そして睦子さんからの情報と言うところか……しかしブラジル、ブラジルの行事……。
……ブラジルのイメージってなんだろう?
なんか勝手だけど凄い陽気そうなイメージだよね。あとはサッカーとか?
他には底抜けに明るくて海があってビーチもあって……。ビーチには水着姿のセクシーラテン系美女がいて? あぁ、サンバもブラジルだっけ?
サンバ……サンバかぁ……。七海がサンバ衣装着たら凄そうだな……。水着とかも……。
いやまて僕、思考が逸れた。水着とかサンバの衣装とか想像するのはやめておけ。
ん……? でも、衣装ってのは良い目の付け所じゃないかな?
行事って結構、衣装にこだわる部分があるし。
ハロウィンはお化けの仮装、クリスマスはサンタの格好……。日本だってお正月は着物だ。
行事ってことは然るべき衣装があるんじゃないか? 少なくともゲームのガチャでは季節限定衣装がある。
ブラジルの行事であり、『恋人の日』と言う名称であること……そして……特別な衣装があることを想定すると……。
……とりあえず、周囲に聞こえる声で言うのが恥ずかしかったので、僕は七海にこっそりと耳打ちする。
「……水着とかセクシーな衣装を着て恋人とイチャイチャする日……とか?」
くすぐったそうにする七海は、僕の答えに少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべた……。
その顔は、『へぇー? そう言うことしたいんだ?』って言ってるように思えた。うん、絶対にそう思ってるよねこれ。
そして、その表情だけで分かってしまった。
これ外れだ。
「違うんだね?」
「うん、違いまーす。だから、陽信には罰ゲームでーす」
そう言うや否や、七海は屋上だと言うのに僕の膝の上に自身の頭を乗せてくる。心地の良い重みと、周囲からの微笑ましいものを見る視線……。
それと、一部男子生徒からの殺気混じりの視線を僕は一身に浴びることとなった。
皆、勘違いしないでね。これは罰ゲームなんですよ?
「ようしーん、髪撫でてー?」
そこまでさせるの?!
七海はあの日から……僕等がお互いに罰ゲームの告白について話した日から、こんなふうに素直に甘えてくることが多くなった。
前まではどこか引目を感じていた分、タガが外れてしまったのか……。それとも贖罪の意味を込めてなのか。嬉しいから僕は何も言えてないけどね。
でもまさか、屋外でも要求してくるとは……。
僕が躊躇っていると、上目遣いで僕を見てくる。まるで、周囲に見せつけたいと言っているような視線だ。
僕はその視線にため息を一つつくと……彼女の髪を優しく撫でる。
指に引っかかることなく、まるで上質な絹糸のような七海の髪の感触は僕も好きだけど……屋外でやるとはなぁ……。
ちょっと……その……なんだろうか……照れる。
どこか遠くから「良いなぁ…」と言う女子生徒の声が聞こえてくるが、とりあえずそっちは無視だ。彼氏がいるならおねだりしてやってもらってくれたまえ。
「それで、正解は結局なんなのさ?」
少しいたたまれなくなった僕は七海に答えを要求する。髪を撫でられて猫のように気持ちよさそうな表情を浮かべていた七海は、そのまま僕に答えを教えてくれた。
「正解はね、フォトフレームを贈り合う日なんだってさ」
「フォトフレーム……って、写真を入れる額縁のこと?」
「うん。まぁ正確には贈り物はなんでも良いみたいだけど……。お互いに写真を入れて、フォトフレームを贈り合うんだって。なんか素敵じゃない?」
今はスマホで手軽に写真を見れる。
フォトフレームについても、データを送って違った写真をランダムに表示するデジタルフォトフレームなんてのもあるくらいだ。
だけど七海は、そこであえて普通のフォトフレームを贈り合わないかと僕に提案してきた。
自分達で選んだフォトフレームに、自分達が選んだ写真を入れて、送り合う。
デジタルとは違って一枚しか表示できないけど、それを毎年交換して増やしていけたら……。
「毎年さ、コレって一枚の思い出が増えていくんだよ。素敵だと思わない?」
「七海ってさ、ギャルなのにそう言うところロマンチストだよね。まぁ、そこが可愛いところだけどさ」
「えへへ……褒められちゃったぁ……もっと撫でてぇ……」
甘えるような声を聞いて僕は髪を撫でながら、僕の膝で笑う七海に優しく微笑みかける。ここ学校だよ? まーた変なあだ名付けられちゃいそうだなぁ……。
そうこうしている間に、昼休み終了の予鈴が鳴る。この罰ゲームによる膝枕もコレでおしまいと言うことだ。
ちょっとだけ七海は不満そうにしながらも、僕の膝から頭を外した。
「じゃあ帰り、いつものショッピングモールにフォトフレームを買いにいくけど、現地では別行動で、フレームや写真とかの選定はそれぞれでって事で良いのかな?」
「うん、そうだね。なんか久々だね、放課後の買い物デートも。志信さん達が帰ってきてから、陽信がうちで晩御飯食べる機会も少なくなったしね」
「こういうのも買い物デートって言うのかな?」
「いーんじゃない? 私は二人で何かできれば何でも楽しいよ」
嬉しいことを先に言われてしまった。後付けっぽくなるけど、僕も「そうだね、僕もだよ」と返して、七海は歯をむき出しにした笑顔を僕に見せてくれた。
そして放課後……僕等はいつものショッピングモールでそれぞれで別行動してフォトフレームを買おうとしたんだけど……。
「考えてみたら……買うところは一緒だから別行動にはならなかったね」
「まぁ、良いじゃない。その代わり、写真の選定はそれぞれでやろーねー」
腕を組みながら僕等は互いに送り合うフォトフレームを選んでいく。この時、お互いが選んだものに口出しはしないという条件が七海から出たので、僕はそれを承諾した。
彼女はハートの形のフォトフレームを……僕はイルカの絵柄が入った四角いフォトフレームを選択した。
「それを僕にくれるの? 可愛すぎない?」
「お互いの選んだのに口出ししないって約束でしょー?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、七海は楽しそうに笑う。……母さん達に見つからないようにしないとなぁ……いやでも、せっかくだし机の上には置いておきたい気がする。
僕の葛藤を他所に、七海はあっさりとそのフレームを購入する。仕方ないとため息をついて僕もフレームを購入し……それに入れる写真を選ぶこととした。
スマホに保存された写真を印刷する機械は並んでいるので、僕等はお互いが選んだ写真が分からないように少しだけ離れて座って写真を選ぶ。
何の写真を選ぼうか……。というのは実は授業中とかに考えて決めていたりする。
それは七海も同様だったのか、あっという間に写真の作成は終わって、それぞれが購入したフォトフレームへと入れてくる。
そして……。
「こういう時の掛け声ってなんかあるのかな? バレンタインならハッピーバレンタインとか、クリスマスならメリークリスマスだけど……」
「まぁ、掛け声は無くても良いんじゃない? これからも……恋人としてよろしくってことで……。って……言っててすっごい恥ずかしいね」
「ううん……嬉しい。こちらこそよろしくね、陽信」
僕等はお互いに笑顔を向け合いながら、写真を入れたフォトフレームを交換し合った。
そしてその中に入った写真を見た瞬間に……お互いに吹き出してしまった。
「七海も、この写真選んだの?」
「だってさ、記念って言ったらこれかなって思ってさ」
僕も七海も……奇しくも同じ写真を選んでフレームへと入れていたのだ。
改めてその写真に僕は視線を向ける。
そこには僕と七海が罰ゲームでも嘘でもなく……本当の彼氏と彼女になった時に、撮ってもらった記念の写真が収められていた。
二人とも少し目元が赤くなっていたり、涙の跡が残ってしまっていたりするが……離すまいとしっかりと指を絡めて手を握り、お互いに頬を寄せ合っている……とても幸せな写真だ。
「必ず飾るよ……机の上に……この写真は絶対に飾る」
「私もそうする。でも陽信は、志信さんになんか言われない?」
「少し心配だったけどね、でもこの写真を見たらそんな気分吹っ飛んじゃったよ。逆に惚気てやるよ」
「逞しくなったねぇ」
僕等その写真と同じように手を握り、お互いに笑いあう。
それから僕等は毎年……この恋人の日にお互い写真を収めたフォトフレームを贈り合うようになるのだが……それはまた別な話……。未来の話だ。
お互いに贈り合ったフォトフレームは、僕等の部屋にそれぞれ飾られていく。
そしてそれはいつかきっと……いや、絶対に……一つの部屋に飾られるようになるのだろうと、僕はそんなことを考えていた。
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