第73話「参拝と僕の大きな決断」
僕等は手を繋ぎながら、桜吹雪が舞う表参道を本殿へ向かい歩いていた。僕も彼女も、他愛のない雑談をしながら、お互いに笑顔を向け合っている。
ただ歩いているだけなのに楽しく、とても幸せな時間だ。
周囲にも人がまばらに歩いている。僕等と同じように本殿に向かう人たち、帰宅するのか僕等とは逆方向に歩いて行く人たち……。その人たちも、一様に笑顔を浮かべている。
幸せそうな笑顔だ。きっと僕等も今、あんな表情を浮かべているんだろうな。
「なんだか不思議だねぇ。桜がある普通の道なのに、神社ってだけで神秘的な感じがするよ」
「まぁ、本殿もここから見えるしね。この神社、結構なパワースポットらしいよ? だから神秘的な感じがするんじゃないかな」
「意外だねぇ。陽信、パワースポットって信じてるんだ。男の子ってもっとこう……現実主義? そう言うのって信じてないと思ってたよ」
「ここ最近はね、ちょっと信じるようにしているんだよ。だから今日もこうやって、
「作法? って……私達って普通に歩いているだけだけど……これって作法を守れてるの?」
僕の言葉に、七海は不思議そうに首を傾げていた。僕は今、参道の端を彼女と手を繋いで歩いている。これが作法を守っていることになっている……はずだ。
「うん、道の真ん中って神様の通り道だから、神様の邪魔をしないようにこうやって端を歩くものなんだってさ」
「へぇ……そうなんだ。もしかして、さっきの鳥居で端をくぐったのも同じなの? 真似してやったけど……」
七海の言葉を僕は首肯する。
先ほどの鳥居をくぐる時、僕は鳥居に一礼してから鳥居の端を通った。七海も僕に倣って鳥居に一礼してから端をくぐっている。
「まぁ、僕も全部を調べられたわけじゃないんだけどね。お願い事をするときは、なるべくそう言うのを守った方が良いかなって。気持ちが大事ってのは、つまりは所作も大事ってことだろうし」
「そうだけど……随分気合入ってるね? そんなに気合いを入れて何をお願いするのかな?」
その疑問に僕はちょっとだけ言葉を詰まらせる。
もちろんお願いするのは七海との恋愛成就なんだけど……。付き合っている僕等の恋愛成就と言うのはちょっと変な気もする……ここは正直に言うべきだろうか?
「……僕等のこれから……かな。これからも、七海と一緒に居られますようにって祈願するのに、色々調べたんだよ」
ちょっとだけ嘘だけど……これからも一緒にいたいというのは僕の偽らざる本心である。
改めて口にするとちょっと恥ずかしいというか……照れくさく感じてしまい頬が赤くなる。
思わず頬を指でかきながら七海から顔を逸らしたのだが、その逸らした僕の顔を覗き込むようにして……七海は僕と目を合わせてきた。
「……じゃあさ、私にもその作法を教えてよ。……二人でやったらさ、効果は倍増かもしれないよね?」
笑顔を浮かべて、七海はさらに僕に身体を寄せてくる。
僕は彼女を神社に連れてきたけど……彼女が何を祈願するかはあえて聞いていなかった。なんだか聞くのが怖かったのだけれども……僕はその笑顔にどこかホッとした気持ちを覚えた。
「そうだね、二人でやれば……効果は倍増かもね」
もしかしたらこれは彼女なりの気遣いかもしれないけど、その気遣いが嬉しいと感じながら、僕はネットで調べた限りの参拝のマナーを彼女に伝える。
「はぁ……知らないことがいっぱいだねぇ……。良く調べてそんな複雑な内容を覚えたねぇ」
「んー……まぁ、ほら……。えっと……これからも……七海と一緒に居たいと思ったからさ」
すべてを伝え終わった僕は七海の質問に答えると、彼女は嬉しそうに頬を染めて、繋いでいた手を離して改めてその腕を僕の腕に絡めてくる。
「……これからもさ……一緒に居ようね、陽信。私も……ずっと陽信と一緒に居たいよ」
腕を絡めてきた七海は、僕に対して懇願するように囁く。
僕も同じ気持ちで……彼女も言葉通りに僕と同じ気持ちでいてくれているなら、こんなに嬉しいことは無いだろう。
そうこうしている間に僕等は本殿へと辿り着いた。
休みの日だからか僕等と同じようにお参りしている人はたくさんいる。みんな、思い思いに神様へと祈願をしているようだった。
僕と七海はマナー通りにお清めを行うと、少しだけ緊張していよいよお参りを開始する。その時もマナーを守りつつ、僕等は気持ちを込めることを忘れない。
ゆっくりとお賽銭を入れて、鈴を鳴らす。決して投げ入れることはしない。あくまでも神様に対してお願いをするということを忘れてはいけない。
そして二回礼をしてから、二回柏手を打つ。願いを言うのはこの時だ。
だけどこの時、矛盾するようだが神様に一方的にお願いをするのではなく、神様に対して誓う気持ちが大事なのだとか。
頭の中で、願いをイメージして思い描くのが大事らしい。そして、そのイメージに対して自身がどのように努力をしていくかを神様へと誓いを立てる。
一方的に神様に願いを叶えてもらうためのお願いはしない。ただ願うだけでは、神様は願いを叶えてくれないということか。
確かに僕がもしも神様だったら……一方的なお願いをされてその人の願いを叶えたいかと言われると答えはノーだろうな。
七海のお願いなら無条件で聞いちゃいそうだけど……。いや、そうじゃないな。
考えを戻して僕は、改めて神様に誓いを立てた。
僕は記念日に……七海に改めて告白します。
受け入れてもらえるか、それとも断られるかはわかりませんけど、彼女に僕を好きになってもらえるよう、これまで精いっぱい努力してきたつもりです。
そして、告白が上手くいった後は必ず彼女を幸せにします。……いいえ、彼女と一緒に幸せになる様に、これからも努力を続けていきます。
逆に……もしも告白が上手くいかなくても……僕は彼女の幸せを祈って素直に身を引きます。
断られることによるショックも、未練も絶対にあるでしょうけど、それでも彼女の幸せを第一に考えます。
だから神様……どうか……どうか僕の背中を少しだけ押していただけるとありがたいです。願いを叶えるのはあくまでも僕の努力です。それが上手くいくように……見守ってください。
僕は今この場で……それを神様に誓います。
僕は一通りの誓いと願いを心の中に思い描くと、最後に一礼をする。
顔をあげると、七海もちょうど同じタイミングで顔をあげていた。僕は彼女の顔を横目でチラリと見ると……彼女はとても真剣な表情で本殿を見つめている。
彼女は何を誓ったんだろうか?
その真剣な表情は陽の光に照らされ、今日見たものの中で一番綺麗だと僕は感じつつ……そこでスマホを取り出して写真を撮るような無粋な真似は慎んだ。
あくまでもここは神様の前であるし、この美しい横顔は僕だけの思い出としてしまっておきたかった。
そこで彼女は僕の視線に気が付いたのか、その真剣な表情を一変させて、笑顔を僕に向けてくれた。僕も笑顔を返すと、彼女へと手を差し伸べる。
さらに嬉しそうに笑顔を深めた彼女は僕の手を取り、僕等は一緒に本殿から離れていく。少しだけ彼女の顔を見返すが、彼女が何を願ったのかはその表情からは伺い知ることができない。
これで神様に僕の……僕等の誓いと願いは届いただろうか?
「……陽信は、何をお願いしたの?」
七海はまるで、改めて確認するかのように僕に問いかけてくる。表情も笑顔ではあるのだが、ほんの少しだけ先ほど見せた真剣な色を伺わせた。
「さっきも言った通りだよ。僕と七海が……ずっと一緒に居られるように……これからも努力するから見守ってくださいって」
「そっか……」
「七海は? 何をお願いしたの?」
僕もあえて彼女に問いかける。彼女はほんの少しだけ眉をひそめた笑顔を浮かべて僕に答えた。
「陽信と一緒だよ。……陽信と……ずっと一緒に居られるようにって……。神様にね、見守ってくださいってお願いしたんだ」
僕はその笑顔がなぜか少しだけ寂しそうに見えてしまった。
だから、僕は安心させるように彼女の手にほんの少しだけ力を込めて、彼女の手を引っ張って本殿から移動を始める。
「陽信……どこ行くの? あ、おみくじとか引いてみるとか?」
「それも良いけどさ……ちょっとその前に……案内したいところがあるんだ」
僕はおみくじが販売されている場所とは反対方向へと突き進む。七海は首を傾げつつも、僕に素直についてきてくれていた。
そこは本殿横の小道で……今は全く人の居ない道だ。気づいていない人の方が多いかもしれない。
「なーに? 人気のない所に連れて来て……。もしかして……えっちなことでもするつもりかなぁ?」
ほんの少しだけ調子を取り戻したように七海は僕に声をかけてくるが、まだその声にはほんのちょっとだけ寂しさの色があるように思えた。だから僕はなるべく優しく、彼女が安心できるような声色でこの先のことを告げる。
うん、えっちなことをする度胸は無いし……ここ屋外だからね。とりあえず、取り乱さないように……。
「この先にね……見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの……?」
そうして、誰もいない道を僕等は進んでいく。この先に何があるのか、彼女は少しだけ不安げにしているが、僕を信じてくれているのか黙ってついてきてくれている。
そして小道を抜けた先には少し開けた空間が広がっていた。そこは通行止めとなった門があり、木々が生い茂っていて、人は僕等以外には誰もいなかった。
そこだけ秘境のようで、ちょっと寂しい空間だ。
「何も……ないけど? ……やっぱりえっちなこと……。」
「しないしない! ほら、あっちを見てよ。これを見せたかったんだ」
少しだけ冗談めかして身体をくねらせた七海に呆れたようにジト目を向けて、僕はある一点を指さした。僕が指さした先には……木の陰に隠れた狛犬が鎮座していた。
「これ、幻の狛犬って言うんだってさ。本殿から離れた場所にあるからなのか、割と知られていなくてさ……見られると幸運を授かるんだって」
僕は七海を狛犬の傍まで連れて行くと、彼女に狛犬を触れさせた。
「幸運……幸運がこれで授かるんだ……。確かにこんな分かりにくい場所にいる狛犬を見つけられたらラッキーだよね。陽信、良く知ってたね?」
「調べた時にたまたまね……。どう? 元気出た?」
「元気出たって……私は元気だよ。ちょっと元気なく見えた? それなら、真剣にお願いしてたからだよ……。確かに、これから先一緒に居られるか不安になっちゃったのもあるけどね」
「そっか……じゃあさ……」
少し寂し気だけど、まるで無理矢理にしているようにいつもの笑顔を浮かべた彼女を見て……僕はある決意をする。
それは今まで僕が自主的にできていなかったことに対する決意だ。
僕は狛犬に触れていた七海の頬に手をそっと添える。それからゆっくりと彼女に顔を近づけると……。
その頬に口付けをする。
前のような偶然ではなく、僕自身の意思で……彼女の頬に手を添えながらゆっくりと……彼女の頬に自分の唇を触れさせた。
今まで僕が勇気が出せなくて先延ばしにしていた、彼女へのキス……。
流石に今日は唇にはできなかったけど……それでも僕ははじめての自信の好意に心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
それは七海も同様なのか、僕が唇を離すと彼女はその頬を抑えて……僕の方を潤んだ瞳で見つめてくる。
「陽信……」
「……神様にはお願いしたけどさ……僕等は……僕は七海とずっと一緒だよ。だからさ、これから先も一緒に居られるかは不安がる必要ないよ。僕も努力する……今みたいに……勇気を出していくからさ」
自らの行いを顧みて、ほんの少しだけ恥ずかしくなってしまった僕は少し早口でまくし立てる。七海はいつかの僕と同じように僕の唇が触れた箇所を手で押さえていた。
嫌がられた……わけでは無いのが救いだ。でも、喜んでいるのかも表情からは読み取れない。今度はほんのちょっとだけ、僕が不安に思う番だった。
「七海……?」
彼女は頬を抑えたままで顔を俯かせていた。よく見ると彼女はほんの少しだけ震えているように見えた。
その姿を見て僕の不安はますます強くなってしまう。……もしかして……嫌だったかな? 軽率だった自分の行動を後悔しそうになったところで……僕の身体に衝撃が走った。
彼女は僕に対して、まるで飛び込むように抱き着いてきた。
勢いで倒れることは無かったが、突然の衝撃に僕は驚いてしまう。そして……抱き着かれた衝撃とは別に、僕の頬にもはっきりとした七海の唇の感触が感じられた。
彼女は抱き着いてくると同時に僕の頬に口付けをして、僕に笑顔を向けてくれていた。
「陽信……やっとキスしてくれたね! ほっぺだけど……すっごく……すっごく嬉しい!」
先ほどまでの寂しさや不安などがすべてなくなった、太陽のような満面の笑顔を僕に向けた彼女は、もう一度僕の頬にキスをしてくる。
二回目であるハッキリとした感触に……僕の頬は自然と熱くなってくる。
「……流石にまだ唇は勇気が出ないけど……。今日はね、ほっぺたにはキスしようって決めてたんだ。喜んでくれた?」
「だからわざわざ……こんな人の居ないところに連れてきたの? 本当、照れ屋だよね陽信は……あ、えっちなことする?」
「しません! なんなのそのテンションの高さ!」
「だって陽信からのキスだよ! テンション高くなるよ!」
「いやぁ、キスするのは帰り際でも良かったんだけどさ……。ちょっと七海が寂しそうにしてたから……やるならいまここしかないかなって思ってね。元気出た?」
「出た出た!! すっごい出たよ!! 唇だったら良かったけど……それだと私も放心しちゃいそうだったから……今はこれで十分だよ」
それから僕に抱き着いてきた七海は一度離れると……僕にもう一度頬を差し出してくる。
「私は二回やって……陽信は一回だけだよね? ……あれー? 一回足りなくないかなぁ?」
僕がキスをしたとたん……このおねだりである。
本当に……これで元気が出たなら安いもんだけどね……僕が恥ずかしいということを除けば……。
僕は観念したように苦笑を浮かべて、もう一度……彼女の頬に口付けをする。
それが終わった後、七海はキャアキャアと嬉しそうにはしゃいでいた。その姿を見て……僕も嬉しさから顔を綻ばせる。
「さて……そろそろ良い時間かな? 帰り際におみくじでも買って帰ろうか。なんでも『恋みくじ』……って、すごくよく当たる恋愛関係のおみくじががあるらしいよ」
「なにそれ、いいね引きたい! 今の私達なら絶対に良い結果になるよ!!」
「ただここ、恋愛成就のお守りは売ってないみたいなんだよね。売ってるのはちょっと行った別な場所らしいんだよ」
「それならさ、そこにも寄ってから帰ることにしようよ。どうせなら、今日はもう精いっぱい寄り道して帰ろう!」
はしゃぎながら僕の腕に自身の腕を絡めた七海と一緒に、僕等はおみくじが売っている本殿までゆっくりと戻っていく。
もうすぐデートを終えて帰宅する時間にはなるが……嬉しそうにしている七海とこれから何をするかを話しながら、僕等は今日のデートを最後まで楽しもうとする。
ほっぺたとはいえ僕がキスしただけでここまで喜んでくれるなんて……勇気を出して本当に良かった……。
記念日前の二日目のデート……。
もしかしたら僕等にとって最後になるかもしれないデートは……お互いに満足する形で、にぎやかに幕を閉じるのだった。
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