第74話「最後のデートを終えて」
最後のデートを終えた僕は、部屋に一人でいた。
先ほどまでは七海と夕食を共にしていた……正確には茨戸家で、厳一郎さん達と夕食を一緒に取って、いつも通りに送ってもらった。
夕食を今日のデートの終わりは茨戸家でどうかと提案されていたのだ。おそらく、
予想通り、夕食時には質問攻めに合う。
僕の料理の感想に始まり、今日のデートはどうだったのか、そろそろキスくらいはしたのかとか……好奇心に満ちたみんなから根掘り葉掘りと聞かれてしまった。あの感覚もなんだか久々な感じがして、非常に困ったけれども楽しかった。
ちなみに僕からほっぺたにキスしたことは……七海が暴露した。
僕は言葉を濁していたんだけど、ポロッと口を滑らせ……。いや、あれはどちらかと言うと、言いたくて言いたくて仕方ないから暴露したというような感じだったな……。なんせ、話している間は終始笑顔だったのだから……。あれはどうみても仕方なく喋ったという顔じゃあなかった。その後の僕のいたたまれなさときたら……。
睦子さんと厳一郎さんは、やっとほっぺたにしたのかというニヤニヤとした笑みを僕に向けてくるんだもの……。
まぁ、茨戸家でのそれはともかく……。帰宅して部屋に一人いる僕は……先ほどまでのにぎやかさが嘘のような静寂さに少しだけの寂しさを感じながら、机の上のものを眺めていた。
それは今日のデートの最後に買った物……。動物園ではなく、神社で購入したものだ。未開封の恋みくじと、七海に内緒でこっそりと買った恋愛成就のお守り……その二つだ。
恋みくじは最初に行った神社で引いたもので、恋愛成就のお守りは帰り際に少しだけ離れた神社の頓宮と呼ばれているところで買ったものだ。後から知ったんだけど、実は恋愛関係はそっちの方がご利益があったりする場所だったらしい。僕の調べも、まだまだ足りなかった。
僕は恋愛成就のお守りを手に取ると、ストラップ状になっている部分を台座から取り外す。緑色の小さな、掌に収まるサイズのお守り……。それを僕は軽く握りしめて祈る様な姿勢になる。
七海とほんのちょっとだけ別行動することがあったので、その間に急いで買ったそれに僕はありったけの願いを込める。なんせ僕は再告白するんだから……。やれることは全部やっておこうと考えたんだ。神頼みをするのは悪いことじゃない。
「こんなことするキャラじゃ無かったんだけどなぁ……」
誰もいない部屋の中で独り言を呟きながら、僕はその恋愛成就のお守りを通学用のカバンの中に入れる。括り付けることも考えたのだが、色々と誤解を与えそうなのでカバンの中だ。
恋みくじについては購入したけれども……その場で開封せずに持ち帰ってきた。その場で二人で見ることも考えたんだけど、七海と二人で話して、持ち帰ることにした。
それぞれで開封して……結果を報告し合おうという話になったのだ。悪い結果になるか良い結果になるかは分からないが……七海は絶対に良い結果になると確信しているように見えた。テンションも上がっていたし、目も爛々と輝いていた。
あそこまで喜ばれると……なんて言うかて……照れるよな。
さてと……それじゃあ……そろそろ開封しようかなと思ったところで……僕のスマホに着信が入る。着信相手は……七海からだった。僕はまだ開封していなけど……もしかして、もう開封したんだろうか?
僕はとりあえず、恋みくじの開封を後回しにして……七海からの電話を取ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
記念日前、最後のデートを終えた私は部屋に一人でいる。お父さん達とはさっきまでちょっとした今日のデートの報告会の続きが開かれていた。
陽信からあれだけ聞いておいて、まだ聞き足りないのかと呆れたけれども……私も嬉々として話してしまったのだから、我ながら浮かれすぎだと思う。
でもこのままだと、陽信に連絡するのが遅くなるなぁ……と思ったところで……沙八とはちょっとだけ喧嘩した。喧嘩と言うか……沙八が自爆したというか……まぁ、一悶着あったわけだ。
『お姉ちゃんさぁ、ほっぺたにキスされたくらいで、そんなにテンション上がるの……? せめて唇にしないの? 今日のデート、ファーストキスチャンスだったじゃん!』
『仕方ないでしょ、陽信はそう言うの奥手なんだから……ほっぺにしてくれただけ凄いことなんだよ?』
『お義兄ちゃんもお姉ちゃんも奥手って言うか、ただのヘタレなんじゃないのそれは……?』
『ふーんだ。ほっぺにすらキスしたことのない沙八には分からないんですよーだ』
『何それ?! 私だってキスくらいしたことあるもん!! お姉ちゃんと違ってファーストキス済みだもん!!』
うん、明らかに嘘だ。どう聞いても売り言葉に買い言葉からの嘘なんだけど……その発言を聞いた後のお父さんが大変なことになった。
詰問相手が、私から沙八になったのだ。
いや、お父さん……明らかに嘘だってわかるじゃない。でも頭に血が上ったお父さんはその辺はもう分かっておらず、お母さんは明らかに嘘だって分かっているのに楽しんでいるように三人で私の部屋から出ていった。
部屋から出る際にお母さんは私にこっそりと耳打ちしてきた。
『これから陽信くんに電話するんでしょ? 彼によろしくね?』
部屋から出ていく際には沙八も私にウィンクをしてきた。……もしかして、報告会を切り上げるためにわざと言ってくれたのかな? そうして私は部屋に一人になった。
さっきまで父さん達と話していてやっぱり思っていたけど、今日のデートでは過去の楽しい思い出を色々と再確認できた。
それと同時に、自分がどれだけ……どれだけ陽信を好きになっているのかも再確認できるデートだった。
デートの時に……これからも陽信とずっと一緒に居たいというのは私の本心だ。心からの……私の本音だ。ちょっとだけ自己嫌悪に陥るけど、私は陽信とずっと一緒に居たいのだ。
私は改めて、今日の神社で購入したものを机の上に置く。
陽信と一緒に買った未開封の恋みくじと……。陽信と帰りに寄った場所で、別行動をした時に買った恋愛成就のお守りだ。
恋愛成就のお守りはこっそりと……お手洗いに行くときにこっそりと買ったのだ。ピンク色の小さくて可愛らしいお守り。台座に括り付けられたそれを、私は丁寧に台座から取り外す。
私は告白した記念日に、陽信に対して全てを改めて告白する。私が嘘を付いたこと……この関係が罰ゲームから始まった関係だったこと……彼が知らないことを全てだ。
その後に、彼がどういう選択をするのかは私にわからないし……私は彼の選択に全てをゆだねるつもりだ。
だけど……だけどもしも彼が私を許して、私を選択してくれるならこれ以上に嬉しいことは無い。だから神社でも神様に私は誓いと願いを立てた。
「私が全てを告白した後……どうか陽信が傷つかずに幸せになれますように……。そのためなら……私は何でもします……。どうか、彼に良い出会いを与えてあげてください。お願いします……」
私はあの時、心の中で誓ったことをぽつりと口にする。
これも私の偽らざる本心だ。だけど、彼と一緒に居たいというのも本心で……私は台座から外したお守りを掌の上に乗せる。私の掌よりも小さいそのお守りは、可愛らしく……恋愛成就という文字が中央に書かれていた。
私と陽信の恋愛を成就してもらえるよう、願いを込めて買ったお守り……。
そのお守りを見て、私は自身の矛盾を自覚してしまう。彼に選択を委ねると言い、そのためなら何でもするし、彼の幸せが第一だと考えておきながら……。彼に選ばれたいと思ってしまっている。
「万が一……もしも万が一……彼が私を許して……私のことを選んでくれたなら……その時はお礼に来ますね……神様……」
続いて私は神様に誓ったことを口にする。これも私が神様に誓ったことだ……矛盾する二つの願いを、私は神様に誓ったのだ。
陽信に嘘を付き続けるくらいなら……私は全てを告げて、たとえ彼が離れても彼の幸せを願う。それだけを考えている。
だけど、彼に離れて欲しくない。一緒に居たい。ずっと一緒に居て、色んな事をしたい……。
本当に虫が良い話だと思うし、自分の矛盾した感情が嫌になる。陽信みたいに大人な考え方を持っていたら、こんな風に悩まないのかな? いや……それも都合のいい考え方かな?
「楽しかったよねぇ……陽信……。この一ヶ月……本当にあっという間だったよぉ……。最初はさ、男の子と一ヶ月も付き合うなんて信じられないって言ってた私が、今はもっと一緒に居たいって思うなんてなぁ……」
陽信に変えられちゃったなぁ……。もう私は彼無しじゃなられないよ。……ちょっとえっちぃ言い方になっちゃってる気がするけど……。
私は掌の上のお守りに願いを込めて、通学用のカバンにしまい込んだ。……どうか……幸せに。そんな願いを込めて。
それから、開封していなかった恋みくじを手に取った。あの場で開封しなかったのは理由がある。あの神社の恋みくじはとても当たるという話を陽信から聞いたからだ。
だから私はその場で開ける勇気が持てずに……陽信に帰ってから開けて報告しないと提案をさせてもらった。もちろん、彼に電話する口実づくりというのもあるが、当たると評判の恋みくじの内容がもしも悪い内容だったら……。
せっかくの楽しいデート中なのに、私はその場で泣いてしまうだろう。それだったら、一人で開けて、悪い内容だったら一人で泣いて……陽信には良い結果だったよと報告するだけで済む。
改めて私は恋みくじに視線を落とす……。ただのおみくじを開けるだけなのにとても緊張する。こんなに緊張したのはいつ以来だろうか? 高校の合格発表の時以来かなぁ……。陽信に罰ゲームの告白した時は……緊張とはまた違った思いだったし。
震える手で、私はまずおみくじの入っているビニールを開ける……ただのビニールだというのに、ひどく指先にかかる感触が重く感じられて動かない……。いや、ここで弱気になってどうするんだ私……。
私は陽信の笑顔を思い浮かべて、気合いを改めて入れる。彼の笑顔を思い浮かべると勇気が湧いてくるようで……先ほどまで重たかった指先がすんなりと動いてくれた。
ビニールを開けて、オレンジ色の布に可愛らしい装飾が施された梱包をゆっくりと開ける。中から出てきたの紙製のおみくじをゆっくりと開いていく。中には愛情運がメインに書かれているのだがまだその内容を確認することはできず……私はまず運勢の欄を確認する。
「小吉……かぁ……なんだか良くも悪くもない結果かな?」
確か…大吉、中吉、吉、小吉、末吉、凶の順で良いんだっけ? 凶とかが出ないだけましと考えるべきか、そもそも恋みくじなんだから凶とかがないなら、運勢としては下の方だ。ちょっとだけ残念に思いながら、私は愛情運について詳しく書かれた内容に視線を移す。
「え……これって……」
私はその内容が理解できずに、目から一筋の涙が零れてしまう。
悲しみではなく、喜びで。
そこに書かれていた一文にはこう記述があった。『神様によって巡り合った二人』『二人の愛はこれから始まる』と……。
人によっては、たかがおみくじの内容と思うかもしれない。しれないけれど……今の私に、これはこの上なく嬉しい言葉だ。まさか、悲しいんじゃなくて嬉しくて泣くなんて思っていなかった。
「いいのかな……? 大丈夫って思っていいのかな……?」
私はあふれる涙を拭うと、そのまま呼吸を整える。
運命の日は近づいてるけど、なんだか安心感が出て、気休めかもしれないけど……少しだけ救われた気分になった。
それから無性に彼に声が聞きたくなって……スマホを手に取り陽信へと電話する。もともと、電話するという約束だったけど、こんな晴れやかな気分で電話できるとは思っていなかった。
コール音が2回ほど鳴ったところで、陽信はすぐに出てくれた。
『もしもし七海?』
「もしもし、陽信? 今日のデート楽しかったね! それでね、聞いて聞いて! 恋みくじの内容なんだけどさ! すっごく良かったの!!」
『あぁ、もう開封してたんだ。僕まだ開封してなくてさ……それで、どんな内容だったの?』
「うん、あのね……」
陽信はまだ恋みくじを開封していなかったみたいだけど、喜びにあふれた私はまずは私自身のことを彼に伝える。彼も私の話すことをゆっくりと聞いてくれていた。
デートが終わり、私が真実を告げる日はもうすぐだ。
私は陽信と話をしながら、チラリとおみくじを見て心の中で神様にお礼を言う。
今この瞬間は、確実に私は幸せです。ありがとうございます。だから、その日がどうなろうと……私は後悔しません。
その日は結局、デートの内容で陽信と盛り上がって長時間話し込んでしまう。陽信の恋みくじの内容を聞くことを忘れていたと思い出すのは、次の日になってからだった。
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