【番外編】 メイドの日
「おはようございます、ご主人様」
「あ、おはようございます……って……え? なにこれ夢?」
起きた僕が最初に見たのは、エプロンドレス……いわゆるメイド服を着て、ロングスカートの端をつまみながら優雅にお辞儀している七海の姿だった。
ここ僕の自宅だよね? 父さんと母さん……どこ行ったの?
「旦那様と奥様はお買い物に行かれましたので、今は私が朝食を作っております。少しお待ちください」
「待って待って!! 何?! 何なのこの状況?! 説明してもらえる?」
七海はうちの台所で料理をしていたようなのだが、僕は脳の処理が追い付かずに声を荒げる。
え? これ夢なの? 変な夢見ちゃってるの?
とりあえず定番の頬を抓る……痛い! うん、夢じゃない。でも僕の目の前には夢だと思うほどに現実離れしたメイド姿の七海の姿があるのだ。
僕の混乱している姿を見て……七海は耐え切れなくなったという感じに吹き出した。
「プッ……アハハハハハ、ごめんごめん。揶揄いすぎたねー。ご主人さまー……じゃなかった、陽信ー」
「へ?」
半熟のスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコンをしずしずと運んだあと、七海は唐突に吹き出した。先ほどまでのすました様子から一転して、いつもの笑顔を浮かべている。
「昨日、部屋を掃除してたらメイド服が出て来てさ。せっかくだから陽信に見せてあげようと思って」
「見せてあげるって……朝から? いや、行動の思いきりが良すぎない?」
「そう? 志信さんに相談したら二つ返事でOKもらえたよ?」
ロングスカートの清楚なメイド姿で、頭にホワイトブリムを乗せた七海はその場でくるりと一回転する。スカートがふんわりと舞い上がり、ほんの少しだけ七海の足が見え隠れする。
正直、朝から良いものを見れている。眼福だ。
「と言うか……なんでメイド服なんて持ってるのさ?」
「ん? 一年の学園祭の時にうち、メイド喫茶やったから。その時の衣装なんだ。今も着れて良かったよー」
「へぇ、七海のクラスはメイド喫茶だったんだ……僕のクラスは何やってたかな?」
「やっぱり陽信、うちのクラス来てなかったんだ……だから見せてあげようと思って持ってきたんだけどさ」
そういえば、やたら可愛い女子が多いメイド喫茶をやっているクラスががあるってのは聞いてたな……あれ、七海のクラスだったのか。その時の僕は……七海のクラスに行かなかったからなぁ……。
正直、学園祭自体が大して楽しい思い出が無かったし。適当に参加していた思い出しかない。
僕は七海のメイド姿を見て……その時に行っておけば良かったと少しだけ後悔する。まぁ、今こうやって見られているのだから良しとしようか。
「まぁ、胸のところがちょっとキツイんだけどね。あれから私も成長したってことだねぇ」
「……あ、うん……そっか」
それに対して僕は何も言えない。いや、胸のことを言われてもどうリアクションするのが正解なのか知っている人はいるのだろうか。
「陽信、朝ごはん食べるでしょ? 志信さん達がお買い物行ってるのは本当だから、今日は私が作った朝食だよー。ほら、衣装に合わせて洋食だよー」
先ほど運んできたスクランブルエッグにベーコン以外には、コーンスープと……わざわざ用意したのかクロワッサンにバターとジャム……デザートにイチゴとオレンジまで付いている。それと、サラダとしてレタスとトマトまで用意されている。
「待って、七海。随分色々と用意してるけど、何時からいたのさ」
「ん? 朝から志信さん達と一緒に朝食を取って、ある程度の準備を二人でして……。二人がお出かけしてから、私はメイド服に着替えてから……陽信が起きて来るまで待ってただけだよ?」
朝から何やってるの。全く気付かなかったよ。せめて明日は楽しみにしててねとかそう言う前振りがあったら気づけたかもしれないのに、完全に不意打ちを打たれた形に僕は何も言えなくなる。
「さぁ、ご主人様。まずは朝食をお取りくださいませ~」
恭しく頭を下げる七海は、困惑する僕の様子も含めてこの状況をとても楽しんでいるようだ。
「じゃあいただくよ。朝から全部洋食とかすごく久しぶりな気がするよ」
「何だったら食べさせて差し上げますよ、ご主人様?」
「そのご主人様っての止めない? なんかむず痒いんだけど……」
「今の私はメイドだから~、ほらほら。冷めないうちに早く早く」
ご主人様を急かすとは何てメイドだ……と思いつつも僕は朝食を取り始める。食べなれた味がするのは母さんが作ったもので、はじめて食べる味は七海が作った料理なのかな?
「このコーンスープ美味しいね。なんかいつもと味が違うって言うか」
「あ、わかる? 手作りしてみたんだ。と言っても、缶詰とか使ってのだけどね。口に合ったなら良かったー」
僕の後ろから七海の声が聞こえてくる。これも七海の中のメイド像なんだろうか? 彼女はメイドらしく僕の後ろに控えながら、僕の食事を取る姿を見ているようだった。
正直、ちょっと落ち着かない。
「七海……せめて一緒に座ってくれないかな? 後ろで立たれると落ち着かないんだけど」
「今の
「じゃあ、ご主人様からの命令。向かいに座って……その可愛い顔を見せてよ」
僕の最後の一言に、後ろの七海が息を飲む音が聞こえてきた。うん、可愛い顔って言ったのが効いたかな?
「も~……しょーがないご主人様ですねぇ~……じゃあ向かいに座らせていただきますね~」
スカートを翻しながら移動する七海の横顔は、赤くなりつつも笑顔を浮かべている。
そのまま僕は食事を取り続け、彼女は頬杖を突きながら僕のことを笑顔で見る……そんな不思議な光景が食卓には広がっていた。
「七海、肘をついてお行儀悪くない?」
「今はご主人様を愛でるメイドだから良いのです」
後ろに立たれるのと、前から見られるのどちらが良かったか……。まぁ、いいか。こっちの方が食事を取りやすい。そう考えていたら、七海はイチゴをフォークに刺すと僕に対して差し出してくる。
「ご主人様、イチゴはお嫌いですか?」
首を傾げながら、彼女は僕にイチゴを食べさせようとする。うん……嫌いじゃないよ。
「うちの親戚から貰ったイチゴだから……甘くておいしいよ? それとも口移しの方が良かったかな?」
「ちょいちょいメイドじゃなくなるよね。せっかくの申し出だけど、フォークからいただくよ」
そう言って、少しだけテーブルに身を乗りだすようにして伸ばしてきたフォークから、僕はイチゴを口に含む。身体全体を伸ばしているからか、彼女は身体を少しだけプルプルと震わせており……。
僕が身体を戻した瞬間に『バツンッ!!』という布のはじける音が響いた。
彼女は先ほど言っていた。『胸のところがちょっとキツイ』と。その状態で彼女は身体全体を伸ばしたために……その負荷がきつい胸の部分に集中してしまい……。
結果、メイド服の胸の部分のボタンがはじけ飛んで……その綺麗な谷間と下着が露になってしまう。下着の色は……あえて言及しない。
「キャッ!!」
僕はその光景をバッチリ見てしまったのだが、七海は僕の視線を受けてサッと自身の胸元を隠す。僕は慌てて立ち上がり、適当な上着を取ってから彼女にかけようとしたのだが……。
「ただいま、陽信。愛するメイドさんからたっぷりご奉仕は受けられた……か……しら? かしら?」
そのタイミングで、母さんが帰ってきてしまった。
胸元を隠す七海さん、そして、パジャマ姿のままで彼女に近づいている僕を見た母さんは……頭を振って呆れたように呟いた。
「陽信……貴方はまだ高校生なのだから……朝食後に七海さんをいただくのは流石に母さん許せないわ……」
「違うからねッ?! 誤解だから!!」
僕は彼女にかける予定の上着を見せ、七海も一緒になって誤解を解いてくれた。
結局その後、母さんと七海は胸元が破れたメイド服を二人で仲良く修理し……僕はその日一日、家でメイド姿の七海と過ごすのだった。とても楽しかった……のだが……。
「こんどは陽信が、執事服で私にご奉仕してね?」
そんなリクエストをされてしまい、僕に執事服が似合うのだろうかと……そんなことを考えるのだった。
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