第64話「寂しさと余韻と」
今日のデートを無事に……無事に? まぁ、色々とあったけども無事に終えた僕は、一人で部屋のベッドに寝転んでいる。
帰宅したときには、家には父さんと母さんはおらず、テーブルの上に「二人でデートしてきます(ハートマーク)」と言う書置きだけが残っていた。
それを見て僕は今日のデートについて根掘り葉掘り聞かれないことを一人安堵する。沈黙は金、雄弁は銀とはよく言ったものだ。この場合、少し表現としては違うかな?
「楽しかった……なぁ……」
目を閉じながら僕は呟く。
心地よい疲労が身体を満たしている。これを充足感と言うのだろうか? このまま寝たら気持ちいいだろうなと思ったけど、とりあえず今はまだそれを我慢した。
その充足感と共に思い出を反芻するが……充足感とは矛盾する、言いようのない寂しさを僕は感じている。
これはきっと、さっきまで七海と一緒に居たのが……急に一人になったことで感じる寂しさなのだろう。
いつもだったら、僕はここでバロンさん達に連絡を取っている頃だ。皆への報告が無いから余計に寂しいのかもしれない。実は……願掛けと言うほどでは無いが、ゲーム自体も今は絶っていたりする。
まぁ、ゲーム以外にもやることが沢山あるからなんだけどね……。
皆に報告するのは、全てが終わってからだ。それも……とびきり良い報告をだ。だから今はこの寂しさを我慢……いや、この寂しさすら楽しむという考え方を持とうと思う。
「……よしっ!」
気合いを入れた掛け声とともに、ベッドから起き上がろうかと思ったタイミングで……僕のスマホが鳴る。スマホの画面には……七海の名前が表示されていた。
僕は即座にスマホを通話状態にした。
「もしもし?」
僕は自分の声が少しだけ弾むのがわかったのだが、向こうからの返答は無かった。おかしいな? 聞こえていないのかな? 僕は再度、七海に声をかける。
「もしもし、七海? どうしたんだい?」
『あ……陽信? ごめんごめん。なんかさ、陽信の声を聞いたら……ホッとしちゃってさ』
「ホッとしたって……どうしたのさ、何かあったの?」
その声は少し沈んでいるけど、心の底から安堵したような声色に満ちていた。楽しいデートを終えて帰宅したのだから、てっきり
……もしかして、今日のデート……実は楽しくなかったのかな? そんな不安感が僕の中に生まれてくる。いいや、そんなことは無いはずだけど。ホッとするって……何があったんだろう?
『……陽信……今日のデートって凄く楽しかったよね。できたこと、できなかったこと……ぜーんぶ楽しくて、夢じゃなかったのかな? ってくらい、幸せな気分になれてさ』
彼女の口から楽しかったという言葉が聞けて、僕は安堵する。どうやら、楽しくなかったわけではなさそうだった。
「そうだね……僕もすごく楽しかったよ」
『だからかな? ……楽しかった反動って言うのかな……なんかさ、部屋に居たら急に寂しくなってきちゃって、声が聞きたくなったんだよね』
……そうか、これは僕の考えが至らなかったな。七海は家族の皆と一緒だから、僕とは違って寂しさは感じないと無意識に思っていたけど……。七海も寂しいと感じていたのか。
『ごめんね、急に電話して……』
「いや、僕も家に誰もいなくて寂しかったからちょうどよかったよ。電話してくれて嬉しいよ、ありがとう」
僕は謝罪してくる七海に、あえて逆にお礼を伝えた。ここで僕まで謝罪したら、お互いに謝罪合戦見たくなってしまうので、ここはありがとうと伝える方がきっと良いと思った
『そこは私と離れて寂しかったって言って欲しかったなぁ……。フフッ』
「もちろん、七海と離れて寂しかったのもあるよ。照れくさくて言えなかっただけ」
『アハハ、それならよし! ……でも、家に一人って……志信さん達はどうしたの?』
「二人はデートだって書き置きが残ってたよ。久しぶりに二人でお酒でも飲んでるんじゃないかな?」
『陽信のところの両親も仲良いよねー。大人のデートって、何してるんだろうね?』
そういえば、何してるのかな? 車があったから、そこまで遠くには行ってないと思うけど……。聞きたいような、聞きたくないような感じがする。
まぁ、父さんはお酒弱いから……たぶん帰ってくる頃には僕に見せられないような姿になってるかもね……。とりあえず、明日もあるし二人が帰ってくる前に……早めに寝ておこうかな。
『でも、お酒かぁ……。お父さんも良く飲んでるけど、美味しいのかな?』
「僕も飲んだこと無いからわかんないよ。それはさ……僕等が二十歳になるまでのお楽しみだね」
『……そうだね、一緒にお酒飲もうね。お酒を飲む年になるまで……一緒に居ようね』
楽しみにしたようにする七海だけど……その最後の『一緒に居ようね』という一言は、まるで僕に対して懇願するような含みがあった。
「もちろん……一緒だよ」
『うん……!!』
だから僕は、彼女を少しでも安心させるために約束をする。どれだけの約束を七海としたのかわからないけど……それが一つ増えただけだ。大したことじゃない。
彼女の安心したような声を聞けて……僕は向こうからは見えないが満足そうな笑みを浮かべていた。
『そういえばさ、陽信……急に電話しちゃったけど、何してたの?』
「何もしてなかったよ。しいて言えば、風呂にでも入ろうかなと思ってたくらいかな……七海も結構疲れたでしょ? お風呂はもう入ったの?」
『私もまだー。入る前に声聞こうかなと思って。そっかー、陽信もお風呂まだだったのか……』
お風呂に入って一息ついてから、色々と作業をするつもりだったんだけど……なんだか七海と話して一息付けた感じがするから、このまま作業をしてから風呂に入るかな……。
そんなことを考えていたら、七海がとんでもないことを言い出した。
『……一緒にお風呂……入る?』
思わず僕はベッドの上から落ちてしまう。僕と地面との衝突音が当たりに響き渡り、振動から机の上のものもいくつか倒れてしまっているようだった。
いきなり何言ってんの?!
いや、遠く離れているから無理でしょうそれはという当然のツッコミをする前に、慌てた僕はその大胆な提案に絶句してしまった。
『どうしたの陽信?! なんかすごい音が聞こえてきたけど?!』
「どうしたの?! はこっちのセリフだよ!! 何いきなりとんでもない提案してるの?!」
思わず大声を出してしまった僕に、七海さんは少しだけ苦笑しながら言い訳を始めた。
『いや、ほら……お風呂って凄くリラックスできるじゃない? 前にね、そういう状態でスマホでお喋りしながらお風呂に入ったって話を、友達から聞いてさ……。陽信が疲れてるならそう言うのもありかなって……』
あ、あぁ……そういう意味……そういう意味での一緒に入るなのね……。
ちょっと拍子抜けと言うか、残念な気分にはなるけど……それと同時に七海の危機意識と言うか、最近の積極性が、ちょっとだけ心配になってきた。
「七海……七海はそういう男子の視線とかが苦手だったんでしょ……? だったらそう言う行為とか、僕を挑発するような言動は少し慎むべきじゃないかな? 僕だって男なんだ……そう言われちゃったら我慢の限界が来るときもあるんだよ?」
『え……なんで私ちょっとお説教されてるの……? でもほら、通話するだけなら見えないし……そもそも陽信だし、私は平気だよ?』
「……通話だけなら良いかもしれないけど……僕がほんのちょっと魔が差して……その通話を映像付きのものに切り替えたらどうするつもりなの……」
僕のその言葉に、息を飲んで七海は声を詰まらせるのが分かった。ちょっと脅かし過ぎたかなと思ったのだけれども……たっぷりの沈黙の後に聞こえてきたのは、一言だけだった。
『……するの? 映像に……切り替え?』
嫌悪感を感じないどころか……どこか受け入れるかのようなその一言に……今度は僕が絶句する番だった。
まさかそんなことを言われると思わなかった僕は、七海と同じようにたっぷりと沈黙をした後に、絞り出すように声を出す。
「ごめん、そんな度胸は流石に無かったよ。想像しただけで悶えそうだ」
『あはは、残念……。と言いたいところだけど……私も想像したら顔が真っ赤になってきちゃったよ』
「そりゃそうでしょ。通話だけとはいえ、電話向こうの相手は素っ裸なんだからさ……。むしろ、落ち着かないんじゃない?」
『言わないでよー! 想像しちゃう……。あーもう、顔あっつい……』
僕等は改めて、そこで笑い合う。七海は顔が熱いと言っているが、僕だって顔が真っ赤で熱くなっているのを自覚していたりするのだ。
『私達には声だけでも、一緒にお風呂はまだ早いねー。それじゃあ残念だけど、個別にお風呂に入りましょうか』
「そりゃそうだよ。それにそもそもさ……僕のスマホって防水じゃないから、そんなことしたら壊れちゃうよ」
『……そういえば、私のも防水じゃないや。せっかくの……思い出が詰まったスマホが壊れるのは嫌だから、お預けだねぇ』
そもそも根本的に無理だったというのに、僕等は益体のない話をさんざんしてしまっていたようだ。だけど、そのおかげで感じていた寂しさは、お互いにもうどこかに吹っ飛んでいた。
「じゃあ名残惜しいけど……僕はそろそろ風呂に入って寝るとするよ……」
『うん、私もお風呂に入って寝るねぇ。おやすみなさい、陽信。明日のデート、楽しみにしてるね』
「おやすみ、七海。電話で話せて嬉しかったよ。僕も明日のデート楽しみにしてる。また明日ね……」
『うん! また明日!!』
最初に電話をかけてきた時の、すこし沈んだような声色はそこにはもうなかった。それから僕等はお互いにスマホを切るタイミングを計りかねて、もうちょっとだけお喋りを継続するが、二人でせーのとタイミングを合わせて同時に通話を切った。
それから僕は部屋を出て、改めて風呂に入るのだけれども……。
「……なんだろうか、通話をしてないのに……今も七海が一緒のタイミングで風呂に入っていると思うと……なんかちょっとだけ……恥ずかしくなってくるなぁ……」
僕は一人、湯船の中でそんな独り言を呟いた。そして、頭を振って脳内に出てきそうになる不埒な妄想を吹き飛ばす。
もしかして今、七海もおんなじ気分になっているかな? そうだったら……余計に身体が熱くなってのぼせてしまいそうだった。
明日が……記念日前の最後のデートだ……。僕は風呂でゆっくり疲れを取って……改めて気合いを入れなおすのだった。
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