第63話「思い出と記念をお互いに」

「結構本格的なんだね……ミニ鉄道って……」


「いやぁ、良かったよ。これで鉄道にもトラブルで乗れないってなったら……。僕が何かに呪われてるんじゃないかって思うところだったよ……」


「あはは、だったら明日はお祓いも兼ねたデートだねぇ♪」


「いや、乗れてるからお祓いはいらないなぁ……。」


 僕等はミニ鉄道の青い車両内でホッと一息ついていた。……今度は何も起きることなくミニ鉄道に乗ることができたのだ。本当に、ようやくという感じだ。


 僕等を乗せた鉄道は、本格的なガタンゴトンと言う音を立てながら動く。


 まぁ、本格的な鉄道って乗ったこと無いけど……。鉄道の旅とかに、いつか二人で行っても面白そうだな。


「なんか、二人っきりみたいだね……」


 七海が呟いたことで気が付いたのだが……確かにこの青い車両には僕等しか乗っていなかった。他の車両にも人はまばらで、人が乗っていない車両すらある。


 もしかして、この時間帯に乗ったのは正解だったのかな? 僕等が乗ろうとした時は並んでたのに……。


「結果論だけど……良かったかもね」


「せっかくだし隣同士になろうか。あのパッケージの猫みたいに♪」


 七海は僕の隣に来ると、ぴったりと身体を寄せてきた。混んでいたら周囲の目もあってこうすることなんてできなかったし、本当に、この時間を選んで正解だったんだな。


 アナウンスと共に周囲をミニ鉄道は線路に沿ってゆっくりと周回する。最初はお菓子の家であり、可愛らしい人形をバックに僕は七海と一緒に自撮りしてみる。彼女と顔がぴったりとくっついて、少しだけ照れくさいが、二人とも笑顔で写真を撮る。


「凄いねー、可愛いねー。ほらあそこ!! 踏切までちゃんとあるよ!」


 カンカンカンという音と共に、ゆっくりと踏切が降りていく。そしてその先には……トンネルがあった。どうやらシュークリームでできているトンネル……と言うことらしい。トンネル内は入ると真っ暗……かと思いきや、上空にまるで星のような煌めきがとても綺麗だった。


 彼女は無言で僕の肩に頭を乗せてくる。ほんの少しの短い時間だけど、僕等は本当に星空を見上げている気分になっていた。


 それからも鉄道は進み……お菓子でできた家の中に鉄道が入ると、その中にはチョコレートから顔を出す白熊のオブジェがあった。可愛らしいそのクマを背景に、僕は七海の写真を撮る。 


 そして鉄道が一度その家から出ると……一本の塔が目に入った。様々なコック姿の人形がそのレンガの塔を複数人で支えている塔だ。何だろうかと不思議に思っていると、アナウンスが流れてきた。


『あちらに見えますのはラブタワーと言います。カップルの方は鉄道から御降りになりましたら是非お立ち寄りください』


 ラブタワー? って……なんかコックの人の人形が肩車したり、ふんずけられたりして塔に上っているようにしか見えないのに……あれがラブなの? どういうラブ?


 僕は疑問に思っていたのだけど、そのアナウンスは七海には非常に響いたようで……とてもキラキラした目でその塔を見ていた。


 どうやら……次に行く場所は決まったようだ。


それからゆっくりと鉄道は線路を進み……七海と僕は鉄道の進みと同じようにゆっくりとした雑談をしていた。ただ、七海はラブタワーが気になっているのか、時折ソワソワと落ち着きがない様子を見せていた。


 普段は僕にわかりやすいとよく言ってくるくせに、たまにこういうところを見せるから……本当に可愛らしい。


 いや、これは僕も彼女の事がわかってきたってことなのかな?


 そして、鉄道はゆっくりと駅に止まる。僕等は10分ほどの鉄道の旅を無事に終えた。


 僕は七海の手を引いて鉄道を降りると、軽く体を伸ばす。座りっぱなしだったからか身体が少し固まっていたようだ。


 七海の方をチラリと見ると、ちょっとだけ言いづらそうに両手を合わせてモジモジとさせている。


「ねぇ、陽信……次だけどさ……」


「ラブタワー、行ってみたいんでしょ? 行ってみようよ。僕も気になるしさ」


 僕に先に言われたことで、七海は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべるが。すぐに笑顔を浮かべると改めて僕と手を繋ぎなおす。


「というか、あれが何でラブタワーなんだろうね? 僕にはただ人形がくっついている塔にしか見えなかったけどお」


「それは私もそうだよ。でも、ラブって言うくらいだから……やっぱりなんかあるんじゃない? 行ってみれば分かるよー」


 腕をぶんぶんと振りながら天気の良い道を僕等は歩く。柔らかい風がザワザワと木々を揺らしており、鉄道を降りた場所からぐるりと回る形で僕等はその目的の場所へと辿り着く。


 さっきは気づかなかったけど、その塔は人形だけじゃなく下の方にロープが巻き付けられていた。ロープを引っ張っている姿勢の人形も置かれていて、本当に傾きかけている塔をコック姿の男性達が支えているようだった。


「いやほんと、なんでこれが……ラブタワーなんだろ?」


 改めて見た七海も、先程の僕と同じことを改めて呟いてしまう。


 どうみてもラブ要素の欠片も無いその塔を見て、少しキョロキョロと周囲を見回すと、このタワーについての説明書きが記されていると思われる看板を見つけることができた。


「七海、ここに説明書きがあるよ」


 僕等は揃ってその説明書きの前で、解説を読んでみた。


「ロープで引っ張ってる人形と一緒に写真を撮ると……『愛のおまじない』になるみたいだね?」


「『愛のおまじない』って……。何々……愛が冷めてたら燃え上がり、熱いならさらに深まり、傾きかけたならあの頃に戻る……」


「なんでそうなるのかの説明はないねー。願掛けみたいなものかな?」


 ロープで立て直す写真を撮るだけで愛がって……。そんな写真を撮るくらい仲が良かったら、そもそも愛は冷めて無いんじゃないだろうかというツッコミは野暮だろうか?


 なんか無理矢理っぽいなぁ……。ラブタワーって言う名前も、結局説明がないし……そう言うものなのかな……?


「陽信、写真撮ってみない? ほら……愛が……深まるって言うし」


 まぁ、せっかくここまで来たんだから写真を撮るくらいは良いよね。これまでもいっぱい写真は撮ってきたんだから。そんな写真があっても良いでしょ?


 ……うん、我ながら掌返しが酷い気もするが、仕方ないじゃない。


 七海が「深まる」って言ったんだ。それは、今が熱いと思っているという証明に他ならないんだから。掌も返そうというものだ。


 それに……どっちかというと僕にしてみれば、最後の一文の方が気になっていのだ。


 『傾きかけた愛ならあの頃に戻る』ということなら……その写真を撮っておけば、いつか愛が傾いた時……いや、記念日に何かあっても大丈夫なんじゃないかと……。


 少しでも勇気を出すことができるんじゃないかと思ったんだ。


 気休めかもしれないけど、そう言う材料はあればあるほど良いと思うんだ。


「じゃあ、どっちから撮る?」


「まず、私が撮るよ。それから陽信が私を撮ってね」


 僕等はそこで人形の前のロープを引っ張る写真をお互いに撮り合う。特にロープ自体はびくともしないので、なんだかちょっとシュールな写真が撮れた。


 その後、偶然いたスタッフの人が、僕ら二人が引っ張っている写真も撮ってくれることとなった。


 僕が前で七海が後ろでロープを引っ張る写真と、お互いに手を重ね合わせてロープを引っ張る種類の、二種類の写真……なんだかそれは絵本の一幕のような写真だった。


「これで……愛が深まったのかなぁ?」


「あははー、わっかんないねぇ♪」


 ただロープを引っ張っている写真にしか見えないが……七海はなんだか嬉しそうだ。僕もその顔を見てなんだか嬉しくなってくるから、写真を撮って正解だったな。


「そろそろ……良い時間だねぇ。最後にどこに行こうか?」


「あぁ、最後はチュダーハウスに行かない? 最初にバラ園で教えてもらったところ。ちょうど、ここから近いしさ」


「そうだね、お母さん達にお土産も買いたいし……」


「うん、じゃあ決まりだね。行こうか」


 僕等は写真を撮ってくれたスタッフにお礼を言うと、少し歩いてそのままチュダーハウスの中へと入っていく。鉄道にも乗ったし、色々な写真も撮って時間も経ったから……そろそろいい頃合いだろう。


 ハウスの中に入ると、目の前には上の階へと行く大きな階段が目に付いたのだが……その階段にまずは圧倒される。


 赤いじゅうたんが敷かれたその階段は、まるで映画の中のワンシーンに出てくるような荘厳さが感じられる階段だった。


 ミュージカルなら上から主役の美女が歌いながら降りてくる場面か、ファンタジーならどこかの令嬢が出て来て主人公と初対面をする場面に使われてそうな階段だ。


「凄い階段だね……。七海、写真撮ろうか?」


「そうだね……一緒に……」


「いや、ちょっと一人で立ってみてよ。そっちの方が綺麗に撮れそうだな」


 僕の言葉に首を傾げながらも、七海はその階段の手すりに手をかけ僕の方へと向き直る。赤い絨毯と、丁寧な装飾の施された手摺、ステンドグラスから照らされる夕焼けの光が彼女を照らす。


 そのまま、柔らかく微笑む彼女の写真を撮ると、それはまるで一枚の絵画のような写真となっていた。


「ほら、綺麗な写真が撮れた」


「……なんか自分じゃないみたいだね……じゃあ陽信の写真も撮らせてよ」


「え……いや、僕は良いよ。ほら、この階段には僕は合わなそうだし……」


「私が撮りたいの!! ほら、そこに立って……うん、カッコいいよ」


 拒否した僕を階段に立たせた七海は、そのまま僕の写真を収める。うーん……七海はカッコいいって言ってくれるけど、やっぱり自分ではこの階段には僕は合っていない気がする。


 僕の個人的な考え……と言うか、偏見かもしれないけど。こういう階段には女性の方が合う気がするんだよね。まぁ、この辺りは個人の感覚の問題だ。僕等はこの階段では、あえてそれぞれの写真だけを収めて、別な場所に向かう。


 向かった先はキャンディショップで、僕等は運よくキャンディの作成を実演している所に出くわすことができた。


 こう表現するのもどうかと思うけど、真っ白いキャンディの生地がまるでお餅のように、グネグネと職人の手によって形を変えていた。それは普段口にするキャンディの硬さを、一切感じさせないものだった。

 

 生地はその色から重そうにも見えるのに、職人達は全くと言っていいほど重さを感じさせない軽やかな動きで、生地をこねて伸ばして丸めてと……次々とその手で変形させていく。


 その様子に僕は、幼少時に工作でした粘土細工を思い出すのだが、当たり前だけどそれとは比べ物にならない華麗な技術だ。


 そして、いつの間にか白い生地が円柱型になったかと思えば、中には色のついた生地が巻かれている。職人達はさらにその生地にオレンジ色に輝く、色のついた生地を綺麗に巻いていった。


 太い円柱の柱のような生地が出来上がる。そして次の瞬間には、太い円柱の生地は細く細く職人の手によって伸ばされていく。いきなりの変更に僕は度肝を抜かれてしまった。


 あんなに太かった生地は指よりも細くなり……別な職人によってほぼ均等な大きさにカットされていく。手つきには淀みがなく、あっという間にキャンディの山が出来上がっていった


 飴を作る……と言うのは普段見ない工程であるだけに、僕等は一つの技術を極めるとここまで芸術的になるのかと、お互いに言葉も忘れてその実演に目が釘付けになっていた。


 すると僕等の目の前に一つずつ……その作り立ての飴が置かれていた。周囲の人達の前にも置かれており、職人さんができたてを一つ試食でどうぞと配っていたようだ。


 早業でいつの間にとみんな目が点になっていたが、出来立ての飴を頬張り顔を綻ばせていた。


「……職人さんって凄いんだね」


「だね……この飴もお土産で買っていこうか」


 実演を見終わった僕等は、凄い技術を目の当たりにしてしまった感動からそんなことを言うのが精いっぱいだった。運よく見られて本当に良かったということろだ。


「じゃあ、最後にお土産選んで帰ろうか。そういえば、夕飯は何を食べて帰る? 七海はなんか食べたいのある?」


「普通のファミレスで良いんじゃない? 変に背伸びしても堅苦しいし……」


 それもそうか……変に気取った店とかの予約もしてないしね。それから僕等は何を食べるか話し合いながら、今日のお土産を選んでいた。


 そうやってお土産を選んでいる中で……妙に七海がソワソワしてるのが目につく。いったいどうしたんだろうか?


 チラチラと見ているのは、お土産屋さんの奥の方だ。確か、自分が撮った写真をお菓子の缶のハートマークの部分にはめ込んで、世界で一つだけのオリジナル缶を作れるっていう触れ込みなんだけど……。


 僕はそこで思い至る。


 もしかして七海も……


「七海……もしかしてさっきのラウンジでさ……あの店に行った?」


「え? ……えっと……その……」


 僕の問いかけに七海が珍しく目を泳がせている。今まで見たことのない彼女の姿に、僕は思わず笑みが零れた。


「実はさ……僕もさっきのラウンジであの店に行ったんだよね」


「え……? 陽信も……? ……それって、もしかして?」


 実はさっきデザートを食べたラウンジの近くにも同じ店があって……そこで注文をしたら、ここで商品を受け取ることができたりする。そして僕は……さっきお手洗いに行ったときにその店によって……一つの注文をしたのだ。


 僕は七海の問いかけにあえて応えずに、黙って頷いた。それから僕等は手を繋いで奥まで移動する。窓口まで辿り着いた僕等はそれぞれ、注文していた物を店員さんから受け取った。


 二人とも受け取ったのは、昼間のバラ園で撮った写真が使われたオリジナルのマグネット缶だった。


「陽信も……それ作ってたの?」


「うん、七海が落ち込んでたから少しでも元気が出るかなって思ってさ。マグネットならそこまで高くなかったし」


「私も陽信にプレゼントして驚かせようと思って作ってたんだけど……」


「これはお互い……サプライズ失敗って言うのかなぁ」


 僕等がそれぞれ使っていた写真は、僕のスマホで撮られた手でハートを作った写真、七海のスマホで撮られた手でハートを作った写真と……偶然にも全く同じものだった。


「せっかくだし、交換しようか。サプライズ失敗記念……ってことで」


「そうだねー。お互いへの……記念ってことで」


 僕等はお互いの笑顔と共に、それぞれが作ったマグネット缶を交換する。


 一見するとこれは、これはお揃いのマグネット缶にしか見えないけど……たぶん、この違いを分かるのは僕等だけだろうなと思うと、少しだけ嬉しさがこみあげてきた。


「今日のデート……楽しかったね、陽信」


「そうだね……すごく……すごく楽しかった」


「明日も、楽しい日にしようね!」


 七海の眩しい笑顔を見て、僕も笑顔で彼女に答える……。僕の答えに七海はとても嬉しそうだった。


 こうして……僕等の一日目のデートは終わりを迎えたのだった。

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